【ブラック企業をブッ潰せ!】(01) 「命より大切な仕事は無い」…長時間労働が企業を潰す

20161212 05
「命より大切な仕事は無い」――。『電通』の新入社員で、昨年末に過労自殺した高橋まつりさん(当時24)の母・幸美さんの言葉だ。異を唱える人はいないだろう。しかし、日本社会は長時間労働を許容し続けてきた。厚生労働省の統計では、昨年度の過労自殺(未遂含む)の労災申請数は199件で、認定数は93件だった。だが、それは極一部でしかない。内閣府によると、“勤務問題”を原因の1つとする自殺は昨年、2159人に上った。過労自殺について、「命を絶つくらいなら何故、退職しないのか?」という疑問を抱くかもしれない。イラストレーターの汐街コナさんが、今年10月末に短文投稿サイト『ツイッター』に投稿し、話題になった漫画が、その答えを教えてくれる。『昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました』で始まるその漫画は、月に100時間残業をしていた時、地下鉄の駅ホームで「今一歩踏み出せば、明日は会社に行かなくていい」と思った自分の体験を紹介。「『死ぬくらいなら辞めればいいのに』と思う人は多いでしょうが、その程度の判断力すら失ってしまうのが恐ろしいところなのです」と汐街さんは訴える。追い込まれていく心境を、崖に挟まれた細い道を歩いている状況に例えた。通常は“休む”・“退職”・“サボる”等の道や扉が見えるが、真面目な人ほど「親に心配をかけたくない」「同僚はもっと頑張っている」と、その道を塗り潰してしまう。長時間労働で思考力を奪われ、壊れたように歩くことしか考えられなくなり、限界を超え、崖から落ちる…。心療内科医は「本人は、切迫すると理性的に判断できなくなる。若い世代の1人暮らしが増えている今、職場の同僚や上司が支えることが求められている」と指摘する。汐街さんは漫画で、「『まだ大丈夫』のうちに判断しないと判断自体ができなくなってしまいます」と勧め、「世界は本当に広いのです。忘れないでください」と強調した。

では、“未だ大丈夫”の内に判断する為にはどうすればいいのだろうか。過労による鬱病等の精神疾患を未然に防ぐ為には、先ず自覚症状をチェックする。睡眠・食欲の他、喉はストレス症状が出易く、声が出なくなることもある。単に「疲れが溜まっている」という場合が殆どだが、長引くようなら注意だ。「人は、自分のことには『最近忙しかったから』等、理由を付けて解決した気になるが、深刻になる前に対策を取ることが肝心だ」(精神科医)という。周囲の支えが重要な理由も、ここにある。自分の異変に気付いたら、職場以外の信頼できる人に状況を説明する。職場のことを知らない人に説明する為には、しっかり整理しなければならず、自分を客観視することができる。また、同僚・家族・友人が毎日、声をかけることで変化に気付き易い。本人が悩みを打ち明けるきっかけにもなる。企業の産業医を務める心療内科医は、「心身共に優れない時に、会社にいいイメージを持てる筈はない。会社を休んで、ゆっくり考える時間を作るべき」と助言する。抑々、長時間労働やハラスメ ントが横行している“ブラック企業”に入社しないことが望ましい。千葉商科大学国際教養学部専任講師の常見陽平さんら、労働問題の専門家で作る『ブラック企業対策プロジェクト』は、就職活動時に注意すべきポイントを纏めている。公式サイトからPDFでダウンロードができる。電通には、過去にも過労自殺者を出した“前科”がある。入社2年目の男性が1991年8月、長時間労働により鬱病にかかり、首吊り自殺した。両親が電通に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は2000年3月、「上司は健康悪化を認識しながら、負担を軽減する措置を取らなかった」と認定。過労自殺について会社の責任を認めた初の最高裁判決となった。この裁判で電通側は、「自殺と長時間労働に因果関係は無く、自殺を回避する安全配慮義務も無い」と責任を否定。同居していた両親に対し、「生活状況を把握していた両親の保護責任が優先する」とまで主張した。高橋さんは、自殺する1ヵ月半前の昨年11月6日、この事件について記載した民間団体のホームページへのリンクを貼り付け、「これと全く同じ状態です」と自身のツイッターに書き込んでいる。電通の社風は、その時から全く変わっていなかったのだ。

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但し、電通だけが特別な訳ではない。国が悲惨な過労自殺を認定しながらも、企業側は我が社のことと受け止めず、自殺を“本人”の問題とし、真摯に向き合ってこなかった。抑々、長時間労働を問題とは認識していない。長時間労働を是正する立場の厚労省等国の官僚や、過労死が起きた企業を批判するマスコミもまた、長時間労働の職場環境にある。しかし、時代は大きく変わった。高橋さんの過労自殺を受け、厚労省東京労働局等は先月7日、電通の本社と3支社を労働基準法違反容疑で家宅捜索した。10月に同法に基づく“臨検”と呼ばれる抜き打ちの立ち入り調査に着手し、労務管理資料の分析を続けた。その結果、「長時間残業が横行していた疑いが強い」とみて、任意提出では得られ難い違法な長時間残業の証拠を集める為、異例の強制捜査に踏み切った。是正勧告(行政指導)に止まらず、法人としての電通と人事責任者らを書類送検して、刑事処分を求める模様だ。電通は、2013年にも当時30歳で病死した男性が過労死と認定された他、繰り返し長時間労働の是正勧告を受けたにも関わらず、改善されていない。労働基準監督官OBは、「何度も繰り返され、自浄作用は無い。一罰百戒と長時間労働の是正に本腰を入れ始めた」と指摘する。労働政策に携わってきたシンクタンク研究員は、「氷山の一角だとしても、明らかになり、これだけ大きな騒ぎになるということが、社会が変わりつつある証拠だ」と指摘する。ところが、それでも官邸や企業側は、長時間労働が常態化する状況を変えようとするどころか、更に強化する方向に舵を切ろうとしている。働き方改革では、事実上無制限の残業を認めている労働基準法36条に基づく“36協定”の見直し議論が進んでいる。残業時間の上限規制にどこまで踏み込むかが焦点だが、具体性のある規制に至るかどうかについては懐疑的だ。

経済界から「決算等の繁忙期に配慮した設定をしてほしい」と弾力的な運用を求める意見が出ている他、上限を設ける代わりに“適用除外”の業種を増やすよう求めている。だが、適用除外が増えれば、新たな“抜け穴”ができるだけだ。上限規制の“交換条件”として用意されたのが、高収入で専門的な業務について、労働時間規制から除外する『ホワイトカラーエグゼンプション』の導入だ。実際に働いた時間と関係なく、予め1日当たりの労働時間(見做し労働時間)を定める。時間に縛られず、自由に働けるようになり、適用される労働者にとっては、残業の上限規制どころか撤廃となる危険を孕む。“残業代ゼロ法案”と批判される所以だ。ホワイトカラーエグゼンプションについて安倍晋三首相は、「能力を発揮できる新しい労働制度を選択可能とするものだ」と述べ、意欲を示す。多くの企業を顧問先に持つ大手法律事務所の弁護士は、経営者の思いを代弁する。「生活の質の向上に当たって、仕事は悪いことではない」。会合で、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)について話題に上った時だ。東証1部上場企業の経営者が「この言葉は、『生活は楽しくて、仕事は苦が少ないほうがいい』という発想が気に入らない」と発言すると、賛同する意見が相次いだ。つまり、「四の五の言わず、兎に角、働け」というのが、未だに経営者の本音なのである。だが、そうした経営者は時代錯誤としか言い様がない。そんな考えでは企業は存続不可能だ。少子化による労働力減少で、今や人材確保が企業の最重要課題となっている。慢性的な長時間労働が“当たり前”という風潮が残る企業には、共働きが当たり前で、家事・育児・介護を夫婦で分担するこれからの世代は入社しない。高橋さんの遺族代理人を務めた川人博弁護士は、「今回の痛ましい事件を受けても尚、ホワイトカラーエグゼンプション等、労働強化に繋がることを進めることはできないだろう。『長時間労働を助長する法律は良くない』と国民に広がったのではないか」と話す。川人弁護士が「優秀な人材は電通に集まらなくなるだろう」と指摘するように、“ブラック企業”と一度レッテルを貼られたら最後。優秀な人材を採用するのは困難だ。何も電通に限ったことではない。 (本誌 酒井雅浩・大堀達也)


キャプチャ  2016年12月13日号掲載

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