『創価学会』はどのようにして国内・海外で信者を獲得してきたのか――攻撃的な折伏により信者急増、入会に必要な3つの条件とは?

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布教活動の継続は、宗教団体の命である。布教を疎かにした教団は、自動車メーカーが販売営業に力を抜くのと同義で、軈て衰退の一途を辿ることになる。現在、我が国には約18万3000の宗教法人が存在するが、戦後の一時期に興隆していた法人の中で、いつの間にか信者数が減少し、今や見る影も無い教団も少なくない。布教を怠った証左である。こんな事例を示してみよう。1960年代、日本に本部を構える新興教団が、婦人部の幹部を1人、ニューヨークに派遣した。現地に住む50人ほどを数えていた日本人信者の指導と布教が目的である。件の婦人部幹部は、狭いアパートに1人で住み、毎日、信者が集まるニューヨーク本部を往復していた。滞在から早10年が経過して、「そろそろ日本に帰国しよう」という間際に、筆者は知人の紹介で、ご本人にインタビューすることができた。「10年間で、信者さんはどれほど増えたでしょうか?」という質問に、本人は「いいえ、信者さんは減りました。年老いて亡くなったりしましてね」と笑顔で語った。ニューヨークに滞在しながら、行動範囲は日本人信者がいる本部と住まいの往復だけである。日常会話は日本語で済み、英語を必要としないから、習得しようともしない。実際、この婦人は10年間もニューヨークに住みながら、英語による簡単な挨拶にも難儀をしていた。言葉が不自由な為に、布教の意志が強くあっても、アメリカ人に語りかける布教の会話ができなかったのである。1960年代、アメリカに日本からこうした多くの教団が、布教を目的に進出した。その中で、抜きん出て布教に成功した教団が『創価学会』である。

多くの伝統仏教もアメリカに入った。だが、儀式行事等で使用される言語は日本人信者を対象とした日本語であり、日本社会の枠から離れられない。その点、1960年代後半頃から“戦争花嫁”を中心に、“座談会”も日本語で通していた創価学会(『日蓮正宗オブアメリカ(NSA)』)が、逸早く日本人幹部による指導を英語に切り替えて、アメリカ人を布教の渦に巻き込んでいった。組織は現在、『アメリカSGI』と改称しているが、同会がアメリカに浸透したもう1つの布教戦略は、一口に括って“文化活動”だったようだ。日蓮聖人の教義を英訳してアメリカ人に説くのは難解だし、その上、アメリカ人を納得させ、入信に導く布教は最早、至難の業である。それよりも、陽気な性格を持つアメリカ人の、とりわけ若い男女間にダンス・吹奏楽・鼓笛隊を組織し、勧誘し、布教を兼ねた宗教活動の一環とした。アメリカの場合、こうした文化活動が布教に大いに貢献し、今日のアメリカ組織の源になった。現在、アメリカを含む海外の組織である『創価学会インタナショナル(SGI)』は192ヵ国、総勢約200万人前後に及ぶ。要するに、同会は海外進出の処方として、その国々の民族性に合った布教を展開してきたのである。では、本家の日本では、どのような布教活動をしながら組織を拡大してきたのか。入会の条件について、創価学会本部が発行している書籍や、インターネットのホームページでは、以下のような“3項目の実践”を提示している。先ずは、勤行・唱題を実践していること。要約すると、朝晩、『法華経方便品・自我偈』を読経し、“南無妙法蓮華経”という題目を唱え、日蓮大聖人の仏法の理解を深める。その為、自宅に仏壇を置き、“本尊”を安置することになる。本尊を授受する儀式は、宗門(日蓮正宗)と離別する1991年以前まで、創価学会は、全国に点在する宗門末寺の住職が行っていた。が、現在は同会の会館と幹部がその代わりを務めている。新会員が勤行を覚えるまで、地域の幹部が同座して教えるようである。次に、『聖教新聞』を3ヵ月以上購読すること。同紙の購読料金は1ヵ月1934円(税込み)。池田大作名誉会長の指導記事や、同氏が連載している『新・人間革命』や会員の体験談記事を読み、創価学会がどんな宗教かを理解しておく。公称発行部数550万部の聖教新聞は、創価学会のドル箱的存在である。入会した新会員が、軈て組織の活動家に成長すると、ただ毎日、聖教新聞を読むだけではなく、同紙の勧誘(同会では“新聞啓蒙”と言う)が、選挙時、公明党の支援活動と肩を並べて、重要な組織活動の1つになる。そして、定例の“座談会”に年に2回以上参加すること。座談会は毎月、全国の“地区”(“拠点”と言われる幹部の自宅等が会場)で開催しており、子供から大人まで集まる創価学会組織の基本的な恒例行事である。

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同会場では、池田大作名誉会長が嘗て講演した記録ビデオや、海外の要人たちと対談しているビデオ鑑賞、参加者の“体験発表”、合唱や各種行事の連絡等が行われる。所要時間は約2時間。毎月、全国で開かれている“座談会”は、創価学会の伝統行事で、同会の組織がこれほど拡大してきた原動力も、この“座談会”の継続にあった。「座談会に始まり座談会で終わる」というのが、創価学会の特徴でもある。各会場を担当する幹部の指導の他、未入信者を“座談会”の会場に招き、質疑応答を繰り返しながら、布教を展開したのだ。因みに、池田大作名誉会長が入会(当時は“入信”と言った)したきっかけも、戦後間もない昭和22(1947)年の夏、小学校の同級生である学会幹部・三宅ゆたか家の次女に誘われて、東京都大田区蒲田で開かれていた“座談会”に参加したからである。厳密ではないが、先の“3項目”をクリアし、尚も入会を希望する未入信者が“入会誓約書”にサインをする。この時、同居家族がいる場合は了承の確認を取り、未成年は親権者の承諾が必要となっている。では現在、創価学会が新会員を増やす為に、どのような布教活動を実践しているのか。今日の布教活動の形態を説明する為には、歴史を少し遡らなければいけない。昭和5(1930)年、初代会長の牧口常三郎が『創価教育学会』(※創価学会の前身)を創設し、小学校教員を中心にした教団組織が幕を開けた。最初の信者数は凡そ30人だったが、軈て年を追って500人、3000人と増加。昭和26(1951)年5月、戸田城聖が2代会長に就任した時、「私が生きている間に、75万世帯の折伏は私の手で致します。…生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は出して下さるな。遺骸は品川の沖に投げ捨てなさい!」と宣言した。この時の信者数が3000世帯としたら、75万世帯は約250倍に当たる。昭和33(1958)年4月に戸田は病死するが、宣言していた75万世帯が達成。

その後、2年の空白を置いて3代会長に就任したのが、池田大作氏である。33歳の若さで会長に就任した池田氏は、「東の立正佼成会、西の天理教を討て」の大号令をかけ、当時、教勢を誇っていた新興教団や伝統仏教寺院を攻撃しつつ、組織に“折伏大行進”を命令した。全国紙が社会面で取り上げるほどの凄まじい折伏活動が展開されたのである。当時の古参幹部だったA氏が証言する。「最早、狂気にも近い折伏活動でしたね。場所や時間に関係なく、民家を訪ねては宗教論争を持ちかけました。論争の焦点は“罰・功徳論”です。簡単に申しますと、『創価学会に入れば功徳(現世利益=病気が治る、生活が豊かになる等)がある。逆に学会に入らず、批判でもしたら、交通事故等の罰が下る』というものでした。実にわかり易い折伏でしたが、相手の宗教を批判する為、水をかけられる等当たり前。それでも、軍隊調の学会歌を歌いながら血気盛んでしたよ。当時、地方から都会に働きに出ていた若い男女青年等、底辺階層の人たちが多く入信しましたね。その為、『創価学会は貧乏人と病人の集まり』と揶揄されたものです」。近年、『冨士大石寺 顕正会』(本部は埼玉県さいたま市)は、未入信者が入信するまで監禁する等、過激な折伏活動が時々、新聞の社会面を賑わすことがある。創価学会も一時期、あのような壮絶な折伏運動を指示し、信者数を増やしていったのである。創価学会の元顧問弁護士である山崎正友氏(故人)が、こんな発言をしていたことが記憶に残されている。「小さな宗教団体が大きくなる為には、顕正会のように、他教団の組織から引き剥がすような勢いで折伏をする必要があるんですよ」。それでも、創価学会のこうした過激な折伏活動に幕が降ろされる転機が訪れたのは、昭和45(1970)年である。例の『言論出版妨害事件』を起こした創価学会は、社会から総批判を浴び、それまでの他宗教を邪教呼ばわりする“折伏”手法についても激しく言及された。以来、同会は聖教新聞に、折伏の成果を煽る地域毎の“折伏世帯数”の成果発表記事を消し、“折伏”という文字さえも消滅させた。代わって登場した用語が“仏法対話”である。布教の為に、民家をいきなり戸別訪問するような非常識な行動も控えるようになった。或いは勤務先で、同僚たちに“折伏”をするような熱心さも影を潜める。加えて、創価学会が“布教”に盛んに使ってきた「信仰の目的は成仏にある」についても、今日の科学文明時代にしっくりこない仏教用語であることから、この“成仏”も組織から消してしまう。こうして、草創期時代に比較して、創価学会の布教活動が以前よりは温和になったのである。その背景には、公明党の政界進出とも無関係ではない。創価学会以外、他の宗教は全て邪教と攻撃していたら、公明党票が入らないからである。

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また、同会内で度々最高幹部の造反が起こり、その度に内部の腐敗問題が告発されてきた。或いは税金問題や幹部の不始末、宗門との抗争等が週刊誌に報じられ、創価学会という宗教団体に対する社会の認識に変化が起きてきた。その為、“折伏”以前に学会問題が宗教論争のテーマになり、“仏法対話”も、会員にとって中々スムーズにはいかない。では現在、どのような布教活動をして会員を増やしているのか。「何しろ、公称世帯数800万世帯と言われる巨大宗教組織です。実数は200万~300万世帯にしても、1世帯当たり1人や2人の友人がいるでしょう。その人たちに布教をしているのでしょうね。でも、布教の形態はダイレクトな宗教の話ではなく、聖教新聞を無料で贈呈し、幹部によっては自腹を切って定期購読をさせる。また、いきなり宗教の話をすると相手から敬遠されますから、寧ろ『公明党に1票入れて下さい』と言ったほうが近付き易い。そうした付き合いを重ねて、少しずつ時間をかけて創価学会を理解させるという布教の方法が主流になっているでしょうか。それと、学会は盛んに地域友好を奨励していまして、普段から近所付き合いをやって親交を深め、機会を見計らって『座談会に出席しませんか?』と誘う。これが布教に結び付くのでしょう」(前出のA氏)。東京の下町に住む専業主婦のBさん(60代)は数年前、近所に住む学会婦人部員と親しくなった。以来、「聖教新聞を無料で配達してくれる」と話す。更に、選挙になると候補者の区議会議員と同伴で自宅に挨拶に来るし、“年金”で婦人部員に相談をした時は、件の公明党区議会議員が自宅に飛んで来たという。自宅近辺の住民たちで、下水道問題が起きた時もそうだった。その婦人部員は「では、公明党議員にお願いをしましょう!」と発言し、実際、同議員は真摯に相談に乗ってくれたという。地域間のこうした小まめな付き合いが、創価学会の布教になっているようである。ただ、これまで組織の中枢にいた活動会員の高齢化が進んでいる中で、公明党支持票も下降気味に推移している。こうした現状を分析すると、布教にも限界の壁が立ちはだかってきているようだ。


段勲(だん・いさお) フリージャーナリスト。1947年、宮城県生まれ。東洋大学文学部卒。『週刊ポスト』記者を経てフリーに。宗教・社会問題・人物・健康等について幅広く執筆。著書に『千昌夫の教訓』(小学館文庫)・『創価学会インタナショナルの実像 池田会長が顕彰を求める理由』『反人間革命 創価学会へ入信した男の一生』(共にリム出版新社)・『定ときみ江 “差別の病”を生きる』(九天社)等。


キャプチャ  2016年10月号掲載

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テーマ : 創価学会・公明党
ジャンル : 政治・経済

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