【中外時評】 企業の現金、成長に活用を――競争力弱く、賃上げに暗雲

「消費の低迷を打開しよう」と、政府が経済界に4年連続で賃上げを求めている。「企業には稼いだお金が潤沢にある」とみている為だが、株式市場の視点に立つと、また違った風景が浮かび上がる。企業の発行済み株式数に株価をかけて算出し、投資家からみた企業価値を示す株式時価総額。この額が、持っている現金と有価証券残高の合計に及ばない上場企業が、実は少なからずある。企業が抱える資金の価値への評価が低いことを物語るものだ。『エーザイ』の最高財務責任者(CFO)で早稲田大学大学院の兼任講師も務める柳良平氏の調べでは、今年10月末時点で、時価総額が現金と有価証券残高の合計を下回る上場企業(金融を除く)は532社、約15%に上っている。柳氏は古巣の『UBS証券』の協力を得て、公的年金基金や資産運用会社等、国内外の有力投資家への調査も実施。その結果からは、投資家の厳しい見方が浮き彫りになる。日本企業の貸借対照表上の現金・現金同等物(定期預金や譲渡性預金等)・有価証券の合計額を100とした時に、投資家は実際の価値をどのくらいと評価しているか。最も多かったのは“50~100”で3割強あった。次いで“50前後”が3割弱、“0~50”が1割強。100より低い評価が大半だ。「大体、半分程度にしか評価されていない」と柳氏はみる。株式市場からの評価がディスカウントされているとなると、企業の競争力上、明らかに不利だ。株価が上がり難ければ、M&A(合併・買収)の戦略を組み立てるのに支障が出る。資金調達力が低ければ、思うように研究開発が進まなくなる恐れもある。「賃上げで消費を活発にし、デフレ脱却へ歩を進めよう」という政府の目論見にも暗雲が漂う。消費が力強く伸びるには、継続的に賃金が上がっていく必要があるが、企業の競争力が高まらなければ、それが難しくなるからだ。

何故、投資家は日本企業が持つ現金を低く評価するのか。「成長に向けた投資に積極的でなく、漫然と資金を抱えている」。多くの投資家には、日本企業に対してこんな不満がある。100円を100円以上に増やす価値創造力の弱さが、株式市場の評価が低い根っこにある。では何故、日本企業は資金を成長投資に十分に活用せず、抱え込むのか。歴史的な背景がありそうだ。長らく、企業は銀行等の金融機関から資金を借り入れる間接金融に依存。経営悪化の際には、銀行が支えるメインバンク制が確立していた。銀行は勿論、貸したお金の返済能力を重視する。この為、企業は「できるだけ資金を持っておきたい」と考える。その感覚が今も残っているとみることができる。現在は間接金融から、資本市場を使い、投資家から資金を調達する直接金融にシフト。企業も、銀行を向いた経営から投資家重視の経営に軸足を移す必要があるが、変化に対応し切れていないのだろう。企業の現場は日々、幾つもの商取引を重ねており、一定の運転資金を持つことには理がある。研究開発等に積極投資するエーザイも、「『月商の2~3ヵ月分の現金は持たせてほしい』と株主にお願いしている」(柳氏)。逆に言えば、投資家に説明のつかない現金保有は難しいということだ。潤沢に資金を抱える理由として、「いざというときの備え」を挙げる企業は多い。だが、そうした曖昧な説明には、本当にその額が手元になければならないのか、例えば社外取締役らが問い質す必要があるだろう。『東京証券取引所』が昨年6月に導入した企業統治指針では、上場企業に2人以上の社外取締役の選任を求めている。その“経営のお目付け役”の発言等、取締役会の議論が活発かどうかを専門評価会社が検証する“取締役会評価”も、世界では広がっている。日本企業も、こうした仕組みの採用を前向きに考えたい。日本企業の持つ現金・預金が過去最高水準にあるのは事実だ。賃上げの原資として、うってつけのようにみえる。しかし、持続的な賃金上昇のカギを握る価値創造力は見劣りすることも、また事実だ。自己資本利益率(ROE)は、米欧企業では2桁が当たり前なのに対し、日本の上場企業は7%台に止まる。政府が日本経済の活性化を真剣に考えるなら、毎年のように賃上げ要請を繰り返しても不十分だ。企業活動を阻んでいる規制の見直しや、生産性向上を促す労働規制改革等で、企業の価値創造を後押しした方が余程効果がある。 (論説副委員長 水野裕司)


⦿日本経済新聞 2016年12月4日付掲載⦿
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