「ブランパンが全て」、糖質制限革命が企業を試す――脈打つ3000億円市場、糖質制限に立ち向かう製糖会社

ご飯やパン等、糖質の摂取を抑え、肥満や糖尿病等の生活習慣病の元を断つ──。そんな“糖質制限”が日本中を席巻している。世間に数多あるダイエット法の1つと思うのは間違いだ。実践者は若年層から企業のエグゼクティブ層まで及び、関連市場は3000億円を突破。飲食・食品業界の垣根を越えて、様々な産業のビジネスモデルまで揺るがし始めた。 (取材・文/本誌 水野孝彦・日野なおみ・西雄大)

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「それまでは、当たり前のように家の近くのセブン(『セブンイレブン』)に行っていたけど、糖質制限を始めてから、遠くのコンビニに態々行くようになった」──。糖質制限実践者の多くは、こう口を揃える。そのコンビニエンスストアとは『ローソン』。ローソンと言えば今年9月、『ファミリーマート』と『サークルKサンクス』を傘下に持つ『ユニーグループホールディングス』の経営統合により、店舗数・国内売上高共に業界3位に転落したばかり。筆頭株主の『三菱商事』は危機感を抱き、ローソンの株式を買い増しして子会社化する方針を固めたが、市場では「三菱商事主導の巻き返しもどう転ぶか楽観できない」との声が少なくない。だが、糖質制限実践者にとって、コンビニと言えばローソンだ。囲い込みの切り札は、小麦の外皮(ブラン)を材料にすることで糖質量を大幅に抑えた『ブランパン』。現時点で、大手コンビニの中で本格的に商品を展開するのはローソンしかない。「業界何位とか、そんなことはどうでもいい。ブランパンがあるか無いかが全て」。ダイエット目的で糖質制限を実践する30代女性は、こう話す。普通のロールパンには1個当たり約14gの糖質が含まれているが、ブランパンは2.2g(ロールパンタイプ)。糖質制限中でもあまり気にせずに食べられる。その商品力の高さは、リピーター率(購入者に占める再購入者の比率)を見れば一目瞭然だ。

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商品の改廃が激しいコンビニの売り場で、繰り返し購入される商品は極めて少なく、人気定番商品でも10%台。それに対し、ブランパンは40%台と高い。ここまでリピーター率が高まると、品切れなど許されない。「何でブランパンを切らすんだ」「昨日は沢山あったのに、こんなことなら大量買いして冷凍庫で保存しておけばよかった」──。店頭では、糖質制限を始めた年配の男性客等から、一般のコンビニでは凡そ聞かれないクレームや愚痴まで飛び交うようになった。「まさに嬉しい悲鳴。これほどまでに潜在需要があるとは、想像すらしなかった」。ローソンデイリー商品部の鈴木嘉之部長は、こう話す。ブランを製造する『鳥越製粉』(福岡市・鳥越徹社長)と組み、ブランパンの製造販売を始めたのは2012年。当初の売り文句は“食物繊維の多いパン”で、健康志向の女性客を狙った品だった。状況が一変したのは、糖質制限ブームが起き始めた2014年頃からだった。現在ではロールパンタイプの他、セサミスティック、パンケーキ、チョコロール等、約10品目にバリエーションが広がった。他にもロールケーキ等、糖質を抑えたデザート類を投入している。糖質を低く抑えた商品の今年度売上高は、120億円の見込み。この2年で70%増の急伸を遂げた。小麦粉と澱粉を一切使わないブランパンを美味しく作るには、ブランに工夫が必要。鳥越は、このブラン粉の特許を取得しており、ローソンはその鳥越と共同でブランシリーズを開発してきた。1位の『セブンイレブン』や2位の『ファミリーマート』には、国内店舗数で凡そ6000店以上の差を付けられたローソンだが、他のチェーンに無いアドバンテージを握っているのも事実だ。

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食の一大トレンド変化は、関連産業に様々なビジネスチャンスを齎す。調査会社の『富士経済』(東京都中央区・清口正夫代表)によると、昨年の“糖質オフ・ゼロ市場”は3185億円。今年も前年比7.7%増の3431億円を見込んでいる。水産練り製品の製造販売を手掛ける『紀文食品』(東京都中央区・保芦将人社長)も、そんな急成長市場を狙う企業の1つ。手掛けるのはズバリ“糖質0g麺”。小麦粉ではなくおからと蒟蒻を原料にした、糖質を一切含まない麺を2013年から発売している。当初は稲庭風うどんをイメージした平打ち麺のみだったが、昨年以降は中華風の丸麺・パスタ風・焼きそば風・醤油豚骨ラーメン風等、糖質制限中には思う存分食べることのできないメニューを次々と投入。主力の販路である食品スーパーだけでなく、コンビニ等にも並ぶようになり、工場の生産容量を2014年比で2.5倍に拡張した。「今後も様々な切り口の糖質0g麺を提案して、売り上げを伸ばす計画」(商品企画二部の中村高峰部長)だ。『すかいらーく』が展開するファミリーレストラン『ガスト』でも今年6月、蒟蒻を主成分とした糖質ゼロの麺2品を投入。更に、9月末のメニュー改定で、糖質ゼロの麺メニューをもう1品増やした。通常の麺から糖質ゼロの麺に代えると、追加料金が50円必要になる。客単価が850円のガストにとっては、糖質制限は客単価引き上げの効果もある。この他、『ペッパーフードサービス』が展開する店『いきなり!ステーキ』では、昨年11月から、ランチタイムに一部商品について“ライスなし”にすると、100円値引きするサービスを実施。糖質制限実践者から、SNS(交流サイト)上で評価の声が大量に寄せられた。更にビール各社も、『淡麗プラチナダブル』(『キリンビール』)や『クリアアサヒ糖質0』(『アサヒビール』)等、糖質制限飲料を続々投入中だ。ただ、全ての関連企業が糖質制限をビジネスチャンスにしようとしているかと言えば、話は別だ。製麺会社・ラーメン店・ピザ店・製パン業等といった“中核商品が糖質中心の企業”や、“現時点で糖質商品により十分な利益を稼いでいる大手小売業”等は動きが遅い。

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インスタント食品業界で力を入れるのは、『低糖質麺はじめ屋』シリーズ等を展開する『明星食品』ぐらい。ラーメン店では、『一風堂』を展開する『力の源ホールディングス』(福岡市・清宮俊之社長)が、糖質を既存の麺の半分に抑えた“糖質ニブンノイチ麺”を開発している程度だ。ピザでも、糖質制限シリーズを投入した『日本ピザハット』以外の動きはあまり目立たない。ローソンのブランパンが注目を浴び続けるのは、本家の製パン業が糖質制限に乗り出そうとしないからだ。「低糖質食品は美味しくなく、取り扱いを強化しても顧客満足度は上がらない」「糖質をカットすれば抑々自社製品が作れない」「特に顧客から要望が無い」「ブームは間もなく終わる」…。糖質制限に消極的な企業の言い分は様々だが、そこに「低糖質食品がこれ以上普及すれば、自分たちの既存商品の市場が縮小するから、やりたくない」(製麺メーカー幹部)という経営判断があるのは間違いない。そして、その判断は次の考えで支えられている。「世界保健機関(WHO)が何をしようと、アメリカでどんな動きがあろうと、この日本で、日本人がこれまで慣れ親しんできたお米・パン・麺を食べなくなることなど、絶対にあり得ない」(製パン業幹部)だ。私たちは過去20年、同じロジックを何度も聞かされてきた。「音楽のデジタル化など起きない」然り、「日本でサイクロン型掃除機が普及することなどあり得ない」然り。音楽は飽く迄もパッケージ商品であり、CDを手に取り、アーティストの思いがこもったジャケットとライナーノーツを眺めながら楽しむもの…。サイクロン型掃除機は土足文化の欧米の商品で、日本で主流の紙パック式に比べて欠陥だらけ…。何れの主張も筋は通っている。だが、そうやって音楽デジタルプレイヤーやサイクロン型掃除機の投入を遅らせた結果が、家電分野における『Apple』『ダイソン』等、新興海外勢の独壇場を生んだのも事実だ。既得権益が大きいが故に、彼是と理屈を並べて危機から目を背けてしまう──。こうした日本企業の体質について、企業改革に詳しい多摩大学大学院の徳岡晃一郎研究科長は、「競争優位が強固であるが為、自社のバリュープロポジション(企業に求められる価値命題)の揺らぎに鈍感。糖質制限に消極的な企業も同じ」と指摘する。

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“失われた20年”を経ても、日本企業は変われていないのか。否、そうとも言い切れない。栗のカップケーキやベイクドアップルのミルフィーユ仕立て…。東京都港区青山にある『ロイヤルガーデンカフェ青山』に9月末、季節感のあるスイーツがずらりと並んだ。何れも、“安心して糖質の美味しさを楽しめる”と謳う特殊なデザート。仕掛けたのは、国内砂糖最大手の『三井製糖』だ。言うまでもなく、製糖会社にとって糖質制限の普及は、経営上の脅威になりかねない。古い体質の企業であれば、糖質制限の影響を過小評価するか、その存在自体を無視するか、対応策等は打ち出さない。だが三井製糖は、ここで思考停止しなかった。「私自身は、糖質制限が砂糖の消費量に影響を及ぼすことはないと思っているし、現時点でも糖質制限による消費減は起きていない。それでも消費者の一部にニーズがあるならば、知恵を絞るのも企業の役目だと考えた」。林博夫常務は、こう話す。その結果、辿り着いたのが、同社製甘味料『パラチノース』を使用したデザートの普及や、その啓蒙活動だ。製糖会社である以上、砂糖を否定するような戦略は取れず、パラチノースも砂糖が原料だ。ただ、小腸での分解速度が砂糖に比べ、凡そ5倍も遅い。人体にゆっくりと吸収される為、糖質制限の最大の目的である「食後血糖値の急上昇防止の一助になる」(三井製糖)。甘さは砂糖の約半分だが、糖質制限実践中なら満足はできるだろう。農機メーカーの『クボタ』も、自社のアイデンティティーを揺るがしかねない糖質制限対応に敢えて乗り出している企業の1つだ。農機メーカーにとって最大の経営リスクは、コメの生産量の減少だ。糖質制限社会になれば当然、コメの消費量は落ちる。「だが、現実から目を背けていては何も始まらない」と同社販売子会社『中九州クボタ』(熊本県大津町)の西山忠彦社長は話す。西山社長らは今、熊本県内の取引先で収穫されたコメを精米せず、玄米として出荷し、パンの材料として活用する取り組みを始めている(左画像)。「こうしておけば、万が一、糖質制限が全国的に普及しても、農家は仕事を失わずに済む」(西山社長)。玄米は、白米や小麦よりもGI値(食品が体内で糖に変わり血糖値が上昇する速度)が低く、やはり「食後血糖値の急上昇防止には多少なりとも有用」(西山社長)だ。玄米を砕いてペースト状にし、栄養分を閉じ込めながらパンの材料にするのは難しかったが、特殊な粉砕機を開発しそれを可能にした。

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同様の動きは、“うどん県”香川でも起きつつある。香川県内でうどん店『こだわり麺や』を12店展開する『ウエストフードプランニング』(丸亀市)では、麺つゆの原料として上白糖でなく、希少糖が入ったシロップを3年前から利用し始めている。希少糖もまた、「糖質でありながら血糖値の上昇が緩やかになるとされている」(小西啓介社長)。「お客様に喜んでもらう為には、うどんそのものは変えられない。だが一方で、お客様の健康を考えるのも私どもの仕事。そう考えて、麺つゆだけでも糖尿病の予防に役立つものにできないかと考えた」。小西社長は、こう話す。三井製糖のパラチノースにしろ、クボタのパン材料にせよ、希少糖の麺つゆうどんにせよ、糖質自体は摂取する訳で、完璧な糖質制限食ではない。「パラチノースにせよ、玄米パンにせよ、最終的な血糖値抑制効果は殆ど無い」と指摘する専門家もいる。それでも、糖質制限が普及した暁に、消費者は、少しでも工夫を凝らした商品と、何もしていない同業他社の商品の何れに好感を抱き、選択するだろうか。答えは言うまでもないだろう。消費のトレンドに変化の兆しが表れたのなら、たとえそれが自社に不都合なものであっても、仮にそうなった時のリスクを最小化し、リターンを最大化する為に手を考え、打つ──。「これが先進企業の戦略」(前出の徳岡研究科長)だ。降って湧いた“食の大革命”に如何に対峙するか。それは、成熟極まる日本市場で生き残る為に欠かせない、“本物の変化対応力”を持つ企業を見極める為のリトマス試験紙にもなる。


キャプチャ  2016年11月7日号掲載

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