【迫り来る北朝鮮と中国の脅威】(05) 進化する中国の“反日テーマパーク”

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「こちらは、習近平主席がこの前、ここで召し上がった料理です」――。食堂の男性職員が、ターンテーブルに2~3人前はある大きな丼鉢を運んできて、そう言った。料理の名は“麻湯飯”。陝西省北部の郷土料理である。見た目はやや黄濁した雑穀の粥で、匙で掬うと、粟・豆・細かく刻んだ白菜・平べったい麺等が浮かんでくる。フーッと冷まして口に入れる。中国料理にありがちな辛さや脂っこさは全く無い。とはいえ、適度な塩気があって、粗末な見た目の割には美味しい。モチモチとした麺の食感は、柔らかく単調な雑穀の噛み応えに、心地よい変化を与えてくれている。「昔は味気が無くて、こんなに美味しくなかった。貧しかった頃は麺が無くて、ジャガイモで嵩増しして主食にしていたからね」と、同席した中年男性が教えてくれた。値段は58元(1000円)。これで数人が満腹になるのだから、実に庶民的な料理である。ここは西安から北北東に300km程のところにある、延安市延川県の梁家河村(右画像)。人口約1000人のこの小さな農村は、習近平に対する熱烈な個人崇拝によって今、中国で最も注目を浴びる観光地となっている。村の入口には、靖国神社の大村益次郎像を髣髴とさせる巨大な石碑が屹立し、大型バスが何台も入る広大な駐車場が完備。山間の道は綺麗に舗装され、村の中心には歴史館・食堂・土産物屋・公衆トイレが立ち並ぶ。村まで送ってくれたタクシーの運転手によれば、「客層は、孫を連れた高齢者から、1990年代生まれの若者まで千差万別」。多い時には1日で1000人を越える観光客が殺到し、日本・韓国・フランス等外国からの訪問者もいるという。ただでさえ辺鄙な延安(※何せ毛沢東が日中戦争の間ずっと立てこもっていた山奥だ)の中心部から車で2時間弱もかかる為、交通アクセスは決して良くない。にも関わらず、この村が活況を呈しているのは、他ならぬ、習近平と切っても切れない関係にあるからだ。副首相を務めた習仲勲の子として、北京の中南海で暮らしていた習近平は、1969年、15歳の時に梁家河村に下放された。“下放”とは、都会の知識青年を辺境の農村に送り込み、肉体労働を通じて思想改造すること。毛沢東の指示で、『文化大革命』の時代に広く行われた。父親が“反革命分子”とされ、失脚したこともあり、習少年の6年半に及ぶ農村生活は過酷を極めた。

だが、それから約40年。最高指導者に登り詰めた習近平は、当時の苦労を美談に変えて、“庶民派”アピールを行うようになった。これに伴い、何の変哲もない農村の知名度は急上昇。村の側も「折角のチャンスを逃すまい」と、2013年頃より観光地化に取りかかり、今に至っている。30代と思しき村専属の女性ガイドは、にこやかに語る。「習主席は、この村をとても気にかけてくれています。最近では、昨年2月の春節(旧正月)前にお越しになり、米や食用油等をお土産として贈ってくれました。観光客もそれ以降、かなり増えました」。村の広場には、“陝西は根源であり、延安は魂であり、延川は私の第2の故郷である――習近平”と記された看板がかかる。赤地に黄文字のけばけばしさが目に痛い。そんな看板を尻目に、村の歴史館に案内された。ここも最近、小学校の旧校舎を改装してオープンした。尤も、歴史館とは名ばかりで、内部は完全に個人崇拝の空間と化している。どの壁にも、習近平の写真や言葉、本人から村に送られてきた手紙等が満載。特に、下放時代の写真は黄金色の壁に恭しく掲げられ、ライトアップされていた。当時の貧相な身形と今とのギャップに、思わず笑ってしまう。他にも、村人たちがニコニコしながら、魁偉な“習同志”の指導を仰ぎ見るイラストまであった。「毛沢東への個人崇拝が文化大革命を引き起こした」という反省から、中国では、こうした振る舞いに禁欲的だった筈だ。それなのに、これでは北朝鮮の“将軍様”と何も変わらない。だが、ガイドはお構いなしに説明を続けた。「習主席は農作業を積極的に学び、村人の信頼を得ました。そして、村の発展に貢献、1974年には共産党に入り、この支部の書記に就任されました。翌年、北京の清華大学に進学された時には、多くの村人が別れを惜しみました…」。歯の浮くような賛辞の数々に、付き添いの中国人通訳も流石に苦笑いしていた。個人崇拝は、これだけに留まらない。歴史館を出て村の奥へと進んでも、「こちらは習主席が利用した鍛治屋の再現です」「あちらは習主席が水を汲んだ井戸です」「向こうは習主席が指導して開拓した畑です」等と、しつこく解説が付き纏う。空き地には、又もや赤地に黄文字の看板も。曰く、“私は梁家河で人生の第一歩を踏み出した。留まること7年して私は去った。だが、心はここに留まった――習近平”。派手な色使いは、長閑な村落で異彩を放っていた。その近くに、習近平が暮らした窰洞(山に掘られた横穴式の住居)があり、中を見学できる。やはり、ここでも習近平の写真が何枚も貼り出されていた。習近平本人も、昨年2月にここを訪問。ノミやシラミに悩まされた思い出を懐かしそうに語り、徐に片隅の小さな勉強机を指差して、「これは緑色だった筈だ」と指摘したという。「その為、我々は慌てて机を塗り直しました」とガイドは愉快そうに話した。確かに、机自体は古びているのに、緑色だけがいやに鮮やかで不自然だった。なるほど、この村くらい習近平の“庶民派アピール”に最適な場所はない。先述した食堂だってそうだ。観光客は、ここで“習近平が食べた”庶民的な料理を口にし、味覚を通じて若き日の習近平の苦労を追想させられるのだから。

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最後に案内された土産物屋で、ふと「“習近平グッズ”は無いのか?」と訊ねてみた。中国では各地で、毛沢東を描いたバッジや万年筆等が売られている。なので、「この村なら、その習近平バージョンがあるのではないか」と思ったのだ。すると、女性店員は言い難そうに「実は作ったのですが…」と切り出した。どうやら“上からのお咎め”を受け、現在は倉庫に隠してあるらしい。個人崇拝を口実にした便乗商売に、歯止めがかかった訳だ。「これは面白い」と思い、筆者は渋る店員に「是非、グッズを見せてくれ」と懇願した。粘ること十数分。何とか“写真撮影NG”との条件で見せてくれることになった。興味津々で待っていると、何のことはない、習近平と彭麗媛夫妻を描いた飾り皿だった。「これくらい別にいいじゃないか」と拍子抜けしてしまった。その一方で、店員は緊張の面持ちを崩さなかった。こうした“グッズ”でも、指導者の権威を傷付けかねない。それが発禁処分の理由だという。ガイドも急に口が重くなり、これ以上詳しいことは教えてくれなかった。だが、この沈黙と緊張感は却って、ここで行われている個人崇拝がどういう性質のものなのかを雄弁に物語っていた。「これは単なる村興しではない。国家の権威と命運をかけたプロパガンダに他ならないのだ」と。中国共産党の歴史に関する場所を巡り、革命史や革命精神を学習・追慕する旅行は、現在、中国で“レッドツーリズム(紅色旅遊)”と呼ばれている。2004年12月に中国政府によって打ち出され、全国12の重点観光エリア、同30の優良観光ルート等が指定された。こうしたレッドツーリズムは年々盛り上がりを見せ、直近の発展計画によると、昨年だけで参加者総数は8億人を突破し、総合収入は2000億元(約3兆6000億円)を越える予定だという。今や観光は、中国のプロパガンダの重要な一端を担っているのである。日本では、プロパガンダなど過去の遺物だと思われている。だが、過激派組織『IS(イスラミックステート)』が巧みに編集した動画を通じてテロリストを募っているように、また北朝鮮の女性ユニット『モランボン楽団』が金正恩を讃える歌を次々に発表しているように、プロパガンダは世界で未だ現役である。その中でも中国は、世界有数のプロパガンダ大国である。これほど膨大な予算を投じ、様々なメディアを通じて、「1党独裁体制は正しい」と湯水のように垂れ流している国は、他に無いからだ。

筆者はプロパガンダの国際比較を研究しており、これまでもオーストリアにあるヒトラーの生家や、北朝鮮にある金日成の生家等を訪ね歩いてきた。現地に行って初めてわかったことは数知れない。そこで今回も、「中国のレッドツーリズムに参加し、その実態を探ろう」と考えたのである。何故観光と思うかもしれない。だが、観光こそプロパガンダと密接に結び付いてきた歴史がある。五感を刺激する観光は、ポスターやスローガン等よりも効果的な宣伝手段だからだ。ナチスドイツは、様々な社会階層の人々を一緒に旅行させ、“1つの民族”という意識を作り出そうとしたし、また日中戦争下の日本は、建国神話の“聖地”を観光させ、国威発揚に繋げようとした。こうした例は枚挙に暇が無い。中国のレッドツーリズムも、馬鹿げた個人崇拝等と笑うのではなく、歴史的な文脈の中で読み解かなければならない。では、中国は他にどのような形で、プロパガンダと観光を融合させているのだろうか。その解明を進める為、筆者は更なる奥地へと足を踏み入れた。延安から電車に乗って東進すること約6時間。山西省の省都・太原で高速バスに乗り換え、更に南下すること約2時間。樹木も人家も疎らな黄土高原の中に、突如として『八路軍』(『人民解放軍』の前身となった中国共産党の軍隊)兵士の巨大な単立像が現れる。最寄りのインターチェンジを降りれば、“紅色文化を継承しよう”や“全国第一のレッドツーリズムブランドを目指そう”等のスローガンが溢れる。そこが長治市武郷県だ。人口は約20万だが、中国では完全に田舎町。建物は低く、道はガラガラ。あまりにのんびりと動く人と車に、時間感覚が狂いそうになる。その町のど真ん中に、八路軍をテーマにした抗日テーマパーク『八路軍文化園』(左上画像)が存在する。『日中戦争』の時期に八路軍の拠点だった同地域は今、レッドツーリズムに活路を見出そうとしている。山奥で産業に乏しい為、“八路軍の故郷”というブランドに縋ろうというのである。八路軍文化園はその目玉施設として、2011年に正式オープンした。体験型テーマパークで、遊んで育てる“抗日”。これこそ、同園最大の特徴だ。現在、武郷県当局傘下の国有企業によって運営されている。入場ゲートに近付くと、そこはまるで別世界。今にも動き出しそうな人路軍の群像に圧倒される。そして、スピーカーから鳴り響く軍歌が耳朶を打つ。「日本の強盗が如何に凶暴でも、我らの兄弟は勇敢に立ち向かう」――。当時、よく歌われた『遊撃隊の歌』だ。筆者が思わず歌のタイトルを呟くと、1986年生まれの中国人通訳は「この歌、歌えますよ。学校で教わりましたから。それにしてもよくご存知で」と応じた。

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時期によって異なるが、入場料は通常72元(約1300円)。レッドツーリズムの施設は原則無料なので、やや高め。とはいえ、見どころは多い。広大な敷地は幾つかのエリアに分かれているが、先ず目につくのが“八路村”。瓦を葺いた濃い鼠色の煉瓦の家々が密集する。ここは、八路軍時代の町並みを驚くほど忠実に再現したエリアだ。身近な例を引けば、ここは『東京ディズニーランド』の“ワールドバザール”だ。ショップやレストランが立ち並ぶあのアーケード街も、創業者であるウォルト・ディズニーが子供時代に過ごしたミズーリ州マーセリンの町並みを再現したと言われる。若しかすると、“八路村”はその顰に倣ったのかもしれない。軒先に干されている唐辛子やトウモロコシの模型は精巧で、近付いてよく見ないと本物と区別がつかないほど。彼方此方に見える“反対帝国主義侵略中国”や“軍民合作抗戦勝利”といったスローガンも、全て懐かしい繁体字である。“中国の遊園地”という言葉で連想されがちなニセモノ・ハリボテ感は全く無い。寧ろ、「当時の雰囲気をできるだけ壊さないように」という強い拘りを感じた。建物は其々、喫茶店や食堂等になっており、実際に利用することも可能。病院の建物に本物の救護室を置く等、中々酒落ている。そんなことを考えながら、“八路村”の土産物屋に入ってみた。昔の照明を再現している為、中はやや薄暗い。棚には、お尻を剥き出しにして地面に這い蹲る涙目の日本兵を模った貯金箱が陳列されていた。金棒が付属しており、“尻叩き”ができるという仕掛けだった。観光客たちが何度も遊んだのだろう、お尻の部分は既に黒ずんでいた。如何にもわかり易い土産である。ただその一方で、進歩の兆しも見られた。「当園のオリジナルキャラクターです」と店員が紹介してくれた人形だ。八路軍の兵士が可愛くデフォルメされており、まるで“ゆるキャラ”のよう。“反日”とキャラクタービジネスの融合。これに上手く成功すれば、同園の“ミッキーマウス”が誕生するかもしれない。“八路村”を出て、五星紅旗が翻る中央広場を通り過ぎ、同園の更に奥へと進むと、軍事訓練を模したアスレチック・映画館・劇場、そして愈々アトラクションのエリアが見えてくる。思えば遠くへ来たものだ。こんな僻地まで足を運んだ日本人は他にいるのだろうか。アトラクション担当の若い女性従業員に訊ねてみた。彼女は「外国人では、日本人とオランダ人が来ました」と応え、そして逆に筆者の国籍を問うた。

どうしてそんな質問をするのか、疑問に思ったのだろう。筆者が「日本人だ」と伝えると、彼女は近くにいた別の女性従業員と目配せし、やや吹き出しそうな顔になって、こう付け加えた。「特に、何度も来ている日本人がいますね」。どうやら、日本人の常連客が“変わった外人”として、従業員の間で話題になっているらしい。筆者に対する笑みも、「また変わったヤツが来た」という意味のようだ。そこに反日的な雰囲気は全く無かった。更に質問を投げかけると、色々教えてくれた。「この前、河南省から来た人がいましたが、大部分のお客さんは山西省内からですね。30代から40代の家族連れが多いです」。また、隣接する『八路軍太行記念館』とセットで訪れるのが一般的で、繁忙期は春節がある2月と、国慶節がある10月。多い時で1日1000人ほどが訪れるという。アトラクションを試してみた。先ずは、“抗戦遊戯競技場”にある銃撃と手榴弾の投擲だ。ゴム弾とレプリカの手榴弾を、幾つ的に当てられるのかを競う。手榴弾は柄付きの古風なもの。筆者が投げあぐねていると、従業員が苦笑しつつ投げ方を教えてくれた。銃撃の的は日の丸、手榴弾の的は日本兵のイラストだった。両方ともペンキがかなり剥がれており、相当回数“命中”していることがわかる。ただ、難易度が高く、中々的に当たらない。しかも、当てたところで賞品がある訳でもない。「カンッ、ゴンッ」と壁に当たる音だけが虚しく響く。せめて“日本軍撃破!”のサインでも出ればいいのだが。はっきり言って安っぽかった。続いては、直ぐ近くの“戦車駐屯地”。タイヤで囲われた山あり谷ありのうねうねとしたコースを、“戦車”に乗って進む。“戦車”と言っても無蓋の2人乗りで、戦車砲は飾り。謂わば、ゴーカートの戦車版である。見た目は子供騙しだが、足回りの作りは結構本格的。少しアクセルを踏んだだけで、轟音と共にかなりのスピードが出る。おまけにキャタピラは本物なので、直ぐに障壁のタイヤを踏み越え、コース外に突き進んでしまう。コース近くには池もある為、子供が無邪気に操作したら危ない筈だ。ただ、スリルがある分、大人でも結構楽しめた。「元々、この文化園は演劇が目玉だったのですが、最近になってこうしたアトラクションを増やしました」とは、先の女性従業員の話である。よく考えれば、ゲリラである八路軍には真面な戦車が無かった。後付けなので、時代考証が雑になっているのかもしれない。武郷県内には、他にも2つのテーマパークが所在する。地雷戦・追撃戦・地下道戦等各種のゲリラ戦を体験できる『八路軍遊撃戦体験園』と、広大な舞台セットの中で抗日劇を鑑賞できる『“太行山”実景劇』だ。3つ合わせて『両園・一劇』と言い、総面積はディズニーランドの3.5倍以上に匹敵する。其々、地理的にかなり離れており、到底1日では回り切れない。こうした過剰とも言える豪華な施設は、レッドツーリズムに賭ける武郷県当局の並々ならぬ意気込みを物語っている。確かに、現状、その設備は安っぽく、子供騙しで、ディズニーランド等には全く敵わない。だが、遊園地への着目には、やはり先見の明がある。

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人は、小難しい理屈よりも楽しさを好む。故に、プロパガンダもまた、できるだけ押し付けを排し、楽しさを取り入れなければならない。八路軍文化園は、この鉄則に忠実である。誰もが楽しめるアトラクションを作る。そこに、「中国共産党は日本を倒し、中国を救った」というメッセージを紛れ込ませる。すると、人々は自然と無理なくそれに感化される。この宣伝効果は、退屈な展示等よりも遥かに高い。現在、同園は『中国国営テレビ(CCTV)』で特集される等、全国的に注目を集めつつある。その影響力は決して侮れない。扨て、レッドツーリズムの“老舗”は今、どうなっているのか。日中戦争の火蓋が切られた盧溝橋から歩いて10分。北京南西郊外の『中国人民抗日戦争記念館』を訪ねてみると、丁度リニューアルをし終えたところだった。昨年は中国の対日戦勝70周年。これを記念して、同館は7月より『偉大な勝利、歴史への貢献』という大規模な特別展を開催。公式ウェブサイトによれば、「年末までに100万人を越える人出があった」とされる。筆者が訪問した時も、大勢の中国人でごった返し、記念館の前には綿飴や煎餅を売る出店まで出ていた。館内は特別展に合わせて全面的に見直され、全8部構成に。そして、CGを使って『盧溝橋事件』を再現する等、観客の心を捉える様々な工夫がなされていた。驚いたのは、改装前まであった日本語の説明文が削除されていたことだ。最早、日本人はお呼びでない。レッドツーリズムが如何に対内的なプロパガンダかを示す証拠である。展示では、第4部の『日本軍の残虐行為』が印象的だった。ここだけが真っ黒に塗られ、照明もやや暗い。その中に、“虐殺の現場”とされる写真がずらりと並び、“殉難同胞30万余人・南京大虐殺”の文字が鬼火のように赤く浮かび上がる。如何にも異様な雰囲気だ。更に、その周りには“三光作戦”・“百人斬り”・“無差別爆撃”・“慰安婦”・“強制労働”・“七三一部隊”等、日本軍の蛮行を伝える写真や資料がこれでもかと続く。曰く、“現代文明史上最暗黒の1ページ”。最近の研究に照らせば、疑問な内容も少なくない。だが、予備知識無く見れば残酷な写真である。観る者の感情を逆撫でせずにはおかない。そして、それにも況して注目されるのが、第7部の『偉大な勝利』だ。展示室には、鹵獲された日本軍の装備や日の丸が、まるでゴミのように雑然と床一面に並べられ、その上に透明な板が貼られている。観客は、ここを踏みつけなければ先に進むことができない。

様子を窺っていると、小学校低学年くらいの男児が、まさに日の丸の部分を狙って「エイ、エイ!」と声を上げながら、足をバンバンと踏み鳴らし始めた。ここでは、客観的に展示を眺めることは許されない。踏むか、踏まないか。誰もが選択を迫られる。それは、まるで“踏絵”のようだ。そして、何れを選ぶにせよ、その決断は心に刻み込まれる。勿論、多くの観客は躊躇いも無く踏む。物理的に“対日勝利”を追体験させ、“反ファシスト”の側に立たせる“巧みな”仕掛けとも言える。パリの軍事博物館にもナチスドイツの旗や軍装品が展示されているが、ここまで苛烈な扱いではない。筆者は、「記念館だから、どうせ展示は退屈だろう」と高を括っていた。中国にあるこの手の記念館は、写真パネルを並べただけの単調なものが多いからだ。だが、その先入観は全く以て打ち砕かれた。同記念館は“バーチャル記念館”と称して、展示品をほぼ全てウェブ上で公開しているが、実際の訪問で受ける衝撃には到底及ばない。展示室の雰囲気や展示品の配置は、それほどまでに心身に響く。現在、政府のレッドツーリズム計画を受けて、中国各地の記念館でも展示の見直しが行われている。今後、こうした効果的な展示が増えていくに違いない。資本主義経済で稼いだ資金を、社会主義のイデオロギー宣伝に投入する。相反する2つの思想を都合よく使い分ける中国の構造的な矛盾は、レッドツーリズムの特徴でもある。現在のところ、少なくとも地方では、レッドツーリズムは経済開発の側面が強い。次々に建設される豪華な施設も、公共事業による産業振興や雇用創出が目的と考えればわかり易い。ハキハキと標準語で模範的な解説を行う記念館のガイドたちは、仕事が終われば制服を脱ぎ、だらしなく座り込んで、同僚と方言で雑談をしていた。そこに“イデオロギー煽動者”の姿を読み取ることは難しい。“反日感情”についても、直に投げかけられることは全く無かった。では、レッドツーリズムは単なる経済開発で済ませられるかと言えば、残念ながらそうではない。日本人ならよく知っている通り、こうした箱物行政は景気の後退と共に必ず整理を迫られる。とはいえ、地元が直ぐに痛みを伴う削減をできる訳がない。その時、生き残りの手段として、イデオロギー宣伝の側面が急速に台頭してくる。何故なら、これこそレッドツーリズムに残された唯一の存在理由だからだ。中でも“反日”は、当局にお荷物となった赤字の施設の存続を納得させ、不満を抱えた民衆を惹き付ける格好のテーマである。愛国主義教育や言論統制との相乗効果で、一気に燃え上がり易くもある。注意深く観察しなければならない部分だ。約5年毎に改訂されるレッドツーリズムの計画は、今年より第3期に入る。観光地開発は尚一層進むだろう。その一方で、好調だった中国経済は明らかに減速しつつある。従来の“バラマキ”が止まり、地方が火の車になる日も、決して遠い未来ではない。つまり、プロパガンダ大国のレッドツーリズムは、危うい“時限爆弾”となっているのだ。その真の脅威は、これからである。 (取材・文/近現代史研究家 辻田真佐憲) =おわり


キャプチャ  2016年4月号掲載

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