【Global Economy】(08) TPPに保護主義の壁…揺らぐ自由貿易体制

世界の自由貿易体制が揺らいでいる。旗振り役だった欧米諸国で、国内産業を過度に守ろうとする保護主義が広がっている為だ。歴史的にも、自由貿易は保護主義の攻勢に曝されてきた。 (本紙経済部デスク 小谷野太郎)

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「日本の手続きが遅れると、アメリカの批准は非常に難しくなり、漂流してしまう」――。今月17日の衆議院『環太平洋経済連携協定(TPP)』特別委員会。安倍首相は、日本が率先してTPPを承認する必要性を訴えた。首相の発言は、TPPの実現が難しくなっていることに対する危機感の表れだ。TPPは、日米等太平洋を取り巻く12ヵ国が、関税の撤廃等で貿易やビジネスをし易くする協定だ。発効には、経済規模の大きい日米の批准が欠かせない。しかし、アメリカ大統領選で、民主党候補のヒラリー・クリントン氏と共和党候補のドナルド・トランプ氏の両候補は、何れもTPPに反対する。トランプ氏は、「TPPが発効すれば関税が下がって、アメリカへの自動車の輸入が増え、自動車産業にとって大惨事になる」と反発。クリントン氏も再交渉の必要性を説く。新大統領には承認を期待し難い為、来月8日の大統領選の後、オバマ政権の残りの期間にアメリカ議会で批准手続きを完了できるかが焦点だ。安倍首相は、「日本が先ず批准すれば、アメリカを批准に向けて後押しできる可能性がある」とみている。抑々、TPPには、「成長著しいアジア太平洋地域の経済ルール作りから中国を締め出す」という安全保障上の思惑がある。しかし、オバマ政権は表向き、中国のTPP参加を容認する姿勢を取った。アメリカにとって中国は主要な貿易相手国であり、関係の悪化を避けたとみられる。その結果、アメリカ国民にTPPの本来の重要性を理解させられず、単なる自由貿易協定の1つとみられて反発される事態に繋がった。『みずほ総合研究所』の菅原澤一氏は、「TPPを発効できなければ、日米にとって望ましい経済ルールをアジア全域に広げる手段が失われる」と指摘する。

“内向き”の姿勢は、アメリカの外にも広がる。イギリスは6月の国民投票で、『ヨーロッパ連合(EU)』からの離脱を決めた。テリーザ・メイ首相は、今月2日の演説で「移民規制を諦めたのでは意味が無い」と強調した。EUとの離脱交渉では、移民の入国制限を優先し、ヒト・モノ・カネが自由に行き来できるEUの単一市場から排除されることも辞さないとみられている。自由主義経済を旗印に、世界の自由貿易を先導してきた米英が、その根幹を揺るがす“震源地”になっている。保護主義が強まる背景には、格差の拡大がある。2000年以降、中国等の新興国が経済力を高め、先進国の企業は安い労働力を求めて、生産拠点を新興国に相次いで移した。先進国では製造業を中心に労働者が職を失い、より低賃金の仕事に就く人が増えた。一方、アメリカ等における産業の中心は、金融やIT関連等の知識集約型産業へと移っていった。メーカーに比べて本社の社員は少なく、経営幹部は高額の報酬を得る。株主への利益還元が重視される風潮になり、特定の富裕層が配当等で多くの収入を受け取っている。こうして、富裕層と貧困層の所得格差が拡大。収入の減った中間所得層の間で、自国の製造業等を守るよう求める機運が強まった。保護主義が広がる中、各国は輸入を拒む為の“壁”も築いている。各国は、「外国製品が不当に安い価格で輸入されている」とみられる場合等に、輸入を制限する貿易制限措置を取ることができる。『主要20ヵ国・地域(G20)』が新たに導入した貿易制限措置は、昨年10月半ばから今年5月半ばまで月平均21件と過去最多だ。2008年以降、G20による貿易制限措置は、累計1583件に上る。中国が鉄鋼製品を安値で輸出する動きに対し、制裁を検討する例が目立つ。こうした“壁”の存在や経済の低成長を背景に、世界の貿易は停滞している。『世界貿易機関(WTO)』によると、世界の貿易量は1998年から2007年まで年平均6%のペースで増え、世界経済の成長を裏付けてきた。しかし、2012年以降は3%にも届かない。WTOのロベルト・アゼべド事務局長は先月、声明で「劇的なまでの貿易の鈍化は深刻。今こそ歴史の教訓に学び、開かれた貿易を再び進める時だ」と訴えた。TPPを実現させて、保護主義の蔓延を食い止められるか。世界経済は正念場を迎えている。

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■通商交渉、変転の歴史
市場開放か国内産業の保護か――。2つの考え方を巡る対立は、古くて新しい問題だ。16世紀から18世紀にかけ、ヨーロッパの絶対王政国家では保護主義を取る“重商主義”政策が主流だった。これに対し、イギリスの経済学者であるアダム・スミスは、1776年に発表した『国富論』で保護貿易を批判した。「国家の介入を止め、市場原理に任せることが経済成長に繋がる」と主張。“神の見えざる手”として知られる“市場の自動調整機能”だ。19世紀に入ると、イギリスの経済学者であるデヴィッド・リカードが“比較優位論”で貿易の重要性を説いた。「各国が得意な分野の生産に力を入れて輸出を増やし、足りないモノは海外から輸入すれば、双方にとってプラスになる」という考え方だ。自由貿易の思想に基づき、産業革命以降のイギリスは、綿織物を大量生産して輸出する等、繁栄を謳歌した。しかし、1929年からの『世界大恐慌』で再び保護主義が台頭した。各国は自国の産業を守る為、高い関税による輸入制限等、“近隣窮乏化政策”を進めた。貿易は縮小し、世界経済は深刻な不況に陥った。国同士の敵対意が強まり、第2次世界大戦の遠因となった。この反省から、戦後の国際社会は自由貿易の推進に取り組んだ。1948年には、多国間交渉で貿易の障壁を取り除こうとする『関税・貿易一般協定(GATT)』が発足。1995年には、GATTの機能を強化する『世界貿易機関(WTO)』が設立された。だが、WTOは約160の参加国・地域の全会一致が原則。自由貿易という総論では賛成でも、個別の関税引き下げがテーマになると、安い輸入品の流入で打撃を受ける国内産業から反発が出て、利害調整は難航した。現在、世界の通商交渉の主流は、複数国間の『自由貿易協定(FTA)』や地域協定に移りつつある。FTAの典型がTPPだ。『日本貿易振興機構』によると、世界で発効済みのFTA(昨年11月時点)は277件に上る。アメリカとEUの『環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)』や、日本とEUの『日EU経済連携協定』等も交渉が続く。慶應義塾大学の渡辺頼純教授は、「経済連携が進まなければ、1930年代と同じように世界経済が分断されていってしまう」と懸念する。


⦿読売新聞 2016年10月21日付掲載⦿

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