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【東畑開人の週刊臨床心理学】(03) メールで卓球



20200529 31
朝から晩までスマホにメールが届き続けるので参っている。大学が封鎖されて、リモートワークになったせいで、同僚やら学生やらからの用事が全てメールで飛んでくるのだ。特に今は履修登録の時期なので、学生が混乱して訳がわからなくなっているらしく、問い合わせメールの通知が鳴り止まない。こっちだって訳がわかっていないので、答えようがないことも多い。だけど、悲しいかな、魂の底から真面目な人間なので、一通一通丁寧に返信してしまう。すると、驚くべきことに倍のメールが返ってくる。そして、倍増したメールに更に返信すると、メールはその倍になる。爆発的増殖だ。このメール自体がウイルスなんじゃないか。だから、この数日の私はまるで卓球選手だった。中国ナショナルチームのエースのように、メールを超高速で打ち返しまくるのだ。だけど、昨日くらいから、スマホの向こうに鬼コーチがいて、「もっとだよ、もっと早く、もっと正確に」と冷徹に球出ししてくる姿が見えるようになったので、心が折れた。「コーチ…僕は…もう…無理です…」と呟いて、メールの通知をオフにしたのが、つい先程のこと。不思議なことだ。未だ大学に人が集まっていた頃には、問い合わせメールの世界卓球みたいなことにはなっていなかった。カリキュラムも履修登録のシステムも、以前からずっと迷宮的ではあったのだが、それでも学生たちはきちんとやりこなし、恙無く卒業していった。私はパジー東畑と酷いあだ名をつけられる程に馬耳東風を決め込んでいたけど、何の支障もなかった。何とかやれていたのだ。日常はグルグル回っていた。だけど、大学が封鎖された途端にその円環は解けて散り散りになり、無限のメールに変貌した。

“場”が如何にパワフルなものかを思い知らされる。一つの場所に人が集まっているというだけで、つまりオンライン上ではなく、複数の体が同じ空間にあるというだけで、私たちはできる筈のないことを何となくやれてしまうのだ。そんなことを考えていると思い出されるのが、昔働いていた精神科デイケアだ。そこは、精神障害の利用者さんが朝から晩まで時間を過ごす場所なわけだが、その中に「宇宙からの電波が脳味噌をかき回している」と訴える利用者さんがいた。彼は色々なことが上手くできなかった。食事をすればテーブルを汚したし、トイレに入ると出られなくなって周りを困らせた。会話は電波のことに限られていた。彼には深刻な障害があった。だけど、ディケアに来ると、そんな彼でも何とか日常を過ごすことができた。彼の心は恐ろしい電波の世界にいたのに、デイケアでの彼は“普通”に暮らせたのだ。例えば、デイケアの日課であったラジオ体操。ラジオからは電波が出ているし、単純に体操の順番がわからなかったし、抑々何で体操をするのかもわからなかったから、彼は「ラジオ体操なんかできない」と言い張っていた。だけど、ラジオ体操の時間になると、他の利用者さんから「さぁ、立って」と言われるので、椅子から立ち上がった。そして、他の人が手足を動かしているから、それを真似て手足を動かした。すると、ラジオ体操ができてしまう。不格好ではあったけど、“何となくやっている感じ”にはなって、無事日課を終えることができるのだ。家族はその姿を見て驚いていた。家では部屋にこもって電波と格闘する以外の何もしなかった彼が、皆と同じように“普通”にラジオ体操をしていたからだ。「ちゃんとできるんですね」と家族も嬉しそうだった。何もデイケアで特別な治療がなされていたわけではない。そこでは皆が普通に暮らしていただけで、彼に集中的なサポートがあったわけではない。彼を助けていたのは“場”だ。沢山の人がいて、沢山の体があると、自動的に小さなヘルプが生じてしまうのだ。体はヘルプに開かれている。体があると人をヘルプし易くて、人からヘルプされ易い。まごついていて、ついていけない体を見ると、周りの人は「さぁ、やるよ」とつい教えてしまうし、何かを上手くやれない時は人の体の動きを真似ると、何となく普通にやれているような感じが出てくる。よくわからないことが、よくわからないままでも、何となくできてしまう。それが場の力だ。

20200529 32
大学に人が集まっていた頃には、学生たちは履修登録をできて、私も仕事をこなせていた。場に助けられていたのだ。貴方だってそうではなかったか。一々覚えていないくらい周りの人が教えてくれたり、周りを真似たりして仕事をしてはいなかったか。それだけじゃない。家でパソコンを前に「あぁ、疲れた」と独り言を言っても誰にも聞こえないけれど、近くに誰かの体があれば、それ は誰かの耳に届いてしまう。すると、その誰かは笑って、「私も」と呟くかもしれない。三密で行き交うのは見えないウイルスだけではない。見えないヘルプが見えないままに飛び交っていたのだ。その見えないヘルプは、リモートワークによって失われてしまった。だから、ヘルプは全てテキストにして、可視化しなくてはいけなくなる。すると、メールは世界卓球と化す。体が勝手にやってくれていたことを、私たちは今、メールでやっている。だから、スマホの向こうにいるのは中国ナショナルチームの鬼コーチではなく、見えないヘルプを失った体だ。それが次々と球出しをしている。ヘルプが足りないからだ。そして、スマホのこちら側にあるのも、ヘルプを失って悲鳴を上げている体なのだ。だから、もう本当に疲れたけど、しょうがない。メール通知をオンに戻す。卓球を再開する。必要なヘルプをテキスト化して、そして最後に「メールの卓球みたいで疲れますね」と書き添える。すると、「本当です、もう嫌です(笑)」と返ってくる。ちょっと励まされる。ヘルプされる。新型コロナウイルスはインターネット回線には侵入できないけれど、体の“気配”はスマホの向こうにまで、ちょっとは届く。


東畑開人(とうはた・かいと) 臨床心理学者・十文字学園女子大学准教授・『白金高輪カウンセリングルーム』主宰。1983年、東京都生まれ。京都大学教育学部卒。京都大学大学院教育学研究科修士課程修了、同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。著書に『野の医者は笑う 心の治療とは何か』(誠信書房)、『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)等。


キャプチャ  2020年5月28日号掲載
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テーマ : メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

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