【迫り来る北朝鮮と中国の脅威】(03) 日本は最早アメリカを頼れない

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「日本政府には、未だにこんな“中国観”を持っている人がいるのか」――。北朝鮮による“水爆実験”から1ヵ月が経過した2月6日。私は、ある新聞記事を読んで愕然として、思わず背筋が寒くなった。『安保理制裁決議 足踏み』と題された読売新聞の記事(同日朝刊)は、国連安保理で北朝鮮に対する追加制裁の採択が、中国の“慎重姿勢”によって思うように進まない事態を伝えていた。丁度、北朝鮮が長距離弾道ミサイルの発射を予告していたタイミングでもあり、政府関係者が苛立っているという。そこまでは理解可能だ。しかし、私が驚いたのは次の記述だ。「日本政府内には当初、『今回は中国の協力が速やかに得られるだろう』と楽観的な観測もあった」。というのも、中国は今回の核実験を事前に知らされておらず、実験当日に金正恩政権に対して不快感を表明していた。従って、「今回、中国はアメリカと協力して、厳しい制裁決議に早期に賛成するだろう」と日本政府は見ていたというのだ。勿論、政府内の一部の人間の考えに過ぎないのだろう。しかし、これはあまりにも古い中国観である。まさしく、鄧小平が使った“韜光養晦”(頭を低くして揉め事を起こさず、経済に専念して“その日”を待つ)の時代の見方なのだ。この調子では、再び日本は中国分析で深刻な過誤を犯しかねない。

結局、嘗てない難渋の末、2月23日の米中外相会談で漸く、対北制裁に関して米中の“暫定合意”があったが、これには日本は大いに懸念を抱くべきなのだ。恐らく、アメリカは見返りに、韓国への終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備先送りの約束か、或いは南シナ海でのある種の裏取引をしているであろうからだ。これまで日本は、多くの局面で中国という国を見誤ってきた。中国が我が国の行く末を大きく左右する強大な隣国であるにも関わらず、だ。今、中国は国の在り方が大変動する歴史的な渦中にある。それ故、既に何年も前から、最早、中国は覇権主義的な野心を隠そうとせず、今年に入ってからも、南シナ海の岩礁を埋め立てて、建設した滑走路に大型の航空機を着陸させ、西沙諸島には地対空ミサイルの発射装置やレーダーシステムだけでなく、戦闘機まで配備していることが明らかになった。一方、改革開放以来、大成長を続けてきた中国経済に急ブレーキがかかっている。GDPも伸び悩み、株式市場も低迷が続く。中国社会の矛盾を全て包み隠してきた経済の減速が鮮明になってきているのだ。こうした中国の野望とリスクが、日本を含めた国際社会に重くのしかかっている。そんな今こそ、中国を冷静に見つめ直して、現実に即した視点を持つことが重要なのだ。先ず、習近平政権の外交政策をどう見ればよいのだろうか。その為には、近年の中国外交を改めて振り返り、その変化の大きな流れを知らなければならない。1978年、『文化大革命』に終止符を打った鄧小平は、冒頭で述べた韜光養晦に象徴される外交方針を国是としてきた。それが一転して、国際社会に対して強い自己主張を始めたのは、国家の威信を賭けた北京オリンピックを無事に終えた2008年頃のことだ。アメリカでサブプライムローン問題に端を発したリーマンショックが起きる等、世界的経済不況が深刻化していた時期に、中国の政権中枢では、急成長した経済力を背景に、「中国は自らの力に相応しい主張をし、やるべきことはやる」という“適切主張”をスローガンに唱える人が増えた。そしてその後、目に見える形でその“野望”を剥き出しにし始めた。

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既に早くから、必ず“この日”が来ることを予期していた私には、寧ろ遅いくらいに思われたが、多くの日本人にとってはそうではなかった。2010年には遂に、南シナ海全体の支配権を「中国の核心的利益である」と公言。これまでチベットや台湾に向けられていたこの政策用語を、一挙に適用範囲を膨張させて、主張し始めたのである。更に、2012年に発足した習近平政権は、“中華民族の偉大な復興”を“中国の夢”として掲げて、冒険主義的な行動をストレートに加速していった。今に至る南シナ海での挑発的な振る舞いが象徴的だが、対象を日本に限っても、2013年の尖閣諸島上空を含む一方的な『防空識別圏』の設定・中国軍機による自衛隊機への異常接近・海自護衛艦へのレーダー照射事件等、傍若無人とも言える行動が次から次へと続いた。同時に、中国は一見、アメリカの世界覇権に挑戦するかのような動きにも出てきた。例えば、周辺各国やヨーロッパ先進国との経済的結び付きを強める為の『アジア・インフラ投資銀行(AIIB)』設立に向けた動きは象徴的だった。以来、こうした既存の国際秩序に挑戦しようとする姿勢を、中国は一貫して強めてきている。この時期、習近平外交は、初動の“離陸”するタイミングで、大きな推力で乱暴な自己主張を繰り広げ始めたのだ。確かに、2014年の末に至って、中国の覇権主義的な外交戦略はやや軌道修正する局面に入ったように見える。しかし、これは謂わば、習近平の強硬外交のデビューとなった急上昇局面から、その対外強硬が“新しい常態(ニューノーマル)”としての“水平飛行”へ移行しただけのことなのである。だから、ここで勘違いしてはいけないのは、中国が今の飛行高度を下げて、再び以前の韜光養晦、或いは“日中友好”外交に回帰する可能性は最早無いということだ。それは今後、中国がどれほど日本との関係修復に熱心になっても、金輪際あり得ない選択なのだ。飽く迄も、中華帝国の復興を見据えて“水平飛行”を続けていくであろう。寧ろ、現状として中国は、より大きな“夢”に向けて、より戦略的になり、よりダイナミックに外交姿勢を変化させる局面に入っている。

韜光養晦路線を捨てた中国が一貫して目指しているのは、冷戦崩壊後に確立されたアメリカによる“一極覇権の世界”からの転換だ。そして、アメリカを現在の地位から引き摺り下ろし、国際社会を多極化させ、自らがその一大勢力を担い、軈てアメリカを追い落としていくという中国の長期目標に、今後もブレはないだろう。中東やヨーロッパの問題において、中国がロシアと並んで米欧と対峙するキープレイヤーになろうとしていることも、同じ論理で説明できる。アメリカが自ら“世界の警察官”の座から降りようとしていることを見据え、ここで一気に多極化傾向に拍車を掛けたいのだ。それ故、冒頭で触れた北朝鮮の核実験に対する国連安保理での制裁問題で言えば、北朝鮮の核によるリスクが如何に高まっても、中国はアメリカの主導権を抑え込んで、“多極化世界を目指す”というグローバルな大戦略のほうを常に優先させるだろう。否、寧ろ全世界に対し、アメリカの指導力低下を知らしめることに一層重要な意味を見出していく筈だ。日本が今も正確な“中国観”を身に付けられない背景には、アメリカからの影響が多分にある。アメリカの国防総省で40年間に亘って中国の対外戦略を研究し、アメリカの対中政策の当事者でもあったマイケル・ピルズベリーが昨年著した『China2049 秘密裏に遂行される“世界覇権100年戦略”』(日経BP社)を読むと、アメリカのエリート層が持っていた中国観のあまりのナイーブさに驚かされる。同書の中でピルズベリーは、自らの過去を振り返って、こう告白している。「(米国の対中政策決定者の多くが信じ込んできた仮説は)『中国は、わたしたちと同じような考え方の指導者が導いている。脆弱な中国を助けてやれば、中国はやがて民主的で平和的な大国になる。中国は大国となっても、地域支配、ましてや世界支配を目論んだりはしない』というものだ。こうした仮説は、すべて危険なまでに間違っていた」。ピルズベリーが長く仕えた元国務長官のヘンリー・キッシンジャーですら、そのような認識を共有していたというから驚きだ。そればかりか、中国に積極的な軍事支援を行い、その事実上の米中軍事同盟関係は、冷戦後も暫く続いていたという。こうして、自ら丹精込めて大国に育て上げた中国が、今やアメリカに牙を剥き出した現状を考えると、まるでアフガニスタンで反ソビエト連邦のゲリラ部隊を率いていたウサマ・ビン・ラーディンを、CIAが手取り足取り訓練してテロ攻撃のノウハウを教えた、あのエピソードを彷彿とさせるではないか。

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しかし、今やそのアメリカも、遅まきながら変化してきている。ナイーブな親中派だったピルズベリー(右写真)は、同書で悔恨の念を込めて、「中国は脅威だ。“100年のマラソン”でアメリカの覇権を突き崩そうとしている」という主旨のことを語っている。“100年のマラソン”とは、1949年の中国共産党政権の樹立を起点に、100年後となる2049年まで、「中国は100年かけてアメリカを超える覇権国になる」という中国の長期戦略を指している。その実像に、彼は今やっと気付いたという訳だ。正直ではあるが、私の眼には、いつもながらうんざりするほど“ナイーブなアメリカ”の告白だ。こうしたアメリカの浅薄な中国観に盲従しているから、冒頭で述べたように、日本外交の更に輪をかけた軽薄な中国観に繋がるのだ。そして付言すれば、そこには日本における“対外観”を巡る議論や思考が、安易にイデオロギー問題に置き換えられてしまうという事情もある。客観的な分析を離れて、「(あの人は)思想的に右だからアンチ中国」「ハト派だから親中」といった思考停止に陥ってしまうのである。これはアメリカに対しても同じで、「反米は左派で、親米は保守」という幼児的な思考停止状態は今も続いている。しかし、これは凡そ国際関係を考える資質を欠いた発想だ。私は予てから、地政学的に中国が膨張していく脅威に関して再三、警鐘を鳴らしてきた。そのことで、“対中強硬派”というイメージを持たれているかもしれない。しかし、中国の国防予算が日本の約4倍、20兆円という規模になった今になって、その警鐘は漸く国民に届きつつある。これはまさに、“遅きに失した”と言うべきなのである。最早、右も左もあり得ないほど日本は追い込まれてしまったからである。最早、必要以上にレッテルを貼るような観念的な議論は、逆に日本人の“中国観”を鈍らせかねない。これからは、徹底して現実に即した議論が望まれるのである。私がここまで現実的な中国観を身に付けることの重要性を強調しているのには、理由がある。それは、歴史を振り返れば、近現代史における日本の歴史的と言えるような大失敗は、殆どが誤った“中国観”に起因していたからだ。

その最たる例として、戦間期において日本が国際社会で孤立する契機となった『満州事変』が挙げられる。1920年代から1930年代にかけて混乱を極めていた中国大陸は、蒋介石率いる国民党軍が北伐を敢行して、漸く統一中国の姿が見えてきた。これを外の世界から見ると、『辛玄革命』から20年が経ち、経済的な“フロンティア”と目された中国は、大恐慌に陥っていた世界経済を牽引する土地と期待されていた。アメリカの新聞は挙って“新生中国”を盛り立て、『モルガン財閥』を始め、世界の多くの投資家が今か今かとばかりに中国に入れ込もうとしていたのだ。その矢先に起きたのが、1931年の満州事変だった。中国市場を“エルドラド(黄金郷)”と見做し、大恐慌からの脱出口と見ていたのは、アメリカだけでなくイギリスも同様だった。一縷の望みをかけて、ロンドンのシティが大蔵省と共にイニシアティブを発揮して、1935年から中国の幣制改革に取り組んでいた。イギリスが当初、日本にも参加を要請していた協調的な枠組みに若し日本が加わっていれば、日英で中国経済を近代化するという“新たな国際秩序の担い手”になることができた筈だ。しかし実際には、日本が現実的なイギリスの構想を蹴飛ばして、単独で華北地方での性急な行動に出ようとした為、米中を中心とした包囲網によって国際社会から孤立し、それが後の『支那事変』へと至る流れを決定付けてしまった。この歴史から学べる教訓があるとすれば、「我々は、中国を取りまく国際社会には、常に自らとは異なる視線があることを知らなければならない」という点だ。その差異を無視して、声高に日本の主張だけを繰り返せば、却って日本外交・日本経済を大きな苦境に落とし込んでしまうリスクが生じる。また、日本から見ると、確かに“異形の大国”に見える中国を、「欧米諸国も同様に見ている」と考えてバッシングを続け、一方的にこれへの対峙を説くことには大きなリスクがあることを知らなければならない。日本政府が再び稚拙な“中国観”で国家の行く末を誤らせることは、避けなくてはならないのだ。あるべき“中国観”を考える上で、今、中国経済を巡って、嘗てなく広くて深い視点が必要である。確かに近年、力強い成長を続けてきた中国経済に大きな陰りが見えてきた。昨年来の上海株式市場における株価の大暴落と、度重なる政府の市場介入、5年連続で前年を下回っている経済成長率等が、その事実を何よりも雄弁に物語っている。

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中国のGDPは、この四半世紀で実に36倍以上に膨れ上がった。急速過ぎた市場経済化によって、中国が内包している大きな不均衡は、このままでは調整不可能なまでに増幅していくだろう。21世紀の世界が潜在的に抱えていた、この“中国経済の行方”という膨大なリスクも、この十数年、政府・経済界・マスコミ等日本社会全体に認識が共有されていたとは言い難い。特に1990年代後半から2000年代前半にかけては、「中国が経済発展を遂げることで自然と民主化も進み、中国社会は安定に向かうだろう」との、今では想像もできないようなアメリカ以上に楽観的な観測が大手を振って罷り通っていた。しかし他方、今の日本の一部には、中国経済の危うさを目の当たりにして、「全てを棄てて逃げ出せ」とか「中国は崩壊すればいい」と言わんばかりの乱暴で愚かな議論も蔓延している。私は、「今の中国は、地政学的には日本にとって大きな脅威だ」という見方をしているが、だからと言って、こうした意見には全く与しない。勿論私も、尖閣諸島や歴史認識問題等を巡る中国の振る舞いを、大いに苦々しく見てきた1人ではある。それでも最早、中国経済は日本経済と切っても切れない関係になっている。つまり、中国経済からのダメージコントロールを真剣に考えなければ、日本の国益は決定的に棄損されてしまう状況なのだ。2016年の世界経済の状況は、あの世界恐慌が起きた1929年と“教科書的”と言っていいほど似ている。当時、“新興国”として世界経済の成長力の源泉だったのはアメリカだった。文字通り“世界の工場”となり、また第1次世界大戦後に復興したヨーロッパからも大量の資金が流れ込み、それがウォール街のバブルを誘発した。一方、当時の超大国はイギリスだ。金本位制のシステ ムを作り、『イングランド銀行』が世界の金利を決め、そして国際連盟と共に、世界の海洋支配でもイギリスが圧倒的な主導権を握っていた。世界地図を見れば、全世界の陸地面積の4分の1近くを大英帝国が占めており、その覇権は一目瞭然だった。にも関わらず1929年、“新興国”アメリカの経済がクラッシュしたことで、イギリスも吹っ飛んでしまった。現在に置き換えれば、新興国は中国、当時の大英帝国が現在のアメリカであろう。近現代を通じ、世界の資本主義システムには、「旺盛な成長力で覇権国を追い上げる“ナンバー2”の国が、寧ろ世界経済の帰趨を決するカギを握る」という構造的ロジックが内言されている。

成長著しい中国には、安価な労働力・大規模な生産力を当て込んで、世界中からマネーが集まった。この事実故に中国は、まさに過去20年、“世界経済のエンジン”となっていたのである。現在のアメリカ経済は最早、新興国から影響を受ける側に回っている。現に、アメリカ経済は再利上げどころではないレベルに落ち込みつつあり、他の先進諸国の経済も浮揚できない状況だ。日本でも、現在のアベノミクスは限界に達しており、“株価の引き上げで経済の好循環を図る”というシナリオは最早、通用しなくなってきた。その少なくない部分が、中国の経済の落ち込みによる影響だ。そうした大きな構図で言えば、1929年と同じなのだ。言い方を変えれば、日米欧の先進諸国は世界経済の主軸を担っているように見えて、アメリカですら今や“世界システムの客体”であり、少なくとも自ら状況を切り開く主導力を持ち合わせていないと言える。逆に、中国経済の成長力と牽引力が、長期的にはそれだけ大きな位置付けを占めているということだ。率直に言って、私も日本人の1人として、このことは認めたくない。しかし、たとえ認めたくはなくても、歴史を踏まえて考えれば、これは事実としか言い様がないのである。従って、今後の世界情勢を決定付けるのは、中国経済の行方に他ならない。中国経済を“ソフトランディング”させることこそ、日本、そして欧米各国、否、世界全体にとって、今や空前の重大事なのである。いくらそうしたくとも、最早“中国を叩き潰す”ことでは、日本の国益は守れない。何より、「今の世界経済は、一歩間違えるとリーマンショックとは比べものにならない本物の大恐慌への崖っぷちに立っている」という認識を持つことが肝要だからだ。とはいえ、進行しているこの中国発の世界経済危機を収拾させる為の手立てはあるのだろうか。ここでも、1929年の大恐慌の事例が役に立つ。当時、アメリカの経済危機に影響を受けたイギリスは、金本位制を離脱して、更に“帝国特恵関税”を設定して、保護貿易主義に走り出した。列強諸国がそれに追随して、1930年代半ばになると、全世界が『暗黒の木曜日』(1929年)等とは比較にならない真の世界恐慌に突入していった。本当の大恐慌を引き起こしたのは、金融恐慌の後に、その収拾に失敗した、これら大国の振る舞いにあった。

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現在に目を移そう。予備選が続いているアメリカ大統領選では、バーニー・サンダースやドナルド・トランプという左右両極のポピュリスト候補者が、孤立主義色の濃厚な政策を掲げている。2人とも、目指しているのは閉鎖的な経済圏の構築である。また、『ヨーロッパ連合(EU)』でも、EU離脱を掲げる勢力が台頭しつつある。つまり、1929年同様、グローバリゼーションに反発する保護主義的な動きが現実味を帯びているとも言えるのだ。では、そういう兆しが見える中で、中国経済の決定的な崩壊を防ぐには、どんな処方箋が考えられるだろうか。周知のように、ジョージ・ソロス(右写真)は最近、“クラッシュ”という言葉を用いて、「最早、中国経済にはソフトランディングすらあり得ない」と語ったが、中長期的な(5~10年の)タームで再生のシナリオも無いという訳ではないように私は思う。それは徹底的な構造改革を行い、不良債権・過剰設備の清算に止まらず、国有企業の民営化・一層の市場経済化を推し進めることだ。確かに、それが中国経済の再浮上、そして中国共産党政権の生き残りの為に考えられる唯一の突破口だろう。勿論、「それが可能なら…」という難しい但し書きが付くのだが。『ウォールストリートジャーナル』の元中国支局長であるジェームス・マグレガーは、次のように指摘している。「国有企業はいま、改革の果実を食べつくしつつある。“自慢の息子”である国有企業の利益は、紙の上では膨らみ続けている。しかし国からの補助金や恩恵を取り払ってみれば、国有部門は大赤字なのだ」(中西輝政監訳『中国の未来を決める急所はここだ』・ヴィレッジブックス)。このように、膿の溜まった国有企業を経営するのは中国共産党幹部に連なる特権階級で、莫大な既得権がある。その為、民営化は勿論、国有企業のちょっとした改革でも、党のトップが独裁的に決断しなくては実現できない。実際に、改革に乗り出せば、血みどろの権力闘争に発展する可能性すらあるだろう。しかし今日、不思議なことに、習近平主席による独裁体制の確立が、然して大きな抵抗を受けずに進行しているが、その裏には、指導部内に「この改革の実行は習近平にやらせるしかない」との思いがあるからではないか。その点で、来年に控えている中国共産党第19回党大会後、習近平政権の真価が問われることになろう。日本で国有企業改革の話題を持ち出しても、「中国共産党が自らの利権を手放す筈がない」と一顧だにされない。しかし私は、「経済に限らず官僚制の腐敗、“中華帝国”を束ねるイデオロギーの不在といった中国の根源の問題も、この国有企業改革にこそ1つの大きな“解”が求められる」と考えている。

現代日本は、姿を変えつつある中国とどう対峙すべきなのか。今、私が危惧しているのは、近年の日本外交が柄にもなく、あまりに観念的で理念先行型になってしまったことだ。口を開けば“普遍的価値が重要”として、“自由と民主主義”・“人権”・“法の支配”といった言葉が出てくる。こうしたフレーズはこの数年、習近平登場直後の中国と外交上やりあう上で、極便宜的に使われていたのはわかるが、今や毎年の『外交青書』に繰り返し特筆大書され、安倍首相の外遊先の演説でも最早常套句となっている。それは、今後の日本の選択を拘束しかねない、対外的に定着した日本外交の基本路線となりつつあるのだ。特に、日本の外務省は遅れてきた“普遍主義理念の唱道者”のようになっており、その“病理”は深刻であると言える。最早、“自由と繁栄の弧”等という時代錯誤のアメリカ製スローガンとは、とっくに訣別すべき時なのである。国内の“人気取り”もあって、無用に観念論を持ち出して、今後も中国に強硬に対抗しようという薄っペらい戦略論では、日本外交は軈て自縄自縛の状況に陥り、孤立しかねない。今後は、北朝鮮が大きく動き出し、韓国は振幅の激しい動揺を繰り返すだろう。台湾でも、民進党への政権交代によって、中台関係に新たな緊張が走ることも予想される。大統領選挙の年を迎えて、アメリカの対応力は一層低下するが、その傾向は来年以降、更に強まる可能性が高い。我々は軈て、「オバマのほうがマシだった」と嘆くことになるかもしれない。それ故、徐々にではあっても、日本外交の舵取りは、“普遍的価値”のスローガン外交から、より現実主義的な方向に移行しなければならない。日本の対中政策の要は、いつの時代も「アメリカをどう見るか?」にある。これは、第1次世界大戦後の軍縮を話し合った1922年の『ワシントン会議』以来変わらぬ鉄則だが、日本は未だにその答えに辿り着けていないように思えてならない。勿論、イギリスを始めヨーロッパ諸国は、表裏に亘ってアメリカを多面的且つ等身大に観察できている。いや、中国やロシアもそうだ。しかし日本だけが、いつまでもアメリカが見えないのである。

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例えば、「アメリカの中で、どの部分を“より重要なアメリカ”として見るのか?」という問題がある。日本の外務省は、常に官僚機構という枠の中で思考が止まっている。即ち、「国務省や国防総省と話をつければいい」、そのような考えで完結している。精々、議会やホワイトハウスがその延長線上にあるに過ぎない。ところが、大局においてアメリカを動かしているのは、ワシントンではなく“商都”ニューヨークであり、“金融街”ウォールストリートなのだ。勿論、アメリカの対アジア外交も、それを形成しているのはニューヨークである。先に紹介したピルズベリーのような中国に対する警戒論は、必ずしもニューヨークの大勢ではなく、こちらではまだまだ中国への期待感が強い。外交誌『フォーリンアフェアーズ』を出版しているニューヨークの『外交問題評議会』は、昨年3月に『アメリカの対中大戦略を見直す』と題したレポートを発表している。この外交問題評議会は、経済界を支持基盤とするアメリカで最も権威のあるシンクタンクだ。このレポートを読むと、「中国とは付き合うことができる」「中国経済にはまだまだ未来がある」という点を踏まえた上で、「どうやって中国を当面“抑止”していくか」、つまり、「特に、どうやって衝突のリスクを限りなくゼロにし、謂わば米中の“出来レース”を、同盟国に対してはそれらしく演出していくか?」に主眼が置かれている。或いは、昨年10月にアメリカ海軍の駆逐艦『ラッセン』が、南シナ海にある中国の人工島周辺の“領海”内を示威的に航行していたのと全く同じ時期に、アメリカが動かしている『国際通貨基金(IMF)』は、通貨バスケット(SDR)に人民元を加える方向に大きく動いた。これで、人民元は晴れて、名実共に国際通貨の一角に名を連ねることになる。ラッセンというちっぽけな軍艦1隻による対中抑止は、ウォール街とIMFの合作による“人民元を目一杯特別扱いして国際通貨に押し上げる”という対中支援とパラレルに進められたのである。“アメリカの真意”は、果たしてどちらにあるのか。歴史の教訓に学べば、日米で大きな不協和音が生じるのは、大陸アジアに対してニューヨークが見出している“アメリカの国益”という視線を日本が見落とした時だ。それは、先述した、日本がアメリカを押しのける勢いで中国本土に進出していった1930年代が象徴的である。

今、日本は兎に角、アメリカと共同行動が求められるが、同時に、アメリカによって“梯子を外される”リスクも真剣に考えなければいけない時でもある。例えば、日米新ガイドラインを作って、「これで中国の脅威に備える」という一面的な外交だけでは、軈て置き去りにされて、日本だけが孤立してしまう可能性もある。遠くは幣原外交、戦後もニクソンショックの例を持ち出すまでもなく、このパターンこそ日本にとって最大の悪夢だろう。ラストイン――即ち最後でも十分だが、欧米が中国と手を組んだ時、その中国と、日本も大きな譲歩をせずに協調できるという選択肢を常に残しておかなくてはいけない。具体的には、「今年11月のアメリカ大統領選後に、アメリカがAIIBに加盟するかもしれない」というシナリオである。それと引き替えに、バーター或いは表裏一体の動きとして、『環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)』への中国の参加も控えているかもしれない。少し視野を広げると、誰が次の大統領になるにせよ、多極化世界への移行は最早止められない。アメリカは“世界の警察”ではなくなり、冷戦崩壊後のアメリカ一極覇権の世界は、はっきりと過去のものとなっている。安倍首相がいくら中露を引き離そうと立ち回ったとしても、両国とも“対米対抗”という不動の国家戦略がある以上、上手くいく筈がない。そうした多極化する世界で求められる日本の選択とは、如何なるものなのか。新たな国際秩序への移行期を論じたイアン・ブレマーの著書『“Gゼロ”後の世界』(日本経済新聞出版社)が話題になったが、この本の原題は『Every Nation For Itself』。つまり、“どの国も自分の為だけ”という時代状況を指している。これは、19世紀のイギリスのジョージ・キャニング外相が、『ウィーン会議』後の世界が多極化するに際して発した有名な言葉だ。今日、再びその状況を象徴しているのが、欧米諸国の中で真っ先にAIIBへの参加を表明したイギリス政府で、シティの意を受けたオズボーン財務相の大変“セルフィッシュ”な、しかし“時代によくマッチした”とされる外交方針である。各国が国益に専念する動きに直走る中で、日本だけが古い抽象的理念を掲げ、中国との対抗だけを意識して、“G7の結束”を言い出しても、恐らく、どこの国も聞く耳を持たないだろう。

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冷戦期、西側陣営に“ついていた”日本には、外交政策の選択肢は確かに皆無に等しかった。そして、冷戦終焉後も“アメリカ一極の時代”が続いている間は、ほぼ同じだった。ところが皮肉なことに、これまでになくフリーハンドに外交の舵取りができるようになった途端、日本はその自由から逃げ出しているように思えてならない。国際情勢が不安定になり易い多極化の時代において、日本の国益を追求する為には、常に“押しの強い自己主張”と共に、“鋭敏なリスクへッジ感覚”を兼ね備えた外交が必要となる。勿論、領土問題等では譲れない局面もある。しかし、その他の国益においては、中国とも新たな時代に相応しい真に戦略的な関係を築く必要がある。中国経済は、このままでは崩壊の一途だ。しかし同時に、忘れてはいけないもう1つの視点がある。それは、歴史の示すところでは、中国経済のポテンシャルが持っている“復元力”の大きさである。多少大袈裟な表現を使えば、“地獄の試練”を乗り越えた後に、再び甦ってくる中国を見据えるくらいの大きな視点が必要だということだ。現在、中国の年間成長率(2015年)は6.9%とされている。これを額面通りに受け止めているエコノミストは少ない。私の生家は大阪の貿易商で、明治・大正期、祖父の代から中国大陸とのビジネスに従事してきたが、昔から大阪商人は「支那はえぇとこ話半分」と言っていたとのことだ。つまり、中国の言うことはよくて、話半分に聞かなければならない。これを現実に置き換えるなら、仮に話半分だとしても、13億人の人口が3~4%で成長するエネルギーは凄まじい。しかも、これだけ不均衡がはっきりしているのに、“超巨大タンカー”宜しく未だに経済発展を続けていることも事実である。それは決して、嘗てのように「商売の為に中国に媚びろ」ということではない。そこでの鉄則は、安倍首相の祖父・岸信介元首相が徹底して貫いた真の“政経分離”外交である。それは、一方ではハードに中国とやり合いながら、日中貿易に対する“アメリカの懸念”を横目に見つつも、図太く国益を追求する道である。その為には、世界情勢を見渡す冷徹な“眼”が不可欠だ。そして、他人の言葉で話すのではなく、自国の利益を自前の主張で堅実に展開していく。まさに、“Every Nation For Itself”こそ、多極化世界に適応した新しい世界観である。この活力ある現実主義こそが、日本外交を新たな地平に導くものと私は信じている。


中西輝政(なかにし・てるまさ) 歴史学者・国際政治学者・京都大学名誉教授。1947年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒。同大学院法学研究科修士課程修了。同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得中退。スタンフォード大学客員研究員・静岡県立大学国際関係学部教授等を経て現職。『国民の覚悟 日本甦りへの道』(致知出版社)・『迫りくる日中冷戦の時代 日本は大義の旗を掲げよ』(PHP新書)等著書多数。


キャプチャ  2016年4月号掲載

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