『ポケモンGO』人気に騙されるな! 優良企業のふりをした『任天堂』のブラックな歴史

スマホゲーム『ポケモンGO』の影響で株価が高騰し、改めて世界に存在感を示した『任天堂』。時価総額は3兆円を超え、過去の利益から9000億円ものキャッシュを保持している、誰もが認める優良企業だが、その実態は、ファンにもゲーム業界に対しても嘘を吐いて荒稼ぎしてきたホラ吹き企業だ。今も尚、業界のトップに君臨し続ける任天堂の欺瞞に満ちた正体を暴く!

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「任天堂の倒し方、知らないでしょ? 俺らはもう知っていますよ」――。これは2012年頃、ソーシャルゲーム市場で巨額な売り上げを叩き出して、勢いに乗っていた『GREE』の面接官が言ったとされる言葉だ。このエピソードそのものが伝聞であり、実際にこんなことを言ったのかどうかも不明なのだが、このキャッチーなセンテンスは、調子に乗っていたGREEという会社と、ゲーム業界の老舗であり、揺るぎない地位を築いているものの、時代に対応できずに苦境に陥っていた任天堂を象徴した言い回しとして大流行した。4年後の2016年現在、任天堂は『ポケモンGO』の影響で、一時的ではあるが株価が高騰して、その存在感を世界中に示したのに対し、GREEはスマホ市場への移行に乗り遅れたまま業績低迷。インターネット上では、GREEを始めとするソーシャルゲーム会社の業績不振が伝えられる度に、ゲームファンの中でも最も狂信的で面倒臭いと言われる“妊娠”(※任天堂信者の略称)を中心に、「任天堂の倒し方、知っているんじゃなかったの~?」等と煽られる事態となっている。確かに、任天堂はGREE如きが倒せる会社ではない。任天堂の時価総額は3兆円を超え、現金と有価証券類で9000億円ものキャッシュを所持している日本でも指折りのリッチな会社であり、メジャーリーグ球団『シアトルマリナーズ』の筆頭オーナーでもある。ちょっとやそっとの浮き沈みでは揺るがないガリバー企業なのだ。その上ではっきり言うが、任天堂を倒すのは簡単である。何故なら、任天堂は既に倒れているからだ。“妊娠”だけでなく、“ファミコン世代”と呼ばれるゲームファンたちは、任天堂というブランドを崇め続けているが、この会社の歴史は欺瞞に満ちている。自らの利益を最大化する為に、エンドユーザーにも業界に対しても嘘を吐き続けてきた、老獪の偏屈な会社なのだ。

『ファミリーコンピュータ』から始まる家庭用ゲーム産業の覇者として、そしてマリオやポケモン等の世界的に有名なキャラクターを生み出したことでも認知される任天堂が、嘗ては花札やトランプを製造する小さな玩具会社だったことは、日本人なら誰でも知っているだろう。3代目社長となる山内溥は、1959年に発売した『ディズニートランプ』でヒットを飛ばした後、多角経営に乗り出し、食品会社・タクシー会社・ラブホテル経営まで、儲かりそうなものに手を出した挙げ句、悉く失敗。軈て電子玩具に活路を見い出し、「愛情の深さが測定できる」と謳う『ラブテスター』等、胡散臭い商品を開発・販売。そして、1980年から発売を開始した『ゲームウォッチ』で爆発的なブームを巻き起こし、1985年には家庭用ゲーム機『ファミリーコンピュータ』を発売して、家庭用ゲーム市場そのものを作り出し、不動の地位を築くことになる。ファミコンは子供たちの間で革命的なブームを巻き起こし、周辺機器も出せば出すだけ売れた。ゲーム開発もできるという『ファミリーベーシック』、ゲームと連動して動く『ロボット』、立体視ができる『3Dシステム』…。其々の発売時には、次世代のゲームの中心となるような盛り上げ方をするが、実際には対応ソフトが数本出るだけで終わるような商品ばかりで、当時の子供たちはなけなしの小遣いを搾り取られた結果となった。肝心のゲームソフトも、まさに玉石混淆。マイナーなサードパーティーからリリースされたゲームの中には、バグだらけだったり意味不明な内容のものも多く、今でこそ“クソゲー”と面白がられているが、当時の消費者としては非常にギャンブル性の高い買い物を強いられていた。抑々、任天堂は「粗製乱造によるゲームソフトの質の低下を防ぐ為」という名目で、参入するゲームメーカーに対し、“ライセンス”と称するロイヤリティー制度を導入していた。ソフトメーカーがファミコンでゲームソフトを出す場合、先ず任天堂にお伺いを立てて許可を貰い、高額な開発機材を買わなくてはならない。更に、開発中は任天堂が随時チェックを行い、OKが出るまで作り直さないといけない。ゲーム完成後も、ソフトの製造はほぼ任天堂が統括している為、メーカーは製造を委託するしかない。しかも、製造したソフトは完全買い取りの為、売れ残った分はメーカー側の負担となる。要するに、任天堂はロイヤリティーという名目でショバ代を取って、内容に干渉した挙げ句、ソフトの製造費で利益を得ているので、そのソフトが売れなくても損をしない仕組みになっているのだ。更には、玩具屋に商品を卸す問屋を組織化して流通も牛耳り、事実上の価格統制や供給制限も行っていた。任天堂は、ゲームソフトの内容だけでなく、生産も流通も完全に抑え込み、ファミコンに関わる全てのカネの流れが自社に集中する帝国を築き上げたのである。

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反抗する勢力やライバル会社に対しては高圧的な態度を取り、コピー品や中古問題・レンタル問題等についても訴訟も辞さない強面ぶりで、その陣頭指揮を執ったと言われる山内溥社長は、業界内外から“組長”と呼ばれて恐れられた。その利権体質は、スーパーファミコン時代に最盛期を迎え、ソフト1本の値段が1万円を超えるのが当たり前という異常な市場が形成され、任天堂は我が世の春を謳歌したのである。こうした独裁に風穴を開けたのが『ソニー』である。抑々、任天堂はソニーと共同でスーパーファミコン用のCD-ROMユニットを開発していたが、土壇場で『フィリップス』との提携を発表。裏切られた形のソニーは、自らがハード会社となって市場へ挑戦する姿勢を打ち出し、『プレイステーション』を開発することとなる。CD-ROMによる画期的な生産・流通システムだけでなく、ロイヤリティーについても参入障壁を下げたソニー陣営には、任天堂に嫌気が差していたソフト会社が続々と集まった。『ファイナルファンタジー』を制作する『スクウェア』や、『ドラゴンクエスト』を手掛ける『エニックス』等、有力ソフト会社もプレステに参入を発表。この事態に憤慨した山内組長は、「スクウェア社員の出入り禁止を発令したほど怒り狂った」と言われているが、遂に任天堂はゲーム業界の覇権をソニーに譲り渡すこととなる。携帯ゲーム機の『ゲームボーイ』シリーズは堅調だったが、1996年発売の『NINTENDO64』や、2001年発売の『ゲームキューブ』は販売数が振るわず、愈々任天堂も苦しくなってくる。そこで山内組長が打った手段が、社長の交代である。この時、山内溥の後継者として名前が挙がっていたのは2人。先ずは、長男の山内克仁。大手広告代理店『電通』に勤めてから任天堂に入社し、広報室課長等を歴任。現在も続く、任天堂と電通のベタベタな関係性を象徴するような人物である。もう1人は、山内溥の長女の婿である荒川實。北米支社である『ニンテンドーオブアメリカ』の初代社長として、長らく任天堂グループを支えてきた男だ。しかし、ここで社長に抜擢されたのはこの2人ではなく、2000年に任天堂に入社したばかりの岩田聡だった。

岩田はプログラマー出身で、所属していた『HAL研究所』の代表取締役も務めた経歴の持ち主。元々ゲーム好きで、業界に対する知識も愛も深いという、任天堂の社長にうってつけの人物だった。岩田社長は、マニアックでオタク的なジャンルとなりつつあったゲーム人口の再拡大を提唱。その具現化策として、2004年に携帯ゲーム機『ニンテンドーDS』を発売。タッチスクリーンという入力方式は新鮮味を持って迎え入れられ、『脳を鍛える大人のDSトレーニング』等、大ヒットソフトを生み出す。更に、2006年には『Wii』を発表。これが世界的な大ヒットとなり、専用ソフト『Wii Sports』は、本体同梱版を含めると世界で最も売れたゲームソフトとなった。Wiiの時代となっても、任天堂のビジネスモデルは変わらなかった。ハードのシェアを広げ、自社開発のゲームを売りまくり、ソフトメーカーからのライセンス料や製造委託料で荒稼ぎするというスタイルである。しかし、このビジネスモデルはソフトメーカーから既に見透かされてしまっていた。抑々、売れセンのスポーツゲームやアクションゲームは、任天堂が自社開発してしまっている。その他のジャンルで勝負しても、Wiiというデバイスには向いていないものも多く、ヒットには繋がらないことが目に見えている。いくらWii本体が普及していても、旨味の少ない市場とシステムで態々ゲームを開発する意味が無くなってしまったのだ。ソフト不足によるユーザー離れを危惧した任天堂は、有力ソフト会社に開発費を出して“ゲームを作ってもらう”戦略を実行。「あの“モンスターハンター”の完全新作がWiiに!」等と煽っておきながら、その実態は単に任天堂がカネを出していただけなのである。あれだけ爆発的にヒットしたWiiも、末期は新作ソフトが一切リリースされないという事態に突入し、市場は空洞化。2012年には後継機である『Wii U』が発売するも、任天堂史上最も盛り上がらないハードとなり、対応ソフトも減少の一途。傲慢な施策でファンに嘘ばかり吐いてきた任天堂も、遂に営業赤字へと沈んでいった。この頃に、冒頭で紹介した“任天堂の倒し方”発言が流布している。Wii Uの失敗で、任天堂は実質的に手詰まりの状態に陥っている。ゲーム業界は、ハイエンドなグラフィックを生かしたスケールの大きなゲームが主流となり、任天堂が得意とするファミリー向けゲームは下火に。肝心のライトユーザーはスマホゲームに移行し、任天堂のビジネスモデルの中心となるゲーム専用機の需要は縮小。ファンも業界関係者も、そして任天堂の株主たちも、マリオ、ゼルダ、ポケモン等の任天堂オリジナルキャラクターを活かし、ソーシャルゲーム市場への参入を迫っていく。しかし、岩田社長を始めとする任天堂は「“ガチャ”等の課金方法に問題がある」として、ソーシャルゲーム市場には参入しないことを明言。飽く迄も、“誰もが楽しめる家庭用ゲーム”という任天堂のイメージと世界観を守っていく姿勢をみせた。

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その舌の根も乾かぬうちに、2015年に『DeNA』との提携を発表し、ソーシャル市場への参入を示唆する。しかし、参入するのはスマホを使ったコミュニケーションツールであり、ソーシャルゲームではないことを強調。こうしたスマホアプリで、任天堂の作品やマリオ等のキャラクターに触れてもらい、2017年に発売予定の新型ゲーム機『NX』等の家庭用ゲーム機に呼び込むという戦略なのだ。この頃の任天堂は、ファンよりも株主に対する弁明を繰り返しているようにみえたが、その直後の2015年7月に岩田社長が急死するという事態が発生。後任には『三和銀行(現在の『三菱東京UFJ銀行』)』出身の君島達己が社長となるが、ゲーム会社として岩田のようなキャッチーな人材を失った損失は大きく、業績だけでなく、会社のイメージ的にも大きなダメージを負ってしまった。そこに吹いた神風がポケモンGOである。しかし、このゲームに関して任天堂はほぼ関係なく、業績には寄与しないことが早々と判明してしまう。そして、もう1つバレてしまったのは、任天堂はゲームを開発するよりも、今までに生み出したキャラクターの版権料で儲けようとしている事実だ。フィギュアにゲーム連動機能を持たせた『amiibo』という商品は、“周辺機器”という名目だが、実質的には単なるキャラクターグッズでしかない。更には、『ユニバーサルスタジオジャパン』と提携してテーマパーク市場に乗り出したり、映像コンテンツに提供して映画化を促すものや、『ユニクロ』でのTシャツ化等、キャラクターを使用した様々なプロジェクトが動いており、最早投げ売り状態。リオデジャネイロオリンピックの閉会式で安倍晋三首相にマリオの格好をさせたのも、その一環とも言えるだろう。それでも、任天堂は企業アイデンティティーとして、自社開発したゲーム機を売り、その市場内でゲームを作っていくというスタイルを崩そうとしない。成功すれば利益は大きいことは確かなのだが、そんな時代が二度とやって来ないことは、任天堂自身もわかっている筈だ。それでも、「日本には“お茶の間”があり、そこに“ファミリー”が存在し、その中心に任天堂のゲーム機がある」という嘘を吐き続けていくしかないのである。アイデアも技術も既にあったのに、任天堂本体がポケモンGOを作れなかったのは、そんな“建前”と“嘘”に縛られていたからだ。任天堂という大木はとっくの昔に倒れており、このまま新芽が芽吹くことは二度と無いであろう――。


キャプチャ  第15号掲載

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