【移民社会アメリカ・聖域都市】(01) 安住の地、誰もが平等

アメリカには、不法移民に寛容な措置を取る“聖域都市”と呼ばれる自治体がある。移民国家として発展してきた国らしい存在と言える一方で、移民政策見直しを進めるドナルド・トランプ政権は、「犯罪の温床になる」として聖域都市の“撲滅”も公約に掲げる。徹底抗戦か移民排除か――。模索を続ける自治体や関係者の姿を追った。

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先月中旬の夕方。サンフランシスコ中心部の商業地に囲まれた広場『ユニオンスクエア』は、白人・黒人・ヒスパニック(中南米)系・中国系等様々な人々で賑わっていた。「ここに来ると安心する」。ホンジュラス出身で不法滞在を続けるアラン・ロドリゲス(仮名・35)が呟いた。母国では教師だった。治安が悪く、強盗集団への仲間入りを拒むと暴力を受け、全身打撲で2ヵ月入院した。「次は殺される!」。昨年9月、僅かな貯金と観光ビザでアメリカに来た。「サンフランシスコを目指してきた。不法移民を守る“聖域”だと聞いたから」。ビザの失効後も、計画通り、ここに残った。貯金が尽き、一時は路上生活となったが、ヒスパニック系の食料品店が何も聞かずに雇ってくれた。ホンジュラス出身の女性が所有するアパートの部屋も借りられた。支援団体の助言で申請した労働許可証も取得できそうだ。「これぞアメリカ、天国だ! 将来はIT企業の仕事に就きたい」。人口約84万人のサンフランシスコは、港が整備された1860年代以降、移民が流入して労働力となり、発展を支えた。その後、増え過ぎた中国や日本からの移民を排斥した歴史も持つ。第2次世界大戦後は、主に中南来系の移民が増加。移民の制限を念頭に不法入国対策を進めた連邦政府に反発し、同市は1989年、所謂“聖域都市条例”を制定した。「『移民対応は政府の仕事で、市は人材や資金を市の為に使う』というのが条例の趣旨。要は、『政府の取り締まりに協力しない』と決めた訳だよ」。当時を知る牧師のリチャード・スミス(67)が言った。

教会は長年、不法移民への支援活動を主導し、衣食住を提供してきた。「法律など存在しなかったこの大陸に人が集まり、アメリカができた。後から来る人が不法者として扱われるのはおかしいでしょう?」。西海岸を代表する聖域都市として、不法移民に寛容な措置を取り続けた同市は今、大統領のドナルド・トランプの標的となっている。トランプは大統領選中から、2015年に同市で強制送還歴のある不法移民のメキシコ人の男が白人女性を殺害した事件を持ち出し、「不法移民をのさばらせた結果、悲劇を招いた」と非難してきた。強制送還歴のある人物の再入国を処罰する法の制定にも躍起だ。「トランプが拘れば拘るほど、サンフランシスコは不法移民を守る結束を強めることになるんだ」。市民に選ばれて公設弁護人を務めるジェフ・アダチ(57)は、市内の事務所で毅然と言った。トランプ政権の方針を受け、「強引な取り締まりで不当な扱いを受けているケースがあるのでは?」と考えたアダチは5月、勾留された不法移民の弁護を無償で引き受ける特別テームを発足させた。市がチームの結成を全面支援した。公的な弁護制度が無く、強制送還を待つしかなかった不法移民を積極的に救うサンフランシスコ独自の取り組みだ。日系アメリカ人であるアダチの祖父母と両親は大戦中、強制収容所に入れられた。だから、「差別や迫害の対象となった人を助けるのが自分の使命」と考える。チームは、拘置所でこれまで100人以上と接触し、6人の解放に成功した。市は、聖域都市への補助金停止を打ち出したトランプの大統領令を、「自治体への圧力は憲法違反」と連邦地裁に訴え、4月に効力差し止めの決定を引き出した。中国系アメリカ人である市長のエドウィン・リー(65)の姿勢は一貫している。「住民に対する我々の責務は、決して変わらない」。ロドリゲスは、市職員に尋ねたことがある。「聖域都市としての不法移民に対する保護対策は何?」と。答えは「無い」だった。戸惑う彼に、職員は言った。「不法移民にも昔からの住民にも、同じように公共のサービスを提供する。誰もが平等だと思うから、特別に対応する必要がないんだ」。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年8月5日付掲載⦿

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“核心”習近平と毛沢東の亡霊――中国共産党の最高権力者は何を目指すのか?

中国共産党は、習近平総書記(国家主席)を党指導者として別格の存在である“核心”に位置付けた。過去の歴代指導者では、毛沢東・鄧小平・江沢民に続く4人目の核心。これ以上になく強まる1強体制で、習主席は中国をどこへ導こうとしているのだろうか――。 (取材・文・写真/ノンフィクションライター 八木澤高明)

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鼠色のジャンパーを着て、黒いスーツケースを持った男が3人ほど、富士山の麓にある『御殿場アウトレットモール』を歩いている。最近、御殿場だけでなく、関東周辺のアウトレットモールでよく見かける中国人の集団である。一方で、中国人の爆買いによって支えられていた小売業大手『ラオックス』の営業利益が、前年比98%減の1億円となる等、中国人客が落としていくマネーは大幅に減っている。2016年、中国の経済成長率の予測は6.7%と、2010年に2桁の成長率を記録して以来、年々鈍化し続けている。世界経済をみれば、好景気あれば不景気があり、いつかは中国バブルが崩壊するのは当然の理である。ただ、一党独裁体制の中国共産党にとって、バブル崩壊はそのものずばり、中国共産党の終焉を意味すると言ってもいいだろう。それ故に、習近平は必死の舵取りを続けている。習近平は、2012年に中国共産党総書記、その翌年に国家主席に就任すると、“中国の夢”というスローガンを掲げた。「中国は、経済発展を優先するあまり、経済格差は広がり、中国社会の人心が乱れ、党幹部は汚職に走り、人民はモラルを失ってしまった。そうした社会を是正し、中国に暮らす誰もが平等に経済的に調和の取れた生活ができる社会を築き、嘗ての中華民族の誇りを取り戻す」というものである。それまでも、中国共産党内における汚職等は民衆の不満を高めていたが、歴代のトップは的確な対策を取れなかった。しかし、習近平は「虎でも蝿でも、腐敗した党幹部を容赦無く処罰する」と宣言し、風紀の引き締めを行っていた。2012年には、当時の重慶市トップだった薄熙来を妻によるイギリス人殺害や不正蓄財等で逮捕し、2014年には胡錦濤政権下の中央政治局常務委員・周永康を逮捕。更に2015年には、日本でいう大臣クラスの大物幹部41人が逮捕され、腐敗事件の摘発数は中国全土で4万件を越えた。

習近平が主導する反腐敗運動は、風紀の粛正だけではなく、数々の大物幹部たちが逮捕されていることから、権力闘争という見方もされる。習近平は反腐敗闘争を通じて、中国共産党内の他の派閥を潰して、権力を一手に握ろうとしているというのだ。その様は、中国共産党の創設メンバーの1人で、初代国家主席となり、『文化大革命』を発動し、ライバルを蹴落としていった毛沢東を彷彿とさせるという者もいる。果たして、習近平は毛沢東の道を歩もうとしているのだろうか? 習近平とその父親・習仲勲は、親子2代に亘って毛沢東と浅からぬ因縁がある。中国共産党の高級幹部の子弟らは、その強いコネクションから“太子党”と呼ばれるが、その筆頭格にいるのが習近平である。父親の習仲勲は副首相を務め、毛沢東の革命を草創期から支えた。嘗て毛沢東率いる紅軍は、蒋介石率いる国民党軍の攻撃に為す術なく破れ、中国南東部の江西省端金にあった根拠地を追われ、中国西北部にある延安まで逃れた。世に有名な長征である。紅軍は、四川省・チベット高原・甘粛省等中国の外縁部を180度回り、1934年から2年がかりで約1万2000㎞を踏破した。瑞金を出る時には10万人いたという兵士が10分の1以下に減っていたほど、過酷な逃避行であった。這々の体で中国の辺境を歩いてきた毛沢東率いる紅軍を出迎えたのが、習近平の父親・習仲勲だった。毛沢東が延安に逃れた1930年代、延安のある陝西省は中国共産党の支配地域で、“陝北ソビエト”と呼ばれ、この地域の幹部だったのが習仲勲だった。彼は、もう1人の幹部・劉志丹と共に、国民党軍の攻撃により、謂わば行き場を失った毛沢東の一団に根拠地を提供した中国革命の功労者である。長征が終わって半年後の1936年4月、劉志丹は毛沢東から日本軍への攻撃を命じられ、その途上で戦死した。劉志丹の死に関しては、当時からここ延安で権力を確固とする為、毛沢東の謀略によるものとする説が根強くある。毛沢東が天安門で中華人民共和国建国を宣言してから13年後の1962年、劉志丹を主人公にした小説が発表された。その刊行に関わったのが、劉志丹の功績を人一倍認めていた習仲勲であった。小説は劉志丹を英雄視したもので、当時、文革により強大な力を持っていた毛沢東は激怒した。副首相であった習仲勲は真っ先に槍玉に挙げられ、副首相を解任された後、16年に亘って監禁状態に置かれた。中国共産党において毛沢東は神聖なる存在で、彼以外の英雄の存在は許されないのだ。劉志丹の小説を快く思わなかった毛沢東に、今日の習近平にも通ずる共産党が抱える宿痾を見る。

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イラン“首都テロ事件”の真相、国内外向け自作自演説が有力――謎と矛盾だらけの“筋書き”、レームダック化するロウハニ大統領

20170815 11
「まさか、と最初に思いましたね。銃で武装したテロリストが、イラン国会に近付ける筈がない」――。テヘラン駐在経験のある大手紙外信デスクが言う。「筆記用具だって分解して調べる国ですから」とも付け加えた。最大級の厳戒下にある国会議事堂と、“革命の父”ことアヤトラ・ホメイニ師の廟が襲撃されたとのニュースが入ったのは、先月7日のこと。だが、その後のイラン治安当局の発表には不可解な点が多い。5人の実行犯はその場で射殺されたが、当局は何故か1人を除いて、ファーストネームしか公表しなかった。唯一氏名が明かされたセリアス・サデギ容疑者がクルド系イラン人だったことから、テヘラン在住の西側外交筋の間では「背後にクルド系がいる」との見方が有力になった。アメリカの『中央情報局(CIA)』の推計では、イランのクルド人は約8000万人の全人口の内、10%を占めるとされる。大半はイラク国境沿いのクルド人地区に住み、イランの平均的生活水準よりかなり貧しい生活を送る。当然、不満も高い。ただ、サデギ容疑者は、数年前から“IS(イスラミックステート)の勧誘係”として、イランの治安当局に徹底マークされていた人物だ。「女装をして潜入した」(イランの発表)とはいえ、当局に目をつけられた過激派が、カラシニコフ銃を隠し持った一味と共に、テヘランの最重要警戒地区を自由に移動できたのだろうか? 共犯者たちも謎である。イラン情報省は、「昨年7~8月にかけ、IS幹部のアブ・アイシャ・アル・クルディと共に、イラクからイラン(のクルド人地域)に入った」としている。アブ・アイシャはクルド系イラン人。刃物を使って、笑みを浮かべながら残虐な処刑を行う映像が過去に公開され、“ISの屠殺人”との通称を持つ。当局は、越境時に「殺害した」と発表した。

ここでも、イラン当局の説明には疑問符が付く。「イランに入った」とされる時期より前の昨年4月、イラク軍がイラク中部の村での戦闘で「アブ・アイシャを殺害した」と発表しているからだ。それどころか、悪名高いアブ・アイシャは、他にも2度、“殺害”が発表された。幽霊のように各地に出没し、何度も“殺害”されている。在米イランウオッチャーによると、「昨年夏にイラクからイラン側のクルド人地区にIS戦闘員が越境しようとしたのは事実」だという。「この時は、事前に情報を得ていたイラン当局が、待ち伏せの形で殲滅したと誇らしげに発表している」(同)。直前に国内のIS細胞を一斉摘発し、新たな戦闘員が潜入することを突き止めていたのだ。戦闘員たちは、入国前から動向を知られていた。その彼らが、待ち伏せを奇跡的に逃げ切った上に、半年以上潜伏してテヘランの国会議事堂を襲ったという筋書きは、イラン秘密警察の執拗さを考慮すれば、かなり現実味に乏しい。テロリストに殺害されたのは、棟内に入る受付の前で、地元の国会議員との面接を待っている人が多かった。死者18人の内、3人は特によく知られた社会活動家だ。“反体制”でないとしても、体制にとっては煙たい存在だったのだ。興味深いのは、複数の政府系メディアが今回の事件について、「ムジャヒディン・ハルクを想起させる」と論評したことである。ムジャヒディンは王政時代に結成された左翼武装組織で、イラン革命後はホメイニ師と敵対する立場になり、血で血を洗う陰惨な抗争を繰り広げた。イラン・イラク戦争(1980~1988年)でイラク側についた為、イラン国内では一気に支持を失った。体制側メディアが想起させたのは、1988年に起きた『イマーム・レザー廟爆破テロ事件』だ。今回のホメイニ廟襲撃と確かに似ている。だが、この事件は当初から“ムジャヒディンの犯行”と決め付けられたものの、“当局の自作自演”説も根強かった。事件を契機に、イラン国内でのムジャヒディン徹底弾圧が行われ、ホメイニ体制確立に寄与したからである。今回の事件も、最高指導者のハメネイ師が率いる現指導部にとっては、同じ役割を果たしている。5月19日の大統領選では、体制側メディア総動員で支持していたエブラヒム・ライシ候補が得票率38%に留まり、現職のロウハニ大統領に惨敗したばかりだ。「77歳のハメネイ師は、大統領から最高指導者に選ばれた。ライシ候補を大統領職につけ、自分の後継にする思惑があった。国民は、そのシナリオを拒否した形だから、ハメネイ師には体制引き締めが急務だった」と、前出の在米イランウオッチャーは言う。

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処刑寸前の『アルジャジーラ』、カタール断交で放送終了の危機――残された道は“閉鎖”か“編集方針の変更”、金持ちになり過ぎた宿命か

20170815 09
サウジアラビア他がカタールとの断交を電撃発表し、即座に厳しい経済封鎖を始めた直後に、SNS上ではサウジ富豪のアルワリード王子の発言動画が出回った。曰く、「調査の結果、アルジャジーラが“民衆”のチャンネルであるのに対し、アルアラビーヤはやはり“支配者と政府”のチャンネルであることがわかった」――。『アルアラビーヤ』は、『アルジャジーラ』に対抗してサウジ系資本によって作られた、ドバイを本拠とするニュース専門局だ。今回の騒動では、カタールを非難する大キャンペーンを先導している。アルジャジーラとカタールに同情する名もなきアラブの“民衆”によって勝手に切り取られ、拡散された王子の“見解”は、いつ、どのような文脈で発せられたものかは不明で、今次の騒動とは関係がない。それでも、この聡明な大富豪の一言は、アルジャジーラを巡る問題の本質を突いている。それはまた、今の湾岸諸国間の政治危機の根本原因でもある。1970年代に入って相次いで独立した湾岸の首長国では、先行していた他のアラブ“独裁国家”の例に漏れず、テレビは国営、新聞も政府系ばかりで、国営通信社の発表する“お知らせ”と、通信社が配信するニュースの中から、自国に悪影響のない、謂わば“当たり障りのない”ニュースだけを選んで報道していた。そこに、エジプトやレバノンといった“メディア先進国”から出稼ぎに来ている編集者はいても、編集方針は無かった。唯一の方針は、政府(首長)の意を汲むことである。しかし、衛星テレビの普及により、この風景は劇的に変化する。

『CNN』が世界中で世論をリードし始めた1990年代、初のアラビア語によるニュース専門局を立ち上げる計画は、サウジ人の実業家によって進められていたが、これを買収して、“世界一つまらない都市”と呼ばれていた静かな首都・ドーハに開局させたのが、現在は退位して“国父”の称号で呼ばれているハマド前首長だ。ハマドは、アラブ世界に新しい時代を開き、“吹けば飛ぶようなミニ国家”と近隣諸国からバカにされていたカタールに、名声と国家としての重みを齎してくれる自由メディアをどのように育てたらよいか、わかっていた。オーナーである自身とその政府は一切編集に介入せず、パレスチナ出身の編集長には100%ニュース選択の自由を与えたのである。局は1996年の開局後、数年のうちにアラブ域内で起きる事件の報道についてはCNNを凌駕するようになり、9.11同時多発テロの発生した2001年頃には、世界的なニュースの報道でも欧米主要局と肩を並べる信頼性と速報性を有するニュースソースに成長していた。“情報統制無くして独裁無し”――。権力者がメディアを如何にコントロールしたがるかは、我が国にも典型事例があるのでわかり易い。中東においても、アルジャジーラが不都合な事実を次々に暴く為、近隣諸国とカタールの関係は緊張した。また、イラク戦争においては、アメリカ軍にとって不都合な情報が次々と暴露された為、アメリカからハマドに対してその都度抗議があったという。その時、「ハマドは自分で車を運転して局に来た」「基本的な方針をとやかく言うことは一切無かったが、問題を解決する為の指示はする人で、深く信頼していた」と、当時の幹部の1人は証言している。このようにして、“民衆”の目で報道する局との信頼を勝ち得たアルジャジーラは、中東や北アフリカを中心に世界中で視聴され、その結果、容易に一国の世論を動かすことのできる超権力的存在になっていた。これが、『アラブの春』が起きる前夜のことである。ところが、アルジャジーラは変容していく。大きな力を持ったのが災いしたのであろう。政府も編集部も初心を忘れたのか、視聴者への強大な影響力を意図的に行使しているとしか思えない報道が目立つようになるのである。それは、特に“民衆”に人気のある『ムスリム同胞団』への“肩入れ”という形を取っていた。今次、断交した側はカタールに、アルジャジーラの全系列局と、同国が支援するメディアの閉鎖を要求したが、これは初めてではない。2014年、今回と全く同じ構図で危機が発生し、サウジアラビア他は大使を召還した。この時は、「(アルジャジーラの)湾岸諸国についての報道はトーンダウンする」との約束で何とか許された。それから丸3年が経過、今回はいきなりの国交断絶である。それだけではない。陸海空路を封鎖し、事実上の経済制裁を加えている。サウジアラビアやUAEは、カタールのタミーム首長が退位・亡命するまで圧力を緩めない、またそれも叶わない置きは軍事進攻も辞さない決意と言われている。

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メキシコシティー“水戦争”の壮絶――凄まじき“地盤沈下”と社会不安、原因は地下水の過剰な汲み上げ

20170815 07
アメリカでドナルド・トランプ氏が大統領が就任して以来、隣国のメキシコでは、“国境の壁”建設構想や、不法移民の強制送還、更に『北米自由貿易協定(NAFTA)』の見直しと、厳しい攻勢に曝されている。先月には、トランプ大統領が地球温暖化防止の為の『パリ協定』離脱を表明し、メキシコでは怨嗟の声が爆発した。地球温暖化により、首都のメキシコシティーが世界でも類例のない地盤沈下と水不足に苦しめられているからだ。人口2000万人の巨大都市圏の窮状を知るには、首都定番の観光地に行けばよい。『国連教育科学文化機関(UNESCO)』の世界遺産に指定されているメキシコシティー中心部は、地盤沈下を物語る歴史的建造物ばかりである。新大陸最大の『メトロポリタン大聖堂』は、16世紀にスペインが征服した直後から建設が始まり、19世紀初めに現在の形になった。だが、地盤沈下によって、20世紀後半には鐘楼の傾きが目に見えて危険になり、1970年代から断続的に補強工事が行われた。それでも各部の沈下が止まらず、民間非営利団体の『ワールドモニュメント財団』から“危機に瀕するモニュメント”に指定されたこともある。1990年代に大聖堂の土台に大量のコンクリートを流し込む等して、崩壊の危機は免れたとされているものの、現在でも随所に沈下の傷跡を残している。市の象徴である独立記念塔は、1910年に建てられた。ここは塔そのものではなく、周辺の陥没が著しい。建設時には台座まで9段だった階段は、今は23段。1世紀余りで14段も加えなければならなかった。1957年の大地震の際には、塔のてっぺんを飾るモニュメントが落下して破損したこともある。

歴史的建造物が密集する町並みには、波を打つように捻じ曲がり、傾いている区画もある。UNESCOで『地盤沈下作業部会』の責任者を務めるアメリカ人地質学者のデヴィン・ギャロウェイ氏は、「記録にある限り、メキシコシティーの地盤沈下は世界最悪だ」と言い切る。2014年、『ヨーロッパ宇宙機関(ESA)』がメキシコ政府の依頼で首都一帯の地盤沈下を衛星写真で解析したところ、場所によっては1ヵ月に2.5㎝もの急速な沈下に見舞われている地区もあった。3年もすれば1m近く陥没することになる。メキシコシティー中心部の過去60年の地盤沈下は、約10m。最新の解析は、地盤沈下の加速を如実に示す。ESAはまた、沈下の原因が「地下水の過剰な汲み上げによる」とも断定した。沈下の速度は場所によって異なり、道路陥没や家屋倒壊といった惨事も、今後は頻繁に起こると見られている。メキシコシティーではまた、排泄物等を流す汚水路が、地下ではなく、川のように地表を流れている。慢性的に汚泥が溜まる汚水路より、周辺家屋の沈下が進む為、住民の頭より上のところを強烈な悪臭の汚水路が流れているという空恐ろしい光景がある。2010年には汚水が決壊し、周辺家屋にどっと流れ込んだ。メキシコシティーは、アステカ人が14世紀に築いた都市・テノチティトランが原型だ。アステカ人は伝説と神の予言に基づき、海抜2200mの高地にあるテスココ湖の沼沢地を干拓して、都市の土台を作り、人口30万人の湖上都市に発展させた。当時のテスココ湖は、南北65㎞にわたる大きな湖だった。アステカを征服したスペイン人は、湖を徐々に干拓した。嘗て、神秘的な美しさを謳われた“奇跡の湖上都市”は、20世紀には農村部から首都に職を求める人の波が絶えず、広大なメトロポリスに変貌した。テスココ湖は縮小して、現在は殆ど残っていない。市の主要水源は依然として地下水である為、地表に近いところからは汲み尽くしてしまい、今では数百m、場所によっては1000mを遥かに超える地下から水を汲み上げている。メキシコシティーの平均的な年間降水量は約850㎜。東京の半分程度だが、サンフランシスコ(※約600㎜)等の北米他都市に比べて、特に乾燥している訳ではない。「自然の水に恵まれていたので、何も工夫してこなかった」(地元紙記者)のが真相だ。雨水の貯留は勿論、下水処理も殆ど行われてこなかった。水需給は逼迫するばかり。市当局の見積もりでは、全世帯の20%が水道水を使えない状況に置かれている。市の水需要全体では、何と40%もの水を市外から運び込まなければならない。100㎞以上離れた水源から引っ張ってくるところもあり、水を強奪される市町村や住民の間では怒りが高まり、当局との衝突も起きている。

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難民で荒稼ぎするイタリアマフィア、新ビジネスは収容施設の“乗っ取り”――売春や麻薬密売の手先に、農業地帯では奴隷労働も

20170814 01
記録的な数の難民が押し寄せているイタリアで、同国のマフィアが難民対策事業を新たな収入源にしていることがわかった。難民施設を運営する自治体の職員やカトリック教会の聖職者を抱き込んで、公費をごっそり横領するという極上の新ビジネスである。今年5月に摘発された横領事件は、マフィア慣れしているイタリア国民をも驚かせた。舞台になったのは、長靴に例えられるイタリア半島のアーチライン(土踏まず)前方部分にあるクロトーネ県の収容施設『聖アンナ収容センター』(※左画像)だった。イタリアに到着した難民は、当座の小遣いとして政府から1日当たり2ユーロ50セントが支給される。ところが、聖アンナを運営するカトリック教会の慈善団体『ミゼリコルディア』は、この小遣いを難民に渡さず、代わりに50セント相当の菓子を与えていた。難民にとって最低限の現金支給まで掠め取るのだから、食事・収容所内の衛生施設・各種サービスは誤魔化し放題だった。摘発前、地元の保健所職員が密かに収容センターの食事を運び出して調べたところ、肉・米・豆は何れも成人の1食分に遥かに足りず、品質も極めて粗悪だった。センターは公式には729人収容だが、ここ数年は常時1000人以上が滞在していた。摘発に踏み切った検察によると、2006年から2015年までの10年間で、同センターには合計1億300万ユーロの公費が投じられ、少なくとも3600万ユーロが“使途不明金”だった。食事・清掃・衛生等、施設の出入り業者は全て慈善団体かマフィアの関連企業や家族だったから、実際の誤魔化しは更に膨れ上がる。

施設運営の責任者であるレオナルド・サッコ容疑者(※右下画像左)は、ミゼリコルディアの地元組織総裁で、一時は“イタリア人の善意を代表する人物”として賞賛された。ローマ法王のフランシスコやシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相ら、各界の大物と握手した写真は、全国に配信された。しかし、この男は、イタリア南部を牛耳るマフィア『ンドランゲタ』の操り人形という別の顔も持っていた。同容疑者の指揮下に横領された公費は、ンドランゲタのボスに吸収されていた。5月の摘発では全国で68人が逮捕されたが、ンドランゲタ大幹部の名前は1人も含まれていなかった。多くは横領の実務を担った“フロント”たち。捜査を指揮した国家治安警察隊のジュゼッペ・ゴベルナーレ司令官は、「収容施設はマフィアのATMだ」と形容し、「マフィアが難民対策事業を格好の資金源にしている」と指摘した。手口も、小遣いや食費を横領するものばかりでなく、収容人数を水増ししたり(※“幽霊難民”と呼ばれる)、収容者への職業斡旋で仲介料を取ったりと様々だ。聖アンナでは、難民の生活必需品である携帯電話のSIMカード販売を職員の家族が独占し、割高な料金を徴収した。苦難の末に憧れの地ヨーロッパに着いた難民たちは、収容施設でしゃぶりつくされていた。難民搾取は、他の施設でも報告がある。シチリア島ミネオという小村にある収容センターでも、長らく現金支給が行われなかったことが、イタリアメディアの潜入ルポでわかった。この施設を牛耳るのは、世界に悪名をはせるシチリアマフィア『コーザノストラ』である。イタリアには、この他にも、ナポリ拠点の『カモッラ』やプッリャ州拠点の『サクラコローナウニータ』といった強大なマフィアが地域毎にあり、難民施設の支配も縄張り通りに分けている。2014年に逮捕されたローマの犯罪組織『首都マフィア』幹部は、「麻薬より実入りがいい」と認めた。捜査当局が公表した盗聴記録では、幹部は「今年の稼ぎは5000万ドルってとこだが、全部難民のおかげだよ」と誇らしげに語ったという。難民の数が増え、イタリア在住が長期化すればするほど、公費負担は膨らむ。このビジネスを牛耳ると、長期の安定収入が約束されるのだ。ローマの難民事業を巡る汚職事件では、首都マフィアが歴代市長を抱き込んでいたことも明るみに出た。民主党のイニャツィオ・マリーノ市長は2015年10月、市議会により解職された。昨年当選した『五つ星運動』のビルジニア・ラッジ市長は、マフィア一掃や難民事業の汚職追放を公約したものの、マフィア側の抵抗に遭っている。彼らはローマ市内の施設に難民を過剰に送り込み、難民事業を立ち往生させた。ラッジ市長は国に、「ローマはこれ以上、受け入れられない」と泣きついた。

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【50歳のASEAN】(下) 対IS連携模索

20170810 03
インドネシアのスラウェシ島北部マナドに先月29日、同国とフィリピン、マレーシア、ブルネイの他、『東南アジア諸国連合(ASEAN)』域外のオーストラリアやニュージーランドも加えた6ヵ国の外務大臣や治安当局幹部らが集まった。会議では、イスラム過激派組織『IS(イスラミックステート)』を支持する勢力の地域での拡大阻止に向けた情報共有等で一致。地元メディアによると、インドネシアのウィラント政治治安調整大臣は会議後、「劣勢に立たされたISが、今度は東南アジアに拠点を築こうとしている」と述べ、危機感を露わにした。この日、出席者らの念頭にあったのは、マナドからセレベス海を挟み、対岸にあるフィリピン南部・ミンダナオ島の深刻な状況だ。ISに忠誠を誓う武装集団約500人が5月23日、同島西部マラウイの一部を占拠。ロドリゴ・ドゥテルテ政権は島に戒厳令を敷き、掃討作戦を続けているが、未だ鎮圧できていない。これまでの戦闘で軍兵士111人、過激派戦闘員460人が死亡。過激派に殺害された民間人は45人に上る。インドネシアとマレーシアでは昨年来、ISによる爆弾テロやテロ未遂が断続的に発生しているが、マラウイの様相は過去の事例とは異なる。規模が大きい上に、推定約40人の外国人戦闘員が含まれ、テロリストの国際ネットワークの存在が示されたからだ。

フィリピン軍が殺害し、確認した戦闘員の出身地は、インドネシア、マレーシア、サウジアラビア、イエメン、ロシア南部チェチェン共和国と様々だ。ミンダナオ島やタイ南部等には以前から、反政府武装勢力が存在する。多くは小規模で活動もバラバラだが、ISがそれらを結び付ける可能性がある。イスラム過激派の動向に詳しい『紛争政策分析研究所』(ジャカルタ)のシドニー・ジョーンズ所長は、「マラウイを鎮圧しても、東南アジアでのIS問題の解決にはならない。別の場所でテロはまた起こり得る」と警告する。マラウイ情勢の緊迫化を受け、過激派対策にASEANが一体となって取り組もうという機運は高まっている。フィリピン、マレーシア、インドネシアの3ヵ国は6月、過激派による海賊行為が問題となっているスールー海で合同巡視を開始。6月上旬にシンガポールで開かれた『アジア安全保障会議』でも、過激派の動向等の情報を各国が共有する必要性が議論された。東南アジアでは21世紀に入り、イスラム過激派『ジェマアイスラミア』が先鋭化し、2002年に発生したバリ島での爆弾テロでは、邦人を含む202人が死亡した。フィリピンでは、マラウイの占拠にも関与するイスラム過激派『アブサヤフ』の活動が活発化した。それでも、各国が自国内のテロ対策に追われ、ASEANとしての連携は不十分だった。そのような経緯もあり、協力態勢の構築は未だ手探りの状態だ。例えば、合同巡視を始めた3ヵ国の間で、情報共有は必ずしも進んでいないという。ある関係者は、「テロリストへの内通者が軍内部にいるような国もある。機微に触れる情報は提供できない」と語った。イスラム教徒の人口が少ないカンボジア等は危機感が相対的に薄いとされ、加盟国間の温度差もある。インドネシアのルトノ・マルスディ外務大臣は、本紙の取材にこう語った。「テロリストの脅威はASEAN全体に迫っている。ドアの前か、既に家の中に入ってきているかもしれない」。50歳を迎えるASEANに、新たな重い課題が突きつけられている。

               ◇

吉田健一・杉目真吾・一言剛之・大重真弓・浜砂雅一が担当しました。


⦿読売新聞 2017年8月3日付掲載⦿

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【50歳のASEAN】(中) 域内で分業、残る格差

20170810 02
1976年に域内の経済協力をスタートさせた『東南アジア諸国連合(ASEAN)』は2015年末、ヒト、モノ、カネの移動に対する国境の“壁”を取り除き、共に成長を目指す『ASEAN経済共同体(AEC)』を発足させた。戦後日本が、首都圏から九州を結ぶ太平洋ベルトの下で輸出産業を発達させて経済発展したように、域内人口約6億2000万人の巨大市場を擁するASEANもまた、国境を超えた生産ネットワークを構築し、生産基地としての魅力も増している。バンコクから車で約4時間かかる力ンボジアとの国境の町・アランヤプラテート。1970年代半ばに、国を逃れたカンボジア人向けの難民キャンプから始まった町には、安価な衣料や日用品等が集積し、東南アジア最大級の国境市場が広がる。国境付近では、通関に向かう巨大トレーラーの車列が約1㎞も続いていた。域内でも人件費が安いカンボジアには、先進各国の企業が相次ぎ工場を進出させているが、輸出に必要な貿易港が整備されていない。その為、国内で作った部品や製品は隣接するタイやベトナムに運ばれ、組み立てられる等して国際港から輸出される。こうした国際分業に欠かせない輸送路や通関制度の整備も進んでおり、「何れ1日あたりの処理量は倍増する」(カンボジア税関)見込みで、域内貿易の増加にも期待が高まる。ただ、「国際分業は、高度な産業が集積する地域と、労働力を供給する地域との間での格差固定や拡大に繋がる」との懸念もある。

6月下旬、この町にタイ出国を目指すカンボジア人が殺到した。タイ政府が不法就労の罰則を大幅に強化した為で、僅か2週間で4000人超が出国した。バンコクで清掃員をしていたチュアン・ヤサさん(51)も、その1人だ。10年以上真面目に働いたが、「『正規の資格が切れているから』と突然解雇され、給料も貰えなかった」と言う。タイは、ミャンマー、カンボジア、ラオス等といった、貧困層が多く、求職者が多い国からの移民労働者の受け皿になってきた。賃金高騰で、建設現場、介護、飲食店等の職場は、「ミャンマーやカンポジア等からの労働者がいなくては成り立たない」(『タイ飲食業協会』のラッダー・サムパウトーン会長)状況だ。結局、タイ政府は規制の実施を延期しているが、ラッ ダー会長は「飲食店約2300軒が廃業に追い込まれる恐れがある」と指摘する。建設現場で働くミャンマー人のオウン・ウインさん(45)の月収は200ドル(約2万2000円)。オウンさんは、「同じ職場のタイ人より少ない。タイを出たいが、そのお金も無いので無理だ」と嘆く。『国際移住機関(IOM)』の調査では、ミャンマー人労働者の約8割が母国での就労を望んでいた。オウンさんも、「ミャンマーが発展した国になれば、直ぐにでも戻りたい」と話す。プノンペンに2014年開業した日本の『イオンモール』は毎週末、多くの家族連れで賑わう。ただ、殆どはウィンドウショッピングで、電気技師のスーン・チャントルさん(52)も「今は未だ買えるものは少ない。経済が良くなって、給料が上がれば、先ずは電化製品を買いたい」と話す。ASEANの貿易額は、この30年で約15倍に伸び、海外からの投資も増えている。ただ、1人あたり国内総生産(GDP)では、最も高いシンガポールと最も低いカンボジアとの差は約43倍。城内格差をどう乗り越え、結束していくのか? “世界の成長地域”アジアで進む経済統合の課題は大きい。


⦿読売新聞 2017年8月2日付掲載⦿

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【50歳のASEAN】(上) 経済第一、進む“親中”

『東南アジア諸国連合(ASEAN)』が今月8日、発足から50年を迎える。民族も政治体制も異なる国々が“緩やかな統合”を目指し、一体感と、国際社会での存在感を少しずつ高めてきた。ただ、多様性を認め合うが故に、「統一的な行動を取り難い」という“限界”も指摘される。ASEANの現状と課題を探る。

20170810 01
「安全への責任は(中国の)泰山よりも重い」「契約を守り、良質なものを造ろう」――。好景気で建設ラッシュに沸くカンボジアの首都・プノンペン。ホテルやオフィスビル等、大規模工事の現場では、中国語の看板が目立つ。工事の大半を中国企業が請け負っているからだ。中国人労働者も多く、あちこちで中国語が飛び交う。「中国にいると錯覚するだろう?」。劉と名乗るへルメット姿の男性(37)は、そう言って笑った。2016年の中国によるカンボジアへの直接投資は、国別で最多の約5億ドル(約553億円)と、カンボジア向け全体の約22%を占める。2018年の総選挙を視野に、インフラ(社会基盤)整備で国民の支持を繋ぎ止めたいフン・セン首相。経済支援を足がかりに、中国の影響力を強めたい習近平国家主席。両者の思惑は重なる。中小国連合であるASEANは近年、日米中等の大国を取り込みつつ、相互に牽制させることで、地域で主導権を確保しようと腐心してきた。『ASEANプラス3』や『ASEAN地域フォーラム(ARF)』といった域外国との協力枠組みに象徴される。その大方針が今、揺らいでいる。アメリカのドナルド・トランプ政権の明確な東南アジア政策が未だ見通せない一方、南方への膨張を続ける中国が、経済力を武器にASEAN内で“親中派”を着々と形成しようとしているからだ。

実際、カンボジアは昨夏、南シナ海での中国の主権主張を否定したハーグの仲裁裁判所判決直後のASEAN外務大臣会議で、判決に共同宣言で言及することに強硬に反対。今年4月にはフン・セン首相が、習主席の演説等を纏めた本『習近平 国政運営を語る』のクメール語版出版式典で、「カンボジアと中国の関係は他の国々の良い手本になる」とまで語った。「カンボジアはASEANにおける中国の代弁者になった」。在東南アジアの中国外交筋は言い切った。中国がASEAN切り崩しの新たな標的としているのが、アメリカの同盟国にも拘わらず中国寄りの姿勢を取るフィリピンだ。中国は、国内経済を重視するロドリゴ・ドゥテルテ大統領が昨年訪中した際、フィリピンが仲裁裁の判決を棚上げする見返りに、インフラ整備等巨額の経済協力に応じた。6月にはミンダナオ島でのイスラム過激派掃討作戦に武器を無償供与。同大統領は、「比中関係の新たな幕開けだ」とぶち上げてみせた。中国がフィリピンとの関係強化を図る目的は、「南シナ海での天然資源の共同開発実現にある」(中国政府関係者)。南シナ海での自国の主権を主張するフィリピンとの協力が成功すれば、領有権問題で中国と対立するベトナムに共同開発受け入れを迫る圧力となり、南シナ海情勢の沈静化に繋がると中国は踏んでいる。ただ、ASEAN諸国の多くは、列強の植民地となった過去の経験から、大国が地域で覇権を求める動きには基本的に敏感だ。南シナ海問題に詳しいホーチミン市法科大学のホアン・ベト講師は言う。「過度な対中傾斜は、国の生殺与奪の権を中国が握ることを意味する。アメリカのASEANへの関与が低下する中、ASEANの大勢は、日本がその穴を埋めることを期待している」。


⦿読売新聞 2017年8月1日付掲載⦿

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【アホでマヌケな韓国人】(08) 朝鮮半島回廊論…朝鮮王国の歴史的転換点『乙未事変』の真相

20170809 10
北朝鮮が周辺の迷惑も考えずに、ミサイルをあちらこちらにぶっ放すことに象徴されるように、朝鮮半島がキナ臭くなっているのは誰の眼にも明らかだ。しかし、そうなってこそ見えてくるものがある。朝鮮半島と呼ぶよりも、筆者は“朝鮮回廊”と言いたい。これが、かの地の本質を的確に表わしていると考えられる。よく言われるし、筆者も書いていたことだが、「朝鮮半島は日本に突き付けられた刃である」との認識は間違っていないが、それだけでは不十分だ。日本人は明治以降、この朝鮮半島に進出し、朝鮮半島を足がかりに、大陸にまで勢力を伸ばしたのである。言い換えれば、突き付けられた刃を逆手に取ったのである。朝鮮半島は我々の通り道(=回廊)であったのだ。無論、大陸の勢力が強くなれば、その力は回廊である半島に及び、日本の生存は脅かされる。その構図は明治の時代も現在も変わっていない。この構図が見え難い時代が確かにあった。朝鮮戦争終結以降の冷戦時代である。韓国は自由主義陣営の一員となり、その防衛は自由陣営の代表であるアメリカの義務であった。その義務を遂行する為には、38度線が引かれることが大前提であった。38度線は謂わば、人工的な海のように韓国を大陸から隔てた。回廊は遮断された。韓国は共産陣営である大陸から隔てられ、日本と協同する関係にあった。都合よく、日本統治時代に日本に教育されたレベルの高い軍人や官僚たちがいた。日本語ができる彼らに、コミュニケーションの不自由も無かったのである。

国交の回復までには様々の軋轢もあったが、1965年の『日韓基本条約』締結以降の韓国の経済発展は目覚ましく、“漢江の奇跡”とまで言われた。無論、この発展には、韓国の国家予算を越えるような日本の膨大な資金、先進的な技術の提供が与って力があったのである。1963年に制作された『米』という韓国映画がある。時代背景は、朴正熙政権の初期の頃である。病気の女性が、食べたくても一度も食えなかったコメを口にして死んでいく場面がある。それほどに貧しくて、コメも食えない村に豊作が齎されるまでを描いている。水田を開く為に、統治時代の日本が作って置いた測量図を見つけ出すというのが、我々日本人をニヤリとさせる処だろうか。「日本の協力なくしては我が国は発展できない」という韓国人の本音が見えているのだ。この韓国の経済発展を最も象徴するものといえば、1988年のオリンピック開催だろう。「我が国はここまで発展してきたのだ」という自負のようなものがある。それに嫉妬する北朝鮮の反応が、1987年の大韓航空機爆破事件だった。しかし、この翌年の1989年は、ベルリンの壁が崩壊するという冷戦の終結を告げる年となった。昭和天皇の崩御、台湾における李登輝の総統競任、湾岸戦争というめまぐるしい時代の大転換が、冷戦終結と共にあった。李登輝の総統就任は、国民党独裁から脱却する台湾の民主化を象徴する出来事となった。これ以降、目覚ましく進む台湾の明朗化とは反対に、朝鮮半島は民主化とは裏腹の混迷の時代へと突き進むだけだった。韓国人にとっての冷戦終結とはつまり、昔は宗主国であった中国と再び仲良くなることだと理解したのである。中国との国交樹立は、冷戦終結からたった3年後の1992年である。その翌年には、慰安婦問題を巡る、あの河野談話が発表されている。これは、混迷を深め始める半島情勢に、更なる混迷を齎す悪しき事件だった。ともあれ、中韓の国交樹立は、38度線を軽々と越えて、新たなる回廊が朝鮮半島に再生されたという、日本にとっては不吉なる時代の始まりであったのである。あの時代にそれまでの見通しを持った批評家はいるのだろうか? 2015年に中国が開催した『抗日戦争勝利式典』に韓国の朴槿恵大統領(※当時)が出席した時、まざまざと我々はそれを悟ったのである。事大主義の朝鮮は滅んではいなかった。我々は、釜山の港に将来、中国の軍艦がいつでも寄港する時代が到来することを予想できるのである。人工的な海である38度線は今、まさに消えようとしている。

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