【現代中国・繁栄か滅亡か】(01) ドナルド・トランプが習近平を打ちのめす日

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中国の対外戦略は、日本の読者の目にはどのように映っているのだろうか。2010年の尖閣問題では、中国は日本に対して強圧的な姿勢を示し続けた。今も尚続く南シナ海での領有権主張は素より、経済的にも『一帯一路』を掲げ、中央アジアへの進出を目論み、経済失調を抱えながらも、習近平体制への権力集中は益々強化されている――。強かな国家戦略に基づき、世界に影響力を拡大し続ける強大国家というイメージをお持ちかも知れない。しかし、“戦略の論理”という観点からみた中国は、これとは全く異なる。私の最新の著作『中国4.0』は、中国の対外戦略の変遷、そして戦略に表れた中国という国の本質を提示して、日本の読者にも広く受け入れられた。そこで浮かび上がってきたのは、“戦略の論理”が理解できない為に今も迷走を続ける不安定な国の姿である。私の考えでは、中国が“平和的台頭”という最も成功した戦略を取っていたのは、1970年代後半から2009年末までだった。これを“中国1.0”と呼ぶ。そこで発せられたメッセージは、「中国は経済的に豊かになり、一層の近代化を進める。日本を追い越し、いつかアメリカにも迫る」というものだった。これだけならば、今と変わりはない。しかし、“中国1.0”においては同時に、「中国の台頭は完全に平和的で、国際的なルールに従い、既存の権力構造を変化させない」というメッセージも込められていたのである。この戦略により、中国は周辺国の警戒を招くことなく、経済的・軍事的成長を果たすことができたのである。ところが、リーマンショックを重大な契機として中国は、この最良の選択を捨ててしまう。「自分たちが10年後には世界一豊かになる」と錯覚し(この錯覚の内容については拙著『中国4.0』『自滅する中国』に詳しい)、“全方位強硬路線”に切り替えてしまったのだ。これが“中国2.0”だ。南シナ海、そして尖閣諸島を「我々の領土だ」と主張し始め、「武力をちらつかせれば、日本・ベトナム・フィリピン、延いてはアメリカさえも我々の主張を認めるだろう」と考えたのである。

ところが、ここで作動したのが“戦略の逆説的論理”だった。中国という共通の脅威を前にして、周辺国が次第に連携を強めていったのである。例えば、ベトナムはインドから潜水艦の訓練施設を提供され、オーストラリアとは戦略対話とインテリジェンスの共有を始めた。中国が大きくなり、強硬な姿勢を示せば示すほど、これに警戒する“敵”も増えていき、反中国同盟の連携も強くなる。つまり、中国だけで軍事力を増大させればさせるほど、却って弱い立場に追いやられるのだ。そして、“中国2.0”ではその通りの結果になった。インドではモディ首相、日本では安倍晋三首相のように、中国との摩擦を恐れないリーダーが出現し、フィリピンのように元々親中だった国が、反中的なスタンスを取るようになったのである。2014年の秋になり、太平洋を中心に“反中同盟”が結成されてくると、流石に戦略音痴の中国でも自らの失敗に気が付く。そこで“中国2.0”から撤退して、新たに打ち出したのが“中国3.0”だった。これは“選択的攻撃”である。つまり、抵抗の無いところには攻撃を続け、抵抗してきたところには攻撃を止めるというものだ。それを端的に表していたのが、今年3月31日から4月1日、ワシントンで開かれた『核セキュリティーサミット』での習の態度である。ここで習が演じたのは、“善良な世界市民の一員になりたい中国”・“ルールを受け入れる中国”という役どころだった。習は、バラク・オバマ大統領と何も特別な議論をした訳ではない。既存の秩序に異を唱えることも無く、特別な配慮も求めなかった。そして、ヨルダン国王のアブドゥッラー2世やアルゼンチンのマウリシオ・マクリ大統領らと共に、礼儀正しい子供のように座り、オバマの演説を聞いている写真を撮らせたのだ。興味深いのは、この習の選択こそが、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が拒否した選択だったことである。プーチンは、教室に座って大人しく“オバマ先生”の言うことを聞くことなど御免だったから、ワシントンに来ることを拒否したのだ。これがまさに“中国3.0”なのである。つまり、“2.0”から部分的に後退し、強まり過ぎた対中批判を躱そうというのである。これは、東シナ海においても同様のことが言える。勿論、中国の領土的な主張は変わっておらず、尖閣に来ている船の数は減少していないが、それでも外交面での態度はかなり抑え気味になっている。ここで注目したいのは、今年3月、日本が与那国島に新しいレーダー施設を開設したことだ。この施設は東京から遥かに離れていて、寧ろ台北まで100kmと近い。若し3年ほど前に同じことが起きていたら、中国側の反応はかなり熾烈なものになっていた筈だ。太鼓を叩いて花火を打ち上げ、暴動が起こり、日本の大使館前に大勢の人間が集結していた筈である。

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ところが今回、彼らは何もしなかった。記者会見で、このレーダー施設について質問された報道官が、「中国の釣魚島、及び東中国海問題における立場は明確であり、一貫している。我々の釣魚島の主権を守る意志は確固不動のものだ」と前置きして、「我々は、日本が地域の平和と安定を損ねるのではなく、これに資することをするよう願う」と述べただけだった。しかも、この次には南シナ海において、日本の海上自衛隊とマレーシア海軍との合同警戒活動が行われることが検討されている。これは、南シナ海の最南端で日本がプレゼンスを見せるということになるのだが、中国はこれに関してもそれほど激烈な反応をしていない。しかし問題は、これが飽く迄も“中国3.0”(選択的攻撃)であって、“1.0”の平和的台頭への回帰ではないことだ。中国が今も攻撃的態度を続け、“戦略的な後退”を見せていない例外が2つある。1つ目は南シナ海のフィリピン沖の島々の物理的な支配であり、2つ目はインドネシアとの紛争である。南シナ海については、詳述する必要も無いだろう。人工島に対空レーダーを立て、軍用機の着陸まで行う等、その動きは止まらない。私が非常に奇妙に感じたのは、インドネシアとの紛争だ。抑々、中国側は「インドネシアは南シナ海における紛争の当事者ではない」と言明しているにも関わらず、「インドネシアとじっくり協議しなければならない」と主張していたからである。当事者でないのに、何を話し合うのか? インドネシア側も戸惑いを隠せなかったが、後に中国がインドネシア沖のチッチ諸島の領有を主張したことで、その意図は明らかになった。中国の漁船がインドネシアの排他的経済水域で操業しており、インドネシア側がその漁船を拿捕した。すると、これに対抗して、中国の海警の巡視船がインドネシア側の領海深くまで侵入し、漁船を無理矢理奪還していったのである。中国は、「事件が起きたのは、中国の伝統的な漁場だ」とコメントしている。こう見ると、中国はアメリカや日本のような大きな国とはトラブルを回避しつつ、フィリピンやインドネシアのような弱い国とはトラブルを起こし続けているのだ。

これは非常に奇妙な政策だ。若し本気で周りを脅したいのであれば、その覚悟を見せつけるために“大きな虎”に向かっていくべきなのに、中国は“小さな猫”を苛めているのだ。つまり、“善良な世界市民の一員になりたい中国”は飽く迄もアメリカ向けのポーズに過ぎず、軍には弱いマイナーな国とのゲームを許可し、「ヤツらとはトラブルを起こしてもかまわんぞ。但し、デカい国とは駄目だ」と言っているということになる。“戦力の論理”からすると、こうした欺瞞的工作に殆ど意味は無い。アメリカや日本からすれば、如何に中国が表面的に宥和的態度を示しても、フィリピンやインドネシアからSOS信号を送り続けられる状況で、新たな信頼醸成に繋がることはあり得ない。抑々、中国は「大国は小国に勝てない」という“戦略の論理”を十分理解していないのである。ある大国が、遥かに国力に乏しい小国に対して攻撃的な態度に出たとしよう。その次に起こることは何か。周辺の国々が、大国の“次の標的”となることを恐れ、また地域のパワーバランスが崩れるのを警戒して、その小国を助けに回るという現象が表れるのだ。その理由は、小国は他の国々にとって脅威とはならないが、大国は常に潜在的な脅威だからである。アメリカはベトナム戦争に負けたが、ベトナムは小国だったが為に、中国とソビエト連邦の支援を受けることができたのだ。しかも共産国だけではなく、資本主義国からも間接的に支援を受けている。例えば、イギリスは朝鮮戦争でアメリカ側を支援したが、ベトナム戦争での参戦は拒否している。アメリカが小さな村をナパーム弾で空爆する状況を見て、「小国を苛めている」というイメージが生まれ、最終的にはアメリカ国民でさえ戦争を拒絶するようになってしまったからだ。ところが、アメリカが中規模国家と戦う場合には、国民の支持が得られる。これを理解できない人々が、間違いを犯し続けることになるのだ。この論理に思い至ったのは、13世紀から14世紀にかけて、イタリア中部のシエナとフィレンツェの争いを調べていた時だ。当時、周辺国が気にしていたのは、後にメディチ家の支配で知られる富裕なフィレンツェであり、小都市に過ぎなかったシエナ等は全く気にかけていなかった。ところが、シエナが強くなると、ミラノやヴェネツィア、更にはローマ教皇まで反シエナに回ったのである。つまり、強くなったら弱くなるのだ。戦略の世界は、普通の生活とは違ったメカニズムが働いているのである。

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もう1つ、“中国3.0”は意外なところで、その綻びを露わにしている。それは台湾だ。今回、政権を奪還した民進党は台湾独立派だが、彼らの夢は“サイズの小さい日本”になることだ。そして、彼ら民進党の勝利に最も貢献したのは、他でもない習近平だったのである。近年、中国は香港で民主化運動に弾圧を加え続け、更には激しい言論統制を行っている。その手法は、出版社社長の誘拐に象徴されるように、かなり“タフ”でマフィア的だ。これが、台湾の選挙において非常に大きな影響を与えたのである。実のところ、前総統の馬英九(国民党)は、香港方式による台湾の中国への統合を狙っていた。ところが、北京側が今回、香港で誘拐したり投獄したりと極めて乱暴に振る舞ったことで、台湾国内の親北京派の力を削いでしまったのだ。勿論、中国も台湾で選挙があることを知っていたし、台湾側がその動きを注目しているのを知っていたのにも関わらず、自らの力を抑えることのメリットを全く理解できていなかった為に、余計な実力行使に出て、問題を拗らせてしまったのである。中国指導層にとって、香港は攻撃可能な“弱い”相手でもあった。それが、台湾という“周辺国”の反発を生んだのである。このように、現在も中国は“中国3.0”を続けている。中国が次の戦略、即ち“中国4.0”に移行する日はいつなのだろうか。例えば、今年の11月には新しいアメリカ大統領が選ばれる。若し、中国に対して強硬な発言を続けているドナルド・トランプが大統領となれば、中国の外交政策は変わるのか。トランプについては、後に詳しく述べるとしよう。若し、中国が本当に“戦略の論理”を理解できているならば、取るべき“中国4.0”は明白だ。“中国1.0”への回帰である。中国が空母を3隻建造しているというのは、実はそれほど怖い事態ではない。だが、軍艦を鉄屑屋に売却し、空母の建造計画を全て放棄し、パキスタン等に譲ったりすれば、中国はその瞬間から現在よりも2倍の勢力を持った国になれる。

沖縄県宜野湾市の人々は「アメリカ軍のヘリコプターが煩い」と不満を持っているかもしれないが、中国が軍艦を売り払ってその海軍力を一気に減少させれば、沖縄の人々は中国の姿勢を歓迎し、アメリカ軍追放の声を一層強める筈だ。また、南シナ海の領有権の主張を放棄して、周辺国に本気で謝罪をしたなら、中国海軍はその翌日、マニラ港で大歓迎されるだろう。アメリカや日本にとって本当に恐ろしいのは、こうした事態だ。中国が歓迎され、アメリカ軍がアジア地域から忌避されるようになると、最早、アメリカは“太平洋勢力”という資格から脱落する。アメリカは、太平洋の東側でしか影響力を発揮できなくなるだろう。しかし、日米にとってラッキーなのは、「中国には、こうした“平和的台頭”への回帰を実行できない」ということである。1つには歴史的な問題だ。そしてもう1つは、国内の権力構造の問題である。“弱腰(に見える)の中国”に耐えるだけの基盤が存在しないのである。歴史的な問題からみてみよう。一般に、国家とはそれが巨大であればあるほど、内政に多くの問題を抱えざるを得ない。しかし、リーダーたちが持ち得る知覚と知能には、小国も大国も然して違いは無い。つまり、大国のリーダーは原理的に、小国のリーダーに比べ、自国以外の問題や世界情勢に継続的な注意を払うことが難しいのである。また、人口密度の低い高原地域が周辺に広がる中国の場合、ヨーロッパのように国力の似通った隣国が存在しなかった。“戦略の論理”の基盤となっているのは、対等の国同士の相互作用であるが、中国が周辺国との間に結んでいたのは“朝貢関係”という不平等な関係だった。その為、中国は伝統的に他の国に対して無関心であり続け、戦略思考が育つ土壌を持たなかったのである。「それでは、長年に亘って敵対した匈奴やモンゴル族等、北方遊牧民との関係はどうだったのか?」という疑問があるかもしれない。そこで、中国と北方民族との交渉史を辿ると、非常に興味深いパターンが表れる。

①自分たちより強い勢力に対しては、出来得る限りの譲歩を行い、最大可能な利益及び寛容を引き出す。
②強い勢力側の指導者に、物的な罠(貢ぎ物や利権等)を仕掛ける。それによって、彼らの力を削ぐ。
③相手の弱体化を確認してから、服従を強いる。

奇しくも、この手法は“中国3.0”に類似しているが、問題は、この手法が飽く迄も、中国と相手国だけがプレイヤーである“2国間関係”を前提としていることだ。ところが現在、中国が直面しているのは、多くの国がプレイヤーとして参加し、その相互関係が勝負を決する“多国間関係”の戦略ゲームなのである。

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もう1つ、中国が平和的台頭に戻れない理由として、私は中国の“内政の不安定さ”を挙げたい。こう言うと、「今や習近平への権力集中が進み、その政権基盤は磐石なのではないか?」という声も出てくるだろう。先ず、ここでお断りしておきたいのは、私は外側に出てくる中国の行動を観察している戦略家であって、所謂“中国専門家”ではないということだ。しかし、そんな私でもはっきり言えることがある。それは、「いくら習が13億人もの人間をコントロールしようとして、自らに権力を集中させ、反腐敗闘争や言論統制等の努力を重ねても、そのコントロールは日毎に失われていかざるを得ない」ということだ。中国の人々は、様々な方法で世界の情報を知り、海外に旅行もできる。最早中国には、今もイスラム教徒の一部がそうであるような、イデオロギー(中国の場合は共産主義)に対する熱狂的な帰依者は極めて稀だろう。そこで私が注目したいのは、“汚職捜査”という政治手法である。今から約20年前、イタリアのミラノで汚職事件が発覚して、警察が捜査を開始したことがある。その対象になったのは、当時のイタリアの与党であったキリスト教民主党のメンバーであり、それが最終的に拡大して100人ほどが逮捕される事態となった。また現在、ブラジルでも“洗車作戦”と呼ばれる過去最大の汚職捜査の真っ只中だ。こちらは、ルーラ前大統領や現職のルセフ大統領にまで捜査が及んでいる。ここには、中国のケースでも働いている1つの単純なメカニズムが見える。権力を持った1人の人間が汚職で捕まると、別の町でも「あの町のボスが捕まるのなら、うちの町のボスはどうだ?」という連鎖が起きる。何故なら、どこでも似たようなことをやっているからだ。殊に中国の場合、汚職をやっているかどうかは一目瞭然だ。党の幹部の息子ともなれば、フェラーリを乗り回すのは当然の権利だし、海外の大学に行くのも当たり前のことだからである。

ここで覚えておかなければならないのは、汚職事件の捜査はカテゴリー毎に進むということだ。例えば、先ず石油業界で汚職捜査が始まる。すると、似たような権力構造の他業界、例えば電力業界・製薬業界、更には軍部と、追及は横に広がっていく。これに歯止めがかかり難いのは、汚職捜査は出世のチャンスともなるからだ。ボスが逮捕されれば、そのポストが空き、それを狙って告発等が連鎖するのである。嘗てのイタリアや現在のブラジルでも、まさに同じことが起こりつつある。このような状況になると、習は「対外的にも問題になるので、汚職捜査を止めよう」と思うかもしれない。抑々の習の動機は、腐敗を追及して政敵を追い落とすことにあったからだ。しかし、習自身が「そろそろ止めよう」と匂わせたとしても、政治的にはそれを止められなくなる可能性が高い。『パナマ文書』の影響について一言だけ言うならば、中国国内には「習一族が汚職で肥え太った億万長者である」ということを未だ知らない人々がいる。5歳以下の子供たちだ。それ以外の人々にとっては驚くべきことではないが、それが事実として突きつけられると、益々汚職捜査をコントロールするのは難しくなるだろう。習政権が鳴り物入りで提唱した対外政策に『一帯一路』がある。中央アジアを経由してヨーロッパに繋がる『シルクロード経済べルト』(一帯)と、中国沿岸部から東南アジア・スリランカ・アラビア半島・アフリカ東岸の海を結ぶ『21世紀海上シルクロード』(一路)を開発し、中国の勢力圏にするという壮大な構想だ。これこそ、中国が愛好する“スローガン”の典型だ。言葉だけが一人歩きするが、現実には何も起こっていない。例えば、「中国が投資を始め、軈てチベットや新疆等を通り、ラトビアのリガまでを結ぶ鉄道ができる」と期待する人々もいるかもしれないが、実際には、中央アジアではそうした大きな活動の兆候も起きていない。それでも、陸は未だマシだ。中国は『カラコルムハイウェイ』を整備しているが、これは新疆ウイグル自治区を通ってパキスタンのマカラン海岸に出るものだ。新疆ウイグル自治区からパキスタンへの輸送量は元々少ないので、実際は上海から船で運ぶほうが簡単だが、中国としては自前の輸送ルートの確保という点で、無意味ではない。同じく、パキスタンのグワダルにも港を造っているが、これもウイグルまで陸路で繋げようとしている。問題は“海”である。中国が何かをやっているとすれば、紅海に面したジブチに最初の海外基地を設置したくらいだが、これは元々海賊対処用に過ぎず、ジブチに駐留し、管理しているのは海外フランス軍なのだ。いくら中国が基地を造ったといっても、彼らは単なるフランスの“ゲスト”でしかない。ここから、1つの興味深い事実が浮かび上がる。「中国の“海洋戦略”からは、彼らの“本気”が見えてこない」ということだ。つまり、中国は飽く迄も“ランドパワー”であり、道路や線路で結ぶことには本気が出せるが、海洋への進出はほんの形だけに留まるだろう。

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尤も、陸路である中央アジアへの進出にしても、それほど容易なことではない。というのも、中央アジアの国々は中国に対して其々、全く異なる態度を取っているからだ。例えばカザフスタンだが、彼らは中国のやることなすことに反対している。その一例が『カシャガン油田』だ。ここは、アメリカの国際石油資本『コノコフィリップス』が煮退した時に、全体の4分の1に当たる権益を中国が獲得しようとしたが、カザフスタンはその内の半分の権益を日本のコンソーシアムに渡し、もう半分しか中国には与えなかった。カザフスタンは大きな国土を持っているのに、人口はたった1700万人ほどしかいない。だから、人口が圧倒的に多い隣国・中国の影響力が増すことを嫌っているのだ。それに対して、キルギスタンは中国を大歓迎している。キルギス族とウイグル族は仲が悪く、中国共産党はキルギス族出身の官僚を使って、新疆ウイグル自治区を支配している。キルギスの隣はウズベキタンだが、彼らは中国に対して非常に好意的だ。中国を使ってロシアに対抗させようとしているからだ。一方、ロシアの影響力が強いタジキスタンは、「中国には入ってきてほしくない」と考えている。そして、トルクメニスタンは中国を全く恐れていない。地理的に遠過ぎるからだ。また、中国とイスラム教勢力との関係でいえば、『IS(イスラミックステート)』の最大の敵はシーア派であり、イランである。だから、中国への関心は殆ど無い。中国が警戒すべきなのはトルコであり、シリアで活動する『ヌスラ戦線』だろう。中国国内の最大のイスラム勢力であるウイグル族たちは、トルコからインスピレーションを受けている。トルコは『北大西洋条約機構(NATO)』の加盟国ではあるが、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とその一派は『ムスリム同胞団』を支持する過激派とみていい。またシリア内戦では、ウイグル族はヌスラ戦線らと共に参戦しているのだ。

冒頭で述べたワシントンでの習の振る舞いからもわかるように、習にとって最も悩ましい“敵”はアメリカに他ならない。現在、大統領の予備選で、共和党はドナルド・トランプ、民主党はヒラリー・クリントンが優勢だが、特に目が離せないのはトランプだろう。「中国製品の輸入関税を45%にする」「習近平主席が来るようだが、国賓待遇の晩餐会なんか必要ない。マクドナルドのハンバーガーでも食べてもらえばいい」といった発言で選挙戦を盛り上げてきたトランプだが、「アメリカの産業を中国の鉄鋼等の“ダンピング”から守るべきであり、中国を怒らせても全く構わない」と考えていることは間違いない。若しも彼が大統領になれば、プーチンに対しては柔和な態度を取り、封じ込めの対象である中国に対しては対決姿勢を新たにすることを主張するだろう。その手法としては、先ずは経済面で圧力をかけることになると考えられる。ただ、次の大統領がクリントンになっても、対中強硬路線という点では変わらないだろう。中東に関しては、トランプの「イラクやアフガニスタンから撤退して、現地の人間同士に問題を解決させろ。殺し合いたいなら殺し合いをさせろ」という立場が際立っているが、大平洋方面については、クリントンも「中国に対して封じ込めを行うべきだ」という立場で、2人の違いは殆ど無いと言える。また、日本にとっても、誰が大統領になろうと状況は変わらない。トランプもクリントンも、戦略連携(strategic alignment)を進めるからだ。太平洋での中国に対する“封じ込め”は、嘗てのヨーロッパ大陸におけるソ連の“封じ込め”と似たような状況になっている。アメリカは同盟国に更なる協力を求めてくるだろう。トランプとクリントン、どちらが選ばれようが、現在の日本のように、国防費がGDPのたった1%というレベルでは済まされない。インドはGDPの2.5%を国防費に使っており、これは日本にとっても最低ラインとなる筈だ。日本は自衛隊の強化のみならず、フィリピンのような弱い同盟国を助ける為にも費用を負担することになる。更に、“戦略の論理”からみて、習にとって最も打撃となるのは、連日連夜、大統領選でトランプが話題になることそのものだろう。アメリカは“騒がしい(noisy)”国であり、世界中の国々が不安定化するメッセージを無意識のうちに送り続けている。例えばイスラム諸国ならば、アメリカの映画・テレビ・雑誌等あらゆるメディアから「宗教よりも自由が大事だ」「女性には自分を自由に表現する権利がある」といったシグナルが送られてきて、イスラム世界の保守的な男性をパニックに陥れるのだ。特に中国にとって大きいのは、政治的なメッセージだ。トランプのような人物が言いたいことを好き勝手に捲し立て、それに対してアメリカ人たちが賛否両面から賑やかにコメントする。インターネット等でトランプを見た中国人は、こう思うだろう。「アメリカには不思議な人間が存在する。そして、騒がしい喧騒を経て、国民がリーダーを選んでいる」と。そして、こう疑問に感じる筈だ。「では一体、誰が習近平を選んだのか? 自分たちじゃない。北京の背広を着た男たちが、彼を選んだに過ぎない」。つまり、トランプの存在自体が、中国共産党の1党独裁体制への打撃となっているのだ。これを私は“ファニートラップ”と呼んでいる。トランプはエンターテインメントとして面白いから、習にとって実に危険な存在なのである。


Edward Nicolae Luttwak 歴史学者・『戦略国際問題研究所』シニアアドバイザー。1942年、ルーマニア生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学で博士号取得。イスラエルとアメリカで戦車部隊の指揮官、『ホワイトハウス国家安全保障会議』メンバー等を歴任。著書に『アメリカンドリームの終焉 世界経済戦争の新戦略』(飛鳥新社)・『自滅する中国 なぜ世界帝国になれないのか』(芙蓉書房出版)等。


キャプチャ  2016年夏号掲載

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