【中外時評】 積み残された労働市場改革

第2次安倍政権の発足から5年近くの間に顕著だったのは、人手不足を背景とした雇用の安定度を表す指標の改善だ。政権発足の2012年12月と直近の今年8月を比べると、求職者1人に何件の求人があるかを示す有効求人倍率は0.83倍から1.52倍に上昇。完全失業率は4.3%から2.8%に低下した。しかし、日本が成長する上でカギになる指標は思わしくない。人がどれだけ付加価値を生んでいるかを表す労働生産性は伸び悩んでいる。今年度の経済財政白書によると、1986~1991年のバブル期には時間あたりの労働生産性の伸びが年平均3.8%あったが、2012~2016年は同0.7%に留まる。生産性の低迷を反映し、1人あたり名目賃金の年平均上昇率も、バブル期の3.6%に対し、2012~2016年は0.4%と低い。このままでは、進行中の経済の構造変化を日本の企業が乗り切るのは難しい。労働力の減少は今後本格化する。人工知能(AI)等の技術革新が進む第4次産業革命とグローバル化は、世界の企業の競争を一段と激化させる。どれも企業に迫っている課題は、働き手1人あたりの付加価値を高めることだ。人件費や企業が払う社会保障費を合わせた“雇用コスト”の負担を和らげる上でも、生産性の向上は重要だ。1970年代の石油危機を皮切りに、『プラザ合意』後の円高、バブル崩壊、リーマンショックと、日本企業は人件費削減に追われてきた。だが近年、定年後の雇用継続や非正規社員の待遇改善等、人手不足の深刻化もあって、雇用コストを押し上げる要因が増えている。潮目の変化がみられ、コスト増を吸収して成長できるだけの生産性の伸びが一段と求められている。生産性の向上は、有望分野への経営資源の集中、研究開発の強化、IT活用等、企業自身が動かなければ始まらないのは勿論だ。その上で、政策面で企業が活動し易い環境を整えているかが問われる。

政府の働き方改革では、賃金を職務や成果で決める“脱時間給”や残業規制の制度案が纏まった。これらは時間の効率的な使い方を促し、生産性向上を後押ししよう。しかし、肝心な点が働き方改革は手薄だ。人が柔軟に仕事を移っていける流動性の高い労働市場の整備は進んでいないからだ。人材を社会全体に効率的に配分し、成長に繋げることができていない。『リクルートワークス研究所』によれば、事業活動に活用されていない“社内失業”者は2015年に401万人。2025年は415万人に増える見込みという。総務省の調査では、非正規社員で不本意ながら働いている人が2016年に297万人いた。これらの人たちが自らの力を発揮できる仕事に移れるようになれば、国全体の生産性の底上げが期待できる。大きな問題は、成長産業への人の移動が少ないことだ。同所の調査では、転職者の内、成長率が高い業種に就業した人の割合は2015年に17%、2016年は15.9%と停滞している。成長分野であっても、人材の供給不足で生産性の伸びが鈍る心配がある。実は、流動性の高い労働市場作りは2013年に、政府の規制改革会議の雇用部会が提言している。「能力開発の強化等を通じ、生産性の低い部門から高い部門への労働移動を促すことが重要だ」とした。能力開発は、公共職業訓練を改革する余地が大きい。「失業者が念頭にある教育課程を見直し、在職者が受講し易い短期のコースを拡充すべきだ。自宅で学べるインターネット講座も必要」と、同所の大久保幸夫所長は指摘する。職業紹介の強化へ、民間の人材サービスを活用し易くする規制改革も求められる。ドイツが2000年代に進めた労働市場改革では、職業紹介機関に数値目標を立てさせ、競争を促した。日本のハローワークも、紹介業務の民間開放を進め、競争を起こす必要がありはしないか? 労働市場改革は1つひとつの施策が地味だが、日本の成長力を高める基盤になる。衆院選後、政権の枠組みがどうなるかに拘わらず、疎かにできない課題だ。 (上級論説委員 水野裕司)


⦿日本経済新聞 2017年10月12日付掲載⦿

テーマ : 労働問題
ジャンル : 政治・経済

【Deep Insight】(48) 風化するリーマンの悪夢

アメリカと北朝鮮の応酬には身構えざるを得ない。だが、それ故に、市場には良い影響を齎したかもしれない。先週の世界的な株売りは、投資家がリスクの存在に気付いたことの裏返しでもある。マネーはそれほど寛容だった。大盤振る舞いは、ここ数ヵ月、世界の茶の間の話題もさらっていた。サッカーのブラジル代表・ネイマール選手の移籍金は2億2200万ユーロ(※約290億円)だった。過去最高の2倍以上だ。ジャンミシェル・バスキア作の肖像画は、アメリカの芸術家の作品として最高の1億1050万ドル(※同120億円)で落札された。こちらは予想の2倍弱。世界的なカネ余りの断面だ。市場で起きていることも、その延長線上にある。先ず、機関投資家に資金が押し寄せている。例えば、トムソンロイターによると、世界の買収ファンドに集まった資金は今年の1~7月で3442億ドル。このペースが続けば、過去最高だった2007年の4930億ドルを大きく超える。溢れるマネーを運用しなければならないからこそ、大きなリスクも取る。“ジャンク債”、つまり信用度が極端に低い企業の債券への投資熱は象徴的だ。投資家は、信用度が低い企業に対し、投資の見返りに高い利回りを要求する。アメリカの格付け会社『S&Pグローバルレーティング』によると、2008年のリーマンショックの後には、アメリカのジャンク債の利回りがアメリカ国債より平均17%ポイント以上も高かった。それが今は4%ポイント強だ。投資家はリスクが高い債券を、利回りが低くても買っている。雰囲気は、リーマン危機に至る混乱が本格化する直前の2006年と似ている。「カネはどこにでもある」。同年末、『ゼネラルエレクトリック(GE)』の最高経営責任者(CEO)だったジェフリー・イメルト氏は、こう豪語していた。「資金はいくらでも安く調達できる」という自信だった。投資家は、悪化した条件で投資する以上、正当化する理由が必要だ。“マーシャルのk”が話題になるのも、そんな事情からだろう。「ベストな理論だ」。マーシャルのkを解説したニューヨークのエコノミストに最近、投資家からお礼のメールが届いている。マネーサプライがGDP(国内総生産)の何倍かを示すのがマーシャルのkだ。マネー経済の発達で上昇してきたが、リーマン危機後の世界的な金融緩和で上昇ピッチは増した。急増しているお金が、資産の価格を押し上げる――エコノミストのこんな解説だった。「価格上昇は説明できる」と筆者も思う。但し今は、だ。

「我々は意図的に、史上最大の国債バブルを造ってきた」。イギリスの中央銀行『イングランド銀行』の幹部であるアンドリュー・ハルデイン氏が、危機後の世界的な金融緩和の副作用を激白して話題を呼んだのは、2013年のことだ。国債等を買い続けた結果、日米欧の中銀の資産は当時で危機前の2倍、今では3.5倍に膨らみ、マネーの増加を後押ししてきた。だが今、『連邦準備理事会(FRB)』が金融引き締めを進めている通り、カネ余りと資産価格の上昇を演出した仕組みも終わりが見えてきた。“国債バブル”からの軟着陸は可能なのか? ナスダック総合株価指数の動きも、これからチャート専門家の関心を集めるだろう。近年の急騰の軌跡が、1989年末をピークに急落する日経平均株価と不気味にも重なるからだ。仮に、今後も当時の日経平均を追うとすれば、アメリカのハイテク企業の“株式バブル”は今年末に崩壊する。だからといって、カネ余りの長期化も限界がある。資産価格が上昇しても賃金が増えない傾向が世界的に続き、持てる人々とそうでない人々の格差が社会不安を招く恐れが出てきた。『国際労働機関(ILO)』によれば、世界の実質賃金の伸びは2015年、年1.7%に留まり、2年連続で低下した。問題は、市場がこんな危うさに気が付いているかどうかだ。「“音楽が鳴っている間は踊らなければいけない”という格言もある」。先月、東京の株式ストラテジストが顧客向けにこう述べ、投資の継続を薦めていた。これは2007年7月、アメリカの『シティグループ』のチャールズ・プリンスCEOが、降りるべき投資競争から降りられない危うい心理を吐露した一言だ。反面教師の失言は、10年を経て前向きな格言に変わった。プリンスCEOは、発言の4ヵ月後に損失を計上して引責辞任し、シティは経営危機に突入した。資金力を誇ったGEも2008年には資金繰りに窮し、イメルトCEOは当時のヘンリー・ポールソン財務長官や著名投資家のウォーレン・バフェット氏に泣きついた。そんなリーマン危機の悪夢が風化している。ネイマール選手の移籍金も、ナスダックの高騰も、200年で8回も債務不履行(デフォルト)したアルゼンチンの100年国債に3倍以上の申し込みがあった今年6月の一件も、其々に説得力のある理由があるのだろう。だが、このようなことが何故一斉に起きるのか、マネーがいつまで大盤振る舞いを続けられるのか、自信を持って説明できる人は少ない筈だ。格言ならば、2008年に死去した投資家のジョン・テンプルトンの言葉を筆者は信じる。「強気相場は悲観の中に生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、陶酔の中で消えていく」。楽観の中で、陶酔の芽はちらついている。 (本社コメンテーター 梶原誠)


⦿日本経済新聞 2017年8月18日付掲載⦿

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

【変見自在】 政府なき新聞

トーマス・ジェファーソンの独立宣言草稿には、“奴隷貿易の廃止”があった。奴隷で食っているジョージ・ワシントンらが反対して、そこだけが削られた。そう書くとジェファーソンはとても立派な人に見えるが、それは間違いで、ヴァージニア州の彼の農場には600人もの黒人奴隷が囲われていた。この数字は、アメリカの大統領の中でも突出している。奴隷から生きた歯を抜いて総入れ歯を作っていたワシントンですら、400人しか保有していなかった。その理由は、女奴隷を多く買って子を産ませ、大量に繁殖させていたからだ。彼の言う奴隷貿易廃止は、「輸入奴隷に頼らず、安い国内産の需要を高めよう」という商売っ気にあった。繁殖用奴隷に手を出す白人も多かった。イギリスの捕鯨船長であるへミングスも、ブリーダーの1人であるジョン・ウェルズの持ち物に手を出して、混血のベティが生まれた。可愛いベティに今度はウェルズが手を出してサリーが生まれた。血が薄まったサリーは、「殆ど白人に見え、髪の毛もまっすぐだった」と伝えられる。このウェルズの白人の娘であるマーサが、ジェファーソンの妻になる。9歳のサリーは、マーサ付きの家内奴隷としてジェファーソン家に入り、彼が駐仏大使になった時もパリに同行している。それから10年後、彼が第3代アメリカ大統領に就任した時、いざこざのあった新聞記者のジェームス・カレンダーが、地元紙に「大統領は駐仏大使時代に黒人女中のサリーに男の子・トーマスを産ませた」と報じた。この時代のアメリカには、有色人種との性交を禁ずる異人種間結婚禁止法があった。違反すれば追放か、奴隷に落とされるか、場合によっては死刑さえあった。

モニカ・ルインスキーの比ではない大醜聞だが、ただ、カレンダーの記事は誤報だった。“隠し子のトーマス”はいなかったし、ジェファーソンがサリーを孕ませたのはパリから戻って数年後のことで、その事実は20世紀最後にやっと解明された。カレンダーは自滅し、最後は川に嵌って死ぬが、この偽りの醜聞はジェファーソンの政治生命を十分に脅かした。彼は、新聞の持つ力を早くから評価した政治家だった。「新聞無き政府か、政府無き新聞かと問われれば、躊躇いなく後者を選ぶ」という彼の言葉が残されている。彼はアレクサンダー・ハミルトンと連邦政府の権限について争った時も、『ナショナルガゼット』を丸抱えにして世論を味方にした。その意味で、新聞を議会より強力な政治手段と認めていたが、一方でカレンダーのように、その力を私怨や政治工作に使って、政局を操りかねない危険性も指摘していた。“政府無き新聞”とは、「政府が無くても新聞が世論も政治も動かせる」という意味も含んでいる。実際、ジェファーソンが新聞について語る言葉は正直で厳しい。「新聞で信頼に足ることを語っているのは広告だけだ」「新聞を読む人より新聞を読まない人のほうが教養は高い」「真実でないものならいつでも、いくらでも新聞に載っている」。新聞記者になりたいという学生を説得した彼の言葉が残る。「新聞とは、あらゆる真実を入れると二目と見られぬ醜いものにして吐き出す装置のことだ」。日本にもそんな新聞がある。北朝鮮の核暴走を朝日新聞という装置に入れると、「米国製憲法をないがしろにするな」(根本清樹論説主幹)になる。安倍解散も“森友と加計の疑惑隠し”に変わる。森友の隣地が、辻元清美の世話で倍近い14億円引きになったことは隠し、加計も「首相のお友だちならカネが動いた筈」という根本の邪推だけ。「証拠はいらない。疑惑だ疑惑だと連呼すれば馬鹿な国民は騙せる。政局にできる」と根本は考える。でも、彼が手本にしたカレンダーは、小さな連邦政府論では真面を語っている。根本には、その真面さの片鱗も無いのが悲しい。


高山正之(たかやま・まさゆき) ジャーナリスト・コラムニスト・元産経新聞記者・元帝京大学教授。1942年、東京都生まれ。東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に入社。警視庁クラブ・羽田クラブ詰・夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会部次長(デスク)。1985~1987年までテヘラン支局長。1992~1996年までロサンゼルス支局長。産経新聞社を定年退職後、2001~2007年3月まで帝京大学教授を務める。『高山正之が米国・支那・韓国・朝日を斬る 日本人をますます元気にする本』(テーミス)・『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった!』(ワック)等著書多数。


キャプチャ  2017年10月12日号掲載

テーマ : 報道・マスコミ
ジャンル : 政治・経済

【誰の味方でもありません】(22) 国民食が冷凍ピザの国

夢遊病のように、真夜中にチョコレートを食べるという習性がある。自分では全く記憶に無いことも多く、目覚めると枕の周りが真っ黒で、吐血したのかと驚いた時もあった。実際は、チョコを食べかけて口に銜えたまま寝てしまっただけである。流石に、32歳にもなってこんなことを繰り返していては拙いと、最近はガムテープで梱包したり、態と天井に近い棚に隠す等、チョコ封印作戦に乗り出した。しかし、所詮は無駄な努力。起きると決まって、チョコの残骸が散らばっているのだ。先日は、初めての幻聴を経験した。その日もいつものように、真夜中にチョコレートを食べようとキッチンへと向かった。冷蔵庫からチョコレートを取り出そうとした瞬間である。突如、身体の奥底から「やめて」という声が聞こえたのだ。若しかしたら幽霊かもしれない。慌てて寝室へ戻る。しかし、幽霊がそんな栄養士みたいな指摘をしてくれるだろうか? 恐らく、「チョコを食べてはいけない」という無意識が生んだ幻聴だったのだろう。一安心と思い、チョコを口にして、再び眠りに就いた。チョコレートを本格的に食べるようになったきっかけは、大学時代に交換留学で訪れたノルウェーだ。ノルウェーは、本当に人々が食事に無頓着な国だった。例えば、代表的なノルウェー人の食事はこんな感じ。

朝は各自がパンにチーズやジャムを挟み、サンドウィッチを作る。余分に作ったサンドウィッチを学校や職場に持参し、それがそのまま昼食になる。そして、夜は国民食の冷凍ピザ。「温かい食事は1日に1度あればいい」という発想らしい。尤も、最近は食事情が若干マシになったようで、友人が「社食で温かい料理が食べられるようになった」と大喜びしていた。元々、寒冷な地域で大した食材が無かったことに加えて、男女共働きが当たり前で、“ゆっくり食事を作る人”がいないことが遠因だろうか。しかも、物価が異様に高い国だ。当時はレートも悪く、ペットボトルの水が500円、マクドナルドでセットを頼めば2000円近くするといった有様だった。そんなノルウェーで出会った奇跡が、『フレイア』という会社のミルクチョコレートである。ミルクの濃厚な味わいと、頭痛と胸焼けがするほどの甘さ。日本の市場で受けいれられるかはわからないが、僕が世界で一番好きなチョコレートだ。『デイリーミルク』や『リンツ』等、日本でも買える甘いチョコはあるが、一番はフレイア。あまりにも好き過ぎて、海外輸出の可否を問い合わせたことまである。残念ながら温度管理ができないので、原則として北欧以外の地域には輸出できないとのことだった。ノルウェーに行く機会があったら、黄色いパッケー ジが目印のフレイアのチョコを探してみてほしい。僕もチョコを買う為だけに、冬のノルウェーに行くかを迷っている。一緒にチョコ中毒仲間になりませんか?


古市憲寿(ふるいち・のりとし) 社会学者。1985年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと“承認の共同体”幻想』(光文社新書)・『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』(共に講談社)等。近著に『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)。


キャプチャ  2017年10月12日号掲載

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

【ヘンな食べ物】(57) 激マズ! 謎のインド人の納豆カレー

ミャンマー北部の町・ミッチーナで納豆取材をしていた時のこと。現地でも珍しい“竹納豆”を偶然入手した。知り合いになった納豆売りのおばさんが「お土産に」と言ってくれたのだ。発酵させた納豆を、傷まないように塩と唐辛子と一緒に竹に詰めたという。喜んだ私の直ぐ横に、何故か偶々インド人の経営する食堂があった。「あっ、ここでこの納豆をカレーにしてもらおう!」と思った。以前、どこかで「インドでは納豆をカレーに入れる」と聞いたのをふと思い出したのだ。行き当たりばったりでは右に出るものはいない私は、早速、店に入った。店主らしきインド人(※30代の男性)に、「この納豆をカレーに入れてくれる?」と訊いた。すると、如何にもフレンドリーな感じの店主は、「オーケー、どんなカレーがいい?」とそこまで英語で言うと、いきなり「鶏肉? 豚肉?」と日本語で訊いた。「えっ、日本語を話せるの?」と驚いて訊くと、「ノー。日本語は知らない」と涼しい顔。“鶏肉”と“豚肉”だけ、どこかで憶えたらしい。それにしては発音が正確で、自然な話しぶりのように思えたが。ちょっとヘンな気はしたが、兎も角、鶏肉カレーを頼んだ。しかし、彼が怪しいのは言語だけではなかった。私が竹筒から取り出した納豆を、不思議そうな面持ちで眺めている。「作れるの?」と訊くと、「あっ、大丈夫、大丈夫」と早口で言うのだが、その“大丈夫”は昔、インドで商人やリキシャーの運転手に騙された時に散々耳にした“大丈夫”によく似ていた。そういう怪しいインド人同様、この店主も私が疑いだした途端、急に動きが速くなり、口を挟む隙を与えず、大鍋から作り置きのカレーを掬ってフライパンに入れ、そこに納豆をドカンと投入した。

カレーは予想に反してインド風ではなく、脂っこいビルマ風のようだ。「こんな調理法でいいのか?」と首を捻ったら、それを見透かしたように、彼はくるっと振り向くと、ニヤッとして言った。「結果はどうなるかわかりませーん!」。完璧な日本語だった。「ええーっ、やっぱり日本語を知っているんじゃないか! どこで習ったの?」と訊いたが、彼はポカンとしている。真顔で「日本語は話せないし、習ったこともない」と英語で言う。とぼけている様子でもない。じゃあ、どうしてこんな複雑で非一般的な日本語を、ドンピシャの場面で使えるのか? 英語とビルマ語でいくら問い質しても埒が明かず、どさくさに紛れるように、彼はフライパンの納豆カレーをどさっと皿にあけた。「外国語を“鶏肉”・“豚肉”・“結果はどうなるかわかりません”の3つしか知らない人間が存在するのか?」という異常な謎が残ったものの、兎も角、納豆カレーの試食だ。だが、1口食って気が遠くなった。不味い。劇的に不味い。竹納豆はお土産用である。長期間保存する為に、塩と唐辛子が大量に入っていたのだ。それを味見すらせず、ビルマ風の脂ギトギトで味の濃いカレーにぶち込んだのだから、たまったものじゃない。カレーのルウに納豆をかけて直に食べているような感じだ。気付けば、いつの間にか店主は姿を消しており、若いスタッフがちゃんと1皿分のカレー代金を請求するのだった。何と、これでカネを取るのか! これは今に至るまで、私が食べた中で最高に不味い納豆料理であり、このインド人は今まで世界中で会った中で最も謎に包まれた人物の1人となったのだった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年10月12日号掲載

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

【寝言は寝て言え!】(22) 先に潰れてしまいました

1万円札でお馴染みの福沢論吉は、『学問のすゝめ』の中で「愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においてもこの人民ありてこの政治あるなり」と書いています。要するに、「政治は国民のレベルを反映したものでしかない」ということです。「政治家が悪い」と言っても、それを選んでいるのは国民ですし、安易に風に流されてはいけないなと思う訳です。流石は1万円。伊達に最高額紙幣やっていません。解散総選挙が迫ってきましたから、今一度噛み締めたい言葉です。政界の動きも慌ただしくなっています。恐らく、安倍政権からすると、「野党の足並みが揃わないうちに解散を…」との思いがあったのでしょう。ところが、その予想を上回るスピードで話が展開していきます。その様子は、アメリカの大ヒットドラマ『24』のようです。野党再編の中心にいるのは東京都の小池百合子知事です。最初は顧問で参加等と言われていましたが、結局、国政政党『希望の党』代表に就任しました。希望の党には、『日本のこころ』の中山恭子氏や、民進党を離党した勢力等が結集。更に、その民進党本体も希望の党に合流する見込みになりました。民進党は、前原氏が代表になって間もない状態で崩壊。安倍政権を潰す筈が、自分たちが先に潰れてしまいました。更に、小沢一郎代表の自由党も参加する見込みだとか…。もう闇鍋過ぎて言葉がありません。

無論、希望の党は憲法改正や安全保障政策で篩にかけるでしょうから、強硬に憲法改正反対を訴えていた民進党勢力は、希望の党の公認を得ることができないでしょう。若し仲間に入ってしまったら、それこそ終わりです。希望の党は、「自民党に投票したくないけど、日本共産党が関わるような野党共闘にも投票したくない」という人には受け皿になり得るでしょう。しかし、理念が先行しているようには見えないのです。「私たちにはこういうビジョンがあって、何をやって…」ということより、小池百合子という看板ありきで、選挙に勝てそうだから集まってきた感があります。政策面では、ウケそうなことばかりを実現可能かどうか別にして挙げている印象です。小池知事は、都政において豊洲やオリンピック等、懸案を抱えています。これを片付けずに国政進出とは、不安感しかありません。例えるなら、自分の部屋の掃除と片付けが全く進んでいないのに、もっと大きな別の部屋の片付けにも着手するようなものです。これでは効率が悪いでしょう。この原稿の執筆段階では否定していますが、小池知事が衆院選に出馬しないとも限りません。それこそ節操のない話でしょう。有権者をナメているのかと。無論、評価できる点もあるのですが、やはり色々な勢力を取り込み過ぎて、選挙後に分裂する可能性があります。何となく雰囲気で投票して思い通りにならないと、投票した国民からすると「騙された!」と思ってしまうかもしれません。しかし、それはお門違いではないでしょうか? そうした兆候・本質を見抜けなかった己を呪うしかない。


KAZUYA YouTuber。1988年、北海道生まれ。2012年、『YouTube』に『KAZUYA Channel』を開設。著書に『日本一わかりやすい保守の本』(青林堂)・『バカの国 国民がバカだと国家もバカになる』(アイバス出版)等。近著に『日本人が知っておくべき“日本国憲法”の話』(ベストセラーズ)。


キャプチャ  2017年10月12日号掲載

テーマ : 衆議院解散・総選挙
ジャンル : 政治・経済

【コラム】 民進党分裂、政党政治の否定だ

民進党が希望の党へ事実上合流することを決めた。民主党時代に政権を担った野党第1党が、一夜にして結党間もない新党に身売りするという前代未聞の事態だ。理念や政策を度外視した野合で、政党政治の否定に他ならない。選挙は、政党と政党の理念の戦いだ。衆院選は政権選択選挙であり、各党は理念や綱領に基づいた政権公約を有権者に訴える。その上で、多数を握った政党が与党となり、選挙で掲げた政策を実現させる。野党もまた、選挙で支持された理念を基に対案を示す。それが政党政治だ。過去にも、“大義無き解散”・“選挙目当ての公約”等の批判が飛び交った選挙はあった。しかし、これほど露骨な“当選ファースト”は、たとえ政権交代が目的であっても限度を超えている。希望の党の政策は、消費増税凍結や原発ゼロといった大衆迎合的な項目が並ぶ。消費増税凍結は、これまで民進党が掲げてきた政策と食い違うし、安全保障政策を巡っても主張は相反する。民進党最大の支持団体『連合』には、電力会社の労組も有力組織として加わっており、原発ゼロには異論があるだろう。こうした課題をきちんと整理せず、選挙が終わってから考えるというのでは、政党政治家として無責任だ。希望の党側も、資金や候補者の手っ取り早い供給源として民進党を捉えているならば、政権選択選挙である衆院選をあまりにも軽く考えていないだろうか? 2009年衆院選では民主党が自民党から政権を奪取したが、準備不足から政権運営は迷走した。今回のドタバタ合流による準備不足は、その比ではない。“新党ゲーム”で国民を翻弄することは許されない。希望の党は、実現可能で具体的な政権公約を早急に示すべきだ。 (政治部長 前木理一郎)


⦿読売新聞 2017年9月29日付掲載⦿

テーマ : 民進党
ジャンル : 政治・経済

【霞が関2017秋】(03) ネット・テレビの同時配信、飛びたてぬ人々と逃す魚

長雨続きだったこの夏、テレビ業界に晴れ間がさした。8月下旬に日本テレビ系列で放送された恒例の『24時間テレビ』。番組中のマラソンランナーに選ばれたのは、お笑いタレントのブルゾンちえみさんだった。制作側は、番組が始まっても誰が走るのかを隠し続ける異例の対応をし、視聴者の飢餓感を煽った結果、瞬間最高視聴率40%を叩き出した。「さすが日テレさん」と、他の民放関係者はSNSで呟いた。テレビ離れ加速の中での復権の兆し。確かに、放送業界では明るい話題として迎えられたが、将来像まで見渡した時には万歳三唱と言い切れるのだろうか? インターネットで話題を作り、番組を見てもらうというやり方は、以前から使われていた伝統的手法。それで視聴率を上げるという発想は、今も国内の放送局が「視聴率頼み・広告頼みの経営スタイルが通じる」と信じていることの裏返しである。出演者や制作陣を個別に攻撃する意図は無いが、伝統的手法に基づく成功例が、放送の新しいビジネスモデルに向けた意欲を下げる可能性は大いにある。新ビジネスモデルの象徴は、テレビ放送をインターネットで同時に配信する“常時同時配信”であろう。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、常時同時配信を整備し、世界に誇る放送インフラを作り上げる――。大きな目標が掲げられているが、足元では“勢いよく飛び立てぬ人々”・“踏ん切りつかぬ人々”ばかりが目立つ。先ず民放各社。通信インフラや著作権管理等に関するコスト増を強烈に警戒する。勿論、その裏には、「インターネット配信が主流になれば、テレビ離れを一段と加速させ、CMを見てもらえなくなる」という危機感が横たわる。広告依存モデルから脱する踏ん切りはつかない。

続いてNHK。東京オリンピックを見据え、多額の受信料収入を基に配信技術を開発する絵を描き、最も前のめりだったが、自らブレーキをかけ始めている。所謂“インターネット受信料”の構想と思いを先行させた結果、民放から「官業肥大化だ」との反発も受けた。では、行司役で、放送行政を担う総務省の姿勢はどうか? 放送と通信の融合は、予て同省が掲げてきた推奨ビジネスモデルだが、様子見を決め込む姿ばかりが目立つ。事業者同士の調整だけでは、時間ばかりが過ぎていくのは明白。音頭を取るべき局面に来ている筈なのに、どうも腰が重い。テレビ文化には、確実に地殻変動が起きている。「2歳の息子はテレビは見ない。タブレット端末で動画投稿サイトのYouTubeばかり見ている」。総務省の中堅職員は苦笑する。同省でブログを持つある幹部は、毎週のように動画配信『NETFLIX』で視聴した連続ドラマの感想を綴る。総務省の情報通信白書によると、2016年のテレビのリアルタイム視聴時間は1日平均で168分と、4年で17分縮小した。10歳代に限ると、1日平均89分に落ちる。こういった層が将来、広がってくるのは目に見えている。海外を見てみれば、特にアメリカでは一気に時代が進んでいる。ABC・NBC・CBS・FOXの4大ネットワークは今春、『YouTube』での常時同時配信に踏み切った。放送局は最早、視聴率頼みのスタイルから離れ、兎に角、視聴ニーズに沿った提供を急ぎ、新たなビジネスモデルを開拓しようと逸早く踏み出している。進まない国内の常時同時配信の議論。少なくとも、一時の成功例に捉われ、「まだまだ視聴率を上げて広告で稼ぐことが通じる」という考えが染みついていると、日々変化しつつある視聴スタイルに追いつけなくなる。そして、変化・変革を恐れる企業と行政には、いつも“ガラパゴス”という不名誉な肩書きがついてくる。 (秋山文人)


⦿日本経済新聞電子版 2017年10月10日付掲載⦿

テーマ : テレビ・マスコミ・報道の問題
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【オトナの形を語ろう】(43) ギャンブルの根と快楽にはどんな関係があるのか?

では、先週の終わりに話したギャンブルの“根”にあるものについてだ。ギャンブルの目的が金を得る為だけなら、ギャンブルを選ぶのは間違いである。この頃、週刊誌に確実に勝てるように宣伝して、馬券の伝授をするものがある。これは別に今に始まったものではなく、昔からコーチ屋・馬券師・車券師等と呼ばれる商売が、専門職としてあった。単純に考えれば、「そんなに的中するのなら、自分で買えば一番儲かるんじゃないか?」と思われよう。仰る通りである。しかし、彼らは自分では金を賭けない。何故、彼らは買わないか? 自分で賭けないか? それは、ギャンブルが持つマイナスのリスクのほうが、プラス、即ち勝つ確率より、遥かに高いし、果てしなく広い領域だからだ。プロはその大前提を知っているからである。例えば、1頭の実力が抜きん出た馬が出走していて、他馬と比較して、先ず負けることはなかろうという状況がある。こういうレースを“鉄板レース”と呼ぶ。紙ではなく鉄板だから破(敗)れることはないというのだ。別の言い方では“銀行レース”とも呼ぶ。銀行くらい堅実という意味だろう(※今は銀行ほど危険なものはないが)。ところが、その馬が勝つとは限らないのがギャンブルである。そんなレースはこれまで山ほどあったし、これからも続くのがギャンブルである。作家の菊池寛は、それを“競馬に絶対無し”と格言にした。

99%の確率が1%のほうに転んだ。「そんなバカな…。99%だったんだぜ」。ここで負けた側が気付かなくてはならないのは、ギャンブルを数字で表すと、1つしかない。それは、“オールオアナッシング”だけである。勝つ側は100%で、負けた側は0%なのである。99対1ではなく、100対0だけなのだ。ただ、私は馬券を伝授したり、当たり目を教える商売や、そういう仕事をする人たちを否定したりはしない。それでビジネスになるのなら良いと思う。彼らもまたギャンブルをしているのだから。どのサイト、どの人を選んで買い目を決めるのかというのもギャンブルである。金儲けが目的なら、ギャンブルより他に方法はあるだろう。小銭が欲しければ、手を汚せばいいだろうし、大金が望みなら、どっぷり心身を汚す覚悟で、日々、金のことだけを考えて生きればイイ。では、「ギャンブルは金を増やす以外に何があるのか?」と読者は言いたくなるだろう。その答えは、ギャンブルの中にある。其々の種目によって、その面白さは違っているが、ギャンブル好きが、ギャンブルから離れないのは、偏に快楽・愉楽を得られるのを知っているからである。「その快楽はどんな快楽?」「どういう風に気持ちがイイんでしょうか?」と知りたいだろうが、この快楽は様々な形で、1人ひとり、皆違っている。「セックスで得る快楽と同じものですか?」。そう変わらないだろうし、少し違ってもいよう。

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【劇場漫才師の流儀】(08) コンビ芸人を長く続ける秘訣とは!

コンビ芸人を長く続けるのって大変なんです。昨年、解散した『ハリガネロック』のユウキロック君が『芸人迷子』(扶桑社)という本を出して、その中で相方への不満を書いていたみたいだけど、そら、皆、不満はありますよ。思い通りにいかんと“隣の芝生は青い”で、他のコンビがよく見えたり、「俺は頑張っているのに…」と思ったり。でも、ハリガネロックはいいコンビだったし、全く売れないなら兎も角、彼らは人気あったからね…。コンビを続ける秘訣は、先ず我慢かな。才能があるヤツからすると、相方が怠けているように見えたりするんです。紳ちゃんも、「竜介は頷くだけで全然漫才できへん」って笑いながら愚痴っていたことがある。でも、2人の師匠が「竜介が『ほー』『はー』しか言わへんから、お前が自由にできるんやないか」と仲を取り持った。また、『爆笑問題』には、立川談志師匠が太田君に「田中は“日本の安定”だぞ。だから絶対切るなよ」と言ったそうです。僕らもコンビを組んで1年もしないうちに仲悪くなりました。その時は、阪神クンが歩いているだけで腹立つんです。「何で歩いとんねん!」と(笑)。一度、空港のレストランで阪神クンがクチャクチャ音を立てて食べるから、「音を立てんと食べ!」と大喧嘩になったことがあった。想像つかんでしょうけど、阪神クン、切れたら凄いんです(笑)。

僕に「アホンダラ! ボケ! カス!」って凄い迫力で。それでも何故、コンビを辞めなかったのかといえば、僕ら最初から売れていたんで、辞めようにも辞められんかった。それと、「もう我慢も限界や」という時に丁度『上方漫才大賞』やら賞をもろうたりしてね。そしたら、「もうちょっと頑張ろうか」となる。コンビにとって一番仲直りできるのは、新ネタをやってウケた時ですね。直ぐ仲直りできる。阪神クンとの仲が最悪だったときでも、新ネタがウケるとそれで1~2週間は持ちましたね。団体スポーツでは“勝ちが最高の薬”とかいいますけど、芸人もウケている時は何でも上手くいく。コンビは仕事が鎹なんです。ただ、ここ20年くらいは全く喧嘩していないですね。仲ようなったんは、阪神クンが離婚した頃かな(笑)。「離婚したいねん」「彼女もおんねん」と真剣に相談されて、「1年くらい逃避行したい」と言い出したので、僕が「わかった。ほな、待っているよ」と言って。僕は阪神クンから真剣に相談を受けたことなんて無かったから、それが嬉しかったし、向こうも僕のこと「優しいとこあるんやな」と見直したんちゃいますか。年取ってくると、相手を許せるようになるもんです。横山やすし師匠は4回も5回も相方を変えはったそうですが、僕は相方を変えようと思ったことは一度も無い。いい相方と巡り合えたことは、強運と言えるかもしれません。


オール巨人(おーる・きょじん) 漫才コンビ『オール阪神・巨人』のボケ担当。1951年、大阪府生まれ。大阪商業高校卒業後、1974年7月に『吉本新喜劇』の岡八朗に弟子入り。翌1975年4月に素人演芸番組の常連だったオール阪神とコンビを結成。正統派漫才師として不動の地位を保つ。著書に『師弟 吉本新喜劇・岡八朗師匠と歩んだ31年』・『さいなら!C型肝炎 漫才師として舞台に立ちながら、治療に挑んだ500日の記録』(共にワニブックス)。


キャプチャ  2017年10月16日号掲載

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