【2020年アメリカ大統領選始動】(01) “打倒トランプ”の葛藤
2020年大統領選でドナルド・トランプに挑む候補は誰なのか? 走り出した候補や関係者らの姿を追う。

今月6日、サウスカロライナ州サムター。出席者の過半をアフリカ系アメリカ人が占める集会で、前副大統領のジョー・バイデン(76、左画像)の表情から余裕は消え失せていた。「私が間違っていた。後悔している」。絞り出すような声で語った。きっかけは、40年以上前の新人議員時代を懐かしんだ発言だ。先月18日の集会で、黒人差別主義者として有名な上院議員との関係を「意見の違いを乗り越えて仕事ができた」と振り返った。バイデンにとってみれば、政治信条を異にする相手とも幅広く協力できる強みをアピールしただけだった。2020年大統領選に出馬する黒人候補のコリー・ブッカー(50)は謝罪を求めたが、バイデンは翌19日、「何に謝るんだ? 彼こそ謝るべきだ」とはねつけた。強気の姿勢は、1800万人超が視聴した27日夜の民主党候補テレビ討論会で一変する。黒人の女性候補であるカマラ・ハリス(54)が、人種差別撤廃の為の越境通学バスにバイデンが反対していたと追及。「そのバスで毎日通学していた女の子がいた。その女の子は私です」と明かすと、バイデンは防戦一方に。数日後、主要メディア調査の支持率は軒並み下がった。上院議員を36年、副大統領を8年務めた知名度で、支持率トップを維持するバイデン。20人以上がそれを追う民主候補の指名争いで抜きん出るには、「バイデンを直接やり込めるのが得策だ」(ある陣営の関係者)。実際、政治専門サイト『リアルクリアポリティクス』の調査で、ハリスの支持率は一時、4位から2位に浮上し、30ポイント以上あった差は約10ポイントに縮まった。
ハリスが周到にバイデン潰しを狙ったことは、程なく明らかになる。討論会が終わって僅か10分後。自らの少女時代の写真を『ツイッター』に載せ、翌朝には自身のウェブサイトで写真をプリントしたTシャツを30ドルで販売した。『FOXニュース』は「全ては計算ずくか?」との視聴者の声をひいて批判した。中道派バイデンへの逆風の底流には、民主で勢いを増す左派の存在がある。「以前は攻撃されなかったが、時代は変わった」。バイデンは先月初旬、人工妊娠中絶への公的支援でも長らく反対してきた立場を一変し、容認に転じた。女性の権利保護を求める党内の批判に抗しきれなくなったことを率直に明かした。人種差別や女性の権利に止まらない。「私の訴えた考えは政治の主流になった」。2016年大統領選で国民皆保険や大学授業料の無償化等を訴えたバーニー・サンダース(77)は、こう自賛する。党内で異端視されたサンダースは、元国務長官のヒラリー・クリントン(71)と互角の戦いを演じ、今や多くの民主候補が似た政策を訴える。ただ、それは穏健派の有権者を遠ざけるリスクを高める。同じ討論会で、中道派の前コロラド州知事、ジョン・ヒッケンルーパー(67)は語った。「若しも私たちが社会主義に向かえば、アメリカ史上最悪の大統領の再選を手助けする恐れがある」。“本命”が失速し、混戦の度合いを増す民主候補の指名争い。大統領のドナルド・トランプ(73)はそこにつけ込み、分断を煽る手法を通じて支持拡大に走る。「彼らが目指しているのは社会主義、或いはそれよりもっと酷い世界だ」。今月11日、トランプはホワイトハウスでの会合で民主にレッテルを貼った。共和党コンサルタントは、「“資本主義vs社会主義”の構図を作れば、私たちが勝つ」とみる。民主はトランプにどう対抗するのか? 苦い教訓がある。1972年大統領選で、左派色の強い上院議員のジョージ・マクガバンを候補に選んだ民主は、全米50州の内、49州を落とし、共和の現職であるリチャード・ニクソンに大敗を喫した。民主の現職議員のスタッフは、「私たちの多くがこの経験を忘れつつある」と懸念する。『CBSテレビ』が民主支持者に聞いた世論調査によると、候補選びで“トランプに勝てること”を最重視するのは78%。“新しい政策がある”の40%等を大きく上回った。“打倒トランプ”を巡るジレンマを抱えたまま、戦いは新たな局面に入ろうとしている。 《敬称略》
2019年7月17日付掲載

今月6日、サウスカロライナ州サムター。出席者の過半をアフリカ系アメリカ人が占める集会で、前副大統領のジョー・バイデン(76、左画像)の表情から余裕は消え失せていた。「私が間違っていた。後悔している」。絞り出すような声で語った。きっかけは、40年以上前の新人議員時代を懐かしんだ発言だ。先月18日の集会で、黒人差別主義者として有名な上院議員との関係を「意見の違いを乗り越えて仕事ができた」と振り返った。バイデンにとってみれば、政治信条を異にする相手とも幅広く協力できる強みをアピールしただけだった。2020年大統領選に出馬する黒人候補のコリー・ブッカー(50)は謝罪を求めたが、バイデンは翌19日、「何に謝るんだ? 彼こそ謝るべきだ」とはねつけた。強気の姿勢は、1800万人超が視聴した27日夜の民主党候補テレビ討論会で一変する。黒人の女性候補であるカマラ・ハリス(54)が、人種差別撤廃の為の越境通学バスにバイデンが反対していたと追及。「そのバスで毎日通学していた女の子がいた。その女の子は私です」と明かすと、バイデンは防戦一方に。数日後、主要メディア調査の支持率は軒並み下がった。上院議員を36年、副大統領を8年務めた知名度で、支持率トップを維持するバイデン。20人以上がそれを追う民主候補の指名争いで抜きん出るには、「バイデンを直接やり込めるのが得策だ」(ある陣営の関係者)。実際、政治専門サイト『リアルクリアポリティクス』の調査で、ハリスの支持率は一時、4位から2位に浮上し、30ポイント以上あった差は約10ポイントに縮まった。
ハリスが周到にバイデン潰しを狙ったことは、程なく明らかになる。討論会が終わって僅か10分後。自らの少女時代の写真を『ツイッター』に載せ、翌朝には自身のウェブサイトで写真をプリントしたTシャツを30ドルで販売した。『FOXニュース』は「全ては計算ずくか?」との視聴者の声をひいて批判した。中道派バイデンへの逆風の底流には、民主で勢いを増す左派の存在がある。「以前は攻撃されなかったが、時代は変わった」。バイデンは先月初旬、人工妊娠中絶への公的支援でも長らく反対してきた立場を一変し、容認に転じた。女性の権利保護を求める党内の批判に抗しきれなくなったことを率直に明かした。人種差別や女性の権利に止まらない。「私の訴えた考えは政治の主流になった」。2016年大統領選で国民皆保険や大学授業料の無償化等を訴えたバーニー・サンダース(77)は、こう自賛する。党内で異端視されたサンダースは、元国務長官のヒラリー・クリントン(71)と互角の戦いを演じ、今や多くの民主候補が似た政策を訴える。ただ、それは穏健派の有権者を遠ざけるリスクを高める。同じ討論会で、中道派の前コロラド州知事、ジョン・ヒッケンルーパー(67)は語った。「若しも私たちが社会主義に向かえば、アメリカ史上最悪の大統領の再選を手助けする恐れがある」。“本命”が失速し、混戦の度合いを増す民主候補の指名争い。大統領のドナルド・トランプ(73)はそこにつけ込み、分断を煽る手法を通じて支持拡大に走る。「彼らが目指しているのは社会主義、或いはそれよりもっと酷い世界だ」。今月11日、トランプはホワイトハウスでの会合で民主にレッテルを貼った。共和党コンサルタントは、「“資本主義vs社会主義”の構図を作れば、私たちが勝つ」とみる。民主はトランプにどう対抗するのか? 苦い教訓がある。1972年大統領選で、左派色の強い上院議員のジョージ・マクガバンを候補に選んだ民主は、全米50州の内、49州を落とし、共和の現職であるリチャード・ニクソンに大敗を喫した。民主の現職議員のスタッフは、「私たちの多くがこの経験を忘れつつある」と懸念する。『CBSテレビ』が民主支持者に聞いた世論調査によると、候補選びで“トランプに勝てること”を最重視するのは78%。“新しい政策がある”の40%等を大きく上回った。“打倒トランプ”を巡るジレンマを抱えたまま、戦いは新たな局面に入ろうとしている。 《敬称略》

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