【シンゾウとの距離・改造前夜】(05) 稲田朋美…庇護が生んだ痛手

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「撤回と謝罪をしたほうがいいな」――。首相・安倍晋三(62)の声は、意外にも落ち着いていた。先月27日の東京都議選の応援演説で、「自衛隊としてもお願いしたい」と発言した防衛大臣の稲田朋美(58・右画像)。「自衛隊の中立性を損ないかねない発言」とメディアが一斉に報じたのを受けて、慌てて連絡を取ったのが安倍だった。選挙期間中というタイミングでの稲田の不適切発言で、野党は罷免を要求。与党内からも資質を疑問視する声が相次ぐ。来月に予定する内閣改造・自民党役員人事では、稲田の防衛大臣続投を予測する声は最早、党内で皆無となりつつある。昨年8月の防衛大臣就任後、稲田には過酷な日々が続いた。土日返上で官僚から政策の説明を受け、週1回だった国際情勢の報告も毎日させるようにした。「いつでも出られるよう、寝室の横に服を揃えているの」。緊迫度を増す北朝鮮情勢への対応にも追われた。そんな中で今年2月、最大の試練が襲う。南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題だ。“廃棄”と説明していたデータの存在が発覚。稲田自ら事実関係の把握に乗り出したが、自らの知らないところで“存在しない”筈のデータ残存や組織的な隠蔽が、次々と報じられた。「未だ何か出てくるの?」。強気だった稲田も、流石に25万人規模の実力組織である自衛隊の統治への不安を漏らすようになった。

首相周辺から「防衛省が大臣の足を引っ張っている」と同情論も出たが、稲田の下でどこまで原因究明できるかも焦点となる。風当たりの強さは、当選4回ながら防衛大臣に抜擢されたことへの嫉妬とも無関係ではない。防衛大臣の前は党三役である政調会長、その前は行政改革担当大臣を務めた。「一貫して重要ポストに居続けられたのは、偏に安倍の庇護があったから」というのが、永田町の一致した見方だ。稲田と安倍との出会いは2005年に遡る。当時、党幹事長代理だった安倍が、保守派の弁護士だった稲田を若手の勉強会に講師として招いた。靖国参拝問題等に鋭く切り込む稲田に一目惚れした安倍が、同年の郵政選挙の刺客候補として口説き落とした。「安倍さんがいなかったら私は政治家になっていません。思想信条はほとんど一緒」。週刊誌のインタビューで、稲田も安倍との関係をこう語っていた。安倍は、出身派閥である細田派の後継“四天王”の1人に必ず挙げる。「初の女性首相候補に育てようとした」との見方は多い。「表情はしおらしく見えるから攻め易いが、内面はそうじゃない。攻撃側になると元気になるんだ」。安倍の稲田への評価は高い。防衛大臣への抜擢も、安倍の期待あってのことだった。それだけに、稲田も安倍の期待に応えようとしてきた。政調会長時代、自ら「政治家なら誰でも首相を目指す」と公言したのも本心だった。各省庁等との勉強会を積極的に主催。“ポスト安倍”を意識し、政策の幅を広げて、“保守”一枚看板の政治家からの脱却を試みようとした。「色んな事を急いでやり過ぎてきた」。四面楚歌となる稲田は最近、周囲に吹っ切れた一面も見せる。稲田と親しい自民党中堅も、「議員としての幅を広げる丁度良い機会だ」と、次に備えるべきだとアドバイスする。それでも、安倍の口から稲田を批判する声を聞いた議員は少ない。安倍政権内では数少ない財政規律派である稲田には、財務省内にもファンが多い。試練となった防衛大臣。次に繋げられるかが問われている。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年7月19日付掲載⦿

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【シンゾウとの距離・改造前夜】(04) 石破茂…モノ言い強める無役

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東京都議選が投開票された今月2日の夜。前地方創生担当大臣の石破茂(60・左画像)は、鳥取市の自宅でテレビを見ていた。「やっぱりな」。20時に始まったテレビの開票速報は、自民党の獲得議席が過去最低の38を下回る予想を伝えていた。選挙期間中、連日のように都内で街頭演説に立った。聴衆から野次を受けることも多く、自民党への猛烈な逆風を肌で感じた。開票前に首相の安倍晋三(62)が財務大臣の麻生太郎(76)らとフランス料理店で食事していたことを知ると、「党の公認候補が当選を祈っている時に高級フレンチか。これでは候補者が立つ瀬がないな」。憤りを覚えた。昨年8月の内閣改造で、閣外に出る道を選んだ石破。安倍とはこの時に電話で入閣を固辞して以来、一度も話をしていない。「政権中枢と近いほうがポストは得られることはわかり切っている。でも、いざという時に俺がものを言わなかったら、自民党はどうなるんだ」。優等生のようで面白みに欠けるとの見方も永田町に多いが、都議選ショックを受け、徐々に舵を切り始めた。都議選後の10日間で受けた新聞やテレビの取材は10を超え、露出作戦を強める。無役は自由な半面、世間の注目度が下がる悲哀も味わう。テレビの出演料や講演料で構成される“雑所得”は、2016年で548万円と、前年の4割程度の水準に落ち込んだ。

2012年の自民党総裁選の決選投票で安倍に負けた時点では、党内の誰もが石破を“ポスト安倍”の最右翼とみた。石破派は今19人。身内を数えると、来年9月に見込む総裁選で、出馬に必要な20人の推薦人を確保できるかはぎりぎりだ。石破はどんな戦術を描くのか? 「総理と全面対決だ」と息巻くのが憲法改正だ。安倍は9条の1項と2項を維持したまま、自衛隊を憲法に明記する案を提起。石破は「戦力不保持を定めた2項の規定と矛盾する」と指摘するが、首相提案への反対論は党内で広がらない。「多くの人がおかしいと思っているのに、総裁の意図がそこにないと思って何も言わない」。石破は「戦争で大変な思いをした人たちがいる間に改正したい」と、早期の改憲そのものには賛成の立場を取る。問題視するのは、“2020年に新憲法施行”との日程が先行する議論だ。「機運が高まった今を逃せば、改憲は永遠にできなくなるかもしれない」とのジレンマも抱える。安倍との徹底抗戦を進言する周囲の言葉に、「これ以上、どう声高に主張すればいいんだ」とこぼす。地方行脚も続ける。2012年の総裁選では、地方票で安倍を上回った。だが、4年以上も安倍政権が続くと、地方の支持も安倍に靡く。「第1次政権の退陣後、安倍さんは半ば謹慎状態で露出度が低かった。だから地方票で上回れたが、5年前と今では全く環境が違う」と周囲に漏らす。石破が“ポスト安倍”を射止めるには、先ず安倍批判層の受け皿にならないといけない。だが、徹底した安倍批判の戦術は嫌う。「3選の阻止なんてしない。安倍さんがやるべきことをきちんとやってくれるなら、それで良いんだ」。次の総裁選へ勝機を探るが、安倍との違いを明確に、自分の政策の旗印を掲げて“安倍降ろし”を仕掛ける訳ではない。アベノミクスに警鐘を鳴らす財政規律派の勉強会に参加する等、首相官邸を牽制する動きはみせる。党内には「中途半端で評論家的な言動」と冷ややかな見方もある。無役の戦いは、“出口”が見えないままだ。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年7月17日付掲載⦿

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【ビジネスとしての自衛隊】(11) 中印戦争でのインドが教訓…対決姿勢を示す前に中国の意図を見抜け

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現在、日本と中国の安全保障関係を見ると、1962年10月から約1ヵ月間、中国・インド間で大規模な武力衝突となった中印戦争が浮かんでくる。同戦争が勃発する前の状況が、現在の日中間の状況に非常に似ている為だ。中印戦争の結果はインドの惨敗であり、しかも同国の国際的地位の凋落を招いた。日本では、中印戦争を「平和愛好国家インドに対し、領土的野望に駆られた中国が一方的に侵略した」と理解されがちだ。しかし、実態は大いに異なる。先に手を出したのはインドだった。中印間の領土と主権の問題は20世紀初頭、中華民国と大英帝国領インドの時代が発端であり、当時も未解決状態だった。主権問題はチベットを巡ってのものであり、領土紛争は主として東部・西部地域で発生していた。1957年、西部の係争地域に戦略道路を忽然と建設したのは中国だった。そして、東部地域の両国暗黙の境界線を越えて軍事力を展開し、発砲したのはインドだった。更に、1959年にチベットのダライ・ラマ14世がインドに亡命して以来、インドは一貫して彼の亡命政権を庇護した。これは、中国側の尺度に照らせば、近代中国革命の命題たる“中華天下恢復”を根源的に脅かすものだった。即ち、“中華の分裂”をインドは扇動したことになる。インドの一連の行為は、中国側からすれば武力行使を発動できる要件を満たしたのである。このような中国側の意図を理解せず、ジャワハルラール・ネルー政権は武力行使を開始した。だが、結果的に軽率で無謀な軍事・政治的判断に対する代償を払うことになった。19世紀半ば以降、中国は欧米列強の侵略を受け続けた。それは、伝統的世界システムであった冊封体制の否定を意味した。畢竟、中国人の数千年に亘る価値観・秩序観が全面否定された。中華天下が崩壊するという危機である。

中華天下の崩壊を阻止し、中国的価値観を外国に再認知させることこそが、清朝末期の改革運動から始まる近代中国革命の根源的命題となった。領土を欧米列強と日本に簒奪され続けたことが、大衆にとって革命の象徴となり、近代中国の領土観に連接することになった。このような命題の達成は中国国民党(国民党)が継承したが、同時に中国共産党(共産党)も継承した。つまり、「中華天下恢復の主導者は誰か?」という正統性を巡る闘争こそが、国共関係の本質といえる。現在、尖閣諸島を始めとする中国の紛争地域は全て、国民党が自国領域と定めた空間で発生している。であれば、国民党が領有を主張する空間を放棄することは、近代中国革命の主導者たる正統性の自棄、つまり中華天下恢復という命題を自ら捨てることと同じ。それは、中国人である以上、共産党にとっても絶対に許容できないことなのだ。共産党の建国理念は、上述した中華天下恢復に収斂する。中国の軍事力は、この命題をどう達成するかだ。従って、中国は建国以来、核戦力を始めとする国防力建設に邁進してきた。同時に、国防力の現代化の為の資金を捻出する為、改革・開放政策を貫徹してきた。現在では、経済発展の防護も軍事力の使命となっている。中国の思考に従えば、国家の生存と社会・民族の安全を失えば、安定的経済活動など夢想に過ぎない。だからこそ、国家防衛が優先されるのである。中国の軍事戦略の原則は“積極防御”であり、これは揺らぐことがない。そこでは、中華天下恢復を妨害する覇権主義(=アメリカ)が最大の脅威となる。尤も、中国はアメリカとの軍事力を始めとする国力の格差を十二分に自覚している。また、国家的発展の実現の為には、アメリカとの軍事的対決を自ら望んではいない。それは、中国市場での優位を確保することを国策としてきたアメリカにとっても同様だ。両国は経済分野のみならず、軍事分野でもしばしば密接な協調関係を築こうとしているのは、この為である。実は、このような流れと構造を観察・理解しなければ、中国の軍事活動の本質と方向性は見えてこない。海洋問題をこの構造から見ると、南シナ海ではアメリカのシーレーンの管制によるアメリカ軍の軍事行動の抑制が、中国側の目的となる。その抑制の下、アメリカとの交渉で優位を確保しようとしている。なお、南シナ海は中国経済発展の大動脈でもある。シーレーン防護の為にも、国民党が設定した九段線の継承は必須だ。東シナ海と北西太平洋では、前述の戦略が破綻してアメリカの進攻が現実化した場合、そのアメリカ軍兵力を如何に減らすかが目的となる。従って、中国の軍事力は、同海域では所謂第一列島線を突破して日本南方海域へ展開し、アメリカ軍部隊の進攻を遅らせることを企図する。その間に国家的意志決定システムを疎開する等、持久戦態勢に移行させる。

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【シンゾウとの距離・改造前夜】(03) 岸田文雄…時機を探る慎重居士

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「次の総裁選、出るつもりなの?」――東京都議選で自民党が惨敗した直後の首相官邸。外務大臣の岸田文雄(59・左画像)は、首相の安倍晋三(62)から予想外の質問を受け、面食らった。自民党総裁選は来年9月。不意を突かれた岸田は、「出ない、出ない。出る訳ないじゃないですか」と繰り返した。安倍が何故、直截に尋ねたのか、真意はわからない。都議選惨敗で“安倍1強”が揺らいだ局面で、安倍が岸田を意識したことは確かだ。岸田の本音はどうなのか? 今年1月には、「安倍首相時代の後、何ができるか考えたい」と表明した。安倍と直接戦う訳ではない。政権を支え、3選を目指す安倍が退任した後に、“首相の座”を狙うのが基本戦略だ。今月4日、岸田が率いる政策集団『宏池会』の創設60年を記念する会合。岸田は、「今の経済政策における格差といった負の側面に適切に対応」「権力を謙虚に使うことが国民から信頼を得る」と語った。政権批判ともみえるが、ポスト安倍を争う石破茂(60)ほど舌鋒は鋭くない。「もっと踏み込むべきだ」。岸田派内では、若手から不満もある。一方で岸田周辺は、「発信できるギリギリ限界の線」と話す。2012年に第2次安倍政権が発足して以来、岸田は外務大臣で安倍を支え続けてきた。「安倍内閣の一員として政権を支えるのが役目」を口癖に、波を起こさずに来た。

嘗て4人の宰相を輩出した岸田派も、今は党内第4派閥。トップを窺うには、安倍を支える最大派閥の細田派や、財務大臣兼副総理の麻生太郎(76)が率いる第2派閥の新麻生派に気を配らねばならない。麻生が宏池会の流れを汲む勢力の結集に動いた際、岸田は合流を断った。主導権を握られたくないのは当然だが、周辺では「最大派閥の細田派とは喧嘩しない」との意見もあった。慎重居士の岸田の淵源は何か? 岸田周辺は、17年前の“加藤の乱”を挙げる。嘗て宏池会を率いた加藤紘一(※故人)は、当時の首相・森喜朗(80)に反旗を翻し、失脚した。首相の座に最も近い位置にいながら勝負を急ぎ、全てを失った。加藤側近の若手で加藤の乱に関わった岸田は、政治の厳しさを間近で見た。当時については、今も「政治家としての生き方に様々な影響を与えた」と話す程度。多くは語らない。安倍は今年4月の岸田派パーティーで、「岸田さんももっと上を目指してほしいが、もう暫く我慢してほしい」と語った。1強維持へ岸田は取り込み続けたい。来月初旬に迫った内閣改造・党役員人事。岸田は周囲に「党務をしたい」と話してきた。存在感を示すには、外務大臣とは違う立場や自由度が欲しい。岸田周辺からは幹事長職への期待の声もあったが、二階俊博(78)の留任が固まった。「政調会長を取りましょう」。今月11日夜。岸田派若手は焼き肉を囲んだ岸田を焚き付けた。「そんなに甘くない」。岸田は笑って受け流した。政調会長か総務会長か、それとも――。「安倍政権にいるからポスト安倍なんだ。閣外に出たら只の人だ。よく考えろ」。安倍に近いベテラン議員は最近、岸田に外務大臣続投を促した。岸田は迷っていたという。13日午後。岸田は官邸に安倍を訪ねると、「引き続き政権を支えます」と伝えた。「どういう展望を持っているか、よくわからない」。安倍に近い閣僚の1人は14日、岸田を評した。主義・主張が必ずしも近いとは言えない安倍を支えながら存在感を示そうとする戦略が、抱える宿命だ。内閣改造後、岸田の視界は晴れているだろうか? 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年7月15日付掲載⦿

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【シンゾウとの距離・改造前夜】(02) 麻生太郎…絶対的な“ナンバー2”

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東京都議選から一夜明けた今月3日、副総理兼財務大臣の麻生太郎(76・右画像)は、自民党旧山東派等と合流し、麻生派の新たなスタートを切った。嘗て20人足らずで党総裁選に麻生を出馬させるのがやっとだった派閥は59人と、首相・安倍晋三(62)の出身派閥である細田派に次ぐ第2派閥になった。「野党が力を失う中、党内で2つ以上の大きな派閥が政策論争しなければ、政治に活気を取り戻せない」というのが麻生の持論。「人数に興味はない」とも語るが、他派閥からは「“ポスト安倍”に愈々動き出したか」との声が漏れる。「首相ってのは大変なポストだ。相当な準備が必要。俺はやったことがあるからよくわかる」。麻生は周囲に、「今、その準備をする気は無い。俺が安倍を支える」と話す。麻生にとって、今の派閥拡大は安倍を支える手段。副総理という地位に加え、“数”も手に入れ、政権の“絶対的なナンバー2”の立ち位置を得た。安倍も麻生を頼りにする。ドナルド・トランプ政権での日米関係の見晴らしを良くしようと新設した『日米経済対話』。安倍は日本側トップに麻生を指名した。4日に閣議決定した各省人事では、外務審議官に山崎和之(56)、経済産業審議官に柳瀬唯夫(55)を起用。財務官の浅川雅嗣(59)を続投させた。各省で経済対話の司令塔となるポストに就くのは、何れも麻生の首相時代の秘書官だ。

首相を退いて8年。2012年12月の第2次安倍政権発足から副総理として安倍を支えてきた麻生は、次の内閣改造でも留任の公算だ。ポスト安倍時代もキングメーカーとして影響力を持つ可能性が出てきた。気になるのは、最近感じる党内の嫌な空気だ。絶対的なナンバー2であればこそ、安倍政権が突如、瓦解するような事態になれば、首相のポストが麻生に巡ってくる可能性も高まる。それを警戒する声が俄かに広がる。麻生は、同じ旧宮沢派を源流とする岸田派との合流を探ったが、同派を率いる外務大臣の岸田文雄(59)は、麻生主導の色が濃いことを嫌気して、距離を置いた。前幹事長の谷垣禎一(72)は、自身の自転車事故で入院中に、谷垣派から新麻生派に合流する議員が出たことを知り、病院のベッドで「俺の寝首を掻く気か!」と声を荒らげたという。こうしたムードは、安倍を取り巻く盟友関係にも伝播する。中でも、麻生と官房長官の菅義偉(68)との間合いに耳目が集まる。神奈川県に18ある衆議院小選挙区の内、半数超の10人の衆議院議員が麻生派の所属となった。菅は何も言わないが、周囲は「気にならない筈がない」とみる。麻生にとっても、党内の若手無派閥議員と会食を重ねる菅は気になる存在に映ってくる。麻生が気にするのは、他でもない安倍だ。疑念を生まぬよう、派閥拡大にあたり仁義を通した。「(安倍に)対抗する意図は無い」と説明する麻生に、安倍は「いいんじゃないですか。どんどんやって下さい」と応じた。その安倍も昨年、76歳になった麻生に尋ねた。「西ドイツのアデナウアーは、73歳で首相になって14年務め、辞めて数年後に死んだ。そういう人生って幸せなんでしょうかねぇ?」。麻生が再び首相を狙うのか、探る気持ちはあるようだ。「政権を内部から蝕むのは、いつも互いの疑心暗鬼だ」。安倍の周辺は口を揃える。都議選惨敗で“安倍1強”に陰りが見え始めた今、中枢の些細なすれ違いすら政権内のバランスを崩す芽となりかねない。政権中枢への視線が厳しくなる時こそ、盟友関係の真価が問われる。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年7月13日付掲載⦿

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【シンゾウとの距離・改造前夜】(01) 菅義偉…ポスト安倍の渦中

8月の内閣改造・党役員人事や、次期衆院選のキーパーソンと首相との関係を描く。

20170803 01
「政権運営には影響しない」――。東京都議選の自民党惨敗から一夜明けた今月3日。官房長官の菅義偉(68・左画像)は、周囲にこう言い切った。党内の動揺を収める為に言ったのか、本心からそう思っているのかは定かでない。菅の発言は常に耳目を集める。都議選後、党内でぴたりと止まった噂がある。来月の内閣改造・党役員人事での“菅幹事長”構想だ。「本人も乗り気だ」との風聞が実しやかに流れていた。結局、首相の安倍晋三(62)が9日、菅の官房長官留任を表明した。「怪文書みたいな文書だ」。菅は5月の記者会見で、学校法人『加計学園』の獣医学部新設を巡って、“総理のご意向”等と記した文書の存在を否定した。安倍に火の粉が降りかからないよう、防衛ラインを遠くに設ける戦略だった。これが裏目に出た。文部科学省の“岩盤規制”に焦点が当たらず、文書の存否に関心が集中。その後の文科省の追加調査で文書が発覚し、菅は“怪文書”発言の修正を迫られた。都議選敗北の一因とも言われた。2012年12月、安倍の首相再登板のレールを敷いたのが菅であることは、衆目が一致する。2014年11月、安倍が前回衆院選から僅か2年で衆議院解散を断行し、圧勝に導いた背後にも、菅の進言が囁かれた。この“小刻み解散”は、「いつ衆議院解散に打って出るかわからない」という議員の恐怖心理に結び付き、安倍の求心力が増した。その後、「政局に不安の芽がある」とみれば、安倍と菅は解散風を吹かせ、その芽を摘む手法を取った。野党や党内の非主流派に付け入る隙を与えない政局運営は、安倍と菅の二人三脚の賜物だ。

問題は次期衆院選の日程だ。安倍の悲願である憲法改正と、3選がかかる来年9月の党総裁選が複雑に絡む。都議選での大敗により、組み立てが難しくなった。衆議院議員の任期は同12月。改憲の発議に必要な3分の2議席を持つ衆議院の議席を減らす危険性を嫌えば、衆院解散は来年の通常国会閉幕後になる。この日程は限りなく任期満了になり、“追い込まれ解散”のリスクが高くなる。2009年8月、当時の民主党に政権交代を許した衆院選を想起させ、自民党内には慎重論も少なくない。菅をみる党内の目は、安倍の支え役としてだけではない。菅が薫陶を受けた梶山静六は、官房長官として仕えた橋本龍太郎が1998年に首相を退陣すると、自民党総裁選に出馬した。次の小渕内閣で官房長官を務め、“陰の総理”と称された野中広務(91)は、2001年の党総裁選で待望論が浮上した。「霞が関の政策と人事を仕切る官房長官を1年もやれば、『自分が政権を動かしている』という思いに駆られる」。官房長官経験者の弁だ。ポスト安倍の本命が不在という事情もあり、菅がいくら打ち消しても首相への意欲を勘繰られる。「毎月やろう」。菅は今春、自身を支持する参議院の無派閥議員の会合で、こう呼びかけた。半年や3ヵ月間毎に開いていた会合の頻度を上げた。5月には、秋田選出の衆議院議員・御法川信英(53)が麻生派へ加入する意向を伝えると、菅は「同じ秋田じゃないか」と冗談めかして翻意を促した。“派閥”活動の目的は、来年の党総裁選での無派閥議員の“安倍票”固めだが、永田町でそれを額面通りに受け止める空気は無い。菅が纏める“安倍票”は、安倍が首相を辞めれば“菅票”にもなり得る為だ。「安倍政権を作った」との自負がある菅は、安倍後を語りたがらないが、その菅もポスト安倍の渦中にいる。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年7月12日付掲載⦿

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【政治の現場・区割り改定】(03) 奈良・三重…“難敵”前に調整難航

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「ずっと『奥野を』と訴えてきたのに、次から変わってしまうのか?」――。『広陵町奥野会』会長の竹村恵史(69)が、不安げに問うた。自民党衆議院議員の奧野信亮(73・当選4回)は、「いや、未だ何も決まっていないよ」と慌てて制した。奈良盆地に遠く響くセミの鳴き声が、2人のやり取りに重なった。今月16日、奈良県広陵町にある支援者の事務所に集まったのは、奥野・竹村を含め13人。選挙区の区割り改定を受け、対応を相談する為だった。奥野が地盤とする旧奈良3区は、新2区と新3区に分割され、広陵町は新2区の一部となった。奥野はどちらの選挙区から出馬するのか? この日、答えは出なかった。奥野会の歴史は古い。昨年11月で103歳で死去した父で元法務大臣の奥野誠亮の代から、半世紀以上となる。奥野は周囲に、「次も選挙区から出る気持ちに変わりはない」と繰り返す。とはいえ、自民党内には新2区と新3区で出馬を有力視される現職が其々いる。新2区は旧2区を地盤としてきた総務大臣の高市早苗(56・当選7回)、新3区は旧4区を牙城とする衆議院議員の田野瀬大道(43・当選2回)だ。高市は14日の記者会見で、奈良県内の候補者調整について問われ、「党本部でお決めになると存じております」と態度を明らかにしなかったが、周辺には新2区出馬への意欲を隠さない。田野瀬も「県南地域の発展の為に頑張るのが使命」と、自民党総務会長を務めた父・良太郎から引き継いだ地盤に拘る。高市には、新1区への挑戦を勧める向きもある。新進党から出馬した1996年、旧1区で当選した“実績”がある為だ。奥野の後援会幹部は、「高市が新1区に回れば、新2区に奥野、新3区に田野瀬で丸く収まるのだが…」と淡い期待を抱く。

しかし、「高市が首を縦に振る可能性は低い」とみられている。新1区で民進党から出馬するのは、元国土交通大臣の馬淵澄夫(56・当選5回)だ。馬淵は2003年に民主党公認で初当選して以来、衆院選で負けを知らない。高市は2003年選挙で馬淵と対決し、落選の煮え湯を飲まされて旧2区へと“国替え”した苦い経験を持つ。党勢低迷に悩む民進党にあって、馬淵は「如何なる場合も全力で戦う」と、6回目の当選に向け支持固めに余念がない。自民党内では、前回衆院選の旧1区で落選した小林茂樹(52)が新1区に名乗りを上げており、高市が新1区に出れば再調整が必要になるという事情もある。苦肉の策として自民県連で浮上したのが、小林・高市・田野瀬・奥野の4人の内、1人を比例選の近畿ブロックに単独立候補させ、名簿上位に優遇して当選を事実上、確約する案だ。県連は先月、党本部に対し、候補者調整で比例に回る場合は優遇するよう要請した。この時、併せて“定年制の適用除外”を求めなかったことが波紋を広げた。自民党は、73歳以上の候補を比例選で公認しない“定年制”を内規で設けている。来年3月で74歳になる奥野が比例に回ると、これに抵触する。県連が適用除外に触れなかったのは、要請すれば「奥野を比例に回す」という意向が滲んでしまうからだった。事情を知る県連幹部が解説する。「『選挙区から絶対に退かない』という奥野の強い意志の表れだ」。候補者調整は難航の気配が強まっている。一足先に自民党が調整を終えた三重県も、事情は同じだった。小選挙区が5から4へと減る中、新3区に出馬する民進党前代表の岡田克也(64・当選9回)と誰が相まみえるのか、思惑含みの譲り合いが展開された。岡田は前回衆院選の旧3区で、自民党候補に比例選での復活当選も許さないほどの票差をつけた。自民にとっては“難敵”だ。調整の結果、前回は旧2区で落選し、比例東海ブロックで復活当選した島田佳和(47・当選2回)が新3区に回ることになった。新1区は旧4区を地盤としてきた前厚労大臣の田村憲久(52・当選7回)、新2区は旧1区の元厚労大臣・川崎二郎(69・当選11回)、新4区は旧5区の衆議院議員・三ッ矢憲生(66・当選5回)を公認する方針だ。県連会長の三ッ矢は、「小選挙区で勝った現職を優先した」と説明する。自民県連は、島田を比例選に重複立候補させ、東海ブロックの名簿上位で優遇するよう、党本部に要請する構えだ。島田も、「新3区に回ることを呑んだのは、“優遇の確約”を期待してのことだ」と打ち明ける。党の裁定に注目が集まる。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年7月23日付掲載⦿

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【政治の現場・区割り改定】(02) 岩手…元師弟、共闘か対決か

20170801 03
今月8日の三陸沿岸は、夕日が傾いても蒸し暑かった。「どうなんだ。新しい3区で出んのが?」。岩手県陸前高田市議の菅野稔(71)は、市内の『食堂かもん』の座敷に入るなり、民進党衆議院議員の黄川田徹(63・当選6回)の秘書に尋ねた。秘書は、奥に座る黄川田に聞こえぬよう、小声で「誰にもわがんね。党本部が決めることだからさ」と応じた。市内では、2011年の東日本大震災で約1800人の死者・行方不明者が出た。黄川田はこの時、妻・長男・義父母を津波で亡くした。かもんも津波に呑まれたが、海岸線から約1㎞離れた高台に再建された。黄川田は震災前から足繁く通う。この日の出席者は16人を数え、ジョッキに注がれた生ビールが座卓に並んだ。黄川田は立ち上がると、先ほどの菅野の質問が聞こえていたかのように、今後の身の振り方を語り始めた。「私の任期は長くても来年の12月までだが、私は党本部で“お預かり”っちゅうことになっております。焼かれるか、煮られるか、生で食われるか…」。生ビールの白い泡が少なくなっても、ジョッキに手を伸ばす者はいなかった。定数削減を柱とする改正公職選挙法の施行で、岩手県内の選挙区は4から3に減る。陸前高田等旧3区に属していた南三陸を地盤とする黄川田だが、民進党県連は5月、黄川田を内陸部の新3区の総支部長とするよう、党本部に上申することを決めた。

県北部と三陸に跨る広大な新2区の総支部長には、県北部に地盤を持ち、旧2区で2回当選経験のある元衆議院議員の畑浩治(53)を擁立する方針だ。地盤の三陸から押し出された格好の黄川田は、支援者に「新2区では“畑”を“旗”にして頑張れっちゅうことだ」と冗談めかすなど、未練を見せない。ただ、胸中は複雑だ。このまま新3区で次期衆院選に出馬すれば、自由党共同代表の小沢一郎(75・当選16回)とぶつかる。前回衆院選は旧4区で当選した小沢だが、区割の見直しを受け、新3区に名乗りを上げている。黄川田と小沢の因縁は深い。中選挙区時代の陸前高田市は、小沢の強固な地盤で、黄川田の義理の祖父は、小沢の父である小沢佐重喜の熱心な支援者だった。黄川田は2000年衆院選で、当時、自由党(旧)の党首だった小沢に擁立され、初当選した。その後は民主党に移る等、小沢と行動を共にしたが、地元で起きた震災への対応を巡り、黄川田が小沢を批判。2人は袂を分かった。嘗ての師弟が注目を浴びるのは、岩手が民進・共産・自由・社民の4党による“野党共闘”の試金石だからでもある。小沢の側近は言う。「『自由党が新2区で民進党の畑さんを応援しようって時に、民進党県連トップの黄川田さんが小沢一郎と対決するのか?』って話だ」。不協和音は覆い隠せない。民進党岩手県連が先月、盛岡市で開いた県連大会に、共産・自由・社民3党の関係者は招かれなかった。小沢は強気だ。「政権取る為にどうしたらいいかっちゅう話だ。取る為には、野党が1つに纏まらないと勝てない。当たり前のことを、筋道を通して当たり前にやればいいんだ」。小沢は「岩手での野党共闘の成否が全国に影響する」と言わんばかりに、民進党や黄川田を牽制する。小沢が新3区内で配り始めた自由党のポスターには、自身の顔写真と共に“結集”の2文字が躍る。黄川田が下駄を預けた民進党本部の判断は、選挙直前まで縺れる見通しだ。黄川田の身を案じる地元県議からは、「比例だろうと何だろうと、議席だけは確保する取り組みを…」と悲鳴にも似た声が出ている。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年7月21日付掲載⦿

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【徹底解剖!東京都庁】(10) 敢えて管理職に背を向ける都庁職員の“出世回避”事情

実力主義で誰もが出世できる都庁だが、その実、多くの職員は“幹部”への出世に消極的だ。薄れる帰属意識と組織の変容を、管理職昇任試験の実態から読み解く。 (取材・文/本誌編集部)

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組織の中で出世して、然るべきポストに就き、収入をアップさせたい――。それは、多くの社会人が抱く1つの目標である。戦後、成長時代を続けてきた時代の日本で、“出世”はサラリーマンの大きなモチベーションだった。係長・課長・部長と駒を進め、給与もアップしていく実感をある程度平等に配分していたのが、日本の公務員制度であり、それは良くも悪くも日本社会のメンタリティーに馴染んだシステムだったと言える。しかし、成熟の時代に入り、仕事に対する価値観も変わった。“自分の時間”の価値が高くなり、組織への帰属意識が薄まると、“出世”という目標も色褪せたものになってきたのである。「都庁でも10年ほど前から、その傾向は顕著になっています」とベテランの職員が語る。「現行の都庁の管理職試験制度は、美濃部亮吉知事時代の1970年代に整備されたもので、『学歴を間わず合格すれば、高卒でも東大卒でも同じステージに立てる』という考えは、学閥形成や情実人事を排するフェアな思想として、多くの職員に支持されたのです。1970年代には1万人以上が昇進試験を受験していましたが、その後、受験者数は下がり続け、更に職員数が減ったこともあって、今では上司が部下に受験を勧め、何とか受験率を維持するのも仕事の1つになっています」。実力主義の都庁では過去、高卒ながら交通局長やトップの副知事にまで登り詰めたOBも実在する。言ってみれば、大手商社や金融機関で高卒入社のサラリーマン社長が誕生したようなものだから、これはかなり凄い話である。「2004年、当時、都市計画課の次席(※係長級)だった黒田慶樹さんが紀宮さまと婚約した際、『せめて管理職の課長級に格上げするべきではないか?』との声が上がりましたが、結局、『原理原則のほうが大事だ』ということで、“2階級特進”とはなりませんでした」(同)。

民間企業の社員であれば一気に部長まで昇進してもおかしくないくらいの出来事だったが、これが都庁の組織風土なのである。これほど実力主義には拘りを持ってきた都庁だが、どうして職員が“出世したくない”状況に陥ってしまったのか? 「昇進試験を受けなくても、最終的に課長代理まで行ければ生活に困るようなことはないこと。それから、現場で専門的なスキルを身に付けてくると、関係機関との調整に追われる管理職の仕事に面白味を感じられなくなってきます。熱心に仕事をすればするほど昇任試験の準備は難しくなり、筆記試験が得意なタイプが上に行く。そうなると、益々職員の間にシラケムードが広がります。女性職員の場合、下手に突っ走ることで、結婚や出産ができなくなるという不安もあります。そして、これが意外に大きいのですが、今、出世している幹部たちが、上ばかり見る“ヒラメ系上司”として尊敬されていないことがあります。これらが全て、職員の出世欲を減退させる原因になっていると思います」(同)。確かに、出世できれば年収は上がり、退職金も増え、最終的に天下りもできる。しかし、それ以上に嫌なのは、やりたくもない仕事をさせられることである。特定分野に精通し、芸術的な仕事ぶりでやり甲斐を満たしているようなタイプは、敢えて「管理職になりたい」とは思わない。また、舛添騒動から小池知事誕生以降は、都庁幹部が直接、マスメディアから名指しで批判を受けるケースも多く、『余程の待遇でもなければ、こんなリスクを受け入れて働くことなどできない』という思いも広まったようだ。都庁では複数のタイプの昇任試験を設定しており、それは大きく言って2つに分かれる。国家公務員のキャリア組のような“新幹線”に乗って、ゆくゆくは部長・局長を狙っていこうとする難関系の主任級職選考A・管理職選考Aと、「試験は好きではないが、平均レベルまでは行きたいので受けるか」という“準急電車”の主任級職選考B・課長代理級職選考である。主任級職選考Aは、入都後5年で受けられ、Bは40歳以上で受けられる。Bのほうは教養問題の筆記試験が無く、最も負担が大きいとされる“教養試験対策の勉強”が必要ないという点が特徴だ。2015年の例で言えば、主任級職選考Aで合格者数は751人、合格率は30%強。上昇志向の強いグループは、いつの時代にも一定程度いて、新幹線コースの受験者数はそれほど減っていない。しか、しBのほうは合格率こそ37%と高いが、753人しか受験していないので、合格者は278人しかいない。ペーパーテストではなく、人物重視の流れはあらゆる場面で強まっているとはいえ、やはり、役所の幹部になる為には、知識や教養を問うペーパーテストで高得点を取らなければならない。「筆記試験は大学受験で最後にしたい」というタイプは意外に多く、これが“受験回避”に繋がっている側面はあると思われる。

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【特別対談】 小池百合子、偽りの都民ファースト――片山善博(前鳥取県知事)×郷原信郎(弁護士)

都政の改革者か、将又破壊者か――。地方自治に精通した前鳥取県知事と、コンプライアンス問題に詳しい元検事が、小池都政の“偽り”を喝破する。

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郷原「小池百合子さんが東京都知事に就任してから、早いもので9ヵ月余りが経過しました。彼女は“東京大改革”を旗印に一大旋風を巻き起こし、新聞各紙の世論調査でも、未だに7割を超える非常に高い支持率をキープしています。その一方で、“豊洲移転”問題を始めとする数々の難題に直面しているのも事実です。これまでの小池都政について、片山先生はどのように評価されていますか?」
片山「昨年7月の東京都知事選で小池百合子知事が打ち出した公約や、その後の言動から察するに、知事の掲げる東京大改革の要諦は、情報公開の徹底にあるのだと思います。確かに、“のり弁”と呼ばれた黒塗りばかりの資料に象徴される都議会を含めた都政の非公開体質、また根回し・談合体質にメスを入れた点については評価すべきでしょう。振り返れば、都政の混迷は鈴木俊一元知事時代の末期から続いてきました。知事がリーダーシップを発揮できず、都の職員と都議会自民党等との癒着の構造が生まれ、“ドン”と呼ばれる存在まで現れた。そうした構造が石原(慎太郎元知事)さんの時代に強化され、猪瀬(直樹)・舛添(要一)の両都政でも基本的に変わることはなかった。つまり、意思決定のプロセスが不明瞭な、情報公開という点では極めて劣悪な環境にあった訳です。その意味で、小池知事が改革に乗り出したことの意義は、決して小さくありません」
郷原「私も、小池知事が誕生した時には、かなり期待を込めて見ていました。『これまでの都知事とは違って、都議会との柵が無く、圧倒的な支持率を誇る彼女であれば、東京都という巨大自治体の官僚体質にも斬り込んでくれる筈だ』と。小池知事の強みの1つとして、コンプライアンスを武器にしていることが挙げられますが、これは私自身が活動する際のテーマでもある。しかも、彼女は単に法令遵守を唱えるだけではなく、社会の要請に柔軟に応え、都民の利益を重視するスタンスを前面に押し出してきました。コンプライアンス的なフレーズを巧みに使い、その方向性も基本的には正しいので、中々正面から批判し難い訳です」
片山「ただ、ここに来て私が危惧の念を抱いているのは、『小池知事がコンプライアンス・説明責任・情報公開の徹底という基本路線から、自分自身は除外しているのではないか?』という懸念です」
郷原「仰る通りだと思います。実際に、都政を任されてからの小池知事の活動を見る限り、そこに確固たるポリシーがあるようには思えません。寧ろ、“都民ファースト”という言葉を背景にして、融通無碍な、謂わばやりたい放題の状態になっている。内実が伴わないまま、イメージ先行で物事を進めていくことで、都政に悪影響を及ぼしつつあります。その結果、泥沼状態に陥っているのが、築地市場の豊洲移転問題です」

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