【民間防衛の現状・スイスから】(下) 危機管理、災害へシフト

20180207 07
国連欧州本部等があるジュネーブ中心部から西へ車で約30分。田園地帯が広がる小さな町・ベルネにあるジュネーブ州の民間防衛の訓練施設『火災・民間防衛訓練センター』で、災害救助訓練が繰り広げられていた。壁面が欠け、内部が一部露出した3階建てのビルに取り残された負傷者を担架に乗せて地上に降ろす訓練に、20代の男性3人が参加していた。「それでは間に合わないぞ」「担架を吊るロープが傾き過ぎだ。やり直し」。最初はじっと様子を見守っていた訓練士のパスカル・シフェールさんの真剣な声が響く。3人は何度もやり直しながら、1時間以上もかかって負傷者に見立てた重さ約80㎏の人形を運び出した。建物の下側では、別の2人組が削岩機で瓦礫を崩し、埋もれた子供を救助する訓練を受けていた。核戦争も想定された東西冷戦の最中、1967年に設置された同センターで実施される訓練の目的は大きく変わった。シフェールさんは、「ガス爆発、地震、土石流を想定して訓練している」と説明する。

スイスでは近年、アルプスの氷河融解に伴う土石流や、アルプスの断層活動による地震のリスクが懸念されている。州保安局のアラン・バジュラズさんは、「今の我々には、仮想敵の核攻撃よりも自然災害や大事故のほうが、より現実的な脅威になっている」と話す。訓練だけでなく、運用面でも変化が起きている。同センターの敷地の地下には、有事の際に州の行政機能を“避難”させる司令部シェルターがある。電話、無線機、インターネット回線等新旧の通信手段を装備した通信室の他、食料備蓄庫、2万5000トンの貯水タンク、寝台等を備える。2015年5月に一帯を襲った豪雨で、近くを流れるローヌ川に洪水の危機が高まった際には、州職員がここから地元の住民に警報や待機等の指示を出した。「出発点は核攻撃に対する備えだったが、災害等の危機管理用の役割が見直されている」とバジュラズさんは言う。民間防衛と並び、永世中立を支えてきた国民皆兵のスイスの徴兵制も変化している。男性には徴兵制を課し、家庭には銃を備えて、冷戦中、有事の際には48時間以内に60万人以上の動員を目指す等、防衛意識の高い伝統を持つスイスは、“ハリネズミの中立”とも呼ばれた。1996年からは、徴兵の際に、兵役ではなく非武装の公務に就いて、民間防衛の訓練を受けることもできるようになった。同センターで災害救助訓練に参加していたのも、兵役の代わりに公務を選択した男性だった。軍務に対する葛藤等から、「公務を志願する人は少なくない」(ジュネーブ州当局者)という。それでも、2013年に実施された徴兵制廃止の是非を問う国民投票では、廃止への反対が7割を超えた。伝統を守りながら、新しい環境にどう適応させていくのか、スイスの模索が続いている。

               ◇

ジュネーブ支局 笹沢教一が担当しました。


⦿読売新聞 2018年1月14日付掲載⦿

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【民間防衛の現状・スイスから】(中) 冷戦時マニュアル“無効”

20180207 06
「敵は我々の抵抗意志を挫こうとする」「謀略放送を警戒せよ」「全面戦争には全面防衛を」――。東西対立が激しかった1969年、スイス政府が約260万部作成し、国民に無償配布した民間防衛マニュアルには、過激な文言が並ぶ。計320ページの冊子では、核や生物化学兵器の攻撃から身を守る方法や、スパイ行為等武力以外による侵略の危険性にも触れ、生き残りが1人になってでも戦う心構えを説いている。このマニュアルを翻訳した日本版『民間防衛』は、翌1970年に出版され、累計15万部以上を売り上げるロングセラーになっている。北朝鮮始め、東アジアを巡る緊張の高まりを受け、ここに来て改めて注目されている。翻訳版を出している『原書房』の成瀬雅人社長は、「阪神大震災の直後等、不安が高まると売れる傾向がある。昨年の夏以降は通常の倍以上のペースで売れている」と話す。この本が、永世中立を貫き、大国の狭間で生き残ってきたスイスのイメージ形成に一役買っている感がある。ところが、スイス国内で、このマニュアルの存在を知る人は少ないようだ。

スイス連邦工科大学チューリヒ校安全保障研究センターの研究者は、自身のブログ上で「スイス人がマニュアルを熟知しているというのは誤解だ」と指摘。「欧米人が『日本には今もサムライがいる』と思い込むようなものだ」と皮肉った。この研究者は、マニュアルのことを日本人に質問されて初めて知ったという。スイス国防・民間防衛・スポーツ省のロレンツ・フリシュクネヒト報道官は、「このマニュアルは1969年に配布したきり、改訂をされたこともない。無効なものと考えている」と言い切った。マニュアルは東西冷戦の終結で存在意義を失ったのだという。マニュアルの配布だけでなく、冷戦期には、首都のべルンから南東のトゥーンに延びる国道を、非常時に戦闘機の滑走路として使う構想もあり、実際に訓練も実施されたが、「廃止された」(スイス軍報道官)。国内を走る道幅の広い国道の多くは、中央分離帯が整備され、最早滑走路として使えなくなっている。それでも、同省の名称には、今も“民間防衛”の言葉が残る。その理由についてフリシュクネヒト氏は、「民間防衛は無くなったのではなく、大きく変わった」と説明する。スイス政府は目下、反共精神を剥き出しにしたマニュアルに代わって、自然災害等緊急事態から国民を守ることに主眼を置く。東日本大震災が大きな転機になった。連邦民間防衛局のベンノ・ブールマン局長は、「東京電力福島第1原子力発電所の事故が政策に影響した」と話す。シェルターの不要論を踏み留まらせる要因になったという。2015年には、州と共同でインターネットサイト『アラートスイス』を開設した。多言語国家らしく、ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語の4ヵ国語で閲覧でき、スマートフォンのアプリ等も整備して普及に力を入れている。


⦿読売新聞 2018年1月12日付掲載⦿

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【民間防衛の現状・スイスから】(上) 自慢のシェルター、重荷

北朝鮮情勢が緊迫し、永世中立を標榜しているヨーロッパの小国・スイスの安全保障を支える“民間防衛”という考え方が、日本でも注目されている。国民一丸となって自国を守る意識が根底にある“民間防衛”は、スイスを取り巻く環境によって変化している。その現状に迫る。

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スイス西部のボー州サンセルグ。冬場は家族連れ等で賑わうスキー場近くの公民館の地下に、有事に備えて建設された州立の公共シェルターがある。州軍民保安部のタニア・ボナミさんに案内され、地下に向かう階段を下りると、打ちっ放しのコンクリートの壁で囲まれた奥に、上下のハンドルと取っ手が付いた白いドアが見える。厚さ20㎝もある鋼鉄製の装甲扉だ。扉を開けると、奥にもう1つの装甲扉がある。「核戦争等で汚染された外部から逃げてきた際に、2つの扉に挟まれた空間が除染室になる」(ボナミさん)という。地下の1フロアを使ったシェルターは、総面積400㎡。約400人を収容できる。有事の際はここに2週間滞在するが、壁側に並ぶ木枠の簡素な寝台の幅は約70㎝と、居心地は良さそうではない。ボナミさんは、「シェルターは一時的な避難の為のもの。居住性は考慮していない」と話す。1993年建設のシェルターの壁には、塗装の剥がれや罅も見える。スイス国内には、こうした大規模な公共シェルターが約2300戸ある。自宅にシェルターの無い世帯の住民や旅行者らを受け入れるのが目的だ。

スイスでは、「永世中立は核の灰から守ってくれない」との危機感から、人類が最も核戦争に近付いたと言われるキューバ危機が起きた翌年の1963年、シェルター設置が法制化された。集合住宅、一定規模の個人宅、公共施設等の新築時に設置が義務付けられ、個人用も合わせると全国に約36万戸もある。総収容人数は約900万人で、スイスの人口約840万人を上回る。冷戦が終わっても、スイス政府は「原発事故や自然災害等多目的に使える」とシェルター政策を維持したが、供給過剰でもあるシェルターの課題は山積している。中部のルツェルンには1976年、地下7階、収容人数2万人という地下都市のような巨大シェルターが建設されたが、維持費が嵩むことを理由に、2006年に2000人用に縮小された。ジュネーブ市内に住む主婦のアン・マリー・クリステレールさん(70)が住むアパートに設置されているシェルターのように、「扉は壊れたままで、倉庫代わりになっている」ものもある。2012年の法改正で制度が緩和され、拠出金を支払った個人や公共シェルターが確保できる地域は、設置義務はなくなった。それでも補修等には120億スイスフラン(※1兆3800億円)かかるという。民間防衛政策を担う連邦民間防衛局によると、シェルターの耐用年数は80~100年とされるが、内部の主要設備の寿命はもっと短い。いずれ、大規模修繕が必要になるものも出てくる。再び脚光を浴びるスイス自慢の核シェルターは、「冷戦時の遺物」(地元紙『ル・タン』)とも揶揄され、寧ろ重荷になっている。


⦿読売新聞 2018年1月11日付掲載⦿

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まるで文化大革命…教授や識者も匙を投げるハーバード大学の呆れた“ポリコレ至上主義”

20180207 03
アメリカの大学で“反差別”の嵐が吹き荒れている。ドナルド・トランプ大統領の下で勢いを増した白人至上主義、男女差別、性的嫌がらせに反対する動きだけではなく、同性愛者、性同一性障害、トランスジェンダーへの理解を欠く言動まで、キャンパスから徹底排除する運動だ。その矛先は、「言論の自由に反する」「行き過ぎだ」と警告する教職員たちにまで向かう。学生たちの戦いの先頭を走るのは、東部の名門であるハーバード大学だ。ここでは学生団体だけでなく、大学当局や教職員があらゆる“差別”に目を光らせる。昨年2月のバレンタインデー直前には、大学のコンピュータークラブがオンライン上で“男女カップル誕生”イベントを実施していることを咎められ、中止に追い込まれた。「男女カップルの組み合わせから、同性愛者やトランスジェンダーが排除されていて、差別的イベントである」というのがその理由だ。このイベントは、地元の商店街とタイアップして20年以上、バレンタインデーの人気企画として定着していた。クラブ会長は学生団体の集会で、「大変申し訳なかった」と謝罪を余儀なくされた。キャンパスで行なわれる講演会にも厳しい目が向けられる。保守論客や右派系知識人は何年も前から同大学に足を踏み入れていない。同年には、「“ze”を使うことを拒否している」という理由で、著名な心理学教授の講演会に“待った”がかかった。“ze”とは、英語の“he(彼)”や“she(彼女)”ではない、男女の区別の無い新語の代名詞で、トランスジェンダーたちの間で広く使われている。この教授は「馬鹿馬鹿しい」と発言したことが問題になった。

大学当局はまた、“男子学生だけのクラブ”を非公認にすることも決めた。多くは長い歴史を持つ友愛会で、新入生にとっては大人になる通過儀礼の役割もあった。だが、飲酒の上での悪ふざけやクラブ内の厳しい規律が問題視され、「女性差別だ」「性犯罪の温床と化している」等と断罪された。全面禁止ではないが、新入生がこうしたクラブに入会すると、スポーツ等で同大学を代表する競技大会に出場できない決まりになった。日本企業からの派遣で同大学に留学したある女性は、「反差別を唱える学生たちは英語自体が難し過ぎて理解不能。中身にもとてもついていけなかった」と言う。学生の間では「あまりに不寛容だ」として、『意見が異なる人も大学に招こう』というサークルが結成された。だが、反差別の学生たちから不興を買うと、大学当局も開催を嫌がる為、ほぼ全敗だ。このサークルの代表で黒人のコナー・ヒーリー氏は、「視点や価値観が違うこと自体が重要なのに、違う視点の人を頭から拒否し、聞く耳を持たない」と嘆く。同じく東部のリベラルアーツの名門であるウィリアムズ大学でも、近年、学外者の講演会中止が相次ぐ。講演予定者の過去の言動が厳しいチェックを受け、人種、性差別、トランスジェンダーの観点から少しでも異論が出ると、アダム・フォーク学長が拒否権を行使する。バラク・オバマ前大統領以外は全大統領が白人で、女性大統領が1人もいないアメリカでは、政治学者や歴史学者が学生たちの“思想チェック”に合格するのは容易なことではない。こうした不寛容は、ほぼ全米の大学に広がっている。極右活動家や右派論客がキャンパスに登場する時には、学生団体の呼びかけで学外からも左派活動家や人権運動家が集まり、全国ニュース級の騒乱が起きる。昨年10月に、ゲインズビルのフロリダ大学に白人至上主義者のリチャード・スペンサー氏(※シンクタンク『国家政策研究所』所長)が講演の為に現れた時には、地元警察が数百人を動員して警備に当たった。講演会は反対派と支持派の怒号の応酬の場になった。スペンサー氏が「私は皆さんと対話をしに来たのだ」と言うと、反対派が「出ていけ! 出ていけ!」の合唱。「私は皆さんと意見が違うかもしれないが、それを語る権利がある筈だ」と同氏が言うと、またも「出ていけ!」の怒号。どちらがリベラル派なのかわからないほどに荒れた。他の大学でも、極右と学生が暴力沙汰か、衝突寸前になるケースが頻発した。“言論の自由”は、アメリカのキャンパスでは極右・保守系には適用されないのだ。リベラル系のあるアメリカ人記者は「まるで中国の文化大革命のようだ」と、学生たちの思想統制ぶりを表現した。学生団体の調べでは、全米の大学でネオナチや白人至上主義者のシンボルが飾られたり、極右団体の小規模デモがあったりした事件は、2017年だけで300件を超えた。トランプ政権下で極右が活発化した例証と見ることもできるが、学生側が厳しい警戒体制を敷き、僅かな示威行動も見逃さなくなったという側面もある。各大学に配備されている大学警察は、大学当局と学生団体からその都度“徹底捜査”を求められるのだ。

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中国国有企業で“大リストラ”の兆し…OBへの年金確保が目的

20180201 03
中国で、職員への手厚い福利厚生を保障する国有企業を舞台に、リストラの嵐が吹き荒れる兆しが見えてきた。企業経営陣から、「現職社員に辞めてもらわないと、膨大な数の退職者への養老年金を捻出できない」との悲鳴が上がっているのだ。今年初頭までにリストラが見込まれる労働者の人口は、石炭と鉄鋼分野の国有企業だけで180万人に上る。強引なクビ切りに反発する労働者の大規模デモに、習近平指導部が手を焼く展開も予想される。中国シンクタンクの研究者によると、退職者への養老年金支給に窮する企業は増加傾向にある。例えば、2万人以上の退職者を抱える安徽省馬鞍山市のある鉄鋼会社は、退職者に支払うべき社会保障費が年間5億5000万元(※約93億5000万円)に達したにも拘わらず、支払える額は3億4800万元に留まり、行き詰まっているという。OB世代の重みに耐えられず、会社ごと押し潰される構図と言える。経営陣の立場に照らせば、これを避ける為には皮肉にも現役世代を淘汰し、スリム化を図るしかないという訳だ。こうした企業や国側の論理に、リストラされる側の労働者が唯々諾々と従う筈はない。“社会主義体制下の国有企業は安住の地”との意識が根付いている為だ。企業関係者は、「各地で抗議運動が相次ぐのではないか? 深刻な社会問題に発展する可能性もある」と予測する。

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中国と領土問題で対峙するインドに対し、シンガポールがチャンギ海軍基地の使用を許可する協定に調印した。南シナ海の岩礁を埋め立て軍事基地化し、インド洋にも進出を企てる中国を牽制する狙いがあるとみられる。チャンギ海軍基地は国際空港にも近い最新基地で、アメリカ海軍太平洋艦隊も南シナ海を巡回する際に寄港している。インドとの協定は、日本、オーストラリア、アメリカ、インドによる対中包囲網構想が打ち出された直後に調印され、シンガポールが中国への圧力を更に後押しした格好になっている。一方でシンガポールは、一時冷却化していた中国との関係を修復し、軍事協定を結んでいた。昨年12月には、テロ対策や海上演習での協力に向けて人民解放軍と協議もしている。このような経緯から、「シンガポールは対中戦略で一貫性を欠いている」との批判も上がっていた。チャンギ基地の使用を許可した背景には、インドを抱き込むことで、「交通の要衝たるマラッカ海峡から中国の影響力を排除したい」というシンガポールの思惑が見えるという指摘がある。大国のパワーバランスを上手く活用して生き延びようとする小国・シンガポールの強かな軍事戦略が窺える。

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中国で、習近平国家主席側による“非主流派苛め疑惑”が表面化した。習氏を頂点とする主流派のターゲットになったと伝えられるのは、非主流派の中でもエリート色が強く、打たれ弱いと言われる『共産主義青年団』。習氏サイドが、この共青団系の企業2社の運営の在り方を問題視した上で、株式市場での売買を停止させた疑いが持たれているのだ。香港筋によると、影薄い李克強首相の出身母体でもある共青団が、自身の資金源である両社の上場を廃止したのは昨年11月末。主流派の揺さぶりに屈したとする見方が専らだ。共青団は「株主の持ち分に大きな変更があった為、上場廃止した」と釈明するが、信じる者は少ない。更なる苛めに遭わないよう、自らの口を塞いでいるとみられる。

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蒋介石の曽孫・萬安氏(38)が、今年の台北市長選の最有力候補に浮上した。国共内戦後に台湾で独裁体制を敷いた曽祖父の強面イメージとは裏腹の、爽やかな笑顔が印象的な国民党議員だ。ペンシルべニア大学卒の法学博士で、アメリカの弁護士資格を持つ。長身&イケメンで女性ファンも多い。2016年の初当選後、労働関連法の審議で民進党政権に舌鋒鋭く迫る等、早くも頭角を現している。だが、党内の長老グループには目障りな存在のようだ。展開次第では、党内で不毛な世代間抗争が起きる可能性もある。

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なぜ日本のジャーナリストは斯くも“軟弱”なのか――『パラダイス文書』報道で女性記者が殺害されても日本の記者は“安全地帯”から吠えるだけ

20180125 02
それはシチリア島から南へ100㎞、地中海の中央にある小さな島国から起こった。美しい海、温暖な気候、良好な治安、世界遺産の城塞都市等の魅力に溢れるマルタ共和国は、人口43万人の小国だ。1989年12月、米ソ冷戦の終結を宣言した『マルタ会議』の舞台としても知られる。10月16日、ジャーナリストのダフネ・カルアナガリチア氏(53・右画像)が、自宅付近で車に仕掛けられた爆弾によって殺害された。目撃者によれば、乗っていた車は丸こげ。彼女の体は爆風で近くの畑に吹き飛ばされたが、見るも無惨な姿だったという。ダフネ氏はマルタ島東部のスリマ出身で、30年前から地元の新聞や雑誌等で記者活動をしてきた。彼女は2008年にニュースサイトを開設。『パナマ文書』に関連し、独自取材でマルタのジョゼフ・ムスカット首相夫妻や政府関係者の不正資金疑惑を追及していた。事件直前には、「至るところ悪党だらけだ。状況は絶望的」と自身のブログに書き込んでいた。通信社外信部記者が言う。「政治サイトのポリティコは2016年、彼女を“ヨーロッパを揺るがす28人”の内の1人に選んでおり、影響力があった。彼女のブログは名誉棄損で訴えられることもあったが、アクセス数は国内紙の総販売部数を上回っており、人気が高かった。特に、ムスカット首相の妻が中南米のパナマにペーパーカンパニーを置き、マルタにエネルギー輸出を図るアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領ファミリーから大金を得ていた疑惑を報道したことが、政権を揺るがせていた。追及を躱す為、ムスカット首相は今年6月、前倒し選挙で勝ったものの、疑惑は晴れていない」。

地元の報道によれば、ダフネ氏は複数の脅迫を受けており、警察にも相談していた矢先の事件だった。息子のマシュー氏は、「母は多くの強力なジャーナリストのように、法の支配とそれを侵害しようとする者の間に立っていた為、暗殺された。この国は、基本的な自由を行使しようとすればバラバラに吹き飛ばされるマフィアの国だ」と、自身の『Facebook』に投稿している。あまり知られていないが、マルタはイタリアのマフィアが関与しているインターネット賭博の温床となっていると言われる。4大マフィアの1つである『ンドランゲタ』が勢力を伸ばし、マネーロンダリングに手を染めているとの報告が挙がっていた。ダフネ氏もマフィアの動きを追及しており、マフィア組織に狙われた可能性も高い。『ゴッドファーザー』の映画宛らの“爆殺”は、それを物語っている。マルタの首都・バレッタでは、ダフネ氏殺害やムスカット政権の対応に抗議する集会が開かれている。問題は小さな島の話に留まらない。最近流出した『パラダイス文書』にも、マルタに本拠を置く企業の名前が出ており、「女性記者の爆殺は、タックスヘイブン(※租税回避地)の実態を炙り出すパラダイス文書に繋がる疑惑を投げかけている」(前出の外信部記者)。抑々、パラダイス文書とは何か? タックスへイブンの法人設立を代行するイギリス領バミューダ諸島発祥の法律事務所『アップルビー』の内部資料が中心で、1340万通に上る。文書には世界の首脳や閣僚、王室関係者等著名人約120人の名前が挙がっている。『南ドイツ新聞』が入手し、『国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)』と共有。昨年の『パナマ文書』に続くグローバルな調査報道だ。フランス語で“税の楽園”と表現されることからパラダイスと名付けられた。アメリカでは、ウィルバー・ロス商務長官と関連の深い海運会社が、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に近い企業と巨額の取引をしていたことが発覚。ドナルド・トランプ政権の新たなロシア疑惑に発展するのではないかとみられている。更に、カナダのジャスティン・トルドー首相の盟友であるステファン・ブロンフマン氏が、イギリス領ケイマン諸島の会社に巨額資産を移した疑惑も出た。エリザべス女王の個人資産が、やはりケイマン諸島のファンドに投資されたことも判明している。他にもヨルダン前国王の夫人や、ノーベル平和賞を受賞したリベリアとコロンビアの現職大統領の名前も挙がっている。歌手のマドンナはバミューダを拠点とする医療用品販売企業の株を所有。ロックバンド『U2』のボノもマルタの企業等を経由して、リトアニアのショッピングセンターに投資していたことも判明している。パラダイス文書に詳しいジャーナリストは、「アメリカ大統領選に関する疑惑では、ロシアのSNSを通じた世論操作が指摘されており、Facebook等への影響力を狙ったロシアマネーの投資が噂されていた。今回のパラダイス文書の発覚では、ロシア政府系銀行と天然ガス企業が共同でFacebookに出資していたことが判明しており、トランプ大統領側近とロシア政府の決定的な関係が出てくる可能性もある」と語る。

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ドイツ軍が“EU崩壊”を想定…秘密報告書に載った最悪シナリオ

20180124 08
ドイツ軍が、2040年には『ヨーロッパ連合(EU)』が崩壊している可能性を想定した秘密報告書を纏めていたことが明らかになった。ドイツの週刊誌『デアシュピーゲル』が11月4日号でスクープしたもので、『戦略予測2014』と名付けられた報告書は100ページを超えるもの。3つの楽観的予測と3つの悲観的予測が盛り込まれており、最悪のシナリオがEU崩壊。ドイツ軍はこれまで、「危機感を煽るようなヨーロッパに関する想定はナチスドイツを想起させる」として封印してきた。今回の報告書は、2014年のロシアによるクリミア併合をきっかけに、当時の国防大臣が指示して作成されたものだという。


キャプチャ  2017年12月号掲載

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スウェーデン、戦争勃発時の冊子を全世帯に配布へ

20180124 05
スウェーデンが、国内470万世帯に1冊のパンフレットを配布する準備を進めている。この半世紀以上で初めて、戦争が勃発した場合に何をすべきか注意する内容だ。冊子は、戦争中に一般市民が如何にトータルディフェンス(※全体防衛)に参加できるか、水・食料・暖房といった必需品をどうやって確保するか――といった問題を取り上げる。また、サイバー攻撃・テロ・気候変動といった脅威もカバーする。スウェーデンでは、防衛・安全保障問題やロシアからの脅威、それに国が『北大西洋条約機構(NATO)』に加盟すべきか否かについて議論が激しくなっている。冊子は、そうした最中に発行される。「軍だけでなく、社会全体が紛争に備える必要がある。我々は25~30年、或いはもっと長い間、トータルディフェンスや厳戒態勢といった言葉を使っていない。この為、市民の間の知識レベルが非常に低くなっている」。スウェーデン市民緊急事態庁で同プロジェクトのリーダーを務めるクリスティーナ・アンデション氏は、こう話す。『若し危機か戦争が訪れたら』という仮題で準備されている冊子は、5月に発行される。政府の内部利用の為に改訂版が1991年まで発行されたものの、このような文書が最後に一般世帯に配布されたのは1961年以来だ。

スウェーデンは冷戦終結に対応し、“平和の配当”と見做して防衛費・軍事費を削減した。だが、2014年のロシアによるクリミア併合と、外国の航空機、それに潜水艦がスウェーデンの領空や領海に侵入した近年の数々の事件を受け、当局が方針を転換した。今週、スウェーデンで開催された大規模な防衛関連会議では、ロシアからの脅威のレベルを巡る政策立案者間の論争が大きな影を落とした。政府の政策形成を支援する超党派組織の国防委員会は昨年12月、「スウェーデンに対する武力攻撃の可能性は排除できない」と書いた。だが、中道左派政権の閣僚数人は今週、「攻撃の可能性は低い」と述べ、この発言が招いた混乱について防衛関係者の間で怒りを買った。『スウェーデン国際問題研究所』ロシアプログラムのトップを務めるマーティン・クラーグ氏は、「5年前には考えられなかったことが、最早考えられないことでなくなった。たとえ未だ可能性が低くても、だ。これは政策に対して、大きく異なる意味合いを持つ」と言う。スウェーデンは2014年以降、軍事支出を増やし、徴兵制を復活させ、バルト海のゴトランド島に10年ぶりに常設部隊を配備した。昨年は23年ぶりの大規模軍事演習を実施している。今年の議会選挙に先駆け、中道右派の4大野党は初めて、「スウェーデンはNATO加盟を目指すべきだ」という意見で同意している。社会民主労働党が率いる連立政権は「スウェーデンはNATOに加盟すべきではない」と主張しているものの、紛争が起きた際にNATO軍が同国内で容易に活動できるようにする協力協定に調印している。「スウェーデンの国民的議論の1つの大きな問題は、“非常に二極化した立場”が存在することだ」とクラーグ氏は指摘。「若しNATO加盟に反対であれば、ロシアに甘いと見做される。これは危険な立場だ。ロシアに対する戦略的な見解が必要だ」と言う。スウェーデンのステファン・ロベーン首相は今週、虚偽情報に対抗する“心理的な防衛”に特化した新部局を設ける計画を発表し、「現代版のトータルディフェンスは、民主的な社会に影響を及ぼそうとする外国の試みから(国を)守らなくてはならない」と語った。 (北欧特派員 Richard Milne)


⦿フィナンシャルタイムズ 2018年1月18日付掲載⦿

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メキシコのカルテルがシノギを強奪!? 弱体化するヤクザの麻薬ビジネス

暴力団のシノギの1つとして、麻薬ビジネスを思い浮かべる読者も多いだろう。では、彼らは薬物を如何に製造・輸入・販売しているのか? 歴史を整理しつつ、その稼業の実態を暴いていきたい。 (取材・文/フリーライター 須藤輝)

ヤクザのシノギ(※収入を得る手段)といえば、用心棒(※みかじめ料やショバ代等の要求)、賭博、ノミ行為、違法薬物の密売、闇金融、詐欺等違法なものが多いが、中でも最も有力な資金源と言われるのが違法薬物の密売である。本稿では、このヤクザとドラッグの関係に迫りたい。先ず、薬物問題に詳しい弁護士の小森榮氏によれば、暴力団が扱うドラッグの殆どは覚醒剤だという。では、どのようにして彼らは覚醒剤の密売をシノギとしていったのか? その歴史から見ていこう。「日本における覚醒剤の原点は、1941年に大日本製薬(※現在の『大日本住友製薬』)が販売を開始したヒロポン。当時、ヒロポンは合法薬物として流通し、特に戦中は日本兵の疲労回復や士気向上に効く一種の強壮剤として重宝されましたが、戦後の混乱期に軍のストックが流出し、大量の乱用者を生みました。これを受け、1951年に覚せい剤取締法が施行されましたが、非合法になったヒロポンは地下に潜ります」(小森氏)。この時に問題になったのが在日韓国・朝鮮人の不良グループによる密造ヒロポンであり、そこに日本の暴力団もある程度関与していたが、それはごく小規模なものだったという。その後、1950年代半ばから警察が国内の密造拠点を徹底的に潰し、日本国内から覚醒剤は一掃された。暴力団が組織立って覚醒剤の密売に乗り出したのは、それから暫くした1960年代半ばからだ。「覚醒剤の乱用は、1960年代末の時点では主に関西の問題だったのが、1980年には全国規模の問題になったという警察庁のデータがあります。では、1950年代後半に日本から消えた筈の覚せい剤が、何故全国で流通したのか? その仕出し地は朝鮮半島です。要するに、一斉摘発を逃れた在日韓国・朝鮮人の不良グループが祖国に戻り、戦前に日本軍が残していった設備等を使ってヒロポンの密造を続け、それを日本の暴力団が引っ張ってきた訳です」(同)。そして、1980年代に韓国で覚醒剤の取り締まりが厳しくなると、密造グループは台湾に拠点を移動。1990年代にはそれが対岸の中国本土に飛び火し、広東省の深圳、及び香港が覚醒剤のハブ基地に。他方で1990年代後半、北朝鮮では外貨獲得の為に、政府が主導して覚醒剤の製造を開始した。「1980年代後半から1990年代にかけて、中国と北朝鮮という2つのルートから大量の覚醒剤が日本に流入し、それを売り捌いた暴力団は莫大な利益を上げ、勢力を拡大します。と同時に、覚醒剤バブルの恩恵を受けた暴力団と、そうでない暴力団との間の格差がはっきりしてきます。なお、この時期にヤクザの下で売人として使われたのは、1990年前後に出稼ぎで日本に来たものの、仕事にあぶれたイラン人たちでした」(同)。

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しかし、2000年代に入ると日本の覚醒剤を取り巻く状況は一変する。2001年には北朝鮮の不審船を取り締まるべく、日本の領海警備が強化され、また中国では政府が2008年の北京オリンピックを見越して、国内の違法薬物の密造拠点を次々と潰していった。つまり、覚醒剤の2大需輸ルートが遮断されたのだ。その結果、2000年代には覚醒剤不足が起こり、末端価格も高騰。それまで1g当たり2万円程度だったのが、一時期は9万円にまで跳ね上がった。「この時期に覚醒剤の仕入れルートが大きく変わりました。要は、日本の暴力団が仕切っていた中国・北朝鮮ルートではなく、世界市場で流通している覚醒剤が日本に入ってくるようになった。その時に大きな役割を果たしたのが外国人ネットワークです。それまで覚醒剤の売人といえば、ヤクザの使い走りだったイラン人、若しくは中国や韓国のマフィアだったのが、軈てナイジェリア人に置き換わっていきます」(同)。ここで何故、ナイジェリア人が関わってくるのか? その背景には、メキシコの麻薬カルテルの暗躍がある。「元々、メキシコの麻薬カルテルは、巨大なドラッグ市場を持つアメリカへコカインを供給する役割を担っていた、謂わばアメリカの御用聞きでした。しかし、コカインの原料となるコカの葉は南米のアンデス地方でしか採れず、1970年代から1980年代にかけてその支配権を握っていたのは、“麻薬王”ことパブロ・エスコバル率いるコロンビアのカルテルでした。つまり、メキシコはコロンビアの運び屋にすぎなかった訳ですが、1980年代後半にコロンビアのカルテルが潰されると、相対的に力を増していきます。ただ、コカインだけはどうあがいても生産国にはなれないので、大麻と、へロインの原料となるケシの実の栽培に力を入れ始めます」(同)。

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【シンゾウとの距離・世界のリーダー】(04) ウラジーミル・プーチン…実利探る“親日家”

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「日本に嫌がらせをするつもりなんてない」――。昨年4月、クレムリン(※ロシア大統領府)で開いた通訳だけを介した1対1の会談。北朝鮮問題で“善処”を訴えて詰め寄る首相の安倍晋三(63)に、ロシア大統領のウラジーミル・プーチン(65)はこう答えた。安倍が再考を求めたのは、ウラジオストクと北朝鮮北東部の羅先にロシアが新設を決めた定期航路。過去に不正送金や密輸に使われた貨客船『万景峰号』を就航させる計画が明らかになり、制裁破りの懸念が広がった。「事務的に決まったことだ」。プーチンは見直し要求をあっさり退けた。プーチンと安倍の会談は20回を数え、安倍の求めに応じて1対1の場も設ける。個人的な関係をテコに、2国間の最大の懸案である北方領土問題を動かそうとする安倍に対し、プーチンはアメリカを意識した世界戦略の中で安倍を見る。極東ロシアでの経済協力への期待はあっても、世界戦略の文脈での実利は明確でない。プーチンが親密な関係を築く指導者には共通点がある。中国国家主席の習近平(64)、インド首相のナレンドラ・モディ(67)、イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ(68)。愛国者であり、原理原則論は説かず、実利を重視する強い指導者だ。柔道家で“親日”のプーチンは、長期政権を築く安倍も好みだが、ミサイル・核開発に突き進む北朝鮮の問題で、安倍はアメリカ大統領のドナルド・トランプ(71)と共に強硬論を展開している。アメリカへの対抗も睨み、制裁に否定的なプーチンの立場と溝が広がる。

欧米との対立を決定的にしたウクライナ問題でも、日本の役割は主要国から疎外されていないことを示す一例でしかない。ロシアが併合したウクライナ領クリミア半島での人権侵害を非難した昨年12月の国連総会決議。外交筋によると、プーチンは安倍ではなく、韓国大統領の文在寅(64)やフィリピン大統領のロドリゴ・ドゥテルテ(72)らに協力を求めた。共にアメリカの同盟国でありながら、韓国は棄権し、フィリピンは反対票を投じた。決議直前には、プーチンの側近で連邦安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフ(66)と、国家安全保障局長の谷内正太郎(74)がモスクワで会っていた。日本は、この会談を終えるのを待って欧米に追随し、決議の共同提案国に名を連ねた。プーチンは、そんな安倍の胸の内を見透かす。プーチンは2015年5月の“事件”を忘れていない。モスクワで開いた対ドイツ戦勝70年式典。ウクライナ侵攻を理由に欧米首脳がボイコットする中、ソチ冬季オリンピックの開会式と同じように安倍が出席してくれると思っていた。安倍は間際まで訪露を探ったものの、最後はアメリカに配慮した。強いロシアの復活を掲げるプーチンは、日本の価値を“経済”と“対米カード”から測る。欧米と激しく対峙するプーチンが今注力するのは、アメリカの同盟関係を揺さぶることだ。安倍にも“対米カード”としての価値を探るが、対ドイツ戦勝70年式典の時のように、「肝心な時にアメリカから独立した外交ができない」との印象が拭えない。昨年4月のモスクワでの会談後の共同記者発表。“ウラジーミル”とファーストネームを連呼した安倍に対し、プーチンは“安倍首相”や“安倍さん”と敬称で通した。安倍との距離感を変えながら、実利を探る思惑が覗く。プーチンと安倍の1対1の会談時間は減少傾向にある。日本側の発表によると、昨年4月の安倍の訪露時には50分続いた。9月のウラジオストクでの会談は20分、11月のベトナムでの話し合いは15分で終わった。3月のロシア大統領選までは動き難いからか? 再選確実のプーチンの次期任期は6年。対日交渉を急ぐ理由は無い。 《敬称略》 (モスクワ支局 古川英治) =おわり


⦿日本経済新聞 2018年1月19日付掲載⦿

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