【管見妄語】 企業ファースト

二十代の女性が私とランチを取りながら、ボソッと言った。「私、この間“過労自殺”と認定された電通の女性社員、知っているんです」「毎月100時間以上も残業していたという東大卒の24歳の子かい?」「そうです。アルバイトをしていた時の仲間です。母子家庭の子で、『親孝行する為に早くお金を貯めたい』と言っていました」「確か、東芝にいたことのある大学教授が、『残業100時間を超えたくらいで過労死とは情けない』とか言っていたね」「酷過ぎます。1日2~3時間の睡眠に加え、日常的にパワハラにも遭っていたんです。その教授、『自分たちがやってきたんだからお前たちもしろ』と言うんでしょうが、そんなだから東芝がダメになったのだと思います」。大分憤慨しているようだった。似た話は息子からも聞いた。高校時代の級友が医者として勤務する病院に、ある時、職場で昏倒した男性が担ぎ込まれてきた。土日返上の残業に次ぐ残業の結果、クモ膜下出血を起こした30代前半の男だった。よく見ると兄だった。植物状態のまま亡くなったという。過労死と認定された者はここ十数年、年間100人を超えている。認定の請求件数は年に千数百件、請求すらできないまま揉み消されている過労死は膨大と推測されている。長時間労働にやっとのことで耐えている者なら、恐らく100万人を下るまい。法律では、労働時間は1日8時間、週40時間と決まっている。それなのに、週50時間以上働いている長時間労働者は全体の30%で、先進国中で最多だ。法律違反とならないのは、労働基準法に「労使協定を結べば1ヵ月に45時間まで時間外労働をさせることができる」と記されているからだ。しかも繁忙期には、この限度を超えて働かせてもよいことになっている。これでは、“過労死ライン”と言われる月80時間を超える残業が幾らでも出てくる筈だ。ザル法だ。

「過酷な残業の成果は?」と、時間当たりの労働生産性を外国と比べると、日本は先進34ヵ国中の21位と振るわない。定時が来ると仕事途中でも一斉に帰宅してしまうイタリアやスペインでさえ、時間当たりの生産性は日本より2割も高い。産業構造の似たドイツは、日本より何と5割も高い。基礎学力や労働意欲において、ドイツ、イタリア、スペイン等より遥かに上と思われる日本人の生産性がこれほど低いというのは、尋常のことではない。労働の質が悪いのだ。疲れ果てぼんやりした頭で、或いは「周りが帰らないから」という理由で机に向かっているような長時間残業に、大きな原因がある筈だ。ドイツでは、「残業は1日2時間までならよいが、半年間の勤務時間が1日平均で8時間を超えてはならない」と決められている。しかも、労働基準監督署が抜き打ち調査をし、違反した企業経営者に対しては、程度により罰金刑や禁錮刑を科す。こうなれば企業イメージはガタ落ちとなるから、法が守られる。ドイツの労働時間は日本に比べ驚くほど少ないが、これでもヨーロッパでは最長に近い。日本はドイツを早急に見習うべきだろう。残業の多い原因は、業務量に比べて人員が少ないことに尽きる。企業側は、「終身雇用がある限り、不況時に人員調整が利かないから、社員を少なめにせざるを得ない」と必ず言う。“終身雇用”という美風をスケープゴートにした言い訳だ。残業に頼らなくともよいだけの正社員を採用し、いざ不況になったら役員が給料の大幅カットを行い、続いて段々と下まで降りてくるようにすればよい。全社員の給料を3割カットすれば、定員3割減と似た効果がある。過労死は勿論、「若者が正社員になれない」「働き過ぎで結婚や子作りにも励めない」では、少子化が進むのも当然だ。それに、生産性が先進国中で下位というのは、無能の証のようで国辱でさえある。そして抑々、趣味も家庭団欒も楽しめず、働くだけの人生とは一体何なのだろうか? 癒着した政と財は、いつまで国民を愚弄し、傷め続けるのだろう。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2016年12月1日号掲載
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