【財務省大解剖】(04) 生涯賃金10億円! 財務官僚の知られざる“給与”と“天下り”事情

お役所を去っても華麗な天下りが待っているキャリア官僚の世界。「トップエリートとしては当然」との意見もあるが、果たしてそのリアルな給与事情は…。 (取材・文/フリーライター 白石健郎)

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「私が入省したころの課長より、今の課長は全体的に2~3歳は年齢が上がっていると思います」――。そう語るのは、40代の財務省ノンキャリ職員である。「ノンキャリの場合でも、以前であれば、ある程度まで出世した人は、定年一杯まで勤めるのではなく、2~3年前に退官して、財団法人の職員等に収まるのが普通でした。しかし、最近は定年まで勤める人が非常に多くなってきています」。出世のスピードが昔より遅くなっている理由は、“天下りポスト不足”によるものだという。「キャリアが天下れないと、ノンキャリにもし皺寄せが来る。天下れないとなれば、仕事を止めることができない。そうすると、中々ポストが空かない。なので出世が遅くなる。玉突き方式で、30~40代の人事にも影響しているのです」(同)。役人は“人事が全て”という。最初の採用試験と入省年度で、後はある程度まで年功序列方式で出世し、給与も法律によって定められている。そうなれば、能力に対する見返りは“ポスト”ということになる。“ポスト”の魅力の第一は名誉である。学生時代からエリート道を歩いてきた財務官僚。たとえ給料が同じであっても、花形ポストで次官へのメインロードを歩くのと“傍流”左遷コースでは、気分もやりがいも相当違う。第二の魅力は天下り、つまりはカネである。次官・財務官・金融庁長官・国税庁長官まで行けば、民間企業と比べても相当高い給与・退職金が支給される他、相応の“天下りポスト”が用意される。政府系金融機関のトップや上場企業の顧問を掛け持ちすれば、大した責任を負うこと無く、現役時代を上回る報酬を受け取ることができる。こうした天下りを「潔しとせず」と断った財務官僚は先ず、お目にかからない。だから、官僚は人事に拘り、ポストを求める。彼らにとって人事とは、ある意味で仕事に対する評価の全てなのである。

財務省では、10年ほど前からキャリア組が若くして退職し、外資を含む金融機関へ転じたり、或いはベンチャー企業の設立に参画する等、“財務官僚”のブランドを揺るがす現象が頻発しているという。「官僚になってはみたが、財金分離後の財務省では、思ったほどの権限が無い。出世するのも遅い。天下りポストが今より増えるとは思えない。それならば、若いうちから民間へ転じて、自分の力を最大限に発揮できる職場を選んだほうがいい。もっと言えば、国の為というより、給与の高い企業で働きたい。抑々、ポテンシャルの相当高い人たちなので、そういう人が沢山いても不思議ではありません」(同)。昨年、九州大学法学部卒の学生が公務員試験で1位を取り、財務省に入省したことが、ちょっとしたニュースになった。 戦後、東大法→公務員試験トップ合格→大蔵省・財務省入省という流れは不動の方程式だったが、その大前提が崩れたという訳である。このニュースは、一部で「“財務省凋落”の象徴」とも報じられた。「昭和と比べ、財務省の看板に嘗てほどの威光が無くなっているのは確かで、遠い先の給与の話や仕事の内容よりも、世間の人々が“財務省”と聞いてもそれほど凄いと思わなくなったこと、つまりステータスの低下が“東大生離れ”の要因になっている気がします」(同)。では、今の財務省キャリアはどれだけの年収を稼げるのか。大まかに見ていこう。官民問わず、生涯賃金は通常給与と退職金の合計となる。そして、キャリア官僚の場合には、時に両者の合計を上回るほどの“天下り給与”があるのがポイントである。大学を卒業後、国家公務員総合職試験に合格し、キャリア官僚として入省した場合、初任給は21万8000円ほど。残業手当もあるが、月数万円ほど上乗せされるだけで、年収ベースとしては額面で300万~350万円程度である。最初はノンキャリと大差ないが、それも最初の2~3年だ。地方勤務や係長を経て30歳に到達すると、年収は500万~600万円に到達。この時点で既に、民間企業の平均を追い越している。嘗ては20代で国費留学する官僚も多かったが、1990年代以降、留学後に辞職して民間に転じる“食い逃げ”が頻発した為、そうした場合は費用を返還させる法律が制定されている。「尤も、地方で働けば格安の官舎が用意されているし、医療から産休まで福利厚生面でかなり優遇されている。また、留学ではないが、若手時代に海外の大使館や領事館に2~3年出向するケースが多く、手当ても手厚いので、物価の安い国なら若くてもかなりの貯金ができる」(財務省中堅職員)。そうして35歳で課長補佐になると、年収は750万円。40歳前後で1000万円の大台に到達し、本省課長は1200万円程度だ。

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だが、これが高いのか安いのかは意見がわかれる。日本で最も高給とされる大手商社・メガバンク・民放キー局等は、同じ年齢でもっと待遇が良いし、成果主義の外資系金融機関等は更に高給だ。一方の財務官僚には、嘗てのような“接待”も当然無く、仕事量は減っていない。元は日本を代表するエリートたちにとって、相当な“やりがい”と“行政指導権限”が与えられなければ、1200万円の待遇とて満足とは感じられないかもしれない。「以前は、本省課長クラスですと勉強会の謝礼だとか講演の謝礼等があって、現金で受け取る人も多く、人によっては年間200万~300万円もの副収入があったと聞きました。しかし現在は、そうした所得についても横断的なガイドラインができていて、多くても数十万円といったレベルだと思います」(同)。更に出世を重ねると、審議官(一般企業の役員クラス)で年収1500万円、次官の目もある局長で1700万円、そしてトップの事務次官で2270万円となる。退職金を除いたそこまでの給与だけを換算すると、審議官レベルで3億円以上。事務次官ともなると、それより5000万円ほど多くなる。そこに“退職金”が加わる。右表は、2006年度に人事院が発表した国家公務員の“モデル退職金”である。現在の退職金は、このデータより少し低い筈で、官民格差を解消する為、2012年、当時の野田政権が国家公務員の退職金を平均402万円、段階的に引き下げ、約2304万円とすることを閣議決定しているからだ。とはいえ、審議官以上の退職金となると、多少引かれたくらいでは大して変わらない。取り敢えず、本省課長までは到達し、50歳過ぎまで働けば4000万円程度は確実。局長なら6000万円、事務次官なら7500万円が生涯賃金に“上乗せ”される。因みに、収賄罪で逮捕されて実刑判決を受けた元防衛事務次官の守屋武昌氏は、2008年に退職金を国庫に返納したが、この時に防衛省が発表した金額は、「支給額7700万円、国庫返納額は税引き後の金額6600万円」であった。

前述したように、「日本のエスタブリッシュメントである事務次官が、大手企業の幹部並みの給与を貰うのは当然」という意見はある。但し、キャリア官僚は、ここから年金生活者になる訳ではない。若し、ここで仕事が無くなるのであれば、恐らく誰も役所には入っていないだろう。ここから始まる“天下り”こそ、キャリア官僚の最大の利権であることは、今も昔も変わらない。財務省とそのコロニー(金融庁や国税庁)には、戦後開拓された無数の天下り先があり、大きな犯罪でもやらかさない限り、キャリア組には相応の天下りポストが宛がわれる。“格”と“身入り”のバランスはあるが、『日本銀行』総裁、『JT』会長、『公正取引委員会』委員長といった次官級のポストから、『日本政策投資銀行』・『国際協力銀行』・『日本政策金融公庫』の幹部、更に上場企業の顧問や地銀頭取、独立行政法人等に天下る。ノンキャリでも、地方の信用金庫・空港・高速道路関係(脱関関係者が多い)等に天下り。再就職先は、全国津々浦々に広がっているのだ。公務員法では、退官後2年間は以前5年間の地位に関係する民間企業に再就職できないことになっている為、暫くは安全な待機ポストに留まり、3年ほど経過したところで本格的な天下りを開始するケースが多い。民主党政権時代は天下りが厳しく監視された為、一時的に派手な人事は無くなっていたが、安倍政権下においてはまた復活している感がある。「JT会長なら5000万円、政府系金融機関のトップなら年収は次官と同じだ。理事でもその半分。そして、数年後に退職すれば、また数千万円の退職金が出る。次官の天下りは、1回につき1億円とも言われます」(財務省担当記者)。これを70歳までに2~3回繰り返す。所謂“わたり”だが、これで2~3億円の稼ぎになるという訳だ。ここまでくれば、生涯賃金では民間企業就職組を遥かに凌ぐことになる。こうした天下りと報酬実態は長年、水面下に隠されてきたが、2012年、思わぬ形でその実態が明らかになるという一大事件があった。財務省と国税庁を震撼させた“大武事件”である。大武事件とは、元国税庁長官・大武健一郎氏の妻が、夫の長年に亘る不倫を『週刊朝日』に実名告発した1件だ。その際、夫人は夫が所持していた詳細な様々な資料を、“脱税の証拠”として同誌に提供。“国税庁長官の脱税疑惑”として、大きな問題に発展した。まさに“蜂の一刺し”である。大武氏は東京大学経済学部を卒業後、1970年に大蔵省入省。次官候補として本流を歩み、主税局長を経て、2004年に次官級ポストである国税庁長官に就任。退官後は『大塚ホールディングス』副会長や、『TKC全国会』会長といった有力ポストに天下っていた。

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大武氏夫人の“告発”が火を噴いたのは、2012年のことである。夫人によれば、結婚以来、大武氏との夫婦仲は悪く、相当な給与を貰っている筈なのに、渡される生活費は僅か。2人の子供を育てるのはかなり大変であったという。それでも、長年に亘って耐え続けた夫人であったが、大武氏が2005年に退官した後、夫婦仲は完全に決裂し、別居状態に突入。すると、生活費の送金も滞るようになる。2009年になって、夫人は偶然、家の中に残された大武氏の手帳と資料類を発見する。その内容を精査した結果、夫人は次のようなことを突き止める。夫が課長時代、多額の雑所得を過少申告し、“脱税”をしていた可能性が高いこと。政治家から現金を受け取った節があること。更に主税局長時代、“1307万円”の手取り収入があったにも関わらず、出費は“2000万円以上”あり、それが大武氏の愛人に流れていたこと…。他にも色々あるのだが、そこには、ある重大な資料も含まれていた。それが、歴代事務次官25人と歴代国税庁長官25人の資産状況を調査したリストである。調査は、大武氏が国税庁長官時に行われており、まさに職権を濫用して“身内の資産を調査する”というタブーが実行されていたことになる。大武氏本人は週刊朝日の取材に対し、現役の国税庁職員や弁護士を同席させ、記事掲載回避を試みたが、当然、記事を止められる筈もない。逆に、自身の“疑惑”を説明する取材に現役の国税職員を同席させたことや、身内の資産状況を勝手に調べていた事実が大問題となり、大武氏は天下り先を全て辞任する羽目になったのである。

一体何の為に、大武氏は歴代幹部の“資産状況”を調べたのか。週刊朝日の取材には、こう答えている。「当時、公務員批判が酷くて、天下りの人が一杯いた。その人たちがどのくらい貰っているのかを見たくて、リストにした。それを家に持ち帰っちゃったというのは確かに拙いですが…。『(先輩たちに)不正があったら嫌だな』と思って調べた」。しかし、自分自身が思いっ切り天下っているのだから、説得力は無い。因みに、大武氏が天下った大塚ホールディングスからは、年間で1億円以上の報酬が支払われていたことがわかっている。“大武メモ”から週刊朝日が試算した“天下り年収”について、主要な次官経験者の数字を纏めたのが左上表である。平均して2000万~5000万円をコンスタントに稼いでいるが、退官から20年以上経過しても相当な年収があることに驚かされる。ここには年金・株取引・不動産収入等が入っていないので、相当な蓄財が可能だろう。“暴走妻”の告発で財務省OBから総スカンを食らってしまった大武氏だが、経緯は兎も角、無駄に先輩の資産を調べ上げ、こうした実態を明るみに出したことだけは評価できるかもしれない。抑々、入省する時から退職金や天下りのことを考えている人間は、恐らくいないだろう。しかし、実際問題として若し、天下りによる退官後の経済保障がゼロになったら、多くの若手官僚は「それなら…」と役所を飛び出すことが予想される。時代も変わった。圧倒的に時間の流れが早くなり、嘗て官僚の仕事の最大の魅力だった“スケールの大きな仕事”という概念は、民間企業に奪われている部分もある。今は未だ、財務官僚が日本最高の知能集団であることは間違いない。しかし、あと10年後・20年後も本当に優秀な人材が財務省に集まるという保証は無い。キャリア官僚の“給与”については「高過ぎる」という批判が根強くあるが、この問題については、近いうちに根本的な見直しが必要になるかもしれない。戦後日本の成長を支え続けたキャリア官僚。それは、天下りを含む人事システムによって秩序が保たれてきた。しかし、その制度では最早、“最高の人材”は集まって来ないことがはっきりした時、強い国家を構築する為に、政治と官僚はどういったプランを提示し、どうやって国民に説明するのか――。これは喫緊の課題である。


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