強い会社作る働き方革命、3つの破壊が始まった――地域水準を超える高待遇、短時間で高い成果競争力の源泉に

同一労働同一賃金・週休3日・副業――。今、従来では考えられなかった変化が始まった。多くの企業が二の足を踏む“働き方改革”で先行する企業は、既に果実を得ている。 (取材・文/本誌編集委員 安藤毅・広岡延隆・寺岡篤志・河野紀子)

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「同じ仕事をしているのに、どうして給料が低いのかと思っていました」。千葉県船橋市にある『イケアジャパン』の『IKEA Tokyo-Bay』で働く衛藤京子さん(46歳)は、こう振り返る。衛藤さんは2006年、スウェーデンの『イケア』が日本進出を果たした時に、パートタイム契約で入社した。その後、キッチン・在庫管理・会計業務・セールス・スタッフ管理等を経て、現在はレジ周り等を担当するマネージャーとなった。嘗ての衛藤さんと同じような不満を持つ社員は、もうイケアにはいない。2014年9月から“同一労働同一賃金”を導入したからだ。社員の7割を占めていたパート・アルバイトを全て正社員化し、週に12~24時間・25~38時間・39時間の3つの働き方を設けた。半年や1年単位で更新していた契約は、無期契約とした。同じ職種であれば、同じ賃金の幅の中に収まる。衛藤さんと共に働く野口靖恵さん(33・左写真)は、「ニュースで聞いて、ワクワクしながら同一労働同一賃金についてインターネットで調べた」と振り返る。「ずっとイケアにいられるし、モチベーションが上がった。どんどん業務知識を深めていきたいです」と言う。同社人事本部の泉川玲香部長は、「元々、パートも正社員も同じ仕事をする契約。だが、実際には『パートだから』とリーダーが役割の重さを軽くするような運用があった」と説明する。時給を正社員水準に引き上げるのに伴い、仕事への責任感やイケア内でのキャリア形成の考え方等を全社員に丁寧に説明した。昨年1月、ほぼ全員の正社員化が完了した。既に成果は表れ始めている。離職率が半減したのに加えて、他社で正社員として働いている優秀な人が応募してくるケースも増えている。だが、本番はこれからだ。

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パートの時給を引き上げたのだから、イケアから見れば人件費が上がる。「会社と共に働き手が成長し、生産性を高める為の投資だ。成果は1年後に出るようなものではないが、生産性・顧客満足度・従業員満足度・利益等の指標を、制度導入から3年・5年・10年のタイミングで其々チェックしていく」と、泉川部長は気を引き締める。今年4月、アメリカ発の会員制量販店『コストコ』が宮城県富谷倉庫店を出店。その際、同県の最低賃金の748円を大きく上回る高待遇でアルバイトを募集したことが注目を集めた。小売業では、地域の水準を踏まえて賃金を設定するのが一般的だ。ところが、コストコは首都圏でも地方でも、全国一律で最低時給1150円、90日後には1250円という内容で募集しているのだ。その理由を『コストコホールセールジャパン』のケン・テリオ社長に聞いたところ、「従業員にとってフェアでシンプルだから。長く働いてもらってキャリアアップを果たしてもらえば、1人ひとりの生産性が向上する」と明快な答えが返ってきた。給与や福利厚生については、年2回の市場調査の他、新聞や雑誌記事にも常に目を光らせるという。「常に他社を上回る給与と福利厚生を提供する」(テリオ社長)。1999年の日本進出から17年。コストコの店舗数は25店、従業員数は8590人に拡大した。社員とパートの時給を揃えているが、「同一労働同一賃金ではない」と人事責任者の中川裕子氏は説明する。「正社員は、どうしても責任や業務負担が重くなる。その部分は、賞与に当たる臨時手当や福利厚生を手厚くする等で報いる」(同)。イケアやコストコがこうした賃金体系を導入できたのは、職務内容と給与を紐付けている為だ。年功序列的な考え方が一般的な日本では、導入は難しいと考える人もいるだろう。だが、同一労働同一賃金の考え方を取り入れている大企業が、既に日本にある。『りそな銀行』等を傘下に持つ『りそなホールディングス』だ。2003年、2兆円に迫る公的資金を注入され、事実上国有化された“りそなショック”。給与の大幅カットに耐えかねた男性正社員が大量退職した。

正社員もパートもなく全員がフル活躍しなければ、銀行としての形を保てない危機。13年前、りそなは「総活躍」をいかに実現するかを迫られたわけだ。答えは「頑張りに報いるフェアな制度を確立してパートを主戦力に変える」(人材サービス部の九鬼至留グループリーダー)こと以外なかった。当時の細谷英二会長(故人)の号令の下でパートの処遇を大幅に引き上げ、2008年には同一労働同一賃金の考え方を取り入れた人事制度を実現した。難易度や職責に応じて職務グレードを14に分け、正社員からパートまで全員をその中に位置付けた。同グレードであれば時給ベースの給料は同じ。パートから正社員への登用制度も設けた。りそなの制度は、職能給と職務給を組み合わせた日本型の同一労働同一賃金と言える。担当者とスタッフ職は知識やスキルのレベルでグレードを決定するため、年齢を重ねれば一定レベルまでは上がりやすい面がある。一方、管理職以上になればポストの職務の難易度や職責によってグレードが決まる。りそなは16年4月、「スマート社員」という新たな正社員制度の運用を開始した。勤務時間もしくは業務範囲のどちらか一方を限定するもので、育児中や介護中の社員は誰でもスマート社員に転換できる。同一労働同一賃金の考え方を入れていたので、スムーズに新たな働き方を導入できた。これまで社員からパートになる場合は、一度退職してから再雇用する形になっていたが、今後は正社員という身分のまま働き方を限定できる。パートから正社員に応募する際のハードルも低くなった。いきなり勤務時間、業務範囲ともに無限定となることにちゅうちょする人もいたからだ。9月末時点でスマート社員は190人。社員からの転換がおよそ3分の1、残りはパートからの登用という。15年6月、りそなは公的資金を全て返済。無事に再生を果たした。厚生労働省が企業に対して調査したところ、非正規社員を使う理由のトップは「賃金の節約」だった。だが、人を「コスト」として扱う近視眼的な発想から抜け出しフェアに扱えば、個人の生産性は大きく高まる。それは、企業自体の生産性や競争力が高まることと同義なのだ。イケア、コストコ、りそなの事例はそれを示している。

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日本における働き方改革のトップ企業が、次のステージに踏み込んだ。長時間労働のイメージが付き纏うIT業界で、働き方改革と業績向上を結び付けられることを示してきた『SCSK』だ。同社は、2012年度に全社平均で26時間10分あった月間残業時間を、昨年度に18時間まで削減。それなのに、昨年度まで6期連続で増収増益を達成している。日本経済新聞が毎年実施している『人を活かす会社』調査では、2014年版・2015年版と2年連続総合首位になった。そのSCSKは昨年7月から、残業時間の有無に関わらず基幹職には34時間、それ以外には20時間の残業手当相当額を支給し始めた。“裁量労働制”の範囲を拡大したのだ。「制度改正には不安もあった」と同社人事企画部の小林良成部長は語る。「裁量労働制を入れると長時間労働に陥る恐れがある」との指摘は多い。働いても働かなくても残業代が固定されているので、現場に近視眼的な発想の上司がいれば、「労働負荷を増やしたほうが得」という判断に傾きがちだからだ。だがSCSKで、それは杞憂だった。制度導入から1年以上が経過した現時点で、「引き続き残業時間が減る傾向にある」(同)。2009年、『住友商事』副社長からSCSKの前身である『住商情報システム』社長に転じた中井戸信英相談役の信条は、「残業はしない、休日はしっかり休む」。ところが、新天地の社員は当たり前のように長時間労働をしていた。「残業を減らせ」と言うと、「生活が成り立たない」と言う。そこで、2013年度から“年間有休取得20日”・“月間平均残業時間20時間未満”を目指す『スマートワークチャレンジ20』を実施した。

ポイントは、「削減できた残業代を社員に返した」(中井戸相談役)こと。部門毎の残業時間削減の達成度合いに応じて、賞与等の形で上積みした。これをきっかけに、社員は効率的に仕事を熟す習慣が身に付いた。裁量労働制を拡大しても残業が増えないのは、「生産性の低い長時間労働には意味が無い」というDNAが定着したからだ。「経営者が覚悟すれば、働き方はいくらでも変わる」と中井戸相談役は語る。勿論、社員の高い意識だけでは生産性向上に限界がある。会社側も、効率的な働き方ができる仕組みを用意した。2013年、同社のERP(統合基幹業務システム)ソフト『ProActive』を扱う開発部門の部長として異動してきた領木康人氏は、頭を抱えていた。いきなり2件も赤字案件の処理を担当することになったからだ。赤字プロジェクトの大きな要因は、不具合による手戻り。プロジェクト全体の進捗にも波及し、納期を守る為に残業が増えるという悪循環に陥る。ProActive事業部門の2012年度の月間残業時間は41時間29分で、全社平均を大幅に上回っていた。何故、赤字になったのか。調べると、システム開発の手順がきちんと守られていなかった。SCSKは、全社でシステム開発標準の見直しを進めていた。領木氏は、これをProActiveにも適用し、順守を徹底させた。「2014年以降、赤字は発生していない。工数の見積もりも正確になり、残業も減った」(領木氏)。現場任せにするのではなく、業務プロセスの見直しをしっかりと進めることで、効率的に働ける仕組みを作った。だからこそ、SCSKは生産性を高めることに成功したのだ。

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「週休3日の導入を検討する」。『ヤフー』の川邊健太郎副社長は先月末、こう宣言した。「単純な作業等はAI(人工知能)や機械学習に任せて、人間にはより創造性が豊かな仕事をしてもらう。そうして、週休3日を実現していきたい」(同)と説明する。土日以外に好きな1日を選択して休むイメージだ。柔軟な働き方を実現することで、優秀な人材を確保しつつ、生産性向上に繋げる狙いと言うが、週休3日にして労働時間減少のデメリットをカバーできるのか。労働時間が短くとも、高い生産性で働ける人材は実績を出せるし、企業側のニーズもある。それを証明したのが、派遣会社の『ビースタイル』。“時短エグゼ”と呼ぶサービスで、管理職や経理といった専門知識を持ちながら、フルタイム勤務は避けたいという人材を派遣している。『ビースタイルしゅふJOB総合研究所』の川上敬太郎所長は、「時短エグゼの利用件数は前年比2倍。日数や労働時間に制約があることに躊躇する企業もあるが、実際に高い生産性を持つ人材を目の当たりにすると先入観が覆り、派遣から直接雇用に切り替える企業も少なくない」と語る。『リクルートグループ』は今月、週3日・10時~16時といった条件で人材の募集を始めた。職種は広報・人事・統計解析等。育児中の母親・起業している男性・夫に海外転勤の可能性がある為に正社員になるのを躊躇っていた女性等の応募が集まっている。①時間が限定されている②専門的な知識やスキルを生かせる③それに見合う報酬とキャリア向上の機会がある──。リクルートは、こうした働き方を“ZIP WORK”と名づけ、他社にも人材活用を呼びかける。「賛同企業を募り、当社で培ったノウハウを提供していく」と、『リクルートホールディングス』iction!(イクション)事務局の二葉美智子局長は意気込む。最適な労働時間の在り方とは何か。働き方改革を進める企業が増えるにつれて、大きなうねりが生まれ始めた。中部地区のある中小企業は、2014年にノー残業デーを取り入れた。きっかけは、ある男性社員が社長に直訴したことだった。「妻の働き方が変わるので、息子の送り迎えをしたいんです」。妻は『資生堂』の美容部員。育児中の短時間勤務制度を利用していた為、遅番や土日勤務を事実上免除されていた。だが、同制度を巡っては、繁忙な時間帯の勤務が若手やベテランに集中していた為、現場がぎくしゃくする弊害が生まれていた。資生堂は運用を見直し、月に1度は遅番や土日に勤務してもらうようにした。所謂“資生堂ショック”である。育児時間制度を利用していた美容部員1200人の内、退職したのは約30人のみ。一方、育児中でもチーフに昇格する社員も出てきた。働き方改革には、痛みが伴う局面もある。しかし、他の企業も同じ悩みを抱えており、連係プレーは可能だ。先ずは道を開くことで、解決法が見えてくる。

今年2月に副業解禁を発表し、話題となった『ロート製薬』。“社外チャレンジワーク制度”の名称で、6月に運用が始まった。入社3年目以上の社員が対象で、20~50代の60人超が応じた。「副業に充てる時間が無い」という人も多く、実際に副業を持つのは25人程度。その内容は、地ビール製造会社の起業・障害者支援のNPO法人勤務・フラワーアレンジメントの講師等多彩だ。働く人にとって、副業解禁の魅力は多い。収入アップが見込め、転職や起業に向けたスキルアップもできそうだ。一方、企業にとって副業のメリットは何か。「個人の成長が、会社の成長に繋がる」と同社で副業解禁を発案した若手有志のプロジェクトチームは言うが、実際の効果は見え難い。寧ろ、「本業の能率が落ちるのではないか」「人材や情報の流出が起きるのではないか」といったリスクのほうが先に立つだろう。ロートもそれは認識しているが、矢倉芳夫副部長はこう語る。「問題が出たら、その都度対処が必要になるだろう。しかし、不確実なリスクより、自由に働けない企業には優秀な人材が集まらないという確実なリスクにどう向き合うかのほうが重要だ」。副業解禁は会社にメリットがある──。そう言って憚らない企業がある。ソフト開発の『サイボウズ』だ。社長室に勤務する中村龍太氏(52)は、『マイクロソフト』のクラウドサービス『Office365』の事業を立ち上げた経歴を買われ、3年前、青野慶久社長にヘッドハンティングを受けた。マイクロソフトで貰っていた給料は、青野社長より高かった。転職すれば手取りは半分になる。しかし、「他の仕事をしてもよい」という社風に引かれて受け入れた。副業を認めていたからこそ、サイボウズは優秀な人材を取り込めた。サイボウズには、アフィリエイト(成果報酬型)広告等で稼ぐ社員も多い。副業制度は現状を追認する形で始まったが、「会社にしがみ付かなければならない人より、会社が立ち行かなくなっても食べていける人が集まったほうが、サイボウズにとってはプラス」と、人事部の松川隆マネージャーはそう語る。“出戻り社員”を積極的に採用する企業も増えてきた。『NTT西日本』は、昨年1月から退職した社員を対象とした採用プログラム『リ・チャレンジ制度』を始めた。IT企業の『ワークスアプリケーションズ』は、辞めた人材がいつでも再入社できる『カムバックパス制度』を取り入れている。会社が一生面倒を見ることを引き換えに、終身仕える忠誠心を要求するのは古ぼけつつある。能力のある人材に自由に働いてもらい、企業価値を上げる時代がそこまできている。8月に厚生労働省が発表した『働き方の未来2035』には、“就社”ではなく“就職”というキーワードが躍った。「会社に雇ってもらうのではなく、自ら能力を発揮できる場を選ぶべき」という内容だ。会社と労働者が切磋琢磨する環境作りが、日本経済の未来を開く。


キャプチャ  2016年10月17日号掲載

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