【特別対談】 小保方晴子の“錬金術”に騙されるな――佐藤優(作家)×緑慎也(科学ジャーナリスト)

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佐藤「小保方晴子さんの手記“あの日”(講談社)が25万部のベストセラーになっています。STAP論文の撤回から1年半が経ちますが、彼女は社会に対して今も強い影響力を持っていることを証明してみせました」
「広告も凄いですね。朝日新聞に載った大きな広告には、“業火に焼かれる人間の内面を綴った、魂の記録”という惹句に、読者のコメントも寄せられています。『これは、現代の“魔女狩り”である(男性・青森県)』、『この一連の騒動に感じていた“違和感”の答えがわかったように思います(男性・40歳代・沖縄県)』。出版社の選択したものであるにしても、世間に擁護の声が強いのは確かでしょうね」
佐藤「私は読んでみて、『この本は、ある種の人たちの琴線に触れる』と思いました。彼女のテキストには独特な力があります。それから恐ろしいことに、小保方さんは自分の主張を真実だと人に信じ込ませる特異な才能を持っている。『自分は絶対に、この“戦い”に勝ってやろう』と思っていて、自分が現実を呑み込むか、現実に自分が呑み込まれるかという勝負に出ている。ある意味で、自己愛に忠実に生きている訳ですが、そうした彼女の姿勢に人々の心を掴む力が生まれてくるのでしょう」

2014年1月末、STAP細胞論文は“世紀の大発見”として世間の注目を集めたが、発表直後から様々な疑義が挙がり、僅か半年で論文は撤回された。同年12月の『理化学研究所』(以下、理研)による検証実験の最終報告書では、責任著者である小保方晴子氏(当時31)の研究不正が認定され、「STAP細胞はES細胞の混入によるもの」と結論付けられた。華々しい発表会見から2年が経つ今年1月28日、小保方氏は手記『あの日』を上梓。彼女の視点からSTAP騒動を振り返っている。


佐藤「同書には様々なエピソードが鏤められていて、そこから浮かび上がる小保方さんのキャラクターが実に興味深いのですが、先ずは科学的な観点から、彼女の書いていることが真実と言えるのかが気になります。例えば同書には、検証実験で自分はSTAP現象を確認したという記述がありますね。『実験を開始して数回目、緑に光る細胞塊を久しぶりに見た時、やはり自分が見たものは幻ではなかったのだと思い、もう一度この子たちに会えてよかったと、久しぶりに肩の力が抜け』たと。これは事実なんでしょうか?」
「いや、違いますね。この本だけ読んだ方にはわからないと思いますが、この手記で書かれていることと理研の報告書は、かなり齟齬があります。大事なところで小保方さんが、最終報告書では認められていることを否定したり、検証実験で確認されていないことを『確認した』としている。先ず押さえて頂きたいことは、論文が発表された当初の“STAP細胞論文”は、大きく2段階に分けられていたということです。第1段階は、体細胞に塩酸や細いガラス管を通すこと等によるストレスを与えることで、細胞が初期化され、万能性を有するSTAP細胞を作り出すまで。そして第2段階は、STAP細胞を増殖し易いSTAP幹細胞に変化させ、キメラマウスを作るというものです。この内、第1段階が小保方さんの担当。第2段階が若山照彦さん(山梨大学教授)の担当でした」

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佐藤「そうすると、若山さんの担当したSTAP幹細胞の樹立とキメラマウスの作製は、小保方さんが担当したSTAP細胞が存在することが必要条件になる訳ですね」
「そうです。ところが驚いたことに、小保方さんは同書の中で、第1段階を更に2つに分け、細胞が初期化され、多能性を持ったことの目印になる遺伝子“Oct4”を発現して緑色に発光するところまでを“STAP現象”と呼び、そこまでが自分の担当であるとしたのです。それが万能性を持つSTAP細胞であると確認する作業は、自分の担当ではなかったかのように言い出している。その上で、『緑色に発光するところまでは検証実験でも再現した』と同書で主張しているのですが、検証実験の報告書では、それは多能性を示すものではなく、『死にかけた細胞が発した自家蛍光と区別できなかった』と認定されています」
佐藤「同書には、読者の若山さんに対する印象が悪くなるようなエピソードが所々紹介されていますね。例えば、若山研が幹細胞株化の仕事に力を入れ出した頃の話として、『“若山先生の様子がおかしい”と先輩の研究員から指摘があった。また、“強い執着を感じるので小保方さんは気をつけたほうがいいと思う”と助言も受けた。“僕は実験で使ったマウスを食べたことがある”と実験中に若山先生がお話しになった』。しかし、若山さんにしてみれば抑々、小保方さんが作ったSTAP細胞があっての自分の成果な訳で、『彼女に騙された』と思っている筈ですね」
「小保方さんが検証実験で再現できれば、若山さんの出番もあり得たかもしれませんが、STAP現象は確認されず、小保方さんの段階で検証実験は終わっています」

佐藤「彼女は最終報告書を読んでいないのでしょうか?」
「目を通しているとは思うのですが、最終報告書で指摘されているのに、彼女にとって“都合の悪い真実”が省かれ、曖昧に書かれていることも目に付きます」
佐藤「具体的には何ですか?」
「主なものは3つあります。先ず1点目は、『ES細胞を混入したのは誰か?』という問題です。論文に使用されたSTAP細胞のサンプルを調査委員会が遺伝子解析した結果、そのサンプルはSTAP細胞やSTAP幹細胞ではなく、ES細胞や初期化されていない体細胞だったことが明らかになっています。つまり、誰かが“故意に”ES細胞を混入していることがわかった。混入した犯人として疑われたのは、STAP細胞を作った小保方さんと、小保方さんから提供されたSTAP細胞からSTAP幹細胞を樹立し、キメラマウスを作った若山教授でした」
佐藤「理研の最終報告書では、『誰が混入させたかはわからなかった』と結論付けているそうですね」
「そうです。ただ、このサンプルは、論文を書く際には小保方さん主導で遺伝子解析されており、その際に故意か過失か不明ですが、ES細胞をSTAP細胞やSTAP幹細胞として使用していたことがわかっています。小保方さんが理研の遺伝子解析グループにサンプルを7回渡した内の最後の3回は、既に若山さんが理研から山梨大学に移った後で、若山さんの関与はありません。つまり、この部分を詳しく書くと、自分が“ES細胞混入犯”の疑いをかけられていることを蒸し返してしまう可能性がある。そのせいか、手記では詳細は触れられず、『様々なサンプルが混在していた』として、『多くのサンプルが若山研にいた頃に作製された』と若山さんに疑惑の目が向けられるようにしています。しかし、『うっかり取り違えた』では説明できないほど、ES細胞は都合よく混入されているのです」
佐藤「なるほど。2点目は何ですか?」
「第2点目は、論文で使用されているSTAP幹細胞とES細胞の増殖曲線のグラフの捏造疑惑です。このグラフを作成するには、小保方さんが『実験をしていた』と主張する時期に、3日に一度は実験をしていなければ作れないものでしたが、彼女が出勤した記録は確認されませんでした。実験記録はおろか、出勤記録が無いのに、結果がある」
佐藤「明らかな捏造ですね」

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「えぇ。3点目は、DNAのメチル化解析データの捏造疑惑です。この解析も実験の事実がありませんでした。これについては、彼女自身が『責任を感じている』として、仮説を支持するデータを意図的に捏造したことを暗に認めています。世間の注目が集まったデータの“切り貼り”やテラトーマ画像の取り違えには、一応、実験の事実がありました。しかし、この2件については、実験の事実そのものが無い。画像の取り違え等とはレベルが違う捏造を認定されているのです。昨秋、ネイチャーに『STAP現象は無かった』と結論付けた論文が載っているのですが、それに対する言及も一切ありません」
佐藤「そういう事実をすっ飛ばして彼女は、『自分は純粋な探究心でSTAP現象を発見しただけなのに、若山さんや笹井芳樹さん(※当時のCDB副センター長・右画像)が寄って集ってやって来て、研究が自分の手には届かないところへ行ってしまった』というストーリーに仕立てている訳ですね」
「この手記には、『僕と小保方さんの実験に笹井先生が割り込んできた!』という若山さんのメールを引いて、論文指導を担当した笹井さんと若山さんとの板挟みにあったように書いています。STAP細胞の命名も笹井さんであることを明かし、『なんとなくもう、押し切られた感じ』と明かしています」
佐藤「理研は、この本をどう見ているのでしょう? 検証結果を覆そうとする本がベストセラーになっている訳ですから、反論すべきではないですか?」
「そうですね。アメリカで2000年代の初めに起きた“シェーン事件”では、論文の捏造発覚から3ヵ月後には、聞き取り調査のデータを含んだ200ページ超の報告書が作られました。それと比べると、理研の最終報告書は、時間をかけた割には小保方さんのデータの差し押さえをしていないし、聞き取り調査の記録も公開されていません。結局、それが無い為に、こういった手記が堂々と出版されてしまう。最終報告書で明らかにされた事実が世間で共有されていれば、こんな本は出なかったと思います」

佐藤「私のほうからは、同書から浮かび上がってくる小保方さんのキャラクターの問題と、ノンフィクションとしての問題点を指摘しておきたいと思います。先ず指摘できることは、彼女は“印象操作”が極めて巧みであること。例えば、同書は『自己愛に満ちている』と思いましたが、彼女自身は『自分が優秀だ』とは決して書かない。彼女が巧みなのは、『自分は未熟である』と繰り返し書きながら、ハーバード大学のチャールズ・アルフレッド・バカンティ教授からは『論文が出るまではどうしてもうちの研究員でいてほしい』と言われたり、若山さんからは『これまで見た中で最も優秀なポスドク』と何度も言われたと書く。自分が語るのではなくて、人に語らせる。それで擬似的な客観性を持たせています」
「彼女は実験の手技が上手だったらしく、その能力を評価された時期はあったみたいですけどね」
佐藤「勿論、一部は真実かもしれない。でも、全部が全部そうなのかというとわからない。また、スーッと流して読めるけれど、注意深く読んでいくと、滅茶苦茶なところが散見される。例えば、問題となった博士論文については、『最終的な完成版の博士論文ではなく、【中略】草稿が、最終的な完成版の博士論文として誤って製本されて』なんて言い訳をしている。恐らく、修士以上の学位を取った人で、学位論文の草稿を製本して図書館に納本したなんて人はいないと思いますよ。『本当に自分で書いたんですか?』という話になってしまう。あり得ない話です」
「自分の博士論文をこれほど杜撰に扱うことは考え難いですね」
佐藤「冒頭で、小保方氏のことを“自分の主張を周囲に信じ込ませることができる人”と言いましたが、私は、『同書の編集者こそ、彼女の言葉を信じ切っているのではないか?』という気がしました。というのは、同書には編集上の不作為が散見されるからです。ノンフィクションの当事者手記として出すからには、証拠を出せるものは証拠を示し、編集者が厳しく根拠に当たらなければならない筈なのに、編集者が悉くスルーしている。例えば“メディアスクラム”の章で、『特に毎日新聞の須田桃子記者からの取材攻勢は殺意すら感じさせるものがあった。脅迫のようなメールが“取材”名目でやって来る』と書いているんですが、普通、編集者は『そのメールを引用して下さい』と言うものでしょう? でも、引用が無い」

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「須田さん自身は本の中で、笹井さんとのメールのやり取りを明らかにしていますね」
佐藤「小保方さんは理研に所属して、国民の税金を使っている訳ですから、公務員に準ずる立場です。納税者に対する説明責任がある。取材行為を『殺意すら感じさせる』と書くなら、社会通念上、それに相当すると小保方さんが認識しているメールを明らかにしなければいけないですよ。須田さんの本には、笹井さんが小保方さんに宛てた遺書に『絶対にSTAP細胞を再現してください』とあったと書かれていますが、同書には、その遺書の内容について殆ど何も書かれていない。普通なら、編集者は『遺書を引用して下さい』とお願いする筈です」
「或いは、戴せられない事情があるなら、その理由を著者に書いてもらうべきですね」
佐藤「そうです。『編集者が小保方さんと一体化してしまっている』としか思えません。カール・グスタフ・ユングは“心理学と錬金術”(日本語版は『人文書院』)で、『錬金術とは“対象の非金属が金属になるという現象”ではなく、周囲の人間の深層心理を支配して完成する“心理現象”である』と述べています。STAP現象も、まさに“心理現象”だと思うのです。小保方さんは無意識に働きかけて、周囲の磁場を変化させてしまう。それは、理研でもそうだったのだと思います」
「確かに、論文に疑義が持ち上がってからも、何故か理研の幹部は彼女を擁護し続けました。検証実験の打ち切りを表明した際、相澤慎一特任顧問は、会見終了後に『(監視の)モニターを置く等、犯罪人扱いするような検証は科学にあってはならない』とコメントして、彼女を庇ったほどです。彼女の弁護士たちも、検証実験の頃の本誌のインタビューで『今後に期待して下さい』と語っていました。彼らも、彼女が発する磁場に狂わされていたのかもしれません」
佐藤「彼女は検証実験について、厳しい環境だったことを殊更強調していますが、監視された環境の為に再現ができなかったとするのは、まさに練金術師の言い訳と同じ。金の精製に失敗すると、錬金術師は『邪視があるところにおいては錬金術はできない』と言い訳をするのです。どのような環境であれ、再現できるものは再現できる。それがプロの科学者というものではないですか」

「“私の心は正しくなかったのか”という章がありましたけれど、心は関係ない。再現できればそれで良かった訳です。科学的におかしいことを問題にしているのに、『私は全部いけなかったんでしょうか?』と反論する。『いや、そういう問題じゃない』と言わざるを得ないですね」
佐藤「抑々、自然科学者が“心”とか言い出すのがおかしい。心は座標軸上に表すことができない訳ですしね。科学に心をくっつけてしまうのは、まさに錬金術の世界だと思いますよ。一言で言うと、彼女にあるのは“善意”なんです。彼女は『世の中に役立つ発見をした』と信じていて、『“若返りの力”とか“永遠の命”とか、人類が見たい物語を見せているだけなのに、どうしてこんなに苛めるの?』と。同書も、本人が思っていることをちゃんと書いているので、書き手の誠実性は非常に高いテキストだと思います。思ってもいないことを戦略的に書いたものではない。その意味で、やっぱり“魂の書”なんでしょうね。だから、読者の琴線にも触れる」
「宇宙人でも幽霊でも、見た人の語りがリアルであればあるほど真実性が高まる。でも、決定的な証拠が無いと世間から忘れ去られる訳なんですが、でも彼らは『その存在を信じてほしい』と戦うんですよね。そういう意味では、『疑われているのに主張を変えず頑張っているんだから、あの人が言っていることは正しいんじゃないか?』と応援したくなる面もあるのかもしれません」
佐藤「凄くよくわかります」
「佐藤さんは、磁場を変えてしまう彼女の力はどこから来ると思いますか?」
佐藤「それは、彼女が“皆が言ってほしいことを半歩先に言う先回りする力”を持っているからでしょうね。彼女のそうした天賦の才は、認めなければいけない。iPSを超える発見だとか、ストーリーに合うデータを揃えるとか。周囲が望んでいることを、彼女は常に先回りして応えてきたんです。同書では如何にメディアバッシングが酷かったかを書いているけれど、確かに『昨今のメディアの叩き方はおかしい』と思っている読者はいる。彼女の言葉は、そういう人たちの心を擽るんです。大体、本当にメディアバッシングによってトラウマを抱えた人って、マスメディアが怖くなって本は出さないと思うんですが」
「しかも、漸く皆が忘れ始めていた時に、彼女から仕掛けてきた訳ですから」
佐藤「しかし、面白いです。同書は科学的な反論の書でもなく、ノンフィクションでもない。小保方さんは『私の無念さを共有してくれ』と、“魂の書”で反撃してきた。25万部も売れたのですから、小保方さん自身の承認欲求は完全に満たされた訳です。何もかも右肩下がりの時代、『自分は能力を正当に評価されていない』と無念に思っている人は多いんですよ。やっぱり人間、自分が可愛い。そういう人たちの琴線を打つ訳です。小保方さんは、自己愛に忠実に生きている。手記が売れるのは、小保方さんへ感情移入できるからであり、同一化できる為ではないでしょうか」


キャプチャ  2016年4月号

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テーマ : 科学・医療・心理
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