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【不養生のススメ】(29) 終末期患者に死期を知らせる必要



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「また先生と話ができるって約束してね」――。20年程前の研修医時代に担当したSさんの最後の言葉だ。Sさんは急性白血病の為、幾つかの抗癌剤を組み合わせて治療を始めたが、たちの悪いタイプの白血病で効果がなかった。抗癌剤を投与したことで正常の血液細胞もダメージを受け、みるみる免疫力が下がり、重症の肺炎を合併した。抗生物質は全く効かず、次第にSさんは体に酸素が上手く取り込めなくなり、酸素マスクを付けることに。それでも呼吸苦は悪化し、挿管して人工呼吸器を付ける以外、生きる手段がなくなった。人工呼吸器は一旦付け始めると、鎮静をかける為、会話はできなくなる。白血病や肺炎が良くなる見込みは低く、人工呼吸器に繋がったまま亡くなる可能性が高い。私は指導医と共に、Sさんの両親に状況を説明した。それでも両親からは、「できることは全てやって下さい」と懇願された。闘病生活によって娘が壮絶な苦難を味わっていることを知りつつも、娘を失う恐怖のほうが勝った決断だったと思う。Sさんと私は丁度同じくらいの年齢だったので、入院中、毎日色々な話をして友情が芽生えた。そんなSさんは鎮静をかける直前に、私の目をじっと見つめて、冒頭の最後の言葉を交わした。私は約束を叶えられないと思いながらも、Sさんに「うん」と頷き、人工呼吸器を取り付けた。Sさんの肺炎は改善せず、人工呼吸器をつけてから約1週間後に亡くなった。

アメリカでは、末期の癌患者が、自らの死期が近いことに気付かないでいることが問題になっている。2012年のハーバード大学医学部、ジェーン・ウィークス教授らのチームによる『ニューイングランドジャーナルオブメディシン(NEJM)』の報告では、約1200人の調査で、転移性肺癌患者の69%、進行性大腸癌患者の81%が「抗癌剤で未だ癌が治る」と考えていた。特に、医師のコミュニケーションを高く評価した患者は、抗癌剤の治療について過度に楽観的に考えた。また、医師が抗癌剤を治療の中心におくと、患者は予後について誤解しがちだった。医師でさえ、患者がどれくらい生きられるかを予測できないことがある。シカゴ大学医療センターの調査では、343人の医師が、468人の終末期の患者をホスピスに紹介する時に、患者の余命を推定した。実際、正確に予測できたのは20%で、63%は過度に楽観的に考え、全体の平均では、医師は生存率を5.3倍も過大評価していた。医師が患者を知る時間が長ければ長いほど誤解する可能性が高まり、感情的な結び付きが医師の考えを曇らせた。研究者らは、終末期の患者とのこうした関係性は、ケアの質に悪影響を及ぼすことを指摘する。ところで、「症状を緩和する為の薬物療法が、ホスピス患者の死期を早める」という誤解がある。『全米ホスピス緩和ケア協会』は、5種類の癌と心不全の患者約4500人で、ホスピスを利用している末期患者と利用していない末期患者で生存期間の違いを調べた。結果、ホスピス患者の方が29日長生きした。また、ハーバード大学医学部のジェニファー・テメル教授らは、転移性の非小細胞肺癌患者151人の患者を、標準的な治療のみのグループと、緩和ケアを組み入れたグループに無作為に割り振った。すると、緩和ケアのグループはよりQOL(※生活の質)が高まり、抑鬱症状が減った。標準的な治療のみのグループは、より積極的な治療を受けたにも拘わらず、患者の余命は短く(※標準的治療は8.9ヵ月、緩和ケアは11.6ヵ月)なった。現在、アメリカ最大の癌専門医による組織である『全米臨床腫瘍学会』は、進行癌の患者は診断から8週間以内に緩和ケアを受けることを推奨している。扨てウィークス教授は、NEJMの報告の翌2013年に、転移性乳癌の為、61歳で死去した。『ボストングローブ』によると、教授は癌と診断された時、「私は未だ死ぬ準備ができていない。やることが多過ぎる」と言いつつも、癌が治るという幻想は抱かなかった。ウィークス教授の研究により、癌治療の意思決定は、患者や家族の視点を含む多くの要素を考慮するべきという革新的なアプローチが始まった。日本の末期癌患者はどうだろう? 2018年に『国立がん研究センター』は、厚生労働省の委託事業として、日本初の癌患者の遺族調査を実地した。結果、遺族の医療介護サービスへの満足度は高いものの、癌患者の3割が死亡前の1ヵ月を痛みに苦しみ、3割が気持ちの辛さを抱いていたという。この調査について、「抑々、癌患者はどれだけ自分の病状を知っていたのだろうか?」という疑問を感じる。

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アメリカでは、医師は患者本人(※18歳以上)に癌の告知をしなければならず、治療方針は本人が決めなければならない。例えば、20歳の女性が医師から癌の告知を受けたとしよう。親が医師に問い合わせても、患者の承諾なしに何も伝えることはできない。日本ではどうか? 東京都内の大学病院の医師はこう嘆く。「癌専門病院なのに、家族に先ず話して、『どこまで本人に伝えるか考えてきて下さい』と家族に判断を押し付けたりする。未だ日本では本人より先に家族に伝えることがある。高齢患者で多い。『本人には伝えないでくれ』と家族に言われて困っているというケースもある」。Sさんは亡くなる前、治療のステロイドによる副作用で顔は膨れて、出血が止まらず、人工呼吸器のチューブで口の周りは大きな痣が広がっていた。私は、Sさんのチューブや点滴を外しながら、やるせない気持ちになった。医師や家族は、末期癌患者に本当のことを言うと、生きる希望を失い、鬱状態になることを心配して、病状を隠す。その為、患者は自分が死にかけていることに気付かず、自らの人生の幕の下ろし方を熟考したり、大切な人に想いを伝える機会を失ってしまう。終末期を迎えた患者に対して、真実の病状を伝え、自ら治療方針を決めてもらえるよう、医療の在り方と社会のコンセンサスを変えていく議論が必要ではないか。


大西睦子(おおにし・むつこ) 内科医師・医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同大学血液内科入局。『国立がんセンター』・東京大学医学部附属病院を経て、2007年に『ダナ・ファーバー癌研究所』留学。2008~2013年にハーバード大学で肥満や老化に関する研究に従事。現在はマサチューセッツ州ケンブリッジ在住。著書に『カロリーゼロにだまされるな 本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)・『健康でいたければ“それ”は食べるな ハーバード大学で研究した医師の警告』(朝日新聞出版)等。


キャプチャ  2019年8月号掲載
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