【憲法のトリセツ】(02) 現憲法は押し付けか…“象徴”を提唱した日本人

20161129 06
「現憲法はアメリカの押し付けなのか?」の2回目です。『連合国軍総司令部(GHQ)』が独自案を纏めた際、アメリカの合衆国憲法やフランスの人権宣言を始めとする世界の数多の法規を参考にすると共に、日本人が書いた様々な提言にも目を通していました。その中に、非常に大きな影響を与えたとみられる案があります。作成したのは、『憲法研究会』という学者やジャーナリストのグループです。意見を取り纏めて草案にしたのは鈴木安蔵でした。1904年、福島県に生まれた鈴木は、京都大学在学中に『貧乏物語』で知られる河上肇に私淑し、マルクス主義に傾倒しました。1926年、治安維持法の適用第1号となった『京都学連事件』で検挙されました。出所後は明治憲法の研究に取り組み、衆議院憲政史編纂委員も務めました。日本が降伏して2ヵ月たった1945年10月、『日本文化人連盟』の創立準備会に出席した際、後にNHK会長になる高野岩三郎らに声をかけられます。

高野岩三郎「民主的な憲法制定運動を起こさなければいけない。君、やってくれないか?」
室伏高信「直ぐやろうじゃないか。場所は提供する」

室伏は、アドルフ・ヒトラーの『我が闘争』を翻訳した元新聞記者。鈴木とは正反対の右翼的な人物でしたが、日本の敗色が濃くなるにつれ、軍部と距離を置いていました。経済学者の森戸辰男らも参加し、研究会は発足しました。

GHQは、この動きを知るや、強い関心を寄せました。初会合の僅か2日後には、幹部が森戸からヒアリングし、報告書は首都のワシントンD.C.に送付され、ジェームズ・バーンズ国務長官も読んだことがわかっています。それによると、森戸は「天皇の政治的機能と儀礼的機能を分離させなければならない。天皇は道徳的象徴に過ぎないものになるべきである」と力説しました。これが、天皇を“象徴”と位置付けた最初の文書です。GHQが日本政府に“象徴天皇”を押し付けたのは、その3ヵ月後でした。他にも、研究会が影響を与えたとみられる表現が幾つかあります。メンバーの岩淵辰雄は、会合でこんな発言をしました。「天皇から一切の政治上の権力を取ってしまおう」。現憲法第4条の「天皇は【中略】国政に関する権能を有しない」と似ています。鈴木が書いた草案には、こんな言い回しも出てきます。「天皇は栄誉の淵源にして国家的儀礼をつかさどる」。現憲法第7条に天皇の役割が列挙されていますが、そこに「栄典を授与する」「儀式を行う」とあります。首相や最高裁長官の任命ならば兎も角、儀式のことまで書く必要は必ずしもないのですから、鈴木の書きぶりを引き写した可能性がかなりあります。鈴木らは、12月26日に憲法草案要綱を完成させると、首相官邸やGHQに届けると同時に、官邸詰めの新聞記者にも草案を配りました。GHQは直ちに英語に翻訳し、民政局法規課のマイロ・ラウエル課長を中心に分析に入りました。民政局は、GHQ案の作成を担当した部局です。翌1946年1月11日、ラウエルはリチャード・サザーランド参謀長に、こう報告しました。「条文は民主的で、受け入れられる」。安倍晋三首相のブレーン的な存在で、“押し付け”論を強く主張している駒澤大学の西修名誉教授は、自著『ドキュメント 日本国憲法』(三修社)で憲法研案について、「一見して社会主義的傾向を帯びている」と否定的な考えを示しています。ただ、その西氏も、「総司令部が最も高く評価した」「自ら制定した憲法案のなかに、この案のなかのいくつかの規定を導入した」ことは認めています。GHQは様々な文書を下敷きにしましたが、「憲法研案はGHQ案の最も太い源流だった」と言って差し支えないでしょう。

1回目で、「戦争放棄を言い出したのは幣原喜重郎首相だったのではないか?」という指摘をしました。ダグラス・マッカーサーと幣原というペニシリン会談の2人の当事者が、何れも「発案したのは幣原」と書き残しているのですから、基本的にはそれを信じるべきでしょう。ただ、当時は外務大臣だった吉田茂のような裏事情を知り得る立場の人が疑問視しているので、綿密に調べたほうがよいのは間違いありません。「結局、どっちなんだ?」という問い合わせもあったので、少し補足します。憲法史の専門家が重視しているメモがあります。枢密院顧問官を務めた大平駒槌は、幣原と大阪中学の同窓生でした。ペニシリン会談の模様等を直後に聞き出し、後にそれを娘の羽室ミチ子に口述筆記させました。こうした経緯から“羽室メモ”と呼ばれています。それに基づき、ペニシリン会談を再構成します。

幣原「どうしても天皇制を維持させたい」
マッカーサー「1滴の血も流さず進駐できたのは天皇の力による」
幣原「天皇は平和主義者でいらっしゃる」
マッカーサー「できるだけ協力したい」
幣原「世界が戦争をしなくなるには、“戦争を放棄する”というしかない」
マッカーサー「(涙ぐんで)その通りだ」
幣原「世界から信用を無くした日本にとって、戦争を放棄するということをはっきりと世界に声明することだけが、日本が信用してもらえる唯一の誇りになる」

どう感じましたか? 戦争放棄を発案したのは幣原です。ただ、憲法には一言も触れていません。幣原が発案した戦争放棄を記憶していたマッカーサーが、GHQ案を作ることになった時に取り込ませた。これが、最も真実に近い解釈ではないでしょうか。


大石格(おおいし・いたる) 日本経済新聞編集委員。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。国際大学国際関係学科修士課程修了後、1985年に『日本経済新聞社』入社。政治部記者・那覇支局長・政治部次長・ワシントン支局長として、様々な歴史的場面に立ち会ってきた。現在の担当は1面コラム“春秋”・2面コラム“風見鶏”・社説等。


⦿日本経済新聞電子版 2016年11月9日付掲載⦿

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