【東京情報】 明治は遠くなりにけり

【東京発】再来年の2018年、明治元年から150年を迎えるに当たり、政府はイベントへの支援等、関連施策を検討しているという。また一部では、祝日法を改正して、11月3日の『文化の日』を『明治の日』に改めようとする動きもある。11月3日は明治天皇の誕生日で、明治時代は天長節(その後は明治節)として祝われていた。戦後は祝日法で『文化の日』と改められたが、その背景には、国家神道色の濃い祝日の改廃を求める『連合国軍総司令部(GHQ)』の意向があった。“明治”と聞いて最初に頭に浮かんだのが、俳人の中村草田男だ。高浜虚子の門下であり、東京大学を卒業後、成蹊大学政経学部で教鞭を執っていた。草田男の名前にピンと来ない人でも、彼が詠んだ“降る雪や 明治は遠く なりにけり”という句はご存知だろう。昭和6(1931)年、雪が降り頻る母校の小学校の近くを通りかかると、外套を身に着けた小学生がゾロゾロと出てきた。自分が過ごした明治の頃とはすっかり変わってしまった…という感概を詠ったものだ。フランス人記者が頷く。「昭和6年なら、明治が終わってから20年も経っていない。大正は15年で幕を閉じているからな。にも関わらず、草田男が明治に郷愁を覚えたのは、それだけ明治が濃い時代だったのだろう」。アメリカ人記者が、長い金髪を掻き上げた。「明治なんて猿真似の時代よ。鹿鳴館はその象徴だわ。欧米から来た外交官や要人を接待する為に背伸びをして作って、日々、そこでパーティーが開かれた。明治維新後に流行した都都逸に、“散切り頭を叩いてみれば 文明開化の音がする”というのがあるでしょう。当時は西欧の真似をするのに必死だったのね」。

“宰相”ビスマルクの下、ドイツが近代化路線を取ったのは、19世紀半ばのこと。日本の元勲たちは、驚くべきスピードで近代化を進めるドイツを見習った。伊藤博文は『ドイツ憲法』を参考に『明治憲法』を作り、桂太郎・北里柴三郎・志賀潔・乃木希典はドイツに留学した。森鴎外や瀧廉太郎といった文化人もドイツで学んだ。司馬遼太郎の『坂の上の雲』(文春文庫)は、明治維新後、必死になって西欧文明を追いかける日本人の姿を描いている。まさに、急峻な坂を上っていった時代だ。フランス人記者が顎鬚を撫でる。「俺が若い頃、1965年か1966年に、官房長官の橋本登美三郎に明治百年事業について話を聞いたことがある。橋本は、『頼山陽の日本外史のような明治100年を総括した作品が出てくることを期待する』と言った。頼山陽は、江戸時代後期の漢詩人だ。その時は『時代錯誤にも程がある』と思ったが、司馬遼太郎はまさに頼山陽のように過去の日本を美化し、本を売った訳だな」。ところで、明治維新を成功させたのは岩倉具視でも西郷隆盛でもなく、徳川幕府最後の将軍である徳川慶喜ではないか。彼は引き際を弁え、「江戸よ、さらば」とだけ言って水戸に移った。明治維新の貢献者として、山岡鉄舟・高橋泥舟・勝海舟の“幕末三舟”を挙げることが多いが、慶喜の苦渋の決断と、武士が沈黙を貫いたことが大きかったと思う。フランス人記者が唸る。「慶喜が水戸に移った後も、江戸には反新政府派がいたから、明治元年に戊辰戦争が発生した。旧幕府勢と奥羽越列藩同盟が、新政府に攻撃を仕掛けた訳だな。最後に連中は、会津若松の鶴ヶ城で喉元を突いて死んだ。当時はそれが気高い死に方だったのだろう」。アメリカ人記者は不満気だ。「貴男たちは武士を持ち上げ過ぎよ。明治元年には堺事件も起きているわ。フランス人の水兵が大阪で遊び回って、土佐の侍たちとトラブルになり、殺害された。武士は野蛮で残酷よ。この事件について、森嶋外が小説“堺事件”で書いているけど、文体が非常に冷静でゾッとしたわ」。それは違う。寧ろ、この事件で示されたのは、侍の誇り高さである。

原因は、フランスの水兵の狼藉だ。フランス人は「自分たちが一番高貴だ」と思っているし、11人も殺されたのだから収まりがつかない。それで、事件の現場にいた土佐の侍たちは全員、処刑されることになった。これはお上の命令だから、侍たちは潔く従い、妙国寺で次々と腹を切った。剣道で鍛えた腹から飛び出した腸を自分で掴み、引きずり出した。フランス側は、最初は「当然の報いだ」と思っていたが、あまりに凄惨な光景に堪えかね、「もう止めてくれー」と叫んで逃げ出した。それで、処刑は途中で中止になったという。150年前の日本人には、こうした精神的な強さがあった。フランス人記者が同意する。「侍の精神は、我々西欧人を圧倒したんだ。江戸幕府と外交官のタウンゼント・ハリスが日米修好通商条約を結んだ時には、批准書の交換の為に遣米使節団を送っている。侍たちは太平洋を渡り、ニューヨークのブロードウェイを行進した。ワシントンでジェームズ・ブキャナン大統領に謁見した後だったのでニュースにもなり、ブロードウェイには日本人を初めて見る人々が大勢集まった。77人の使節団が、紋付き袴に日本刀を下げた正装で堂々と行進する姿には、威厳があった。侍は、アメリカ人に高貴さを見せ付けたんだ」。ウォルト・ホイットマンは、その行進を見て『使命の棒持者たち』という詩を書いた。侍に目を見張るアメリカ人の姿を描写したのだ。アメリカ人記者が言う。「その話は、私も聞いたことがあるわ。ブキャナン大統領に会いに行く時、使節団は『面会する部屋を先に見たい』と言い出した。『大統領の前で粗相があってはならないから』と言い、『5歩歩いて、ここで振り返る』等と練習したの。日本人の感覚では当然だったのかもしれないけど、アメリカ人は『何て細やかで礼儀正しい民族か』と驚いたのね」。明治の精神は、国を強くすることだった。国道を作り、鉄道を整備し、列強の侵略に備えた。しかし今や、明治を直接知る日本人は殆どいない。「西欧に追い付き追い越せ」といった我武者羅さは、現在の日本人が失ったものだ。アメリカに尻尾を振り続けた挙げ句、ドナルド・トランプ政権誕生というどんでん返しで右往左往している平成日本の政治家も、明治人の気概に学んだらどうか。 (『S・P・I』特派員 ヤン・デンマン)


キャプチャ  2016年11月24日号掲載

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