【管見妄語】 2つの快挙

2016年は歴史に残る年になりそうだ。6月にはイギリスの『ヨーロッパ連合(EU)』離脱決定、11月にはアメリカ大統領選でのドナルド・トランプ勝利と、歴史的快挙があったからだ。日本を含め、世界中の有識者やメディアはほぼ一致して、イギリスのEU残留と大統領選でのトランプ敗北を固く信じ、またそうなることを強く望んでいたから、選挙後の彼らの負け惜しみや歯軋りは見物だった。EU離脱では、「理性が感情に負けた」「ポピュリズム(大衆迎合主義)の恐さ」「今となって後悔する国民」等と言いたい放題だった。「扇動され踊らされた低学歴労働者による無責任な愚挙、民主主義の危機」と概嘆してもみせた。今回のトランプ勝利後も、同工異曲が繰り返された。更には、反トランプデモが全米に広がる等のおまけも付いた。2つの出来事は、一見、無関係に見えながら、本質的には殆ど同一のものだった。それは、ここ30年間のアメリカ、そして世界に跋扈したグローバリズム(ヒト・モノ・カネが自由に国境を越える)、及びPC(ポリティカリーコレクト=ありとあらゆる差別や偏見を無くすこと)への反乱であったのだ。グローバリズムにより、各国で所得格差が急拡大し、中産階級が痩せ細り、国民が持てる者と持たざる者とに二分された。アメリカ型金融資本主義により一蓮託生となった世界経済は、ギリシア程度の小国の経済状況にさえ世界中が一喜一憂するという脆弱な構造となった。一方で、移民による社会や教育の混乱・治安の悪化が進んだ。また、PCという“綺麗事”により、英米では“ミス”や“ミセス”が無くなり、日本でも盲滅法が使えなくなる等、大々的な言葉狩りが行われた。それどころではない。「PCに抵触した」とメディアに判断されれば、即刻、差別主義者として俎上に乗せられ、社会的制裁を受けるようになった。

例えば、移民の抑制を口にしただけで“非人道的な差別主義者”ということで吊るし上げられるから、誰もが口を閉ざすこととなった。PCにより、人々は最早、本音で語ることが難しくなっている。この閉塞感とグローバリズムの齎した悲惨に敢然と立ち上がったのが、移民排斥と自由貿易協定破棄を掲げたトランプであり、移民とEUのグローバリズムに反逆したイギリス国民だったのだ。2つの快挙は本質的に同じだから、その支持層も極めて似ている。どちらも、主に低学歴労働者だ。英米での意見分布を投票前から正しく分析していたメディアが軒並み予想を外したのは、支持に回った一部の知識層が世論調査や出口調査に応じなかった、或いは応じても嘘を吐いたという現象を見落していたからだろう。実際、何人かの米英の友人が「そうした友人を知っている」と私に言った。英米におけるこれら知識人は、グローバリズムが自由経済を錦の御旗に弱者を追いこんでいることに、自身は強者に属しながら強い義憤を感じている。また、「自国の文化・社会・教育・伝統等を守る為、移民の急増を抑制すべき」と考えている。しかし、それを表明することは、PCの嵐の中では差別主義者の烙印を押されることと同じだから、逃げるか嘘を吐くかしかなかったのだ。今回の大統領選で、メディアはトランプのセクハラや差別発言を連日取り上げ、攻撃した。普通なら致命傷となる筈が、一向に効を奏さなかった。中下流の大衆は、既に見破ってしまったのだ。政府・金融・メディア等の支配層が弱肉強食のグローバリズムを推し進め、大量の社会的弱者を生んできたことを。そして、PCとはグローバリズムの過酷を糊塗する為の小さな善行、即ち目弦ましに過ぎず、移民批判を封する為の道具とさえなっていることを。グローバリズムにしがみ付く人々とその体制を倒してくれるなら、無教養の成金オヤジでも誰でも構わない。セクハラでも差別でも何でもよい――。彼らの怒りは、それほどまでに深かったのである。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2016年11月24日号掲載
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