【元少年Aに告ぐ】(04) Aから罵詈雑言を浴びせられた“出版界のカリスマ”見城徹の屈辱

“飼い犬に手を噛まれる”とは、まさにこのことか。Aに心酔され、“逆指名”の形で始まった『幻冬舎』の極秘出版プロジェクトは、何故頓挫したのか。“出版界のカリスマ”見城徹氏の消えない傷を検証する。 (取材・文/フリーライター 千葉哲也)

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元少年Aが『週刊文春』・『週刊新潮』・『女性セブン』の3誌に長文の手紙を送りつけたのは、手記『絶歌』(太田出版)の出版から約3ヵ月後の昨年8月29日のことであった。遺族に無断で出版された同書への批判は大きく、その矛先は版元の太田出版のみならず、当初、Aの出版計画を進めていた『幻冬舎』社長の見城徹氏(左画像)にも向けられた。見城氏は、同書が出版された直後に週刊文春の取材に答え、確かに手記の出版計画があったことを認め、何故太田出版から本が出ることになったのか、その経緯について語った。しかし、これにAが噛み付いたのである。前述の3誌は皆、編集部に届いた約2万字に及ぶ手紙の内容を紹介しているが、そこには、Aのこんな主張が記されていた。「元少年Aです。ご存知の通り、僕は2015年6月11日、太田出版より手記“絶歌”を上梓しました。この本に至る経緯を巡り、6月25日発売(※実際は18日)の週刊文春に“少年A「手記」出版 禁断の全真相”と題された、幻冬舎社長・見城徹氏の独占インタビューが掲載されました。しかしこの記事の内容は残念ながら事実とは異なっていました。僕は当時者としてありのままの真実を包み隠さずきちんと伝える義務を感じ、今回独断で筆を執らせていただきました」。手紙の消印は、長野県岡谷市であったという。その内容は、嘗てAが心酔し、自ら出版を提案した見城氏に対する痛烈な批判であった。大手週刊誌でもその部数・影響力共に最上位を争う文春・新潮と、何故か少年Aの追跡に執念を燃やし、存在感を発揮する女性セブンの3誌を選ぶというのは、中々ポイントを押さえているようにも見えるが、Aはそれを全くの“独断による行為”であると説明している。

世間の同書に対する批判は2つあり、それはAに対するものと、出版社に対するものに分けられる。「版元がAを諫めていれば、このような本は世に出なかった」と、出版社側の対応を疑問視する声は業界内にも根強く、それは太田出版のみならず、抑々の企画出発の“原点”であった見城氏にも向けられた。見城氏は、そうした批判に答えてみせた訳だが、それが思わぬ“墓穴”を掘ることになった。見城氏は何故、自身の出版社である幻冬舎から同書を出さなかったのか。Aや見城氏の発言等から、経緯を振り返ってみることにする。Aは2010年、BS民放5局共同特別番組『2010+未来へのエンジン 熱狂の創造者・松浦勝人のキセキ』に出演していた見城氏を見て、強烈なシンパシーを抱いた。見城氏の著書を読むようになったAを更に惹き付けたのは、2011年に幻冬舎から出版された市橋達也の手記『逮捕されるまで』だった。市橋は2007年、英会話講師だったリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し、2年7ヵ月に亘り逃亡。2009年に逮捕される(その後無期懲役が確定)が、同書はその間の逃亡生活を綴ったものだった。指名手配されていた市橋と、少年院を出て一応は社会復帰したAとでは立場が違うが、過去と素性を明かして堂々と生活できないという意味では、似通った状況にある2人。Aは、この市橋本に興奮し、見城氏への幻想を益々膨らませる。そして、Aは遂に見城氏に手紙を書く。「私もあなたに倣い、自分の人生を残り10年と決めました。私には、40歳までに何としてでも実現したい具体的なヴィジョンがあります。そのために、この暑苦しい“普通の羊”の着ぐるみを脱ぎ捨て、9年ものあいだ封じ込めてきた“異端の本性”を呼び醒まし、精神をトップギアに入れ、命を加速させ、脇目もふらず死に物狂いで“一番肝心な”30代を疾走してやろうと決めたのです」「闇に葬られた1990年代最大の異端児を、日本少年犯罪史上最悪のモンスターを、他ならぬ“見城徹”の手で、歴史の表舞台に引きずり出してみたいとは思いませんか?」。何とも大袈裟な表現だが、Aが見城氏のようなアジテーター系に影響され易い性向を持つことが良くわかる文章である。見城氏はAの要請に応え、2013年の初めにA・見城氏・3人の編集スタッフが幻冬舎の会議室で対面した。見城氏によれば、Aは非常に真摯で真面目だが、「人間的な感情が感じられない印象だった」という。Aはその日から、ノンフィクションの手記を執筆することになった。そのうち、Aは仕事を辞め、幻冬舎から生活費を借りて執筆に集中する。だが、やる気満々のAを余所に、この時、見城氏は本当に出版できるか未だ決断できないでいた。

見城氏は週刊文春の取材に対し、出版について「3つの条件があった」と語っている。「1つは、彼が本当に贖罪意識を持つこと。罪を反省し、それでも生きたいという思いがきちんと世間に理解されなければならない。2つ目は実名で書くこと。これだけ被害者のことも書くわけだから自分だけ匿名というのは通らない。3つ目は遺族の方に事前に挨拶をすること。許可をいただくのは難しいかもしれないけど、出すに当たっては筋を通さないといけない。僕は、これらの条件を満たすにはあと2年はかかると考えていた」。これは尤もな考えであるが、よくわからないのは、見城氏がその条件、特に“実名”と“遺族への連絡”について、Aにはっきりと伝えていなかったと思われる点だ。見城氏は当初、Aの原稿に対して「反省の度合いが足りない」ということは、何度何度も伝えたとしている。しかし、「遺族に了解無く出せないぞ」ということをAに伝えたという形跡はどこにも無い。Aは遺族にも無断で、「匿名で出せる」と考えていたのに、見城氏はそう思っていなかった。恐らく、そんな曖昧な状態のまま、編集作業が続いていた可能性が高いのである。どうしてそんなことが起きたのか。それを解くカギが、前述の市橋が出版した『逮捕されるまで』だ。昨年1月、週刊新潮が極秘の筈だった幻冬舎の手記出版計画を報じる。そこで記者の取材を受けた見城氏は、手記出版の計画を否定しながらも、こう語っているのだ。「僕は、あの市橋の手記で懲りたんだ。まだ裁判が始まる前で、たまたま被害者が海外の人だったから何も言ってこなかったけれど、やっぱり公判前はまずかった。僕は、本を出すたび、『果たして出してよかったのか』と反芻しているんだよ」(週刊新潮・2015年1月29日号)。市橋の手記については、少年Aのケースほどではなかったが、やはり「殺人者が手記を出す権利があるのか」という批判を浴びた。また、見城氏は「被害者が何も言ってこなかった」と語っているが、そんなことはない。被害者であるリンゼイ・アン・ホーカーさんの父は、手記出版に厳しく抗議しているし、市橋が一方的に「被害者への賠償に充てる」と宣言した印税約900万円についても、「娘を殺して得たカネだ」と受け取りを拒否している。だが、然る週刊誌記者は、こうも語るのだ。「あの当時の見城さんが参っていたのは、市橋の件ではなく、寧ろ百田尚樹の“殉愛”問題ですよ。ノンフィクションとしてあり得ない出鱈目本と大批判された見城氏は、危険なAの手記を出すことに及び腰になってしまった。それが業界の定説です」。

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人気作家である百田尚樹氏の『殉愛』(右画像)は、2014年11月に刊行された。週刊新潮がAの手記出版を報じる2ヵ月前のことである。同書は、やしきたかじん(故人)の妻・さくら氏の献身を描いた作品で、幻冬舎は並々ならぬプロモーションで、この作品をプッシュしていた。しかし、同書が出版されると、さくら氏の“隠された経歴”が次々に露見。また、たかじんの遺産を巡って様々なトラブルが発生していることがわかり、たかじんの長女が出版差し止めを求める訴訟を提起する等、泥仕合になっていた。騒動の詳細は割愛するが、少なくとも作品の内容に大きな疑問符が付けられたことは確かで、幻冬舎としては「こんな筈じゃなかったのに…」という本になってしまったことは間違いない。丁度その頃である。見城氏はAに、こんなことを仄めかすようになった。「ウチでは難しいかもしれない。でも、他の出版社なら出すかもしれないぞ」。どうして他の出版社に紹介する必要があったのか。好意的に解釈すれば、それまで2年近くAに原稿を書かせてきて、「形にならないのは申し訳ない」という思いからの行動となるが、悪く言えば、内容は兎も角、出せば売れるとわかっている本の“利権”を、知り合いの出版社に譲ったということだ。見城氏は、週刊新潮に手記出版計画がスッパ抜かれた時の心境を、こう語っている。「彼には伝えていなかったけど、あの時期にウチとしては『出さない』と既に決めていたんだ。だから、新潮の取材にも『出さない』と答えた。Aもあの記事が出てひどく動揺して『もう出さなくていい』と言い出した。記事は不倫快だったけど、これで本は出さなくてすむかなとホッとした」。ここで単に出さなければよかったものを、Aに他の出版社に紹介したことが、結果的に悪いシナリオを引き寄せることになった。

見城氏が語るように、Aも週刊新潮の記事が出た後、一度は出版を断念する気持ちに傾く。見城氏自身が市橋の前例を挙げ、「懲りた」と発言していたこともあったが、何より、記事の中で被害者遺族の土師守氏が「そんな話は全く聞いていないが、若し本当なら筋が違う」とコメントしていたのを読んだことも大きかっただろう。この時、事件の被害者遺族はAの代理人弁護士に、「Aが手記を出版する予定はあるのか?」と問い合わせ、「出版は絶対に無い」という回答を引き出している。この経緯を考えると、Aに対しては、サポートチームからかなり強い形で「出版をしないように」という圧力がかかったと推察される。「中でも、Aが少年院時代から信頼していた女性精神科医は、強硬に出版を止めるよう、Aを説得したと言われます。しかし、見城氏は盛んに太田出版から手記を出すことをAに勧めた。結局、Aは周囲の制止を振り切って、一度は断念しかけた出版を再び決意するのです」(同)。後に、Aは「見城氏が3社の出版社を提案したというのは大嘘」等と些細な部分で反論しているが、重要なことは、この時、既に見城氏は、“実名で出版”“遺族への挨拶”という本を出す上で最も重要な条件について、「他社から出すならどうでもいい」と考えていたことだ。Aは、「太田出版から出したい」という意志を見城氏に伝えた際、「見城氏との間でこんなやり取りがあった」と明かしている。

見城「いやぁ~、柏子抜けしたよ。もう君は出すつもりがないと思ってたから。それを想定して、君に言うつもりだったことがあるんだけど、それはもういいか? それとも聞いておくか?」
A「聞いておきます」
見城「週刊新潮の記事が出たあと、君から『関係者を悲しませたくない。出版を諦めます』ってメールがきたじゃない? 俺あのとき正直、心底ガッカリしたんだよ。なんだよ? そんなもんなの? ここまで身を削るようにして書いておきながら“その程度のこと”で諦めちゃうの? 君の想いなんてそんなものだったの?って」

見城氏は、自分が“実名での出版”や“遺族への挨拶”に拘っていたことを忘れていたのだろうか。ここでは寧ろ、「関係者を悲しませたくない」という当たり前の反応をしたAの態度が正しいではないか。それを「そんな想いだったの?」と煽って、他社から出版させる意味がわからない。見城氏は編集者として、「事前に遺族に挨拶させる」ということについて、何をどこまで努力したのか。Aが勝手に「やらなければいけない仕事である」と考えるならそれまでだが、状況を考えれば、普通は出版したい版元から遺族へアプローチするだろう。それを若し一度もやっていないのだとすれば、見城氏こそ「そんな想いだったの?」と言い返されても仕方がない。

一方、“棚から牡丹餅”式に、ほぼ骨格の固まっていたAの原稿を入手した太田出版は、その僅か3ヵ月後に本を出版する訳だが、そこに“実名による出版”や“遺族への説明”という点で、じっくりと考えた形跡は見当たらない。同書の編集を担当した太田出版の落合美砂氏は、週刊文春の取材に対し、「ご遺族にご連絡しなかったことについては批判を受けるだろうなと思いましたが。ただ彼がもっとも恐れていたのが、反対されて出版を止められることだったのです」と語っている。しかし元々、そんなことはわかり切ったことで、だからこそ、Aも一度は出版を断念しようとしたのではなかったのか。「“出版を止められること”を恐れていたのは、Aよりも寧ろ太田出版ではなかったのか?」という疑念は、どうしても拭えない。見城氏はAの手記が出た後、週刊文春にこう語っている。「やっぱりもっと原稿を直したかったよね。『反省しているように見せているけど結局はお前、書きたかっただけだけだろう』と、ちょっとでも思われちゃダメなんだよ。そういう意味では、もっと彼に対して迫らなくちゃいけなかったんだな」。他人事のように評論を始める姿勢にも驚かされるが、同書を読んだ殆どの読者は、“ちょっと”どころか、100%「結局書きたかっただけだろう」と思った筈である。Aは、週刊誌に送り付けた手紙の中で、太田出版の岡聡社長と担当編集者の落合氏を絶賛し、見城氏を延々と罵った。しかし、世間にとっては、Aの怒りなどどうでもいいことである。Aの手紙でわかったことは、最悪の形で『絶歌』が世に出たことである。そして、見城氏も太田出版もAも、被害者遺族にアプローチする勇気が無く、また「利益を放棄する」と明確に宣言する覚悟も無く、Aの文章を“異端者の表現”と身勝手に解釈して、安易に世に出してしまった。それが全てである。Aが週刊誌に送り付けた手紙について、「真の目的は“売名”と“今後のカネ稼ぎ”」と指摘する声は多い。犯罪心理学者の八幡洋氏は、「Aが手紙で本当に言いたいのは、ホームページを立ち上げたという告知です。それを最も効果的にアピールするために、『真の出版プロセスを暴露する』という話でメディアを釣ったのでしょう」(女性セブン・2015年9月24日号)と指摘している。実際、Aがその後、月額800円の有料メールマガジンを配信(その後直ぐにアカウントが停止される)し始めたことからも、開き直ったAが“殺人ビジネス”で荒稼ぎに出る可能性は大いにある。Aは「手記を出せば100万部は売れる」と、極一部の関係者に豪語していたという。だが、手記は世間から大バッシングを受け、Aが目論んでいたようには売れなかった。これが、Aを更に暴走させる契機となった。様々な関係者の努力によって、心の奥底に封印させられてきたAの自己顕示欲を、完全に“解禁”させてしまった見城氏と太田出版の責任は重い。


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