昵懇の元レースクイーンが早逝…傷心の『トヨタ自動車』・豊田章男社長

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『トヨタ自動車』の豊田章男社長が、レースクイーン出身の30代の女性の死に直面して傷心状態だという。この女性は、『キャラズ』(東京都渋谷区)という会社の代表取締役だった奥野静香(※本名は奥野静子)氏で、今年4月に病没した。キャラズは、豊田社長が名古屋市で足繁く通っていた和風フレンチレストラン『HITOTOKI』の店舗プロデュースを手がけ、お台場にあるトヨタのテーマパーク『メガウェブ』の飲食施設も担当した。奥野氏はレースクイーン出身で、十数年前にトヨタの『GAZOOレーシングチーム』に加わり、豊田社長の知遇を得た。キャラズは2008年に設立され、豊田社長のレーシングドライバー名“モリゾウ”のキャラクターデザインを皮切りに、GAZOOレーシングやトヨタ女子ソフトボール部のイメージキャラクターのデザインまでも手がけた。ただ、奥野氏にはデザインの才能があった訳ではなく、実務はキャラズの親会社である『アット』(岡山市北区)が担っていたようだ。通常、店舗は入居する施設にテナント料を払うが、「キャラズにはメガウェブからお金を払っていた」(関係者)とされる。4月以降、豊田社長がHITOTOKIに通う回数はめっきり減り、「年末恒例のクリスマスパーティーも今年は無さそうだ」と関係者は嘆く。


キャプチャ  2017年8月号掲載

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井上邦雄組長不在の神戸側に警戒が広がる! 『任侠団体山口組』の知られざる巨大戦力解剖

『任侠団体山口組』の旗揚げから、はや2ヵ月が経つ。対立する『神戸山口組』はトップが逮捕され、勾留長期化が囁かれる混乱状態にあるが、それを尻目に任侠側は着々と勢力を蓄えている。次なる一手を、彼らはどう打つのか? (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)

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2017年6月6日、神戸山口組を統率する井上邦雄組長(※4代目山健組組長兼任)が、詐欺容疑で兵庫県警に逮捕された。4年ほど前に知人女性の名義で携帯電話の機種変更をしたという微罪だった。ところが、逮捕勾留期間一杯の同16日の午前、釈放されるかと思われた井上組長は京都府警に再逮捕され、兵庫県警の葺合署から身柄を京都に移送されたのだ。同時に、京都に本拠を構える指定団体『会津小鉄会』の馬場美次元会長(※6代目)ら数人も同容疑で逮捕された。「井上組長の再逮捕容疑は暴力行為等処罰法違反(集団暴行)等です。1月11日、京都市内にある会津小鉄会本部周辺で、馬場元会長らと共謀し、神戸側の傘下組織組員らに指示して、6代目側の傘下組織組員らや会津小鉄会組員らと乱闘を起こさせたという疑いがもたれています。乱闘が起きる前日、6代目側の傘下組織組員らが会津小鉄会本部を占拠していた時に、井上組長と馬場元会長が連絡を取り合っていた事実が携帯電話の履歴から明らかになっており、そこで自身がトップを兼任する4代目山健組の組員らに本部の奪還を指示したと京都府警はみているようです」(大手紙関西支局社会部記者)。乱闘事件の直後、会津小鉄会では其々、『弘道会』と『山健組』がバックアップする2つの7代目体制が発足。現在も依然として緊迫した空気が京都を覆っている。その為、「井上組長と馬場元会長に続く逮捕者も出るのでは?」と推測され、事件の裾野は更に広がる様相を呈しているのだ。この騒動が勃発した1月当時は、井上組長を頂点に一枚岩と思われた神戸側だったが、実は修復し難い亀裂が組織内部、とりわけ山健組内で発生していた。そして、周知の通り、4月末に神戸側から離脱したメンバーらにより、任侠団体山口組(織田絆誠代表)が結成された。

発足当初、山口組の第3極として脚光を浴びた任侠側だが、ここ最近の動きは、井上組長の逮捕という大きなニュースに隠れて目立っていない。しかし、実は内部では着々と組織体系の強化が進められていたのだ。任侠側の全国に広がる直系組織のネットワークの状況や、傘下組織の動向、また組織を力強く支える有力親分衆の横顔に迫る――。現在、任侠側の勢力は、最高幹部・舎弟・直参らを合わせると50名を超える。直系組長の数で比較すれば6代目側とほぼ互角で、神戸側を大きくリードした状態にある。彼ら各直系組長の本拠地は、地元の関西地区だけで半数以上を占めるが、他の直系組織を調べると、北は北海道から南は鹿児島まで、全国各地に広がる様子が浮かび上がってきた。「5月28日、任侠側は旗揚げから初めてとなる定例会を開催しています。その席上、全国のブロック編成が発表されました。神戸ブロックは山﨑博司本部長補佐(※『3代目古川組』組長)、大阪北ブロックは久保真一本部長補佐(※『山健同志会』会長)、大阪南ブロックは大谷榮伸本部長補佐(※『京滋連合』会長)、東日本ブロックは金澤成樹本部長補佐(※『山健連合会』会長)が其々就任しています」(関西地方にあるテレビ局記者)。神戸ブロックに属する兵庫県には池田幸治本部長(※『4代目真鍋組』組長)を含め10名ほど、また大阪北ブロックにも属している大阪府内には、織田代表を含めて20名ほどの直系組長が其々本拠を構えている。「更に、大阪南ブロックのブロック長を務める大谷本部長補佐が本部を置く京都と、和歌山を加えた関西地区には、盤石な体制が構築されている。そして、鹿児島の薩州連合会(福井誠則会長)しか直参がいなかった九州地区も、6月2日に福岡で活動する2代目植木会(植木隆総裁・植木亨会長)が電撃的に加入したことで、重要な直轄地となった」(山口組を長年取材しているベテラン記者)。広大な東日本ブロックに目を移すと、長野県には金澤本部長補佐が率いる山健連合会を含めて、計5団体の直系組織が集中。新潟県と・富山県・茨城県・千葉県・東京都・静岡県にも其々、直参が拠点を築いている。そして、6代目側と神戸側が激戦を展開してきた札幌にあっても、任侠側は直参を擁しているのだ。東北地区には直参が存在していないが、『奥州同志会』が頑強な地盤を構築している。同会は、山健組から離れた元『竹内組』や元『邦道連合』のメンバーらによって構成された連合体だ。「正確には任快側の直系ではなく、金澤本部長補佐の直属の組織として、5月初旬から活動している。但し、今後の展開次第で組織が拡大していけば、いずれは金澤本部長補佐が率いる山健連合会に入るか、更には任侠側の直系に昇格することもあり得るのではないか?」(ヤクザ業界に詳しいフリーライター)。この山健連合会と、久保本部長補佐が率いる山健同志会は、共に任侠側の発足直後に結成された団体だが、他の直系組織とは形態が異なる。加盟する傘下組織のトップらの多くが、任狭側の舎弟や直参なのだ。

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【ニッポン未解決事件ファイル】(27) スーパーナンペイ事件(1995年)――事件の関与を供述した元暴力団員は“シロ”か“クロ”か?

1995年7月30日、東京都八王子市の『スーパーナンペイ』の2階事務所で、アルバイトの女子高生2人と女子事務員が射殺された事件。殺人事件の時効廃止により、今後も捜査は続くが、現在のところ、犯人は検挙されていない――。 (取材・文/フリーライター 本郷海)

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1995年7月30日の日曜日、東京都八王子市内にあるスーパーナンペイ大和田町店の17時からのレジ係は、パート従業員の稲垣則子さん(当時47)と、アルバイトで高校生の矢吹恵さん(当時17)だった。スーパーの建物は1階が店舗、2階が事務所で、事務所へ行くには外階段を上がる構造だった。事務所の奥には金庫があり、売上金を金庫に移す際は1階のレジから引き出しを抜いて、そのまま2階に外階段を使って運ぶという、防犯上、極めて危険な方法が取られていたという。「金庫には金曜から日曜までの3日分の売り上げが納められていたが、店員は女性2人のみと危機意識は非常に低かった。更に、防犯カメラは1階のみで、開店直後から閉店まで事務所は無施錠、金庫は二重ロックながら、暗証番号は毎回打ち込むのが面倒だったのか、合わせたままという杜撰な管理態勢だった」(当時取材したテレビ局元記者)。18時半、近くで地元自治会の盆踊り大会が賑やかにスタート。太鼓の音はスーパーの店内にまで届いていた。19時前、その日は非番ながら、自分の出勤シフトの確認と、仲のよい矢吹さんに会う為、別の高校に通う前田寛美さん(当時16)が来た。そして20時頃、稲垣さんだけがレジの引き出しを持って2階の事務所へと向かう姿が、防犯カメラの映像に残されている。その後、閉店時間の21時には、女子高生2人も売上金を持って2階へと上った。それを受け取った稲垣さんは、金庫に納めてダイヤル錠をロックしたのである。それから稲垣さんが店内を戸締まりして明かりを消し、21時15分に事務所の電話で、動務後に食事する約束をしていた男性に迎えに来るよう頼んだことが、通話記録から判明している。

10分ほどで知人男性はスーパーに到着。稲垣さんを待っていたが、30分以上経っても来ないので事務所に入っていくと、奥で女性3名の変わり果てた姿を発見。時刻は22時過ぎだった。稲垣さんは、事務所奥に置かれた金庫の横の壁を背にして両足を投げ出し、左右の蟀谷を拳銃で撃ち抜かれ、目を見開いて絶命。女子高生2人は粘着テープで口を塞がれ、1人は右手、もう1人は左手を粘着テープで繋がれ、後頭部を1発ずつ撃たれていた。床は一面、血の海だったという。稲垣さんの蟀谷に撃ち込まれた穴の周囲は焼け焦げていて、銃口を密着させて発射したことが明白だった。また、額と背中等には打撲傷もあった。矢吹さんは蟀谷を撃ち抜かれ、弾丸は貫通。前田さんは、頭から入った弾丸が体内を貫き、腰の辺りで止まっていた。3名とも死因は脳挫傷で、即死状態だった。犯人は、3名が帰り支度を整え、防犯システムを作動させて事務所を出た直後、彼女らに近付き、事務所へと押し戻したようだ。防犯システムが21時15分に作動した記録が残されていた。21時17分に、スーパーの近くを盆踊り帰りの若い男女が通った際、銃声のような音を5発聞いたという。若し時間が合っているなら、3名を事務所に戻してから僅か2分ほどで殺害したことを意味している。余程冷徹な心理を持つ犯人だと推理できる。「謎なのは、犯人が事務所内を物色した形跡はほぼ無いことだ。金庫には500万円以上の現金が置かれてあったが、鍵さえ触っていない。店長の机の中には高価な貴金属類が無造作に入れられ、金庫の暗証番号のメモもあったが、それらも手つかずであった。また、道具類を持ち込んだ様子も皆無で、一体何を目的にここまで残忍な犯行に及んだのか、ベテラン捜査員でも頭を捻るばかりだった」(フリージャーナリスト)。犯人は、女子高生2人の手を縛った際、テープの裏を触っており、そこから指紋とDNAを採取できたが、どちらからも前科者等には辿りつけなかった。使われた銃は、弾丸の線条痕等から、フィリピン製のスカイヤーズビンガムの38口径回転式ピストルと判明。だが、国内でもヤミで大量に取り引きされている銃だった為、犯人特定には至らなかった。指紋やDNAと同様に、遺留品、多くの不審者の目撃情報からも、残念ながら犯人に繋がる情報は未だ見つかっていない。第一発見者である稲垣さんの知人男性は、真っ先に取り調べを受けたが、シロとされ釈放された。だが、この事情聴取にあまりにも時間をかけ過ぎ、捜査本部の設置が事件発生から6時間以上も経つ等、初動捜査にロスが発生してしまった。

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【ニッポン未解決事件ファイル】(26) 警察庁長官狙撃事件(1995年)――警察内部から瓦解した『オウム真理教』との暗闘

1995年3月30日、警察が『オウム真理教』に包囲網を敷く中、国松孝次長官が自宅前で狙撃され、重傷を負った事件。疑いの目を向けられた信者の現役警察官が犯行を自白するも、決め手無し。2010年、時効成立――。 (取材・文/フリージャーナリスト 李策)

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1995年3月30日午前8時25分頃。東京都荒川区のマンション敷地内に、突如として銃声が響き渡った。雨の中、スーツ姿の男性が腹を鮮血で染めて倒れこむ。警護のSPは素早く動いたが、銃声は数回続き、倒れた男性はその度に体をよじらせた。現役の警察庁長官が、自宅前で狙撃される――。“治安の良さ”を世界に誇ってきたこの日本で、誰も想像できなかったことが現実に起きた。この日から警察は、“威信をかけた捜査”に突入。しかし、その迷走ぶりは皮肉にも、「日本の警察が解決できるのは、身内や知人同士の怨恨やカネ絡み殺人だけ。計画的な犯罪には歯が立たない」との印象を強く与える結果になった。以下にその経過を振り返ってみる。目撃情報等によると、当時の警察庁長官・国松孝次(※右画像)は、20m以上離れた場所から撃たれた。犯人の男は、長官が住むマンションの1階敷地内の柱の陰に隠れて待ち伏せして、玄関から出てきた国松長官を狙撃した。犯人の男は40歳位で、身長約180㎝。白マスク、帽子に紺色トレンチコート姿だったという。狙撃後、現場近くで黒い自転車に飛び乗り、同マンション裏の路地を通って逃げ去った。しかし、朝の通勤時間帯の犯行だったにも拘わらず、捜査本部は逃走経路の把握に失敗する。「犯人らしい男を見た」。捜査本部には、事件から5日間で約120件の情報が寄せられた。その内の相当数は、京成本線等の町屋駅方向に逃げた様子を示唆。他方、マンションから南東側のJR・地下鉄の南千住駅方向に逃げたことを窺わせる情報も集まった。犯人と同じ格好をした仲間が、逃走支援の為に別の方向に走った可能性もあるが、何れにせよ、捜査はこの時点から迷走を始めるのである。

犯人像についても同様である。犯人は、歩行中の国松長官に約22mの距離から短銃を4発発射。うち3発を腹部等に命中させた。そのことから“射撃能力が極めて高い男”との見方が出る一方で、評論家の間では「訓練次第で、素人にもできない芸当ではない。寧ろ、プロなら確実に射殺されていた」との声も出た。そんな具合に、捜査の長期化が予想され始めていた1996年10月25日、元オウム真理教信者の現職警察官が狙撃に関与したことを仄めかす供述をしていることが明らかになった。都内の報道機関に、「犯人は警視庁の警察官で、既に犯行を自供している」等とする差出人不明の文書が送られてきたのだ。刑撃事件は、1995年3月20日に地下鉄サリン事件が起き、捜査当局が山梨県上九一色村等の教団施設に対し、大規模な強制捜査に着手する中で発生した。また、国松宅等のマンションの郵便受けに、狙撃事件の前日、オウム真理教への強制捜査を批判するビラが撒かれたという事実もあった。捜査本部は、こうした状況等から、オウム真理教が捜査の撹乱を狙った組織的な犯行との見方も視野に入れていた。そんな中、オウム信者であった現役警察官が、1996年5月初旬から実行を認める供述を開始した。警視庁は警察庁にも報告せず、捜査員が数ヵ月間、共同生活をしながら聴取。オウム真理教の警察官に対するマインドコントロールの影響を考え、専門家にカウンセリングも受けさせた。だが、その様子を収めたビデオが後に民放テレビ局に流出し、却って供述の客観性に疑問を抱かせる材料となってしまう。警視庁は、こうした任意聴取を続ける中で、発砲の状況や現場からの逃走の経緯に関する説明に、実際に事件に関わった者でなければわからない“秘密の暴露”を認めた。しかし、警察官が凶器の短銃を捨てたと明かしたJR水道橋駅近くの神田川からは、物証が見つからなかった。実行メンバーとして警察官が名前を挙げた複数の教団幹部も其々、事件への関与を否定した。結局、警視庁はこの警察官を懲戒免職の上、警察の内部情報を漏らしたとして地方公務員法違反(秘密漏洩)容疑で書類送検したが、そこまでだった。東京地検は1997年6月17日、「供述の信用性には重大な疑問を抱かざるを得ず、狙撃事件の被疑者として捜査を進めるのは適当でない」との見解を発表。「元警察官が銃撃事件の実行犯の可能性は極めて低い」との判断を示した。一方、この間、極秘の事情聴取が発覚したことを受けて警察庁は、①警視庁から警察庁に未報告だった②十分な裏付け捜査を怠った――として、当時の警視庁公安部長を更送。井上幸彦警視総監も引責辞任する展開となった。

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和歌山地裁が再審請求を棄却…支援者も驚く林眞須美“生への執念”

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1998年の夏に起きた和歌山毒物カレー事件。夏祭りの会場で出されたカレーに猛毒の砒素が混入された事件で、2009年に死刑が確定していた林眞須美死刑囚の再審請求が、2017年3月29日に棄却された。「事件から20年目に突入しましたが、彼女は相変わらず無実を訴えています。しかし、面会した家族に話を聞くと、やはり年齢は隠せず、今は若い頃、逮捕前に頻繁に報道されていた頃の面影は全く無くなっているそうです」と支援者の1人が語る。「再審請求を始めたのは、死刑が確定してから直ぐの2009年。通常、再審請求というのは確定後、2年くらいしてから始めるものです。というのも、現状では確定後、何もしなくても2年くらいは死刑執行の順番が回ってくることはない。慌ててスタートするよりも、暫く時間を置いたほうが、その後のことを考えると、時間が稼げて得策という考えもあるのです。しかし、彼女は絶対にやっていないということで、直ぐさま再審請求に走った。支援者の立場としては、彼女の本当の気持ちがそこに現れていると思っています」。

林眞須美の再審請求は、カレーに混入されていた砒素と、眞須美宅にあった砒素が異なる化学構造を持つ“別物”であったとする新たな鑑定結果等を根拠としたものだったが、和歌山地裁はその鑑定を採用せず、8年がかりで再審請求を棄却した。当時、事件を取材した然るジャーナリストが語る。「この事件は、未だに動機の部分が未解明なのです。どうして眞須美が砒素で無差別に住民を殺害しなければならなかったのか。一部には『体調を悪化させる程度に困らせるつもりで少量を入れるつもりが、量を間違えた』とか、『実の娘が間違えて入れたことを知っていながら、親として庇っている』といった実しやかな説がありますが、何れも推測の域を出ない。しかし、最後まで動機の部分が解明されなかったことは、林眞須美の無実を信じる支援者たちの最大の“拠り所”となっています」。元々、日本では女性死刑囚に対する死刑執行が、男性に比べ先送りにされる傾向が高いと言われており、“フェアレディZの女”と呼ばれた宮崎知子(※1980年の富山・長野女性誘拐殺人事件)や、共犯者の関根元と共に死刑が確定した風間博子(※1993年の埼玉愛犬家殺人事件)らは、未だに生かされている。「前例から言って、事件にかなり謎が残っている場合には、死刑の執行は考え難い。かといって、現代の事件で再審がそう簡単に認められるとも考え難いので、彼女はこのまま“獄中のジャンヌ・ダルク”として、長く無実を求める闘争を続けていくことになるような気がします」(同)。死刑を受容するという木嶋佳苗とは対極を行く死刑囚・林眞須美の戦いは、当分終わりそうもない。 (取材・文/本誌編集部)


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『山健組』血みどろの半世紀――6代目と神戸、2つの山口組を割った武断のDNAを解剖!

一昨年、『山健組』は『6代目山口組』を飛び出して、『神戸山口組』を立ち上げた。だが今年は、その山健組内部から有力組長である織田絆誠が離反し、『任侠団体山口組』が結成された。山口組の保守本流ながら、何故、山健組は山口組を割り続けるのか? 好戦的過ぎるそのDNAに迫る。 (取材・文/フリーライター 本郷海)

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山健組の初代である山本健一は、神戸の不良だった1951年、山口組の安原政雄若頭と知り合って渡世入りした。1953年には、当時の人気俳優だった鶴田浩二を煉瓦やウィスキーの瓶で殴り付ける事件に関与して、懲役刑を受けている。その後も、山健初代は進んで対立抗争に参戦。その働きぶりを田岡3代目に認められ、1957年には山口組直参に昇格し、田岡3代目のボディーガード兼秘書役を任された。その後、1960年に山健初代は山健組を旗揚げし、1962年の伝説の鉄砲玉・夜桜銀次が殺された“博多事件”や、翌年の仁義なき戦いで知られる“第2次広島抗争”等、山口組の全国進攻作戦で活躍。それらの功績が認められ、1963年に若頭補佐に昇格し、1971年にはナンバー2の若頭に就任した。当時の組員数は、地元の神戸を含めた関西・九州・東海等に僅か500人ほどだったと言われている。若頭就任から4年目の1975年、山口組と大阪の老舗博徒『2代目松田組』との間で“大阪戦争”が勃発。1978年7月、京都のナイトクラブで田岡3代目が松田組傘下組織の鳴海清組員に銃撃されると、山健初代は本家若頭として、松田組への徹底的な報復戦の陣頭指揮を執った。“山健組の三羽ガラス”と称された渡辺芳則会長(※後の5代目山口組組長)の『健竜会』、杉秀夫会長の『健心会』、盛力健児会長の『盛力会』らが中心となり、松田組へ“血の報復”を繰り広げた。先ずは同年8月、同組の大阪地区責任者格だった盛力会長が牽引する盛力会の幹部2人が、大阪市内の銭湯で松田組の傘下組織幹部を襲撃し、射殺する。「後に、この事件で盛力会長を筆頭に、幹部や組員ら7人が逮捕・起訴された。盛力会長は首謀者として、懲役16年の刑を打たれている。長い懲役に服することになったが、盛力会は一層怖れられるようになった」(関西で活動する他組織幹部)。

「盛力会に後れを取るな」と、翌9月には、渡辺会長が率いる健竜会の幹部2人が、和歌山市内にある松田会傘下の『西口組』組長宅を襲撃。当番で詰めていた同組組員の2人を射殺した。この事件で、当時は服役中だった渡辺会長に代わって、同会の理事長補佐として陣頭指揮を執ったのが、現在の神戸側の井上組長である。大きな戦勲の代償として、三羽ガラスが関わった事件の中では、最も重い17年の長期服役を余儀なくされた。だが、この勇猛果敢な事件に参画した井上組長の勇名は、“健竜会に井上あり”として業界中に広まることとなったのだ。更に同年10月には、会長が統率する健心会の組員2人が、大阪市内のスナックで、松田組傘下の村田組若頭を銃撃して、重傷を負わせている。この事件で、杉会長始め同組の幹部ら6人が逮捕され、大半が懲役6年の判決を受けた。「一連の報復攻撃によって、山健組では数多くの幹部や組員が逮捕され、それらの懲役を合算すると数百年にも及んだ。大阪戦争では、他の山口組直系の傘下組織も奮戦していたが、業界に最も強烈なインパクトを与えたのは山健組だった」(ヤクザ業界の歴史に詳しい実話誌系ライター)。松田組に対する山口組からの激しい報復が落ち着いた同年11月、現在の6代目側総本部である田岡3代目邸に、若頭の山健初代はマスコミ関係者らを招いた。未だ松田組との手打ちに至っていない段階ではあったが、異例にも山健初代は、テレビや新聞を通じて一方的な抗争終結宣言を行ったのだ。これが、山健初代にとって最後の晴れ舞台となる。別件で保釈中だった山健初代は、マスコミに登場して目立った為、警察当局の怒りを買ったのだ。保釈は直ぐに取り消され、収監された獄中では持病だった肝臓病を悪化させ、1981年7月に亡くなった田岡3代目の後を追うように、約半年後の翌1982年2月に亡くなったのである。山健初代の急逝に伴い、山健組の跡目に就いたのは、若頭である健竜会の渡辺芳則会長だった。予てより山健初代の子飼い中の子飼いと目され、また3年以上に亘って社会不在を余儀なくされた山健初代の留守を守ってきた人物である。「渡辺2代目は、山健初代とは対照的に、“数こそ力”を旗印に掲げ、積極果敢に組織力の増強を図った。瞬く間に組員は増加して、警察当局も驚く変貌を遂げ、“山健組1000人軍団”と呼ばれるほどだった」(山健組の元組員)。着々と2代目山健組が勢力を拡張する一方、田岡3代目と山健初代を相次いで失った山口組は、激動の季節に突入していた。1984年6月、竹中正久4代目誕生を受け入れられない一派が離脱し、『一和会』を結成したのだ。渡辺2代目は、4代目山口組体制が発足すると同時に、若頭補佐に抜擢されて執行部入りしていたが、新しい座布団に落ち着く間もなく、一和会との間で“山一抗争”と呼ばれる史上最大の争いが勃発してしまう。

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“ヤクザ界の救命ボート”に次は誰が乗るのか? 『任侠団体山口組』予備軍の面々

『神戸山口組』から飛び出た『任侠団体山口組』に、『6代目山口組』傘下からの合流者が現れた。沈みゆく2つの山口組の“救命ボート”を自称する織田絆誠代表の下には、今や誰が駆けつけてもおかしくない。その顔ぶれは、山菱の代紋を超えた広がりを見せている。 (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)

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ゴールデンウィークが始まったばかりの4月30日、神戸山口組(井上邦雄組長)でまさかの分裂騒動が起き、任侠団体山口組(織田絆誠代表)が発足した。それから暫くの間、警察やマスコミは神戸側から誰が抜けたのかを把握できず、右往左往していた。「任侠側の会合場所にいた関係者の顔を片っ端から撮影し、急いで社に戻って、過去に撮影した写真と見比べながら“面割り”しました。すると、どうやら神戸側から抜けたのは、大半が4代目山健組(井上組長兼任)系の人間だということがわかりました」(関西の地方紙記者)。山健組の直系組織の中には、親分だけが神戸側に残った組織や、その反対に子分らだけが神戸側に残った組織もあったようだ。ところが、分裂から丁度1週間が経過した5月7日、衝撃の事実が判明する。神戸側陣営の内紛という枠を越え、6代目山口組(司忍組長)の直系組織である『淡海一家』(髙山誠賢総長)から、大谷榮伸舎弟が自らの組織を率いて任侠側に加入したのである。当日、京都府内にある大谷舎弟が統率する組織の事務所を、任侠側の池田幸治本部長(※『4代目真鍋組』組長)・山﨑博司本部長補佐(※『3代目古川組』組長)・久保真一本部長補佐(※『山健同志会』会長)ら一行が訪問。池田本部長がチェーン付きのプラチナ製の代紋バッジを手渡すと、大谷舎弟はその場でスーツの襟に付けたという。「組織名称は“京滋連合”に改められたそうです。いきなり任侠側執行部の“本部長補佐”を任されたことからも、最高級の待遇とみて間違いないでしょう」(全国紙関西支局社会部記者)。

嘗て大谷本部長補佐は、『4代目会津小鉄会』を率いた故・髙山登久太郎会長の若い者として、修行を重ねていた。その後、山健組の有力傘下組織である『健竜会』への移籍を経て、髙山4代目会長の実子である髙山総長が統率する淡海一家で舎弟を任されていたのだ。「大谷本部長補佐は“不死身の大谷”と呼ばれている。それは、過去に3回も銃撃されたが、その度に復活したからだ。修羅場をかい潜ってきた猛者であることは間違いない」(関西地区で活動していた元6代目側関係者)。この度、任侠側に移籍した経緯については公表されていない為、詳細は不明だが、経歴にそのヒントが隠れているという。「淡海一家の髙山総長は弘道会(竹内照明3代目会長)出身だから、大谷本部長補佐も弘道会の強さを知ると同時に、息苦しさも感じていた筈だ。更に、山健組にいた経験があれば、任侠側に知り合いがいても不思議はない。神戸側が分裂するタイミングで、『任侠側で頑張ってみないか?』とスカウトがあった可能性はある。何はともあれ、第三者の組織から任侠側に移った親分がいたことは、紛れもない事実。これは、一昨年8月に神戸側が発足した際には無かった現象だ」(関西で活動する6代目側関係者)。嘗て神戸側が6代目山口組を飛び出した際には、「第三者の組織からも加入があるのではないか?」といった憶測や噂が何度も飛び交った。具体的な親分の実名や組織名も盛んに語られていたのである。だが、現在に至るまで、そうした親分や組織が神戸側に加入したという話は聞こえてこない。それに引き換え、任侠側は古巣以外の組織からの引き抜きをあっさりと成功させている。つまり、任侠側の誕生によって、ヤクザ業界は愈々流動性を増しているのだ。そこで筆者と本誌編集部は、今後の展開を占うべく、業界関係者を中心に、今後、任侠側へ移籍が予想される人材や組織名についてのアンケートを実施した。集計結果によれば、「移籍が濃厚ではないか?」との回答が最も多く集中したのは、神戸側の入江禎副組長(※『2代目宅見組』組長)だった。入江副組長は神戸側の実質的なナンバー2であり、組織の要だ。「入江副組長は、今年の年明け頃から神戸側の会合に殆ど出席しなくなっていた。当初は体調不良とも言われていたが、どうも何かトラブルが起きていたらしい。分裂騒動で有耶無耶になったが、未だトラブルが解決していないなら、今後、飛び出すこともあり得る」(九州地区に本拠を構える神戸側傘下組織組員)。任侠側の分裂騒動が起きて以降は、あらぬ疑いを避ける為か、入江副組長は定例会に顔を見せるようになったが、井上組長との間で何かしらの齟齬を抱えているというのは、今や公然の秘密である。では何故、入江副組長は、織田代表が任侠側を立ち上げる際に、行動を共にしなかったのか?

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指名手配犯逃亡の必需品…偽造IDはソープ街で売られている!

20170814 18
「免許証・保険証・住基カード…。そっくりで精巧な偽造カードは、数万~数十万円で作成可能です」。そう話すのは、ソープ街を渡り歩く泡姫のS嬢。「免許証はICチップ埋め込みなので、見た目だけですが…」と瞬間だけ見せてくれた免許証は、なるほど精巧なものだった。S嬢に業者を紹介した人間によると、プリンターやスキャナーは市販品を使用。オフセット印刷機も活用とのことだが、こじんまりした場所で作成されているという。では、透かしやホログラムの技術はどこから入手したのか? それは、「そっくりな別用紙が使用されている」「背後にもっと大きな組織の活動を匂わせる」とも。しかし何故、ソープ嬢が偽造免許を必要とするのか? 「入店面接用です。年齡・本籍・住所・電話番号等、過去にトラブルが無いか、店側も照会してきます。なので、後ろめたい過去がある応募者には偽造免許が必要なんです。流石にチップの読み取りまではしてこないので、見た目で騙せれば大丈夫です」。それと、案外多いのが“年齢詐称”。これは純然と見栄が理由で、中には実年齢と20歳以上も差のある免許証を偽造する猛者もいるらしい。当然、指名手配犯や逃亡犯にも用途があるだ ろう。虚々実々とした世界を巡る人間たちに、偽造カードは必須のアイテムなのだ。 (取材・文/フリーライター 李哲)


キャプチャ  2017年8月号掲載

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一度捕まったら逃げられない、人生をドン底に突き落とす…痴漢冤罪から逃れる方法は存在するのか?

“痴漢冤罪”は、男にとって最凶最悪のテロ行為だ。いくら「やっていない!」と叫んでも、一度疑われたら最後。無実を証明するのは不可能に近く、変質者のレッテルを貼られて、奈落の底に突き落とされてしまう。痴漢冤罪から逃れる為にはどうすればいいのか? (取材・文/本誌編集部)

20170814 11
「この人、痴漢です!」「違う、俺じゃない!」――。痴漢に間違われた男が、駅のホームで女性側とこんな押し問答を繰り返した挙げ句、線路に飛び降りて逃走する事件が相次いでいる。東京都内に限っても、JR新橋駅やJR池袋駅で痴漢を疑われた男が線路に飛び降りて逃走し、電車が遅延する事件が今年3月以降で9件も起きているのだ。5月には、東急田園都市線の青葉台駅で、痴漢を疑われて駅員室に連れて行かれそうになった34歳の男が、「俺じゃない!」と叫んで線路に逃走。電車にはねられて死亡するという悲劇も起きた。何故、痴漢を疑われた男たちは、線路に飛び降りてまで逃げるのか? それは、“痴漢冤罪”が恐ろしいからだ。痴漢冤罪とは、全く身に覚えがないのに痴漢の疑いをかけられ、警察に勾留された挙げ句、不当な処分を受けることだ。2011年に起きた三鷹バス痴漢冤罪事件をきっかけに、近年は痴漢冤罪が社会全体でも大きな問題となっている。これが恐ろしいのは、痴漢で捕まったという事実によって、仮に無実になったとしても、折角手に入れた仕事も収入も家庭も全て失い、そこで人生が終わってしまうことにある。いくら「自分は痴漢なんてやっていない」と叫んでも、その主張が認められるケースなど殆ど無い。痴漢で捕まって警察に勾留されたら、会社と連絡が取れなくなり、その時点でクビになる。クビにならないまでも、痴漢騒ぎで職場には居辛くなるだろう。あくまで冤罪を主張しようものなら、警察に罪を認めない犯罪者予備軍とされ、マスコミに実名報道されて社会的に信用を失う。その結果、被害者は精神的に追い詰められ、鬱病等を発症し、妻からも離婚を突きつけられ、家庭が滅茶苦茶になる。運よく無罪となって職場に復帰できたとしても、“痴漢で捕まった変質者”というレッテルが一生ついて回る。こんな悲劇が数え切れないほど起きているのだ。

その癖、「この人、痴漢です!」と告発した女性側は、1人の男の人生を滅茶苦茶にしたというのに、単なる勘違いで済まされ、特に被害を受けない。この理不尽の極みというべきものが痴漢冤罪だ。だからこそ、痴漢を疑われたら線路に飛び降りてでも必死に逃げようとするのだ。それでは、この痴漢冤罪という悪夢から逃れる為には、どうすればいいのか? 最初に言っておくと、線路に飛び降りて逃げるのは最悪と言っていい方法だ。確かに、3月以降に都内で起きた9件の線路飛び降り事件では、その内の8件で逃げた男が逮捕されていない。だが、これは単に運がよかっただけの話だ。痴漢冤罪に詳しい弁護士のA氏によれば、「先ず、線路に降りること自体が違法行為です。それで電車を遅延させれば、損害賠償請求されることもある」という。「しかも、最近は正義感の強い人が女性に加勢する例が多く、混雑した駅構内でそうした協力者や駅員を振り切って逃げ切れる可能性は低い。逃げると自分が痴漢したと言っているに等しく、防犯カメラで特定されて後日逮捕されることになりかねません」(A氏)。だからといって、女性側に「触ったでしょ!」と取り押さえられ、そのまま黙って駅員室に連れて行かれたら一巻の終わりだ。駅員室に行ったら、その時点で“私人逮捕”、つまり私人による現行犯逮捕となる。この時、駅員はマニュアルに沿った型通りの対応をするだけで、当事者の間に入って事実確認することすらしない。いくら「俺は触っていない!」と主張しても、駅員は痴漢を疑われている側の言い分など一切聞こうとしない。痴漢事件では、女性の言い分しか信用されないのだ。そして程なく、最寄りの警察署から警察官がやって来て、痴漢の容疑者として取り調べを受けることとなる。この“逮捕・勾留”というルートに一度乗ってしまったら、最早、最悪の事態から逃れる術は無い。「警察はきちんと捜査する筈」「司法は正しく判断してくれる筈」等というのは単なる幻想だ。実際、前述の三鷹バス痴漢冤罪事件では、痴漢に間違われた男性が「右手で携帯電話を操作し、左手で吊り革を持っていた」と無罪を主張。その様子がバスの車載カメラの映像に証拠として残っていたのに、裁判所は男性を訴えた女子高校生の供述のみを信用し、有罪判決を言い渡している。男性は最終的に逆転無罪を勝ち取ったものの、逮捕から3年近くも痴漢の濡れ衣を着せられ、その間ずっと休職を余儀なくされた。こんな目に遭わない為には、女性側に「触ったでしょ!」と言われて揉めても、絶対に駅員室に行かないことが極めて重要だ。その駅員室に行かずに済ます方法の1つが、“名刺を渡してその場を立ち去る”という対処法である。逃げるのに比べて、素性を明かしてその場を立ち去るのは穏便な方法で、身の潔白を印象付ける効果も見込める為、一般的にも有効な対処法とされている。しかし、一昔前なら兎も角、現在、この方法は通用しなくなっているという。刑事訴訟法では、30万円以下の罰金の軽微な犯罪の場合、「住所や氏名が明らかではなく、逃亡の恐れがある場合のみ現行犯逮捕できる」と規定されている。これが、“名刺を渡せばその場を立ち去ることができる”という方法の根拠だ。

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六本木で暗躍する女地上げ師…暴力団への資金巡り警視庁が内偵

20170809 02
六本木の超一等地を舞台に、謎の女地上げ師が暗躍し、警視庁は、その新手の詐欺的ビジネスの内偵に乗り出している。幾つかの通り名を使い分けていると言われるこの女地上げ師を巡っては、「地上げで吊り上げた莫大な資金が反社会的勢力に還流している可能性もある」と関係者は指摘している。舞台となっているのは、六本木交差点の角地のワンブロック。ここでは、香港の大手投資会社、そしてこれに連携するアセットマネージングのK社、『東急不動産』系列の会社が街区全体を手中に収めようと策動した。その尖兵として、件の女性が動いたという。というのも、この一角には暴力団系のビルがあり、「香港の投資会社等は、自らが手を汚さぬよう、“濾過装置”として女性を利用してきた」と不動産業界関係者は解説する。当の女性は、既に多額の債務で自己破産に。しかも、「香港の投資会社は、この女性の地上げに巨額の融資をしており、計画破産で土地を手に入れるカラクリではないか」と別の不動産会社幹部は推察する。何れにしても、女地上げ師の暗躍で、この一帯の地価が更に高騰することによって、「暴力団の資金を潤沢にする源泉」(捜査関係者)となっているのは間違いない。


キャプチャ  2017年7月号掲載

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