【Global Economy】(11) “トランプ大統領”の誕生…資本主義の改良遠退く?

行き過ぎた格差は、資本主義や民主主義を蝕みかねない――。今回のアメリカ大統領選は、「先進国で広がる懸念に1つの転機を齎す」と期待された。しかし、ドナルド・トランプ氏の勝利で、資本主義は再び迷路に入り込もうとしている。 (本紙編集委員 山崎貴史)

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「国際通貨基金(IMF)がそんなことを言うのか」――。ワシントンで先月開かれた年次総会で、IMFは経済の現状に関するメッセージとして、「新自由主義的な政策は格差を拡大し、社会を不安定にする」と指摘した。『新自由主義』とは、「政府より市場のほうが正しい資本配分ができる」という考え方だ。「政府は経済活動になるべく介入せず、自由な競争に委ねるべきだ」という“小さな政府”論に近い。戦後の市場経済を支えたIMFは、こうした考え方の謂わば“総本山”で、参加した世界の金融関係者は少なからず驚いた。出席した『BNPパリバ証券』経済調査本部の河野龍大郎部長は、IMFの変節の背景に、「新自由主義の2大巨頭の米英で、“トランプ旋風”やヨーロッパ連合(EU)離脱決定が起きたことがある」とみる。同じ頃、アメリカ財務省のジェイコブ・ルー長官はオックスフォード大学で講演し、「格差拡大が民主主義と自由市場資本主義の根本的な脅威となっている」と憂えた。新自由主義は過去30年以上に亘り、米英を始めとする先進国の経済政策の底流をなしてきた。それが今、曲がり角に来ているのだ。新自由主義の潮流は、1980年代に始まる。アメリカのロナルド・ウィルソン・レーガン大統領は、イギリスのマーガレット・ヒルダ・サッチャー首相と並んで、社会主義国への対決姿勢を鮮明にしており、自由競争を支持するイデオロギーを掲げた。一方、アメリカの産業界は、日本の精密なものづくりに凌駕された製造業から、金融・情報技術(IT)業へと急激な構造改革を始めていた。金融やITの収益性を高める為には、規制緩和や経済のグローバル化は不可欠と言っていい。

レーガンからビル・クリントンを挟んでブッシュ親子までの歴代政権で、多少の揺り戻しを経ながらも、“小さな政府”路線は貫かれた。因みに、日本もこの波に洗われ、1990年代までに『日本国有鉄道』・『日本電信電話公社』・『日本専売公社』等の国有・国営企業が次々に民営化され、『JR』・『NTT』・『JT』へと衣替えした。アメリカの指導者たちは、「国民の経済格差はあまり広がらない」と踏んでいたようだ。「富裕層や大企業が豊かになれば、経済が活性化して、貧困層や中小企業まで広く恩恵が広がる“トリクルダウン”(滴り落ちる)が起きる」とみていたからだ。しかし、トリクルダウンは起きなかった。メーカーは工場を人件費の安い中国等新興国に移し、先進国の労働者はより低賃金の仕事に就いた。企業の株主への利益還元を求める風潮が強まり、従業員の賃金アップや福利厚生は後回しにされ易くなった。大企業は、儲けを税率の低い“タックスヘイブン”に移し、課税を逃れた。バラク・オバマ大統領は、新自由主義の修正に取り組んだ。無保険者を無くし、国民全員を医療保険でカバーする『オバマケア』を導入して弱者を保護しようとしたことは、その象徴だ。今回の大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン候補もこの路線を踏襲しようとした。オバマケアの拡充や富裕層への課税強化等、政府が資本の再分配に強く関与する政策メニューが目立った。しかし今回、トランプ氏勝利の原動力となった白人労働者たちは、30年に亘る政策の下で“弱者”に転落していった人たちだ。既存政治への不信感を覆すことができなかったのも、当然なのかもしれない。“不動産王”のトランプ氏は、格差社会の紛れもない“勝者”だ。掲げる政策は、インフラ(社会資本)整備等、当面の景気を活性化させる可能性があるものの、富裕層に手厚い所得税率引き下げや法人税率引き下げ等、格差の是正に逆行しかねないメニューが並ぶ。大衆への迎合を意識するあまり、矛盾も多い。『環太平洋経済連携協定(TPP)』からの離脱や、『北米自由貿易協定(NAFTA)』の見直し、関税の引き上げといった“保護主義”政策は、アメリカ経済を停滞に向かわせる。輸入品の値上がりを通じて、国内の物価が上昇する。海外製品との競争が緩む為、アメリカ企業の実力が高まらない。トランプ氏は今月9日未明、マンハッタンのホテルでの勝利宣言で、「アメリカは今こそ、分裂の傷口を縫い合わせ、団結する時だ」と、二極化するアメリカ社会の立て直しへの意気込みを語った。大統領就任を見据えた現実路線へと舵を切る中で、トランプ氏の支持層が「裏切られた」と感じれば、アメリカ社会の混迷は更に極まる。資本主義・民主主義のシステムに磨きをかける好機は、遠退くことになる。

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■オバマ政権、格差是正に一定の成果
広がる格差を是正することはできるのだろうか。グローバル化の帰結を表す折れ線グラフがある。1988年から2008年に、世界の人々の所得がどれだけ伸びたかを示す。象が鼻先を持ち上げているようなカーブを描く為、経済学者らは『グローバル化が齎した象のグラフ』と呼ぶ。セルビア系アメリカ人エコノミストのブランコ・ミラノビッチ氏が作成した。中国等新興国の人々を示す層は、所得が70%以上も増えた。これに対し、アメリカ等先進国の工場労働者らに当たる層は、1桁台の伸びに留まる。ところが、アメリカ政府が先月公表した統計に、格差是正の兆候が見えた。2014年から2015年の1年間に、アメリカの世帯毎の実質所得がどれだけ増えたかを示すデータだ。所得の多い上位10%の世帯は伸び率が2.9%に留まったが、所得が少なくなるほど伸び率が高まり、下位10%の世帯は7.9%も増えている。オバマ政権が、“財政の崖”と呼ばれる歳出の強制削減制度の導入に伴い、財政健全化の為、富裕層に対する増税等を行った結果が表れたとみられている。政府が富裕層への増税で得た収入を原資に、低所得者を支援する“所得再分配”の効果が出始めたようなのだ。「この動きが続けば、格差の縮小が期待できるかもしれない」との見方が、エコノミストらの間で広がった。これまでの各国の経済政策は、政府の関与を強める“大きな政府”と、市場に委ねる“小さな政府”の2つの思想が、時代と共に交互に主流になってきた。格差の是正は、こうした特定の理念に拘っていては難しい。「従来の思想の良い点をミックスした新たな経済政策を構築する必要がある」(『みずほ総合研究所』主席エコノミストの小野亮氏)。先ずは、「経済を成長させ、得られた果実で中・低所得層を支援する所得再分配が重要」(『大和総研』エコノミストの小林俊介氏)だ。政権の安定している日本政府が、リーダーシップを発揮すべき時なのかもしれない。


⦿読売新聞 2016年11月11日付掲載⦿

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