ダイヤモンド、ルべライト、エメラルドで1日5億円も荒稼ぎ――たった1人でブラジルをシメた日本人鉱山王伝説

1970年代、ブラジル有数の“宝石の街”として知られるサンタテレジーニャゴヤスで、日本人初の“鉱山王”となった男がいる。永井竜造氏(76)。マフィア同士の血腥い抗争が続く危ない街で“ブラジリアンドリーム”を手に入れた漢の半生に迫る。 (取材・文/フリーライター 市力)

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永井竜造氏。1940年、中国・長春生まれ。1944年8月に父親が北支戦線で戦死し、翌年に敗戦。母親と共に日本に引き揚げたが、その後の生活はまさに極貧。だが、広大な中国大陸で生を受けた彼は、後に日本人初の“鉱山王”と呼ばれ、波乱と冒険に満ちた半生を歩む。最下層で戦後の荒廃を潜り抜けてきた永井氏は、10代後半には仲間を率いて自力本願で生きていた。彼自身はアウトローではなかったが、誰も頼りにできない時代を生き抜くには、地元ヤクザ等との対立も止むを得なかった。「うちは貧乏だったから、母のところによく借金取りが来てた。だから、取立屋を空気銃で撃退したりしていたよ(笑)。あの時代は、闘わなければメシが食えなかったら」。だが、時代というものが永井氏のシノギや仲間たちを容赦なく剥ぎ取っていく。「大手の企業やヤクザからの誘いは幾つもあったけど、全て断ったんだ」。そうした状況下で人生を模索する中、父が命を落とし、自らが生を受けた大陸への冒険を決意する。抑々、中国大陸で生まれ育った彼にとって、日本の枠組みは余りにも狭過ぎたのだ。「35歳になった時、『戦死した父と2人分の人生を生きる』と誓ったんだ」。そして1973年、日本で得た僅かな資金を元手にブラジルへ渡る。永井氏は、縁者が宝石卸商だった為、エメラルドの源流を求めて同国北部のゴイヤス州へ向かう。そこで鉱脈探査に興味を持ち、“宝石の街”と呼ばれるサンタテレジーニャゴヤスという人口数千人ほどの街に赴く。そして、家を購入すべく街を見回っていたのだが、そこで早くもトラブルに見舞われてしまう。

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「ある家の持ち主が握手を求めてきたんで応じたんだが、それが“契約成立”ってことだったらしいんだ」。事情が解らない永井氏は当然、代金など払わない。すると、数日後に事件は起きる。「『約束を反故にされた』と思った持ち主が、ピストレーロ(殺し屋)を連れて数百人で家を取り囲んだんだ。全員、拳銃を手にしてね」。しかし、『アジューソン』と呼ばれるピストレーロが話し合いに現れ、永井氏を気に入った彼が全てを収めてくれた。「『この街の契約書は握手だ』と言われてビックリしたよ」。着くなり、激しいラテンの洗礼を受けた永井氏だったが、暫くして彼は、この国の“真の体質”を垣間見ることになる。「家で何気なく外を眺めていると、若い男女が口論していた。そして、少しすると女だけが走り去って、5分ほどで戻ってきたと思ったら、いきなり男を拳銃で撃ち殺して逃げて行ったんだ。それも、6発全弾撃ち込んで」。永井氏は慌てて通報し、警察も600m四方を捜索したが、女は見つからなかった。「でも、事件から2日すると、その女が平気で街を歩いていたんだ。後で知ったことだが、鉱山地域の逮捕状は24時間しか効力を持たない。それに、逮捕なんかしたら、女の家族はたとえ相手が警察であろうと必ず復讐に来るんだ」。この国の基本的体質や人々のメンタル構造は、別の国で生きた人生経験を全てリセットしなければ到底理解できるものではない。司法の権力等は到底及ばぬ完全な無法地帯であった。これ以外にも、永井氏のブラジルでの人生において危険なエピソードは枚挙に遑が無い。そして、サンタテレジーニャゴヤスから19km離れたエメラルドの鉱山地域であるカンポベルデスで、永井氏は目的の事業を開始する。そこでは、鉱山系のマフィアと麻薬系のマフィアが利害関係から日常的な抗争状態を続けていた。永井氏も麻薬系マフィアや強盗から付け狙われ、家は頻繁に弾丸を撃ち込まれたという。「私は鉱山の人間だからね、麻薬系マフィアから年中狙われていたよ。だから、こっちも武装せざるを得ない。警備を雇って、自分でも射撃の練習を随分したな」。実際、永井氏はサンパウロ州の射撃協会に所属し、大会では2度も優勝している。「人を撃つ時は必ず、全弾撃ち込んで確実に殺す。でないと、必ず仕返しに来る。まぁ、殺してもその家族や親戚が復讐に来るんだが」。

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鉱山事業もある程度軌道に乗り、希望を見い出した永井氏は、鉱脈探査の研究に更に没頭するようになる。当時の鉱山主が勘頼りで探査する山師ばかりであった中、彼は綿密な研究を元に次々と鉱脈を探し当てる。その結果、“博士ボス”(※現地の言葉で“ドトウボス”)と呼ばれ、最盛期には14もの鉱山を経営するまでに至った。「鉱脈探査は歴とした科学だ。だから、私は鉱山王というよりも科学的鉱脈探査の先駆者なんだよ」。山師・強盗・宝籤の当選者が英雄であるという鉱山の街で、永井氏は初めて“科学”という武器で英雄となったのだ。「ここでは、無学の人間は死に、教養人(大卒等)は採掘しない。その中間がガリンペイロ(鉱山夫)になる。金も学も無い中途半端な人間は、ガリンペイロでしか生きる道は無いが、そこには限りないチャンスが眠っているんだよ」。まさにハイリスクハイリターンを地で行く人生を歩んだ永井氏だが、「今、振り返ると危険というレベルを遥かに越えたあの国で成功者たりえたのは、単に運良く自分の居場所を見つけられたに過ぎない」と語る。「鉱山地帯は、欲望とロマンの最前線なんだ。そして、情熱と闘争が渦巻いている。この人々の生き様が、私にとって“生き甲斐”を得られる場所だったんだよ」。そして、2008年に68歳で“鉱山王”となり、1つの終着地点を迎えた永井氏は、波乱と冒険に満ちた南米大陸25年の鉱山生活に終止符を打つこととなる。「ブラジルで築いた物は、息子たちに全て生前贈与したんだ。何せ、13人も子供がいるからね(笑)」。引退後は、取得していた経済学・環境学の博士として、現在もアメリカや日本で数々の論文や著書を発表しているという永井氏。彼の飽くなき探究心は、現在も衰えることを知らない――。


キャプチャ  2016年10月号掲載

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