『日本電産』、世界の果てまで永守イズム――目指すは世界、削るは残業

M&A(合併・買収)を梃子に急成長し、高収益企業の代表格となった『日本電産』。創業者である永守重信会長兼社長の歯に衣着せぬ発言は、常に世の注目を集めてきた。一方で、日本電産がどのような会社かはよく知られていない。今や、買収した海外企業が成長を牽引し、モーレツ主義を捨て働き方改革に取り組む。世界に広がる永守流経営の実像に迫る。 (取材・文/本誌主任編集委員 田村賢司・池松由香)

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JR京都駅から国道171号線を南西に車で走ること約20分。京都市で最も高い地上20階建てビルが突如、現れる。鎧兜の飾りをあしらったようなそれこそが、日本電産の本社だ。「今日もはよ帰ってな」。17時半の終業時、同社人事部の平田智子部長(右写真)は、部下にこう声を掛けて回る。残ろうとする部下は、その日の朝礼に“残業に必要な時間と作業内容”を申告してOKを貰った者のみだ。嘗ての日本電産は、時間を問わずモーレツに働く社員が多いことで知られてきた。創業者の永守重信会長兼社長自ら、「休みは元日だけ」と公言していたほどだ。そんな会社が今、働き方改革に邁進している。定時に帰るのは当たり前。社員はその分の時間を使い、習い事やプライベートな生活を充実させる。今年4月には、女性が働き易い会社になる為の『女性活躍推進プロジェクト』を立ち上げた。平田部長等の女性部長5人が中心となり、手を挙げた22人の女性社員と議論しながら、具体的な改革案を纏めている最中だ。やると言ったらできるまでやり抜くのが永守流の経営。鶴の一声で1年前に始まった働き方改革は、早くも実績を上げている。改革は2段階。従来の本社の残業時間は、全従業員の平均で月30時間程度だった。先ず実施したのが、平田部長のような上長による定時帰宅の声掛けだ。これだけで「残業が3割も減った」(石井健明常務執行役員)という。

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ポイントは、残業する場合には朝礼で上司の許可を取るようにしたこと。例えば、Aさんが「Bさんに頼まれた資料を作るので1時間の残業をする」と宣言したとする。Aさんは20ページほどの資料を作成しようとしていたが、上司がBさんに確認すると、数ページで十分だということがわかり、Aさんは残業する必要が無くなった。「残業の理由を聞くと、無駄な作業をしていることが多い。効率的な仕事の進め方を教えれば、残業を削減できる上に部下の成長も促せる」(平田部長)。今年4月からは、この活動に加えて、会議時間の削減に着手。それまでは、会議用資料のページが多い人ほど“意欲の高い人”と評価される風潮があった。そこに永守社長が気付き、資料を減らすよう全社に号令をかけた。会議時間も60分のところを45分に、30分の会議なら25分に短縮するよう指示した。その結果、本社の残業時間は、当初の30時間から約半分に減ったという。石井常務によると、残業半減に繋がった最大の要因は、上司と部下のコミュニケーションの頻度が増えたことにある。「会議や外出続きで上司の不在が長引くと、承認を得ようと遅くまで残る部下が増える。会議の合間に上司が一旦部署に戻る時間を作ったことで、全員の仕事がスムーズに進むようになった」(石井常務)。働き方改革は世の流れでもあり、労働コストの削減にも繋がる。ただ、永守社長の狙いは別にある。働き方をグローバル水準にして生産性を高め、世界で戦える人材を育成する。それこそが、真のグローバル企業になる為に必要だからだ。「クレームで今一番多いのは、言葉の問題。『日本電産の技術者は英語が通じない』と言われる。だから、『定時に帰って英語や中国語の勉強をしてくれ』と。なんなら、英会話教室を社内に作ったっていい。世界に出ていける色んな教養を身に付けてほしい」(永守社長)。その為に必要な投資は厭わない。ITに詳しい役員を外部から引き抜き、100億円以上を投じて業務効率化システムを導入。スーパーコンピューターを使える環境も用意し、シミューレーション業務等の時間を大幅に短縮した。本社の前では、世界中の社員が学ぶ『グローバル経営大学校』の建設が進む。今後は、残業時間削減で浮いたお金を、生産性を上げた社員への賞与や給与のベースアップ等に還元する。その命を受けた石井常務が制度作りに向け、準備を進めているところだ。「日本電産を世界トップにする」──。永守社長の頭の中には、思い描く未来へ向かう緻密且つ具体的なロードマップがある。働き方改革は、その極一部。世界を舞台に、永守流経営は新境地を開き始めている。

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ドイツ東部のテューリンゲン州マーベルスロッド。どこまでも広がるような田園地帯の中の町を、昨年1月29日、永守社長が訪れた。姿を現したのは、車載用ポンプメーカー『ゲレーテウントプンペンバウ(GPM)』(右写真)の本社だ。GPMは、エンジン等に冷却水や潤滑油を供給するポンプ製造のヨーロッパ最大手。同社の買収を決めた永守社長が、従業員に向けてM&Aの狙いを説明に訪れたのだ。会場は緊張感に包まれた。「Nidec(日本電産)って何だ?」「そんな会社に買収されて、我々の会社と雇用は大丈夫なのか?」。1000人近い従業員は不安な表情を浮かべたまま、日本からやって来た男を見つめた。永守社長は、そんなことなど意に介することもなく話し始めた。「皆さんは素晴らしい製品を持っている。ヨーロッパだけでなく、アメリカやアジアでももっと売れる。やればできます」。横に通訳がいるとはいえ、日本語であることを気にもせずどんどん喋る永守社長。その強烈な熱気を前に、従業員たちの私語は止んだ。「GPMをもっと大きくしよう」。永守社長がそう言うと、会場に大きな拍手が響いた。日本電産グループに入ったことによって、「進捗管理の徹底等でコストを抑え、利益率をそれまでの2倍に押し上げた」とミハエル・グレルマンCOO(左下写真左・同右は大川内裕仁CEO)は言う。不安は、まさに杞憂だった。日本電産は今、“第2の創業”とも言える大改革を加速させている。これまで、日本電産の成長を支えた精密小型モーターの市場が成熟するのに伴い、“車載”と“家電・商業・産業用モーター”という新たな柱を作り上げようとしているのだ。精密小型モーターに偏った事業構造から、3本柱への事業ポートフォリオの大きな転換。それを更に加速させ、今年度(予想)に1兆2500億円の売上高を、2020年度に2兆円、2030年度に10兆円へと押し上げる計画を掲げる。その為に、2010年頃から進めているのが、欧米を中心にした海外企業の買収だ。

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車載事業については元々、日本電産本体でパワーステアリング用モーター等の一部を手掛けていたが、事業規模は小さかった。家電・商業・産業用も、「(『芝浦製作所』モーター部門を買収した)“日本電産テクノモータ”くらいで、殆ど無かった」(家電産業事業本部長を務める日本電産の大西徹夫副社長執行役員)。多数の海外企業を買収しているのは、足らない技術を補い、繋ぎ合わせて新事業を創出する為。日本電産は、これまでに49社を買収してきたが、既に半数近い24社が海外企業となった。ドイツのGPMも、車載分野の有力企業だ。自動運転や車の電動化が進めば、モーターや制御装置と組み合わせた、より高性能のポンプが必要になる。その為の備えだった。とはいえ、日本人も殆どいないようなドイツの田園地帯にまで広がった買収先を、どう纏めるのか。その原動力が、日本電産の名前すら知らなかったドイツ人たちをも引きつけた“永守イズム”(経営哲学)だ。永守イズムの根幹は、永守社長が創業以来掲げてきた“情熱・熱意・執念”等の3大精神をバックボーンとし、“高成長”・“高収益”を“スピード感”を持って必達目標とするところにある。何れも、高い目標を何としてでも達成しようとする社員の士気の高さと、実行する力が極めて重要になる。これらは、買収した業績不振企業を再建した1990年代半ばからの日本でのM&Aでも柱となったもの。その永守イズムを世界に広げることで、グローバル化と新事業創出の2つを同時に成し遂げようとしているのである。「あの案件は、約150年の当社の歴史の中でも初めての大型プロジェクト。以前なら、こんな物を取りに行こうとは思わなかっただろう」。イタリアのミラノにある『日本電産ASI(NASI)』のジョバンニ・バッラCEOは、笑顔を覗かせながら言う。

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“あの案件”とは、今年6月、ドイツ西部の大手発電会社『STEAG』向けに納入したエネルギー貯蔵システムのこと。電線を流れる電気の周波数を安定させ、停電等の障害を防ぐという新たな機能を持つシステムで、計6基を納入。合計で7000万ユーロ(約79億8000万円)という大きな商談となった。バッラCEO(右写真)は、この大型案件を受注できた要因として、永守イズムを挙げる。NASIは、日本電産が2012年6月に買収したイタリアの産業用モーター大手『アンサルドシステムインダストリー』が前身。鉄鋼メーカーや石油ガス会社で使用する大型モーター・発電機・制御システムを生産・開発する老舗企業だったが、市場は縮小し、業績は伸び悩んでいた。バッラCEOは、「永守社長は、『そこには言い訳がある。目標を掲げ、達成する為に何をすべきか、何が足りないのか、何を改善すべきかを明確にして、必ず実行すべきだ』と指摘した」と振り返る。高い成長と利益を目指して、徹底的に突き詰める永守イズムだ。永守社長は、グローバル化の推進力として、自身の経営哲学を海外の買収企業にも広げようとしている。NASI買収の翌年、2013年8月にイタリアの自動車大手フィアット系の会社から移ってきたバッラCEOには、それが新鮮であり、納得できたという。“井戸掘り経営”・“千切り経営”・“家計簿経営”。永守社長は、3大精神や高収益必達の思想と共に、自らが指針としてきた考え方を世界の子会社に教え込んでいる。井戸掘り経営とは、「経営課題等の改善・解決は、そのアイデアが出るまで徹底して続ける」ということ。千切り経営は、「どんな難題も小さく分けて対処すれば、必ず解決できる」という考え方。そして家計簿経営は、「収支管理を徹底すれば、必ず利益を出せる」というものだ。「計画が未達になるのは、収支管理ができていないせいだ」とする。

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何れも単純なようで、課題解決の方法を考える指針になる。バッラCEOは、STEAG向けのエネルギー貯蔵システムの受注が難しい理由を、社内で問い詰め続けた。見えてきたのは、価格や納期等の問題だった。「我々には、他社に無いエンジニアリング技術がある。これを生かせば、他社よりも納期が短くなることに気付いた」(バッラCEO)。何度もSTEAGを訪問して訴え、受注を勝ち得た。「高収益必達の目標を永守社長から示され、諦めないことの重要性を説かれ続けてわかった」(バッラCEO)と笑顔を見せる。井戸掘り経営と千切り経営である。勿論、簡単には結果は出ない。他社に勝てる価格を出すにしても、利益率を落としてまで受注することは永守イズムには合わない。その為、CEOに就任後、コスト削減を始めとした様々な改善活動に取り組んだという。生産・技術・購買・人事等、社内の各部署から人を集め、コスト削減や新規案件開発といったテーマを検討する『クロスファンクショナルチーム(CFT)』を設置。そこで目標に向けた課題・現状分析・改善・実行策を検討し、実施後もレビューをして修正していくというものだ。“ウォールーム(WAR ROOM)”。CFTが議論をする為の会議室には、“戦いの場”という意味を込めた名前を付けた。「『1ヵ月ぐらい泊まり込んでやったらどうだ?』と言ったよ」。バッラCEOは冗談交じりにそう言うが、このCFTのノウハウも「日本電産から広めたもの」(永守社長)。精神論を叫ぶだけではなく、実行する為のノウハウも浸透させる。2012年の買収時に約230億円だったNASIの受注額は、「今年、倍増する見込み」(バッラCEO)。実績も、永守社長の目論見通り上がっている。業績向上が最初から約束されていれば、世界のどこであれ誰もが付いてくる。問題は、それが見える前からイズムを受け入れてもらえるかどうかだ。「最初、『これはかなり高い要求だ』と思った」。ドイツの車載モーターメーカー『日本電産モーターズアンドアクチュエーターズ(NMA)』のオラフ・シュルテCEO(左写真)は、そう苦笑する。シュルテCEOは、2013年10月にドイツの大手自動車メーカー子会社から移ってきた時、驚いたという。

自動車業界では、完成車メーカーでも営業利益率は5~6%程度が普通。それなのに、永守社長から「営業利益15%は必達」と告げられたからだ。「望みが高過ぎる」とも感じたが、暫くしてあることに気付いたという。それが、「日本電産の成功体験は役に立つ」というものだ。たった4人で興した会社を40年余りで1兆円企業に育て、しかも営業利益率は2桁をほぼ維持している。どのようにして成長のペースと高利益率を維持してきたかを聞けば、「『自分たちは何故チャレンジしないのか?』という気にさせられる」(シュルテCEO)という。前述のドイツGPM(現社名の略称は『NGPM』)の従業員が圧倒されたのと同じ構図だ。NMAの前身は、2006年末にフランスの大手自動車部品メーカー『ヴァレオ』から買収した車載モーター事業。日本電産グループ入り直後は業績が伸び悩んでいたが、シュルテ氏のCEO就任を機に思い切った改革に乗り出した。パリにあった本社をドイツの工場の隣に移し、顧客の要望に機敏に対応できる態勢を作った。NASIと同様に社内にCFTを多数設けて、工場では多くの生産設備を更新。多くのラインでは従業員が半減し、生産性は倍になった。中でも、シュルテCEOのチャレンジ精神をかき立てたのが、永守イズムの1つである“3新”。これは、「新製品・新市場・新顧客を追求して成長を目指す」という標語だ。日本電産の社員は、常に“3新”の視点で新たなビジネスを興すよう動機付けられている。その視点でシュルテCEOが取り組むのが、グループの拡大に伴ってシナジー効果を上げ、事業を作り出すこと。例えば、現在開発しているのが車載用の電子制御ポンプ機構だ。組み合わせるのは、NMAのモーターと、冒頭に出たNGPMのポンプ、そして日本にある『日本電産エレシス』の電子制御装置。きめ細かく制御することでエンジンの燃焼効率を上げ、これから厳しくなる排ガス規制に対応できる。国境を越え、グループ横断で“3新”を実践していこうとしている。現在、日本電産が事業を展開するのは33ヵ国。永守社長は、「2030年には人口1000万人以上の75ヵ国まで広げるつもり」と言う。国と事業が多様化する中で、如何に永守イズムを浸透させ、シナジーを加速させるか。その為の新たなグローバル経営の仕組みも、軌道に乗りつつある。


キャプチャ  2016年10月24日号掲載

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