【財務省大解剖】(03) 私が見た『自民党税制調査会』の崩壊――経済ジャーナリスト・須田慎一郎氏インタビュー

軽減税率導入を巡る攻防で、全くその存在感を示すことができなかった“党税調”。嘗て、“インナー”と呼ばれる重鎮たちが全てを取り仕切り、巨大な聖域を守ってきた時代の『自民党税制調査会』を知る経済ジャーナリストの須田慎一郎氏が、その“盛衰”を語る。 (聞き手/本誌編集部)

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――消費税再増税時に導入される軽減税率を巡る攻防では、『自民党税制調査会(党税調)』の機能不全が指摘された。
「党税調と言えば、嘗ては時の総理にも口出しをさせないほどの絶大な力があった。その時代と比べれば、今の税調は全く無力ですね」

――党税調は嘗て、日本の税制の全てを決める最高決定機関と言われた。それが今回、公明党との調整役すら果たせずに終わった。
「税調には“自民党税調”と“政府税調”があって、政府税調は中長期的な税の在り方や大きな枠組みを決めるが、どの税金をどれだけ上げるか・下げるかという肝心の数字の部分を決めるのは全て、党税調の役目だった。その党税調の中心人物だったのが、“テーソク”こと山中貞則氏(元衆議院議員・2004年に死去)だった。山中氏は、税に関して絶大な権限を持ち、旧大蔵官僚・財務官僚は勿論のこと、その決定に逆らえる者はいない“天皇”だった。そして、山中氏を中心とする村山達雄・相沢英之・津島雄二・塩川正十郎といった長老メンバーたちは“インナー”と呼ばれ、税の全ては、このインナーたちが決めていた訳です」

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――博識の大蔵官僚ですら、“税調のドン”山中氏の前では何も言えなかった。
「それは、日本の税制の歴史と関係しているんです。これは山中氏本人から聞いた話だが、日本の税制というのは、言ってみれば“熱海の旅館”のようなものであると。本館ができた後に別館や新館が次々に作られ、それを繋ぐ通路や渡し廊下を作る。また、屋上に展望風呂を作ったり、階段を設置したりしているうちに、非常に複雑怪奇な構造になってしまった。その旅館の構造と、そうなった経緯を全て知り尽くしているのは山中氏だけで、どんなに優秀な大蔵官僚でも、こと税に関する知識において、山中氏に太刀打ちすることは不可能だった訳です」

――議論すらできなかったと。
「部分的に、その“熱海の旅館”の構造を知っていたとしても、全体像を理解していないと税に関する判断はできない。例えば、物凄く単純に言うと、『景気が悪いから法人税を減税しましょう』という話があったとする。それだけ見れば正しい政策かもしれないが、それが大局的に見た時に著しく公平性を欠いていないか。大企業優遇になっていないか…。そういう整合性を保てるかの判断ができなければ、税というのは動かせないんですね」

――実際は、極めて高度なバランス感覚が求められる。
「山中氏は、若い頃から税について独自に勉強し、当選回数を重ねる中で、次第に税のスペシャリストになっていった。色々な減税要求・増税要求がある。それを全て判断するのがインナーで、議論はあったとしても決めるのは党税調。その審査権・決定権こそが、強大な権力の源泉であった訳です」

――山中氏と言えば、「税のことは50年しかやっていないからわかりません」「政府税調を軽視しているのではない。無視しておる」等の独裁発言で知られる。
「2001年に小泉政権が発足した際、小泉首相は真っ先に山中氏の元へ出向き、『山中先生、シャウプ税制勧告に代わる“山中税制”を是非作って頂きたい』と言っている。戦後、GHQの要請によって、カール・シャウプを団長とする税制使節団が結成され、所謂“シャウプ勧告”によって日本の税制が形作られた。その基本的な骨格はずっと変わらずにここまで来たが、小泉首相は『根本的なモデルチェンジが必要である』と考えた。だからその時、その新しい税体系構築に関する全権限を山中氏に与えた訳です」

――国内では1989年より消費税が導入されたが、もっと根本的な改革を伴う新体系が期待されたということか?
「そうです。消費税というのは、“山中勧告”構想から見れば小指の先ほどの話でしかない。『日本の税全体をどうするか?』という話ですから」

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――旧大蔵省の悲願でもあった“消費税導入”とは、税制上、どんな意味を持っていたのか?
「一言で言えば、“直間比率の見直し”というセンテンスですよね。消費税というものが登場する前まで、日本の税制は直接税偏重の傾向が強かった。しかし、所得税や法人税といった直接税は、経済情勢や景気の動向によって上がったり下がったりする。つまり、税収として安定性に欠ける。そこで、『景気動向に左右され難い間接税というものを導入しよう』と。それが大義名分だった訳です。今はある種、消費税も目的税化していて、『社会保障費に充てる』等と言われるようになり、“直間比率の見直し”という当初の概念は消え去っていますけどね」

――山中氏は、小泉首相の期待に応えられたか?
「当時、健康問題から政界引退を考えていた山中氏でしたが、小泉首相の言葉に奮起し、次の(2003年)総選挙にも車椅子に乗って出馬、当選を果たした。しかし、その直後に他界し、“山中勧告”は実現しなかったんですね」

――山中氏と旧大蔵省の関係は、どういったものだったのか?
「先ず、議論しても理屈では勝てない。勿論、政治力でも勝てない。だから従わなくてはいけない。ただ、細かいところで違いはあっても、基本の方向感というものは一致していたと思います。『国の財政は歳入と歳出の均衡を図るべきであり、赤字国債の発行は基本的に禁じ手である』と。だから、『増税するか、歳出をカットするか、その両方をバランス良くやるか、それをやるべきだ』という考えで、大蔵省と山中氏は一致していましたね」

――山中氏やインナーの長老メンバーが他界したことで、「“熱海の旅館”のままの税制をどうするか?」という問題は置き去りにされている。
「党税調が力を失った直接の原因は、山中貞則氏を始めとする“税のドン”たちがいなくなったことですね。最近まで税調会長を務めた野田毅氏や今の宮沢洋一氏は、どちらも財務省OBではあるけれども、税について全てを決められるような知識や政治力は全く無い。抑々、野田氏が税調会長を更迭され、後任に宮沢氏が就任するその人事を、官邸が決めている訳ですよね。その時点で勝負ありというか、党税調は何も期待できない訳です。嘗ては、税調会長を選出するのもインナーのメンバーの仕事であり、最高顧問に君臨していた山中貞則氏が独断で決めていた。そうした決め事に一切、口出しはできなかった訳だから」

――山中氏には後継者がいなかった。
「山中氏が“税調のドン”足り得たポイントは3つほどあって、先ず、税制全体の構図を熟知している。『山中氏に聞かなければ誰もわからない』といったところまで知っている。次に、総理を黙らせるほどの政治力がある。そして、野党とのパイプがある。それを全て満たす政治家は中々出てこないですよ」

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――嘗ての税調に代わり、安倍政権においては官邸主導の政策決定にシフトしている。
「これは、背景に官僚の争いもある。党税調に事務方のメンバーとして入ることができるのは、財務省(旧大蔵省)と総務省(旧自治省)だけで、経済産業省はそこに入ることができなかった。経産省は通商産業省時代から、その点で忸怩たる思いを抱いていた訳です。『総務省はメンバーに入れるのに、何故自分たちがメンバーに入れないのか。税は産業政策そのものであるのに、そこに関与させてもらえない。財務省の川下だ』ということでね」

――安倍首相の政策秘書官は経産省出身の今井尚哉氏で、安倍内閣は“経産色”が強い。
「だから、今の状況は、財務省に対する経産省のリベンジといった側面があるんです。税について党税調を弱体化させることは、相対的に自分たちの発言力を強め、その意向を反映させることができることになるから」

――安倍首相と財務省の関係は?
「確かに、安倍内閣では経産省のカラーが前面に出てはいるが、かといって安倍首相と財務省との関係が険悪な訳ではないし、結び付きは強いですよ。2014年12月29日の夜、もう仕事納めの後でしたけれども、安倍首相は第1次安倍政権時代の首相秘書官とその夫人たちを集めて、3時間半に亘りイタリア料理店で食事会を開いているんですよ。当時の肩書きで言うと、警察庁出身の北村滋内閣情報官、外務省欧州局の林肇局長、そして現在の事務次官である主計局の田中一穂局長です。安倍首相にとっては、あの時のメンバーが苦楽を共にした第一の盟友であって、現在の田中次官と関係が悪い筈がない」

――やはり、安倍首相が田中氏を次官に引き上げたのか?
「今も財務省次官人事に大きな影響力を持つ人物に、OBの丹呉泰健氏(『JT』会長・元事務次官)がいる。田中局長の前の次官である香川俊介氏(故人)が、同期から2人目となる次官に就任する前、安倍首相は丹呉氏にこう言ったというんです。『同期から3人というのは無理かなぁ…』とね。つまり、『田中を次官にしたい』という意味ですよ。この言葉に財務省は救われた。同期で最初に次官となったのは、木下康司氏だった。しかし、消費税増税に汗をかいた香川氏と、甲乙付け難い田中氏、どちらも次官にさせたいが、同期から3人というのは前例が無い。しかし、首相のOKがあればそれも可能になる訳ですから」

――増税とその実行に最後まで力を尽くした香川氏も他界した。
「あの時も、香川氏が退官時に車椅子で安倍首相のところに挨拶に行くと、安倍首相が駆け寄って近付き、お礼を述べている。これも、対決している人間関係ではないですよね」

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――党税調から嘗ての“威光”が消えた今も、飽く迄も財政規律を死守する為、財務省は、これまでとは別の形で政治に働きかけていかなくてはいけない。
「財務官僚が財政規律に拘るというのは、もう習い性というか、DNAのようなものですよね。理屈は色々と立てられるけど、明確な答えは見つからない。やっぱり、昔の政治家や官僚は、戦前戦中の国家財政の破綻というのを目の当たりにして、無尽蔵に赤字国債が積み上がっていって、最後は国民の財産を紙屑にしてしまうという状況を見ているから。だから、そうした戦争突入原因としての赤字国債というイメージがあるので、物凄くネガティブに反応しますよね。時代は違うんだけれども、そうした伝統が今でも引き継がれてきたと思いますね」

――安倍政権下で『内閣人事局』もでき、財務省の政治力は益々弱まっているように見える。
「確かに、幹部人事の主導権を政治に握られているかのように見えるが、現実的には難しい問題がある。例えば、政治が『この人事は認められない』と言った時に、それでは後任をどうするか。年次の問題をどうするか。それは、局長や課長の人事にまで影響してくる訳ですね。それはガラス細工のようなものだから、全部、整合性を持たせるのは本当に難しい訳ですよ。だから、余程のことがない限り、触りたくても触れないと思いますね。人事を決定する権利は留保しておいて、何か大きな問題が起きた場合だけ政治力を発動するということはあると思いますが」

――来年の消費税増税が本当に実行されるかどうか、財務省と政治の鬩ぎ合いは暫く続きそうだ。
「最早、党税調は聖域でも何でもなく、会長人事も官邸が決めるという、ある意味で普通の状態になった訳ですから、時代が変わったのです。“税は国家なり”というけれども、その税制を誰がどのような形で議論し、決めていくのか。その意味では、来年に予定される参院選と消費税再増税までのプロセスが注目されます」


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