【Global Economy】(13) ドナルド・トランプ氏当選の衝撃…貿易国のメキシコに危機感

アメリカのドナルド・トランプ次期大統領が、『環太平洋経済連携協定(TPP)』離脱の意向を表明した。『北米自由貿易協定(NAFTA)』をよりどころとするメキシコでも危機感が広がる。だが、保護主義はアメリカ自身に何ら利点を齎さない。 (本紙編集委員 山崎貴史)

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メキシコ中部のグアナファト州。『ホンダ』・『マツダ』・『ゼネラルモーターズ(GM)』・『フォルクスワーゲン(VW)』と、名だたる自動車メーカーが工場を置く。歴史ある街並みと銀山が世界遺産にも登録されたこの地は、今や“自動車の街”だ。先週のある夜、地元のレストランで、日系自動車メーカーの従業員たちが仕事帰りに食事をしていた。口を突いて出るのは、「まさかトランプが…」だ。「まさかトランプが勝つとは…。驚きを通り越して、茫然としているよ。今後はメキシコへの投資も減るだろうし、将来が心配だから貯金をしようと思う」。エルテンテスさん(男性・27)は元気が無い。ロペスさん(女性・37)は、「まさかトランプが主張を全て実行することはないと思うけど…」と不安気だ。トランプ氏は大統領選で、「NAFTAを交渉し直す」と主張した。「NAFTAによって、メキシコやカナダから大量の輸入品が入ってきたことで、アメリカの雇用が奪われた」と訴える。今月21日に公開されたアメリカ国民向けのビデオ声明でも、来年1月20日の就任初日にTPPから離脱する意思を通知する方針を示した。雇用維持の為、自国市場を閉ざす保護主義の姿勢を鮮明にしている。メキシコは、国内総生産(GDP)の3割を輸出が占める貿易立国だ。輸出の8割はアメリカ向けで、無関税で巨大市場に輸出できるNAFTAは国の生命線だ。『メキシコ中央銀行』のアグスティン・カルステンス総裁はアメリカ大統領選を前に、「トランプ氏が勝てばハリケーン級の衝撃になる」と警戒していた。懸念は現実になった。トランプ氏の勝利後、通貨のペソは対ドルで10%以上も急落した。中銀は同17日、資金の流出を食い止める為、市場金利の起点となる政策金利を0.50%引き上げた。しかし、効果は出ず、今もペソは1ドル=20ペソ前後の史上最安値圏で推移している。

ロペスさんらによると、メキシコは観光地の入場料やホテルの宿泊費等、ドル建てで料金が設定されているケースも多く、ペソ安・ドル高が進むと消費者の負担が増え易い。これまでもペソ安傾向だった為、家電品やコーンフレーク等といったアメリカからの輸入品が値上がりしてきたという。メキシコに動揺が広がる最中の同14日、『トヨタ自動車』はグアナファト州に建設する新工場の起工式を行った。「メキシコは、米州全体の生産のハブ(中核)であり続ける」。席上、内山田竹志会長はメキシコで生産する意義を強調した。出席したメキシコ経済省のイルデフォンソ・グアハルド大臣は、NAFTAの存在を前提に、「メキシコはトヨタのような大企業にとって、非常に魅力的な競争力がある」と述べた。2人とも、明らかにトランプ氏を意識しての発言だった。日米欧の自動車メーカーはメキシコについて、アメリカ市場を睨んだ重要拠点と位置付ける。メキシコの自動車生産台数は340万台(昨年)で、世界7位。その内の6割近い195万台が、アメリカに輸出されている。メキシコの各自治体は工場の誘致合戦を繰り広げており、自動車工場は人気の就職先だ。メキシコからアメリカへは、両国を結ぶ鉄道で車を容易く運び込める。労働コスト(賃金や社会保険料等)は、アメリカのほぼ5分の1に当たる1時間当たり平均8ドル(約900円)前後。NAFTAによって、アメリカに輸出する際の関税もかからない。各社は、利幅の大きい高級車や大型車はアメリカの工場で生産し、価格が比較的安い小型車はコスト削減を徹底する為に、メキシコで製造してアメリカで売る戦略を取る。NAFTAの見直しが行われ、アメリカがメキシコからの輸入品に一定の関税をかければ、メキシコの優位性は後退し、企業が長年かけて構築したサプライチェーン(供給網)が崩れる恐れがある。メキシコからアメリカに輸出される車の6割は、アメリカ系メーカー製だ。アメリカの関税引き上げで最も苦しむのは、GMや『フォードモーター』ということになる。トランプ氏の思惑通り、各社がメキシコからアメリカに生産拠点を移すとしても、工場を新設して雇用を増やすには、長い時間と膨大な費用がかかる。アメリカはメキシコに比べて製造コストが高い為、値上げせざるを得なくなり、必然的に競争力は低下する。日常生活に車が欠かせないアメリカ国民は、より高い車を買わなくてはならなくなる。メキシコのエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領は同19日、ペルーで開かれた『アジア太平洋経済協力会議(APEC)』首脳会議で、「メキシコの輸出品1ドル当たり、北米(アメリカやカナダ)の原材料が40セント分を占める」と、NAFTAの域内貿易の意義を熱く訴えた。

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■高い関税、アメリカにも悪影響か
トランプ次期大統領が輸入品に高い関税をかけると、却ってアメリカ社会に悪影響が及ぶとみられる。NAFTAは、アメリカとカナダの自由貿易協定にメキシコを加える形で発足した。アメリカには、人件費の安いメキシコを生産拠点にし、農産物等の輸出先も広げる狙いがあった。アメリカの『外交問題評議会』の報告書によると、NAFTA域内の貿易規模は、発効前の1993年の約2900億ドルから、今年には約1兆1000億ドルに拡大したとみられる。アメリカが輸入品に高い関税をかけると、何が起きるか。メキシコは、“森のバター”と呼ばれるアボカドの世界最大の生産国。メキシコはアメリカに、アボカドやトマト、或いは家具等を大量に輸出している。関税がかかるとこうした輸入品が値上がりし、アメリカ国民の生活を直撃する。貿易交渉では、一方の国が関税を引き上げれば、相手方の国も関税を上げるものだ。アメリカが関税を上げると、アメリカ企業の輸出にブレーキがかかることになる。メキシコの民間経済研究所は、「アメリカがNAFTAを離脱すれば、アメリカの自動車や食品産業が打撃を受け、アメリカで800万人が職を失う」と推計する。『アジア経済研究所』の星野妙子氏は、「アメリカが関税を引き上げると中国が恩恵を受ける」と指摘する。例えば、メキシコ、ブラジル、チリ等、殆どの中南米諸国にとって、輸入元の上位1・2位はアメリカと中国だ。アメリカが関税を上げれば、これら各国も対米関税を上げるので、アメリカからの輸入が減る。空いた市場に中国製品が輸出され易くなるという訳だ。『みずほ総合研究所』の西川珠子氏は、「トランプ氏は、NAFTAの見直しによるアメリカ企業のデメリットを十分に理解しないまま発言していると推察される」とみる。アメリカのTPP離脱にも喜んでいるのは中国。トランプ氏が中国を目の敵にしてきた発言とは裏腹だ。とはいえ、未だ実現していないTPPと、20年以上の実績があるNAFTAでは事情が異なる。バラク・オバマ大統領は、初当選した2008年の選挙でNAFTAの再交渉を訴えたが、就任後は自由貿易の推進に舵を切った。トランプ氏は当選後、現実的な方向への軌道修正も目立つだけに、メキシコ側には期待もある。


⦿読売新聞 2016年11月25日付掲載⦿

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