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【渡辺正行の「待たせたなぁ!」】(22) コント赤信号の代表作となった伝説のコント『ササニシキ』



俺たち『コント赤信号』は、1981年に入ると、平日お昼の人気番組『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ系)を始め、テレビのネタ番組に数多く出演するようになった。それに比例して、新しいネタも増えていった。恐らく、ネタ数は150本は超えていたのではないか。そのうちウケたのは50本くらい。今でも再現できるのは3本くらいといったところだ(笑)。俺にしても小宮孝泰にしても、石井章雄(※ラサール石井)にしても、兎に角、自分たちが面白いと感じたネタを作っていたに過ぎない。ただ、当時としては斬新な内容が多く、視聴者には新鮮なものとして受け入れられたようだ。それはどういうことかというと、俺たちのコントには、一般的なコントとは違い、“ボケとツッコミ”という方法論がなかったのである(笑)。全ての台本を書いていた俺は、基本的に“ボケとツッコミ”の感覚を持っていなかった。更に、3人とも元々役者志望で同じ劇団出身だったが、芝居の稽古の中でそんな感覚を学ぶこともなかった。だから、コント赤信号のデビュー作である暴走族コントにしても、ツッコミではなく、リアクションで応えるという流れが普通だった。例えば、暴走族役の俺と小宮、そして学生服姿の石井が、こんな会話をするシーンがある。「俺と小宮は明治大学出身だ。お前はどこだ?」「早稲田です」「う、う~ん…」。何かツッコミを入れるわけでもなく、ただたじろぐ。そこに間髪入れず、「明治の人間が早稲田を見たら目が潰れる~」等という自虐的なセリフを続けて、ウケを狙っていたのである。こうした学歴ネタや、学校の授業で学んだ内容を生かしたネタも、好んで入れるようにしていた。

コントの中で時代を移動して、歴史の現場に行き、「あぁ、これが大化の改新なのかぁ…。でも、よくわからない~」といったリアクションをする、それこそよくわからないタイムトラベルものも作ったりした。こうした数々のコントのベースにあったのが、演劇的要素だった。『つかこうへい事務所』や、柄本明さんが座長の『東京乾電池』、佐藤B作さんが座長の『東京ヴォードヴィルショー』等、笑いを土台にした演劇に憧れ、大いに影響を受けていたのだ。ただ、演劇的要素はあるが、決して完全な演劇ではない。コントではあるが、それまでの一般的なコントとは一線を画していた。つまり、演劇と一般的なコントの中間に位置する、謂わば“演劇的コント”であり、それが斬新だったのだろう。実はその中に、コント赤信号の知名度を一気に高めることになった名作コント(笑)がある。その名も『ササニシキ』だ。因みに、ササニシキは宮城県産のブランド米で、当時、コシヒカリと人気を二分していた。だからこそネタにもしたのだが、今やすっかり主流ではなくなっているのは、何とも隔世の感があるものだ。コントの設定は、田舎を捨てて都会に出ようとする農業青年役の石井を、仲間の俺とお婆さん役の小宮が引き止めるというもので、これまた演劇的だった。何しろ、冒頭でいきなり『オフコース』のヒット曲『さよなら』が流れるのだ。そして、俺は石井をこう言って引き止める。「俺たちの黄金の米、水でもぬるま湯でもお湯でも美味しく食べられる“全温度ササニシキ”を作ろうと誓い合ったじゃないか!」。その頃、どんな温度の水でも高い洗浄力を発揮するという触れ込みで、『全温度チアー』という洗濯用洗剤が流行っていたのだ。

小宮は小宮で、「そんなに行きてぇんだったら、おめぇ、オラを刺してから行け!」と叫ぶと、石井に本当に刺されたり。田舎をちょっと小馬鹿にしたような青春もののコントなのだが、そんなやり取りを経て、最大の見せ場となるのがラストシーン。小宮が両手を振り、「ササニーシキ…ニーシキ…ニーシキ…」と声にエコーを効かせながら、コントは終了していくのである。このササニシキを初めて披露したのは、『笑ってる場合ですよ!』の演芸コーナーだった。いつも本番前には、総合司会の『B&B』の2人を始め、スタッフ全員を相手にリハーサルを行なうのだが、この時はそれまで以上にウケた。島田洋七さんが態々やって来て、「おもろかったわぁ! 小宮の『ササニーシキ…ニーシキ…ニーシキ…』が最高やった」とベタ褒めしてくれる程だった。本番でもウケにウケた。客席全体を爆笑の渦に巻き込んだのである。それは同時に、テレビの向こう側にも及んだのは言うまでもない。翌日以降、俺たち3人は街中で「ササニーシキ」と声を掛けられることが増えたし、他の芸人やタレント、業界関係者からも軒並み好評だった。未だにササニシキと聞くと、米の種類と共に俺たちのことを思い出す人もいるようで、それだけ強い印象を与えたということなのだろう。こうして、ササニシキのコント誕生を境に、世間の評価が急上昇した俺たちコント赤信号は、売れっ子芸人の道を走り始めたのである。


渡辺正行(わたなべ・まさゆき) お笑いタレント・司会者。1956年、千葉県生まれ。明治大学経営学部卒。大学在学中の1977年に『劇団テアトル・エコー養成所』に入所し、ラサール石井や小宮孝泰と『コント赤信号』を結成。『花王名人劇場』(関西テレビ・フジテレビ系)でデビューし、暴走族コント等で人気を博す。1986年から『ラ・ママ新人コント大会』を主宰。『M-1グランプリ』等漫才コンクールの審査員も務める。著書に『さよならってなんだろう』(双葉社)・『渡辺正行&田中千尋のサラッと水彩 スケッチ散歩』(ロコモーションパブリッシング)等。


キャプチャ  2019年11月4日号掲載
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