【「佳く生きる」為の処方箋】(23) 私が教授回診をしない理由

医師になって30年以上が経ちますが、この間に医師や大学病院のあり方も随分変わりました。今でも忘れられないのは、医学部5年生の時に見た外科の外来診療です。確か7月でしたが、患者さんが「先生、いつも有難うございます」と言って、教授にお中元を渡していく。その包みが診察台の上に積み上げられていたのです。「この科では教授に診察してもらうのに、こんな手続きがいるのか?」と心底びっくりしました。当時は、教授というと明らかに雲の上の存在でした。絶大な権力を持って医局に君臨し、患者さんにとっても“お医者様様”といった感じで、そうそう簡単には診てもらえませんでした。また、教授が大名行列のように部下を引き連れて病室の患者さんを診て回る“教授回診”は、『白い巨塔』のドラマ宛らでした。私も駆け出しの頃は、この行列にゾロゾロくっついて行ったものです。当時は民間病院に在籍していましたから、教授回診ではなく部長回診でしたが、そこでも大名行列は毎週の恒例になっていました。順天堂大学の教授になって15年近くになりますが、私自身はこのような教授回診をしていません。病状が気になる患者さんがいれば、1人で病室に向かいます。手術の合間に行くこともあれば、その日の仕事が終わった夜中や未明に顔を出すことも。殆ど神出鬼没ですが、それで十分に用は足ります。現在は電子カルテですから、患者さんの情報もいつでもチェックできます。また、少ない人数で数多くの手術をしている為、部下を引き連れて大名行列をする時間的な余裕もありません。部下とて同様です。

私は、教授回診のような形式的な行事には全く拘りませんが、患者さんへの接し方については厳しく指導します。大学教授として赴任してきた当初、医学部を卒業して未だ3~4年目の若い医師が、年配の患者さんに対して“上から目線”で偉そうに話しているのを見て、「これはもう“粛清”レベルの改革が必要だ」と思いました。タメ口やぞんざいな言葉遣いをしている医師を見つけたら、絶対に許しません。厳しく叱責します。何故なら、人としての基本的な礼儀が守れていないだけでなく、診療にも悪影響を及ぼすからです。患者さんすら気付いていないような隠れた自覚症状を聞き出すには、先ず患者さんに心を開いてもらわないといけません。その為には、医師が患者さんに対して思いやりの心を持つことが絶対条件なのです。病院を表す英語の“hospital”は、温かいもてなしや思いやりを意味する“hospitality”と語源が同じです。私は常々、「病院には、このhospitalityが必要不可欠だ」と考えています。ですから、病院で働く者は教授であろうと誰であろうと、患者さんに快適に過ごしてもらう為の努力をしなければなりません。医師の言葉遣いや接遇もそのひとつ。私は、エレベーターに乗ったらさっとボタンのところに駆け寄って、患者さんに行き先の階を聞く等、裏方の作業も率先して行うようにしています。以前、取材で「自分を動物に例えたら何だと思いますか?」と聞かれ、「働く虎」と答えました。大分前に流行った動物占いの結果が虎だったという単純な理由ですが、そこに“働き者”を加味すると自分のイメージにしっくりくると思ったのです。「教授だから」「院長だから」とふんぞり返っているのではなく、リーダーだからこそ労を惜しまず、誰よりも働く。hospitalityを高め、よりよい病院にしていく為に、これからも働く虎であり続けたいと思っています。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2016年10月20日号掲載
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