【管見妄語】 外圧に弱い国

日本人ほど、他人の気持ちを思いやる人々はいない。日本社会が穏やかなのは、これが大きな一因であろう。また、激しい自己主張を抑え、相手の気持ちを尊重するというのは、社会活動を円滑に動かすカギとなっている。例えば、「他人からの願望や要求は、できたら叶えてやりたい」と日本人なら先ず思う。利害の相反する件について衝突した時、「残念だが、一先ずは相手の気持ちを尊重し、譲歩してやろう」というのもよくあることだ。「今回は譲っておこう。先方に借りができるから、次には向こうが譲ってくれるだろう」と内心思ったりする。そして、そうなることも多い。ところが、これは世界でも通ずることではない。外国や外国人に対する時、相手の願望を尊重し、叶えてやっても、先方は「借りができた」とは思ってくれない。「相手が譲歩したのは、譲歩しなければならない弱味があったからに違いない。これからも交渉では強く出よう」となる。これを知らない人が多いのか、我が国は外圧に極めて弱い。この事実は海外でよく知られているから、引っ切り無しに外圧が加わってくる。特に米中韓だ。中韓は、外交上の優位に立つと同時に、日本の軍備増強を防ぐ為、頻りに歴史問題を蒸し返す。70年以上も前の戦争に関し、その罪状を罵り続ける国は、日本に対する中韓の他に1つも知らない。日本に対してだけ著効があるからだ。一方、アメリカからの外圧はほぼ全て、アメリカの国益追求の為だ。我が国におけるここ20年の目ぼしい改革のほぼ全ては、アメリカの外圧によるものだった。幾つもの金融機関を潰した金融ビッグバン、非正規社員を大量に生み世界一だった日本の雇用を壊した労働法改正、地方の駅前商店街を片端からシャッター通りとした大店法、簡保と郵貯350兆円の運用権を狙った郵政民営化等だ。全て、アメリカの企業の為である。TPPもその1つだ。

GHQが10日間ほどででっち上げた憲法を押し頂き、未だに崇めている国民は、アメリカに唯々諾々と従うことを何とも思わなくなってしまったようだ。米中韓が外圧を加えてくるのは仕方ない。日本を含め、世界は国益だけで動いているからだ。外圧に弱い国民性のほうに問題がある。厄介なのは、国内問題を解決する為に外圧を利用する輩が多いことだ。例えば、「文部省が高校教科書検定で、日本軍の中国華北への“侵略”を“進出”に書き換えさせた」との誤報は、日本のマスコミから発せられ、中韓の憤激を呼び、外交問題にまでなった。この結果、「近隣のアジア諸国への配慮が必要」という世界に類のない“近隣諸国条項”が教科書検定に加えられた。アジア諸国とは、中韓朝の3国だ。歴史とは社会科学であった筈だが。マスコミによる中韓への御注進はよくあることだが、時の政府さえ頻繁に外圧を利用する。消費税を5%から8%へ上げたことで、折角のアベノミクスは吹っ飛んでしまったが、この時も、上げたい人々が『国際通貨基金(IMF)』や『世界銀行』等に働きかけ、「財政破綻を避けるには消費税引き上げが不可欠」と忠告させた。スポーツ界までがそうだ。この10月になって、2020年東京オリンピックの会場を巡り、『国際オリンピック委員会(IOC)』・『国際ボート連盟』・『国際水連』等のトップが続々と東京都知事に会いに来た。IOC会長には、天皇陛下への拝謁を許すほどの阿りだった。会場の計画縮小を目論む都知事に外圧を加えようと、其々の関係者が招請したのだろう。オリンピックには、都民ファーストもアスリートファーストもない。国と都と組織委員会が総合判断すべきことだ。いつの間にか、日本は自分のことを自分で決められない国になってしまった。「南シナ海における中国の主張や行動は国際法違反」という仲裁裁判所による当然の裁定が出たが、中国は、これを世界注視の中で「紙屑」と言ってのけた。恐るべき不見識は兎も角、世界を一喝するこの気合いだけは、我が国も少しは学んでほしい。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2016年11月10日号掲載
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