【Global Economy】(14) 竹森俊平の世界潮流:トランポノミクス、波乱の予感

アメリカのドナルド・トランプ次期大統領は、「アメリカに雇用を取り戻す」と訴える。『環太平洋経済連携協定(TPP)』からの離脱や減税の効果は。国際経済学者である慶應義塾大学の竹森俊平教授が、“トランポノミクス”のアメリカや世界経済に与える影響を分析する。

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トランプ次期大統領が、来年1月20日の就任直後の政策として、TPPからの離脱を挙げた衝撃は大きかった。12ヵ国が6年をかけて交渉してきた協定だ。日本にとっては、安倍政権の構造改革の要であり、農業の効率化や対外開放の進展等の意味を持つ。それが水泡に帰そうとしている。TPP離脱は選挙中の公約だったが、「守らないのではないか?」という“期待”もあった。確かに、トランプ氏は度々発言を翻す。だが、目標達成の為には何でもする人物だ。今の第一の目標は、4年後の“大統領再選”だ。その為に、支持基盤である“怒れる白人中間層”にアピールする政策は必ず実行する。TPPが先ず槍玉に挙がったのは、貿易政策の変更は議会の承認が無くても大統領令で可能だからだ。大統領になった直後に“成果”を上げたいのだ。今後、アメリカが自由貿易協定を主導することは当分ない。自ら進めてきた国際協定を白紙にすることになり、アメリカの信用は傷付いた。とはいえ、世界が直ぐに保護貿易に向かう訳ではない。『関税・貿易一般協定(GATT)』から『世界貿易機関(WTO)』へと戦後積み上げてきた関税障壁削減の蓄積がある。WTOのルールが守られる限り、世界貿易は今後も進展する。ただ、メキシコに対する関税の引き上げという公約は懸念材料だ。メキシコは『北米自由貿易協定(NAFTA)』の加盟国で、WTOルールで保証された“最恵国待遇(MFN)関税率”よりも低い関税率を享受している。

アメリカがメキシコへの関税率を引き上げれば、NAFTAは崩壊しかねず、メキシコに進出している日本企業にも痛手だ。アメリカが関税を上げても、MFN関税率以下に止まれば、WTOルールの侵害にはならない。しかし、それを超えるとWTOへの挑戦となる。トランプ氏は、「対メキシコの関税政策の制約となるなら、WTOからの脱退も辞さない」と述べていた。アメリカがWTOから脱退すれば、世界貿易ルールが消滅し、世界展開をしているアメリカ企業が一番大きな打撃を受ける。流石に、WTO脱退には二の足を踏むだろう。何れにしろ、日本政府はWTOの防衛に努力するべきだ。たとえTPPが潰えても、農業国であるオーストラリアと結んでいる自由貿易協定は、工業国である日本にとって利益が大きい。こうした2国間自由貿易協定の成果を積み上げるべきだ。21世紀に入り、アメリカの製造業の雇用は500万人減少した。トランプ氏は、それに怒っている白人中間層の支持を得て、大統領に当選した。怒りを政治力に繋げることはできても、雇用を回復する処方箋は持っていない。それがトランプ氏の問題だ。メキシコやアジアからの輸入を叩いても、アメリカの製造業の雇用は戻らない。雇用減少の最大の原因は、ロボット化等の技術進歩だからだ。実際、技術の進歩を受け、アメリカの工業生産指数は顕著に上昇しているが、雇用の改善は見られない。アメリカ国民の人気を得るには、貿易政策より、減税やインフラ(社会資本)投資等の財政政策の提案を実現したほうが効果は大きい。財政政策には議会の承認がいる。共和党が支配する議会の反対で政策運営が麻痺したバラク・オバマ政権時代とは違い、今回は共和党が大統領も議会も掌握しているので、政策運営は円滑になるだろう。減税についてはトランプ氏と共和党主流派の意見が一致し、公共投資については意見が異なる。だが、共和党議員が円滑な政策運営をアピールすることを優先すれば、公共投資もすんなり決まる。

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但し、人気取りのバラマキ政策が続く結果、今後、アメリカの財政赤字は拡大する。そこで、金融政策への影響が注目される。共和党もトランプ氏も、これまで『連邦準備制度理事会(FRB)』の金融緩和策に対し、「バブルを煽るものだ」として批判してきた。この為、「FRBに引き締めを迫る」という見方もある。だが、財政赤字が拡大する中、FRBが金融を引き締めれば“超ドル高”が生じることは、ロナルド・レーガン大統領時代の経験が証明する。国債発行が増え、資金の需要が増える中、FRBが引き締めをして資金の供給を絞れば、金利が高騰する。それを見て、「ドルを買ってアメリカに投資しよう」という海外勢の動きが活発化し、ドル高になるのだ。保護買易主義を明言し、「アメリカの雇用を守る」と宣言するトランプ氏が、輸出にブレーキがかかるドル高を容認するか。ドル高が顕著になれば、逆に金融緩和策を強要するかもしれない。FRBのジャネット・ルイーズ・イエレン議長が「金融政策の政治からの独立を守る」と明言した為、市場は「金融緩和は無い」とみて、“インフレとドル高の共存”というレーガン時代のシナリオを予想する。だから、今は円安だ。アメリカの株価上昇は、インフレで物価上昇分を含む名目収益が嵩上げされることを見込んだものだ。インフレ期待がアメリカで高まったことを受け、アメリカでもヨーロッパでも長期金利に上昇傾向が見られる。インフレになれば、これまでの金利では物価上昇率を運用利回りが下回り、実質収入が減るので、投資家はより高い名目金利を要求する。日本経済は未だデフレ体質から脱却していないが、流行り風邪のように金利高騰が波及するかもしれない。警戒が必要だ。レーガン時代の経験では、アメリカの高金利は新興国に流れていたアメリカ資本の逆流を生み、ラテンアメリカの債務危機を招いた。今回は、アジアの新興国に債務危機が広がる危険がある。政府や日本銀行は、新興国への支援体制を準備してほしい。


竹森俊平(たけもり・しゅんぺい) 経済学者・慶應義塾大学経済学部教授。1956年、東京都生まれ。パリ大学留学(サンケイスカラシップ)。慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学研究科修了。同大学経済学部助手やロチェスター大学留学を経て現職。著書に『世界経済危機は終わった』(日本経済新聞出版社)・『欧州統合、ギリシャに死す』(講談社)等。


⦿読売新聞 2016年12月2日付掲載⦿

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