皇室醜聞…眞子さまご成婚の陰で殆ど報じられない愛子さまの話題

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宮内庁次長が皇室記者会との会見で、「皇太子殿下の長女・愛子さまが、ここ暫く登校されていない」と述べたという。確かに最近、愛子さまの動静はマスコミでも報じられていない。本来なら高校生らしい明るい話題が出てきて当然だが、秋篠宮家の2人の行動がマスコミに紹介されることのほうが多い。先月9日、赤坂御所で開かれた園遊会では、雅子さまを始め、女性陣の艶やかな和服姿が注目を集めた。その中で、「あの行動は?」と疑問を投げかけたシーンがある。婚約した眞子さまが、競泳男子でパラリンピック出場の津川拓也選手が首から下げたメダルを手に取った行動で、皇室関係者やテレビで見た国民から「はしたない」という声が出たのである。宮内庁が選んで並んでいる招待者たちに、天皇・皇后両陛下を始め、皇族が話し掛けていくのが通例で、握手したり、身に着けているものを手に取ることはない。天皇陛下譲位を前に、雅子さまを含め、皇族が競ってお出まししているように思えてならないが…。


キャプチャ  2017年12月号掲載

テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

【1989年からの視線】(07) 少子化の先、見据え

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1989年の合計特殊出生率は、“ひのえうま”の俗信から出産を忌避する人が多かった1966年を下回り、1.57の低水準を記録した。“1.57ショック”――。一部の専門家は、この数字から今に続く少子化を予見した。公的な文書に初めて“少子化”という言葉が現れるのは、1992年の『国民生活白書』。経済企画庁の国民生活調査課長だった白鷗大学の川本敏客員教授(経済政策)は、「子供が少なくなることに対する問題意識はそれほど高くなかった」。厚生省人口問題研究所は、1990年の国勢調査を踏まえ、2025年の出生率を1.8と推計。2090年には、人口を維持するのに必要な2.08に達するとした。同研究所に所属していた慶應義塾大学の大江守之名誉教授は、「晩婚に伴う晩産化が始まったことによる低下で、希望子供数に変化はなく、回復に向かうとみられていた。その後の未婚化の進展が予想以上だった」と話す。「結婚や出産は望んでいない」。慶應義塾大学に通う女子学生(20)は言い切る。美容師だった母親は、自分の出産を機に仕事を辞めた。幼い頃、母親がイライラしているのを見ると、「私がいなければ母の人生は違っていたかもしれない」と感じてきたという。自分は「お金や時間を自由に使える人生を生きたい」。こんな感覚を持つ若者は、この女子学生に限らない。『少子化社会白書』は2004年の初号で、「未婚化の進展が少子化に繋がっている」と指摘した。生涯未婚率は1990年の男性5.6%、女性4.3%から、2015年に同23.4%、14.1%まで高まった。『国立社会保障・人口問題研究所』は、「2035年に29.0%、19.2%まで上昇する」と予測する。

『超ソロ社会』(PHP新書)の著者で、大手広告代理店『博報堂』の荒川和久さんは、「自立した女性が増え、結婚や出産を前提にする人生が当たり前ではなくなった」。荒川さんらの2016年の調査では、結婚に前向きな人は男性が20代で6割、30代で5割、女性も20代で7割、30代は6割程度に留まった。適齢期で十分な収入が無いことも、結婚を躊躇う要因。前出の川本客員教授は、「1992年当時は、『少子化で労働力が減れば雇用が安定し、賃金が上がる』という見方さえあった。経済的な問題がこれほど結婚の障壁になるとは予想できなかった」と話す。NPO法人『グループリビング川崎』理事長の原眞澄美さん(68)らは、2003年、単身高齢者向けに『COCO宮内』(神奈川県川崎市)を作った。60~90代の9人が個室で自立した生活を送る。謂わば“高齢者版シェアハウス”だ。少子化の深まりは、リタイア後、孤独に陥る高齢者の増加と表裏の関係にある。COCO宮内は地域との関わりも重視し、住民も交えたサークル活動を開催。近隣主婦ら約30人がサポーターとして、食事作りや清掃を担う。原さんは、「頼る人がいない単身高齢者はもっと増える。安心して暮らせる空間作りが必要になる」とみる。政府は2010年の出生動向基本調査を基に、「国民が希望通りに出産すれば合計特殊出生率が1.8になる」と推計。2025年度までに達成する目標としている。結婚を希望する未婚者の理想子供数(※2.12人)と、夫婦の出産予定数(※2.07人)が1.8の根拠。2016年の出生率は1.44で、目標との差は大きい。政府は2025年度までの10年間のロードマップを作成。保育所整備や子育てと仕事の両立、結婚支援策の充実等を盛り込んだ。中京大学の松田茂樹教授(家族社会学)は、「出生率1.8は、日本の未来を支える為には掲げなければならない数字」と強調する。その上で、「雇用対策等で結婚し易い環境を整え、更に第2子・第3子を希望する夫婦への経済的支援も大切だ」と話している。 =おわり


⦿日本経済新聞 2018年1月6日付掲載⦿

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【1989年からの視線】(06) 54万人、社会と隔絶

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東京都内でクリーニング店を営む山口知美さん(※仮名・72)の三男・哲也さん(同45)は、20年以上自室に引きこもっている。始まりは、高校3年生の夏休みが明けた1989年9月1日の朝だった。頭痛を訴えて休み、それきり登校することはなかった。理由を聞いても「頭が痛い」と繰り返すだけ。心療内科でも原因はわからなかった。一時、症状が改善し、通信制高校から千葉県内の大学を卒業。だが、定職には就かず、現在は部屋に溜め込んだ十数年間分の新聞を一日中読み耽る生活を送る。「何故、こんなことになったのか、何千回も自問したが、わからない」と山口さん。「いつか治るだろう」。そう思っているうちに話し合う機会を失った。哲也さんが不登校になった1989年、埼玉県や東京都で女児4人が次々と殺害された連続幼女殺害事件が社会を揺るがしていた。その残忍な手口だけでなく、宮崎勤元死刑囚(※2008年執行)の暮らしぶりが盛んに報道された。元死刑囚は仕事をせず、家族との折り合いも悪く、東京都五日市町(※現在のあきる野市)の自室で6000本のビデオテープに埋もれるように暮らしていた。“引きこもり”という言葉が定着する前。社会との繋がりを絶ち、心を閉ざす若者の姿がクローズアップされるきっかけになった。厚生労働省は引きこもりについて、「仕事や学校に行かず、且つ家族以外の人との交流を殆どせずに、6ヵ月以上続けて自宅にひきこもっている状態」と定義する。

2016年の内閣府の調査によると、全国の引きこもりは15~39歳で54万人超。『KHJ全国ひきこもり家族会連合会』は、「40歳以上の引きこもりが16万人いる」と推計する。精神科医で、引きこもりを研究する筑波大学の斎藤環教授は、「不登校を機に、長期の引きこもりになることが多い」と分析。文部科学省の調査では、小中学校の不登校児は2016年度で13万4398人と、記録が残る1991年度の6万6817人からほぼ倍増した。成人後、就職活動や職場の人間関係の躓きがきっかけの引きこもりも増えているという。形態や原因は多様だが、一旦引きこもると抜け出すのは難しい。KHJが2016~2017年、全国約520人に調査したところ、引きこもり本人の平均年齢は33.5歳と、10年で4歳上昇した。家族は64.1歳。いずれも過去最高だった。KHJが開く集会には、「自分の死後、子供はどうなるのか…」と頭を抱える親が集まる。山口さんもその1人だ。いつかクリーニング店を継いでほしい――。未だ希望は捨てられない。「機嫌が悪くなるのが怖くて、今後のことを話し合えなかった」。でも、集会に参加するうち、「早く息子と向き合わなければ」という思いが強まっている。子供の引きこもりが長期化し、抜け出す糸口が見い出せない家庭では、「親の死後、子供の生活をどうするのか?」という問題が現実味を帯びる。500世帯以上の引きこもりの相談に乗ってきたファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんは、親の死後も子供が生活できる“サバイバルプラン”を提案している。プランの根幹は、引きこもりから抜け出せないことを前提にした生活資金の確保。資産や年金額を洗い出し、物価の安い地方へ引っ越しを勧めることもある。相続トラブルを避けて住居を残す為、新たに生命保険に入って他の子供を受取人に指定するよう促すケースもあるという。畠中さんは、「何よりも親の覚悟が必要。問題を先送りにするのではなく、今直ぐ動くことが大事」と話している。


⦿日本経済新聞 2018年1月5日付掲載⦿

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【1989年からの視線】(05) 書店にはいかない

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1989年、丁度時代が変わった年に美空ひばりさんが世を去った。歌だけでなく、映画や舞台でも活躍。戦後文化に影響力を持ち続けた。その死から30年近くを経た今、社会全体を結ぶような文化的表象は生まれ難くなっている。篠原裕幸さん(34)は、仮想通貨等を支える技術ブロックチェーン事業を手掛ける『シビラ』(大阪市)の最高執行責任者。昨年感銘を受けた1冊は、イタリアの思想家であるルチアーノ・フロリディの『第四の革命』だ。先端分野の経営者らしく、IT革命後の社会を論じた科学哲学の本を挙げた。「最先端を行く人がいいと言うものを仕入れる」のが流儀。『第四の革命』は、ビジネスで出会った国内外の経営者たちが『ツイッター』や『Facebook(FB)』で評価していた。ツイッターやFBに加え、ソフトウェア『フィードリーダー』に約1000のブログやサイトを登録。タブレット端末を駆使して情報を取捨選択する。「書店にはいかない」。自分が知るべきものは何か。篠原さんは、「世界の最先端を走る人たちがインターネット上で発する言葉が手掛かりだ」と信じる。誰もが口遊む歌、誰もが憧れる映画スター、誰でも一度は手に取る本――。バブル以降広がった経済格差が中流層を分断。インターネットの進展も加わり、流行を追うのではなく、自分にあったものを自分のやり方で探す傾向が強まった。

『国文学研究資料館』館長のロバート・キャンベルさん(60)は、「IT化が進み、人々の感覚も変わった」と指摘する。スマートフォンやタブレット端末で文字を追うのは、「“読む”というより“見る”という感覚で、わかり易いものが受け入れられ易い」と話す。中高生の頃からインターネットに馴染み、自分に心地よい言葉だけを選ぶ人もいる。キャンベルさんは、「違和感を持つものに触れ、異なる考えの人を理解する力を付けてほしい。それが社会の分断を防ぐことにも繋がる」。私立灘高校(神戸市)を2010年に卒業した古賀健太さん(26)は、「文化こそ人々が理解し合い、繋がる為に必要なものだ」と信じている。中高生の時、夏目漱石や森鷗外ら日本文学を読み漁り、日本人とは何か考えた。“世界で影響力のある100人”に何故日本人は少ないのか。そんな疑問から海外に進学することを決め、イェール大学に入った。渡米当初は演劇を専攻。様々な国の学生と付き合う内に、「人が理解し合うには文化による感動の力が大きい」と気付いた。日米を行き来しながら、日本の高校生の為に演劇や音楽を専攻する海外の大学生が学びの面白さを伝えるサマーキャンプ『GAKKO』を主催。世界で通用する価値を作り出す力のある人を育てる為、模索を続ける。平成が始まる前後、日本を席巻したのは、村上春樹さんや吉本ばななさんら新感覚の文学だ。村上さんの『ノルウェイの森』は1988年の年間1位。翌1989年は吉本さんの『TUGUMI』・『キッチン』が年間1・3位を占め、“春樹・ばなな現象”が巻き起こった。2人に共通するのは、“文壇”と呼ばれた作家や編集者・評論家らの集まりとは距離を置き、海外でも支持されたこと。欧米だけではなくアジアでも翻訳され、若者たちを魅了した。2000年代、携帯電話が飛躍的に普及すると、一般の人が携帯電話を使って執筆し、閲覧される“ケータイ小説”が若者文化の一角を占めた。文の短さ、展開の早さが特徴。更に、140字以内で物語を完結させる“ツイッター小説”という超ショートショートも話題になった。


⦿日本経済新聞 2018年1月4日付掲載⦿

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【1989年からの視線】(04) 故郷、帰れないけど

20180110 05
「若し体が2つあったなら、故郷にも住みたいけれど…」。千葉県船橋市の加藤忠道さん(76)は、香川県三豊市にある実家の庭木の剪定費用約7万3000円の請求書を見つめ、呟いた。大学進学で上京し、就職。転勤を繰り返した後、40代で船橋市に一戸建てを建てた。「母は、長男の私がいずれ故郷に戻ると信じていた」。母親は1996年に死去。約300坪の敷地に母屋や納屋等4棟を擁する実家は空き家になった。昨夏、母の23回忌も終え、親戚付き合いが一段落。年賀状を50通減らした。愛郷心は強く、先祖代々の墓はそのまま守っていくつもり。だが、3人の娘は関東在住で、帰郷は考えられない。進学や就職を機に都市部へ出て、退職後も郷里に帰らない――。現代の標準形になったライフサイクルは、空き家や耕作放棄地の増加に代表される地方衰退の要因だ。妻も自分も故郷を離れて暮らしてきた神戸市出身の男性(59)の場合、故郷を巡る悩みは更に複雑。妻が相続した実家は、既に住む人がいない。20年前、千葉市に建てた自宅も転職に伴って空き家に。神戸市に住む男性の両親に若しものことがあれば、3軒目の空き家を抱えることになるという。男性は2軒の空き家の公共料金を払い続ける。「住む可能性は殆ど無いが、家財整理と解体を考えると手放す踏ん切りもつかない。どうしたものか」。

加藤さんの空き家を管理する一般社団法人『空き家管理士協会』の山下裕二代表理事は、約50戸の空き家を担当する。「土地や建物を活用できる筈なのに、売却や解体を先送りしている空き家が多い」という。平成の始まり、竹下登内閣は衰退する地方をテコ入れする振興策を打ち出した。『ふるさと創生事業』。使い道自由の1億円が全国の自治体に配布された。純金カツオ像(高知県中土佐町)に純金のこけし(青森県黒石市)――。村内に喫茶店も飲み屋も無いとの理由で、秋田県仙南村(※現在の美郷町)が作った酒場『フォーラムハウス遊遊』は経営難で閉鎖した。“地方の活性化”は、平成を通してキーワードであり続け、国や自治体による取り組みが次々に打ち出されたが、人口流出に歯止めはかからず、地方は衰退を続ける。明治大学の飯田泰之准教授(経済政策)は、「住民所得の向上という本来の目的を曖昧にしたまま、一過性のイベントや見通しの甘い再開発事業で失敗を重ねてきただけ」と批判する。高齢社会は深まり、人口が減る時代を迎える。飯田准教授は言う。「国全体が縮む時、地方に人口が戻る未来は、一部の例外を除いて望めない。現実を直視し、過疎集落からの“撤退”も含めた苦しい選択を本気で考える時が来ている」。地方から大都市圏への人口移動は、景気動向と密接に関連している。『日本創成会議』(※座長は元総務大臣の増田寛也氏)は、人口移動を1960~1973年の第2期、1980~1990年代の第2期、2000年以降の第3期と3分類。同会議の分析では、1期は高度成長、2期はバブル経済が要因だが、平成の過半が重なる3期は地方経済の悪化が背景にあるという。地方の空洞化で深刻になったのが空き家問題。総務省の住宅・土地統計調査によると、1988年に394万戸だった空き家は、2003年に659万戸、2013年に820万戸と、25年間で倍増した。国土交通省の2014年の実態調査では、空き家取得の経緯は相続が52.3%と最多。空き家にしておく理由は、「解体費用をかけたくない」が39.9%等、有効活用とは結び付かないものが多い。


⦿日本経済新聞 2018年1月3日付掲載⦿

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【1989年からの視線】(03) モノより“いいね”を

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ライター業の伊藤光太さん(28)は、パソコンのモニターを『Skype』に切り替えて、グラスにビールを注いだ。「これで飲み会するんです」。友人と画面越しの談笑が始まった。埼玉県春日部市の自宅は、70代の父親が27年前に購入。伊藤さんが生まれた1989年、父親はサラリーマンとして好景気を謳歌した。“郊外に一戸建て”という昭和世代の夢の結晶がこの家だ。最近、父親は通販番組にはまっている。季節外れで大特価になったエアコンを衝動買いする姿に、伊藤さんは自分との深いギャップを感じる。伊藤さんの部屋にあるのは机・電気スタンド・パソコンだけ。3年前に、ブログ等に記事を書くライター業を始めた。「欲しいもの? ありません」。所有することに意味を感じない。勿論、車など持たない。SNSで交流する200人の友人と実際に会って遊ぶこともあまりない。5年毎に実施される総務省の全国消費実態調査によると、30歳未満の男性単身勤労者の月間消費支出は2014年で15万6000円。15年前から2万7000円(※15%)減った。女性も8000円(※5%)減の16万1000円。特に外食・車・被服等にかけるお金が減っている。『ニッセイ基礎研究所』の久我尚子主任研究員は、「景気低迷の中で育ってきて、守りの姿勢が強くなり、ものに対する購入意欲が薄い」と分析する。

IT関係の仕事をする渋谷直人さん(22)の生活に“無駄”は禁句。福岡市の自宅にはテレビも電子レンジも置かない。「時間を節約できる」と購入したお掃除ロボットの鈍いモーター音だけが響く。日用品の買い置きもしない。「ストックすると保管場所も必要で、残量を把握しないといけないから」。ファッション・クルマ・外食――。嘗て、消費を牽引したのは若者だった。その欲求は今、どこへ向かっているのだろう? 「僕らはものじゃなくて、“いいね”が欲しい世代なのかも」。伊藤さんに質問すると、こんな答えが返ってきた。“インスタ映え”は昨年の流行語大賞。オシャレなカフェや景色が綺麗な観光地、飲み会の様子等を撮影、SNSで晒し、“いいね”を貰う。平成世代は、その共感に価値を見い出す。保険会社で働く東京都の女性(27)は、昨年11月、代々木公園近くのカフェで誕生会をした。SNSの画像は5人の楽しげな笑顔。実は、女性と並ぶ4人は、お金を払ってレンタルした“友だち”だ。友だちレンタルをビジネスにする石井裕一氏(36)は、「月に50件ほどの依頼がある」と明かす。美男美女を揃えて服装も助言し、インスタ映えを演出する。女性は地方から上京したばかりで、近くに友人がいなかったという。「思った以上に沢山のコメントや“いいね”が貰えた」。虚構の誕生会にかかった費用は、総額4万6000円だった。SNSでプライベートを晒し、寄せられる反応や共感に価値を見い出す若者たち。明治大学の諸富祥彦教授(臨床心理学)は、「“承認欲求”を満たそうとしている」とみる。“周囲から認められたい”という欲求はどの時代や世代にも共通するが、スマートフォンが常に手元にある生活で「SNSの世界から離れられなくなっている」という。“いいね”の数も重要。諸富教授は、「数で表示されるのはわかり易く、どれだけ貰えるかが価値に置き換わる」と話す。では、承認欲求はどこから来るのか? 筑波大学の土井隆義教授(社会病理学)は、右肩上がりだった経済成長期と比較して、「勝ち組と負け組がはっきりする社会で育った若者は、『周囲からこぼれ落ちたくない』という漠然とした不安を抱えている」と分析している。


⦿日本経済新聞 2018年1月1日付掲載⦿

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【1989年からの視線】(02) 増殖する“○○ハラ”

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セクシャルハラスメント――。この言葉が1989年の新語部門で流行語大賞に選ばれたのは、1986年に西船橋駅で泥酔して絡んできた男性を女性が突き飛ばし、死亡させる事件がきっかけだった。千葉地裁は翌年、女性の正当防衛を認め、無罪判決を言い渡す。女性の社会進出が本格化した時期に出た判決を受け、セクハラは性的な嫌がらせを牽制する言葉として定着した。女性の弁護団長を務めた弁護士の河本和子さん(76)は、「昔から社会的に許容されていた性的な嫌がらせを抑制する契機になった」と振り返る。パワハラ、オワハラ、マタハラ――。“○○ハラ”という言葉は今、30以上あるとされる。人間関係や職場の構造の変化に伴い、ハラスメントの定義も広がった。例えば、男性社員の育児休業を認める企業で起きているのが“パタハラ(※パタニティーハラスメント)”だ。東京都内に本社を置く証券会社の男性部長(47)は、2016年春、育休から復帰した。休暇前と同じ業務を担うつもりだったが、「殆どの仕事を取り上げられた」。その一方、深夜帯の海外の機関投資家との仕事を指示される等、不可解な状況が続いた。

今年1月に鬱病を発症。復職可能と診断されても、会社は男性を業務に戻さず、10月に無給の休職とした。「“育休を取る人は仕事ができない”というレッテルが貼られていた」。そう受け止めた男性は、地位保全や賃金支払いを求める仮処分を東京地裁に申し立てた。「安心して育休が取れる環境を部下に与えたい」。“逆ハラ”は、部下から上司への嫌がらせを指す。仙台市の男性会社員(45)は3年前、課長として異動した部署で着任早々、一部の部下に無視される被害を経験した。トイレの個室にいると、「課長失格だ」「仕事ができない」という若手の陰口が聞こえた。男性は「部下に信用されていない」と悩み、1年間の休職に追い込まれた。ハラスメントは直訳すると“嫌がらせ”。定義は曖昧で、嫌な思いをすれば悪意を伴わなくても○○ハラ化する風潮も。東京都内のIT企業に勤める女性(26)は、職場の男性の体臭に悩まされている。「デリケートな話題で直接言えない。スメハラ(※スメルハラスメント)だ」という。明治大学の藤井剛特任教授(教育学)は、「性別や立場による上下関係がはっきりしていた時代には、嫌なことを嫌と言えなかった。今は何かをハラスメントだと指摘すれば、周りが反応して抑止に繋がる」と、○○ハラの広がりを分析する。セクハラを認知させることになった河本さん。最近の風潮について、「気に入らなければ何でもハラスメントにする窮屈な世の中になってしまった」とも感じている。「ハラスメントにあたるのかあたらないのか、きちんと線引きする意識も必要だ」と強調する。ハラスメントは、被害を訴える個人の主観に左右される面があり、どこからがハラスメントかの判断は難しい。厚生労働省は、パワハラを“職務上の地位や人間関係等の職場内の優位性を背景に精神的・身体的苦痛を与える行為”と定義し、過大な要求等該当するケースを6つの類型に分けている。ただ、一般的な命令が言い方や状況等によって過大と捉えられる可能性もある。労働局の担当者は、「個人の捉え方に左右される問題なので、裁判事例等と照らし合わせるしかない」と明かす。対策は企業側の努力義務というのが現状だ。


⦿日本経済新聞 2017年12月31日付掲載⦿

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【1989年からの視線】(01) 元年入社、浮沈越えて

平成が終わりに向かって動き出した。社会が抱える問題と現象の起点を平成元年(=1989年)に求め、“今”を照らす。

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山田敏郎さん(※仮名・51)は1989年4月、『日本IBM』に入社した。世はバブル絶頂期。2000人が顔を揃えた入社式は壮観だった。「変化の担い手は君たちの若さとエネルギーだ」。社長の訓示に背筋が伸びた。平成元年入社組は約30万人(※大卒)。求人倍率2.68倍の超売り手市場だった。『NTT』・『NTTデータ』・『山一証券』――。山田さんも多くの内定を得たが、将来性を感じた日本IBMを選んだ。バブルの病理がはっきりと表れた1990年代半ば、風向きが変わる。金融機関が相次いで倒産。山田さんの仕事にも景気低迷の影響が出始めた。経営方針が変化し、担当する業務や職場が頻繁に変わった。入社10年目に課長に昇進したが、その後7年間は昇格無し。一方で、同期が役員手前まで出世し、焦りから生きる意味を見失った。41歳で自殺未遂。上司にメールした後、ホテルで首にロープをかけた。踏ん切りがつかず開いた携帯電話。妻からのメールで我に返った。「お願い、帰ってきて」。現在は別の会社でシステムエンジニアを育成する。過去は隠さない。「失敗から得られる経験もあると学んでほしい」。出世とは無縁。でも、今が一番充実している。同じ元年入社組の吉田肇さん(※仮名・54)は、2018年を無職で迎える。2016年5月、27年勤めたIT企業を早期退職した。45歳の時に事実上の肩たたきが始まり、毎年のように早期退職制度への応募を促された。

私立に通う2人の娘と多額の住宅ローン。会社を支えてきた自負もあった。しかし、給料は45歳をピークに下がり続け、同期も次々に辞めた。「高給取りで大量採用のバブル入社組はお荷物。もうダメだと思った」。バブルと共に崩れた終身雇用と年功序列の前提。社員と会社の関係も大きく変化した。若い世代の組織への帰属意識は薄まり、“会社と共にある人生”は過去のものになりつつある。一般社団法人『社会人材学舎』で中高年の再就職を支援する宮島忠文代表理事(51)は、「バブル入社組は“良かった時代”を知るだけに、古い価値観から逃れられない人が少なくない」という。自身もバブル世代。『日立製作所』に入社したが、研究費の削減を進める会社に疑問を感じて退社。同世代を支える側に回った。同法人が開講する転職支援の『知命塾』には、「50代に差しかかり、危機感を感じて参加したものの、自分の進むべき道がわからないという人もいる」と宮島さんは語る。「バブル入社世代の多くは管理職に就く年代で、ポストが足りなかった。“部下無し管理職”や平社員が続き、部下を育て成長する機会も失った時代の被害者でもある」。こんな見方をするのは、『リクルートワークス』研究所の豊田義博主幹研究員。「50代以降を充実させることは日本の重要なテーマ。彼らが第2ステージをどう切り開くかは、その試金石になる」。1989年12月29日、日経平均株価は3万8915円を記録し、ピークを迎えた。事業拡大を急ぐ企業から“三顧の礼”で迎えられた平成元年入社組を待っていたのはモーレツ職場。『第一三共ヘルスケア』のドリンク剤『リゲイン』のCMソングの歌詞“24時間戦エマスカ”は、この年の流行語大賞銅賞を受賞した。弁護士らのグループが過労死110番を開設する等、過労死が社会問題化したのは前年の1988年のことだ。約30年後の今も長時間労働は克服すべき重い課題だが、多様な働き方を実現する働き方改革に取り組む会社も増えた。2014年に『サントリー食品インターナショナル』から発売された炭酸飲料『リゲインエナジードリンク』のCMソングは“24時間戦うのはしんどい”。キャッチコピーも“3~4時間戦えますか?”になった。


⦿日本経済新聞 2017年12月30日付掲載⦿

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借金苦&鬱で中年男性が死にまくり! 座間9遺体事件で改めて考えたい自殺大国ニッポンの闇

神奈川県座間市で起きた遺体バラバラ事件によって注目を集める自殺志願の若者たち。しかし、自殺者が急増しているのは、実は若者ではなく40代の中年男性なのだ。世界屈指の自殺大国ニッポンの闇に迫る!

20180105 03
女子高生3人を含めた自殺志願者に『ツイッター』を通じて接触を図り、次々と殺して死体を解体する――。神奈川県座間市で起きた遺体バラバラ事件は、国内犯罪史上でも類を見ない猟奇的事件として世間を震撼させた。そして同時に、この事件ではもう1つ、見逃せない事実が注目を集めている。それは、日本の自殺者数のとんでもない多さである。政府作成の2017年版自殺対策白書によると、2016年の日本の自殺者は約2万2000人。14年連統で3万人を超えた一時期に比べれば減少したが、依然深刻と言っていい数字だ。何しろ、人口10万人あたりの自殺数を示す“自殺率”を見ると、日本は19.5と世界最悪の高さで、日本を上回るのはリトアニアや韓国等、ほんの数ヵ国しか存在しない。先進国に限れば、日本の自殺率の高さはワースト1なのである。特に若者の自殺が増えており、若者の死亡率で自殺が事故を上回っているのも先進国では日本のみ。今回の遺体バラバラ事件は、そうした“深刻化する若者の自殺”を象徴する出来事としても注目された訳だ。実際、自殺志願の若者がインターネットを通じて知り合った見ず知らずの相手に殺害される事件は、2000年代以降、既に何度も起きている。しかし、本当にヤバいのは若者の自殺者が増えていることではない。もっと深刻なのは、寧ろ“中年男性の自殺の多さ”なのだ。例えば、先の自殺対策白書には、こんな驚くべきデータが記されている。2016年の自殺者の内、その約7割を占めるのは男性だが、年代別で見ると40代が最も多いのだ。しかも、それは昨年に限った話ではなく、4年連続で40代が一番多い。これに続くのが50代男性である。

一方、20代の自殺者など10%未満で、10代に至っては僅か2%に過ぎない。つまり、日本を世界有数の自殺大国たらしめているのは若者の自殺ではなく、実は電き盛り世代である中年男性の自殺なのだ。何故、中年男性の自殺が一番多いのか? 恐らく、多くの人は「リストラや失業で自殺する中年が増えたんだろ?」と考えるに違いない。確かに、日本で自殺者が急増したのは、バブル崩壊後の1990年代後半以降のこと。1997年には『山一証券』を筆頭に上場企業等の大型倒産が相次ぎ、負債総額は前年比約75%の14兆210億円を記録した。これは史上最悪と言っていい数字である。その結果、翌年に自殺が激増し、年間の自殺者数が前年から一気に8500人も増えて、初めて3万人を突破。自殺率は26.0という驚くべき数字を記録する。以降、自殺者の数が高止まりしたままとなるのだ。また、失業率が上がると自殺率も上昇するのは男性のみに現れる特徴で、女性の自殺の原因はほぼ“健康問題”の一択。自殺対策白書の職業別自殺者数を見ても、無職者が59%を占める。だが、こうした数字だけを見て「中年男の自殺は失業やリストラが原因だ」と考えるのは大きな間違いだ。抑々、中高年の自殺に無職が多いのは、そこに60代以上の退職者が数多く含まれている為でもある。2016年に自殺した40代男性の内、無職の人の割合は僅か38%に過ぎない。殆どの中年男性は、会社員にせよ自営業者にせよ、ちゃんと働いている状態のままで自殺を選んでいるのだ。事実、自殺の原因・動機を詳しく分析すると、男女共に多い“健康問題”を除けば、40代の男性には“経済・生活問題”や“勤務問題”がきっかけとなっているケースが圧倒的に多い。この内、“経済・生活問題”は負債を苦にした自殺が多く、それに続くのが生活苦や失業だ。自殺者3万人の時期は、この負債が原因で自殺する人が圧倒的多数だった。更に、“健康問題”に関しても、40代の男性では“身体の病気の悩み”ではなく、“うつ病などの悩み”が約50%を占めている。要するに、日本を世界有数の自殺大国に押し上げている中年男性の自殺の原因は、借金を始めとする仕事や生活上の問題なのだ。鬱病は、その結果として生じた問題と考えて間違いない。とすれば、日本に借金問題等で自殺する中年男性が多いのは一体何故か? 考えてみると、多少の増減はあるにせよ、毎年ほぼ同じ数の自殺者が発生するのは、凄く不思議な話だ。当たり前の話だが、自殺した人は翌年のデータには含まれなくなる。それなのに、まるで測ったかのように、一定数の中年男性が新たに自殺していくのである。それは、自殺は個人の性質で引き起こされるのではなく、日本の社会そのものに原因があるからだ。中年男性の自殺者が多い理由を探ると、そこには“日本経済の闇”と言うべきものが見えてくるのである。

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テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

【2018年の日本を読み解く】(09) 母の介護から考える“家族の絆”

20180101 18
今、日本は超高齢社会を目の前にして、大きな負担に喘いでいます。国民医療費は42兆円を超え、毎年ほぼ1兆円のペースで増加中です。国民1人あたりの医療費をみると、75歳未満は約22万円なのに対し、75歳以上の所謂後期高齢者は約93万円です。高齢化によって財政支出は膨張しており、医療費の国庫負担は年間11兆円、年金・介護等を合わせた社会保障関係費は32兆円超と、今や歳出総額の3分の1を占めるほどです。苦しいのは国の財政だけではありません。高齢者を抱えた家族、それに高齢者自身にも大きな不安があり、少なくない負担に直面しています。年金の減額、貯蓄の少なさ、介護にかかる費用と手間、仕事との両立のこと等を考え始めれば、前向きに対処しようと努力しても、齢を取るにつれて不安になります。私たちの国・日本は戦後、長寿社会の道を選び、寿命を延ばし続けてきました。しかし今、眼前の長寿社会の実態を見つめ、それが私たちの望んできた社会だったのかどうかを考える時だと思います。日本は四季の豊かさに恵まれ、食生活から医療・衛生に至るまで、優れた伝統文化を維持してきました。その伝統を背景に、世界に冠たる長寿国となりました。お年寄りの知恵に学びながら共同体を維持し、文化を継承する仕組みも機能していました。自分を後回しにしてでも困っている人を皆で助け合う“互助の精神”も根付いていました。伝統的な日本は、高齢者に優しい国だったと言えます。

ところが、世界有数の長寿国になった時、老後は必ずしも幸せなものではなくなりました。私たちは、「どのような形で長生きするのか?」という根源的な問題を十分考えないまま超高齢社会に突入し、思いがけない矛盾を抱え込むことになってしまったと思います。超高齢社会が抱え込んだ子盾の最大の犠牲者は、お年寄り自身です。介護施設では、お年寄りをプライバシーも無い大人数の部屋に押し込めざるを得ません。介護士の数が足りず、少人数のスタッフで目が行き届かない、お風呂やトイレのお世話もおざなりな劣悪施設は珍しくありません。また、デイサービスの延長で高齢者を預かる“お泊りデイ”や、近郊の民家をそのまま介護施設に転用している例等、脱法的な施設も多くあり、厚生労働省も実態を掴みきれていません。虐待も大きな問題です。厚生労働省の調査結果(※平成26年度)によると、特別養護老人ホーム・介護老人保健施設・介護療養型医療施設等、高齢者用の介護施設に勤める職員が利用者を虐待したとする案件が、平成26年度の1年間で300件もあったと報告されています。これは、前年度と比較して約35%増であり、且つ直近の2年間では倍増しています。もの言えぬ高齢者が、まさに社会的弱者になっているのです。若い頃は立派な仕事を成し遂げた人々、善き家庭人として子育てや家事を支えてきた人々が、人間性を否定されるような環境で人生の最終期を過ごすのかと考えると胸が痛みます。表面化したものはごく一部であって、人知れず耐えている高齢者は全国各地にいると思います。今の日本を築き上げてきた方々を、このような劣悪な状況に置いたままで、私たち日本人は本当によいのか? また、自分自身もいずれそうなる運命であることに、私たちは納得できるのか? 厳しく問題提記したいと思います。私には、今年で106歳の母がいます。明治生まれの母は、若い頃に多くの苦労を重ねながらも、私たち子供を育ててくれました。90歳を過ぎても元気で、兄の家族と一緒に暮らしながら、好きな日本舞踊の稽古に打ち込んでいました。ところが12年ほど前、突然、くも膜下出血で倒れたのです。幸いなことに、緊急搬送された『千葉県救急医療センター』には、脳神経外科部門に優秀な医師が多く在籍していました。難しい手術に成功し、母は一命を取り留めました。しかし、母は意識こそはっきりしていて、言葉も出ていたものの、身体は思うようには動かせなくなってしまいました。更に、その翌年に髄膜炎を患い、言葉が出なくなってしまったのです。要介護5の認定を受け、医師からは「自宅で介護するのは難しい。施設に入れたほうがいい」と勧められました。介護という現実が、私の前に突然現れた瞬間でした。兄を中心に、病院や介護施設を幾つか見学しました。ところが、現場を見れば見るほど暗い気持ちに陥るばかりでした。聞けば、夜間は2人のスタッフで数十人のお年寄りのお世話をする等、常識的に考えればあり得ない態勢で回しているのです。それでは満足に目が行き届く訳がありません。

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テーマ : 病気と付き合いながらの生活
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