【「佳く生きる」為の処方箋】(26) 五輪予算と合併症

2020年の東京オリンピック・パラリンピック。その開催費用が、招致段階での見積もりを大幅に超えて「3兆円以上に膨らむ」と公表され、競技施設の見直しが進められています。この連日の報道を見聞きする度に頭に浮かぶのが、一向に歯止めのかからない日本の医療費。医療の世界でも、まさに同じようなことが起こっていると思うのです。日本の総医療費は13年連続で増加し、昨年度は過去最高の41.5兆円に達しました。病気にかかり易い高齢者が増えているという現実があるにしても、どうしてこうも膨張の一途なのか。私は、この問題を考える時、キーワードになるのが“合併症”だと思っています。合併症とは、手術や抗癌剤治療等によって生じる新たな病気のこと。代表的なのが、術後の出血・腸閉塞・白血球減少による重症肺炎等です。これらの合併症が起こると当然、治療や入院期間が長引きますから、医療費も余分にかかることになります。今から30年近く前、私が心臓外科医になりたての頃は、心臓手術をした患者さん1人にかかった1ヵ月の診療報酬は、平均で300万円程度、合併症を来しても、その最高額は確か1000万円台でした。それが今では平均が450万円程度、重症合併症例では何と1億円台です。入院中に色々な合併症を起こしたり、何度もICU(集中治療室)のお世話になったりして医療費が嵩み、額がどんどん膨らんでいくのです。つまり、手術という観点からすると、医療費膨張の主原因は合併症と言っても過言ではありません。では、合併症は防げないものなのか? 決してそんなことはありません。綿密な治療計画を立てて治療が順調に進めば本来、合併症が起こることなどないのです。

ですから、合併症にかかる費用は、本当なら“やらなくてもよいこと”に対する出費。費用対効果を考えると、如何に合併症を減らして無駄な費用を抑えるかが、医療費削減の重要課題となります。尤も、緊急の患者さんの場合は合併症が避けられないこともありますが、それとて本当に緊急で治療する必要があるのかをしっかりと判定し、24時間以上の準備期間を置けば、合併症が格段に減少することがわかっています。これを今のオリンピック問題に置き換えるとどうでしょう。開催費用の3兆円は、本当に必要な設備や安全を確保する為に不可欠なのか、それとも事前の計画自体が準備不足で、それを埋め合わせる為の費用が加算されて、そこまで膨らんだのか。要するに、“合併症”対策も含めた額なのかどうか。その辺りをきちんと精査しておく必要があるでしょう。医療の話に戻しますが、合併症はどうしたら減らせるのか。外科領域で最も確実な方法は、手術時間を極力短くすることです。特に、合併症が起こり易い高齢者の場合は、“時短”が非常に重要です。手術が早く終われば麻酔時間も短くて済みますし、出血量も抑えられます。また、心臓弁膜症等の手術では、心臓を一時的に止める為に人工心肺装置を使いますが、この使用時間が短いほど患者さんの負担も軽く、術後の合併症リスクも低下します。1分短縮するだけで、その後の寿命が約1時間延びるという報告もあるほどなのです。私は予々、「手術に大事なのは“早い・うまい・安い”だ」と主張してきましたが、これは費用対効果の面でも大変有効です。手術を早く、上手く行うことは、“安い”に直結するからです。本当に必要な費用と無駄な費用を見極めて、お金を有効に使う。当事者がその為の努力をする。医療もオリンピックも、事の本質に変わりはありません。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2016年11月10日号掲載
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