父親の脱税事件の影響か? 沈黙するWBA王者・井岡一翔の引退危機

20171107 11
TBSが2011年から6年連続で大晦日に世界タイトルマッチを組んで中継しているプロボクシングの世界3階級制覇で、WBAフライ級チャンピオンの井岡一翔が今、引退の危機に陥っている。彼の周辺については以前、本誌でも触れたが、事態はより深刻となっているようだ。所属の『井岡ジム』関係者から非公式に伝わった話によると、今年4月の試合以降、井岡はジムで練習をしておらず、次回防衛戦の目処は立っていないという。このままでは大晦日恒例の試合中継も無くなる状況だ。井岡自身が「このまま辞めるかもしれない」と知人に漏らしたという情報もある。スポーツ紙やボクシング専門誌は公式情報しか伝えない為、井岡の近況をファンが知らないまま、不気味な沈黙が続いている。一体、何があったのだろうか? 井岡が現在置かれている状況は、ワンマンで知られる父親でジム会長の一法氏と無関係ではないようだ。振り返れば、一法氏は息子のアマチュア時代から、ずっと二人三脚で付き添ってきた。一法氏の弟・弘樹氏は元2階級王者で、井岡は10代の頃からサラブレッドとして注目の的だった。高校6冠を達成する優秀な成績で、オリンピック出場こそ逃したものの、2009年に華々しくプロデビューを果たし、6戦目の日本王座決定戦を制して、最初のベルトを巻いた。2011年の7戦目、当時無敗の世界チャンピオン、オーレドン・シスサマーチャイからWBCミニマム級王座を奪取。5ラウンドでKOした試合は、まさにニュースターの誕生を印象付けるものだった。当時の井岡は「強い選手と戦いたい」と公言し、TBSが推していた亀田3兄弟の軟弱マッチメイクへの対抗意識も見えた。

同年の大晦日、TBSはまるで亀田から乗り換えるようにして井岡を起用し、『NHK紅白歌合戦』に対抗するコンテンツとした。3度目の防衛戦は、自分よりキャリアのあるWBA王者の八重樫東との統一戦だった。この強気のマッチメイクで井岡が勝利。業界で最も期待の大きいスーパースターとなったのである。ただ、将来への懸念もあった。井岡が制したのは、47.6㎏以下の最軽量クラスであるミニマム級。へビー級までの全17階級で最も層の薄いクラスなのである。この上の階級でこれまでのような快進撃ができるかどうかが焦点だった。しかし、井岡はここから方向性を大きく変えてしまった。1つ上のライトフライ級では当時、無敗の最強チャンピオンと言われたWBA王者のローマン・ゴンサレスがいたのだが、そこには挑戦しなかったのである。WBAは不自然なことに、ゴンサレスを“スーパー王者”に任命し、空席となったWBAの王座決定戦に井岡を出場させた。WBAに支払われるタイトルマッチ承認料は“ファイトマネーの割合”で決まる為、スターが出ると優遇する傾向にある。軽量級の世界タイトルマッチは、アメリカでは通常100~200万円程度のファイトマネーが相場だが、日本の井岡はその10倍はあった筈だ。そんな事情から、井岡は5位の選手に勝って2階級制覇を果たせたが、とても“制覇”とは呼べないやり方には、ファンから批判が起きた。しかし、本人は「記録に挑戦していかないと注目されない」と言い、強い相手よりも数字の肩書きを得るほうを優先。当然、TBSはこれを大絶賛して井岡を売り出したが、その大金が転がり込んだ先が父親の一法氏であり、そのワンマンな手腕は軈て“強面”な振る舞いとなって表れ、叔父の弘樹氏との仲にも亀裂が入ったほどだった。一法氏は、弘樹氏のジムと分裂する形で独立。その頃からビジネス優先のマッチメイクに変わり、勝てそうな対戦相手を選ぶようになっていった。それが顕著だったのが、前述したゴンサレスとの統一戦回避だった。WBAから統一戦を指示されても井岡は応じず、ゴンサレス陣営に現金を渡して対戦を許してもらった話が漏れ伝わった。TBSは結局、井岡を亀田同様の“籠の鳥”に育て、安全防衛ロードに陥らせたのである。テレビ局にとっては、スター選手が地道に長生きしてくれたほうが視聴率が安定するからだ。ただ、この路線だと、亀田同様に“数字の記録”というテレビ向けの看板は必要になり、井岡は2014年、フライ級で“3階級制覇”を狙ってIBF王者のアムナット・ルエンロンに挑んだ。同選手は、アマチュア時代に井岡を下している北京オリンピック出場者。TBSは“因縁の相手”と伝えて盛り上げることができたが、ミニマムから比べると約3㎏重いフライ級では井岡のパンチは相手に効き難く、試合は判定負け。この初黒星が余程ショックだったのか、井岡は更に保守的な路線を強めた。

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【体技心・田中将大4年目の挑戦】(07) “10月の男”NY絶賛

20171102 07
田中にとって、2017年は4年目で最も長いシーズンとなった。プレーオフでの最終登板は、今月18日のア・リーグ優勝決定シリーズ第5戦。『ヒューストンアストロズ』のエースである左腕のダラス・カイケルに7回無失点で投げ勝ち、優勝に王手をかけた。翌日は、辛口で知られるニューヨークのメディアも、一斉に“TANAKA”を大きく扱った。プレーオフに活躍する選手を讃える“ミスターオクトーバー”という称号にかけて、“MR.TANAKTOBER”との見出しも躍ったほど。結果的にチームはワールドシリーズ進出を逃したが、田中自身は3試合に登板して2勝1敗、計20回を投げて防御率0.90。称号に相応しい働きを見せた。『ニューヨークヤンキース』が優勝決定シリーズに進んだのは、2012年以来5年ぶりだった。当時の主力だったデレク・ジーターは2014年に、アレックス・ロドリゲスは昨季に現役を引退。代わって、今季はア・リーグ本塁打王に輝いた25歳のアーロン・ジャッジや、24歳のゲイリー・サンチェス、チーム最多タイの14勝をマークした23歳のルイス・セベリーノら若手がチームを引っ張り、新時代の到来を予感させた。

「4年ずっと、一緒に戦っている選手はほぼいない。時間の流れは勿論感じる。長年、チームの核となってきた選手たちが引退したりして、若い世代が沢山出てきた。間違いなく、チームは今そういう時期」と、中堅に差し掛かった28歳は言う。更に、「苦しみながらも自分自身でそれを打開していって、成長に繋げていっている選手が沢山いた。それがチーム力の向上に繋がった」。田中もまさに、その1人だった。打たれて、負けて、それでも自分と向き合い、前に進んだからこそ、「今季が始まる前の自分とは、明らかにちょっと違う」と言い切れる今がある。ヤンキースと2014年からの7年契約を結んだ田中は、4年目の今季終了後に残り3年間の契約を放棄してフリーエージェントになることができる“オプトアウト”の権利を持つ。優勝決定シリーズで敗退した今月21日、田中は「ここまで来る道程は平坦ではないし、簡単なことではないけれど、一番高いところは掴み取りにいきたい」と、手の届かなかった“世界一”への意欲を新たにした。契約については多くを語らなかったものの、伝統球団の新たな歴史を築く背番号19と仲間たちの物語には、未だ続きがある筈だ。今季も、田中は主に登板前日と登板後、報道陣の質問に答えてきた。単純に計算して、レギュラーシーズンとプレーオフで計33試合に登板したので、66回。「良い時に答えるのは当たり前。悪い時にもしっかりと答えるという思いは、自分の中にある」と話す通り、連敗中や、内容が良くなかった試合の後のほうが、より言葉を尽くしていたように思う。「苦しいことが凄く多かった」と振り返った今季最後の囲み取材は、普段より少し長めの9分48秒だった。 (ニューヨーク支局 宮崎薫) =おわり


⦿読売新聞 2017年10月25日付掲載⦿

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【体技心・田中将大4年目の挑戦】(06) 「一番高いところへ」

20171101 01
ワイルドカードゲームの登録メンバーから外れ、仲間の奮闘を見守った田中は、試合後は笑顔でシャンパンファイトの輪に加わった。そして、「勝利はチームの力。この試合では何もしていないので、次のステージでは貢献できるように」と誓った。遡ること10日前。トロントで行われた『トロントブルージェイズ』戦でプレーオフ進出を決めた後、田中はすっきりしない表情で1度目のシャンパンファイトに参加していた。前日の9月22日に6回途中8失点で、チームも敗れていた。「昨日の今日で、何とも言えない。複雑です、正直なところ。今季は僕自身が足を引っ張る形になってしまっている」。正直過ぎる本音だった。誰もが認めるエースとして、3年連続開幕投手を務めた今季、好不調の波に苦しみ、13勝を挙げながらも12敗を喫した。打ち込まれた試合ではファンからはブーイングを浴び、ニューヨークのメディアからは厳しい批判も浴びたが、静かに受け止めた。「結果が出ていなかったらエースとは言われない。特に、ここ(※『ニューヨークヤンキース』)では」。

周囲が決める“エース”の称号に拘りは無い。「野球をやる上で、エースだろうが何番手投手だろうが関係ない。(エースの看板を)背負おうが背負うまいが、やることは変わらない。だから、自分に勝手にプレッシャーをかけてもしょうがない」。それでも、チームが自分に寄せる期待・求める働きは十分に理解している。ア・リーグ東地区を制した『ボストンレッドソックス』とは、2ゲーム差の2位。「自分がもっとちゃんと投げていれば優勝も出来ていた」という後悔は消えていない。『東北楽天ゴールデンイーグルス』での最終年となった2013年。レギュラーシーズンは24勝無敗と圧倒的な成績を残し、『読売ジャイアンツ』との日本シリーズでも先発、抑えと大車輪の活躍で、球団創設9年目で初の日本一に導いた。自他共に認める野球人生最高のシーズンだった。「(そういう経験は)何回でもしたい。皆、一番高いところを目指している。そういう世界にいる訳だから。ここ(※大リーグ)でも、それは変わらない」。メジャー4年目の今年。ワイルドカードから勝ち上がったチームは、5年ぶりに地区シリーズの扉を開いた。レギュラーシーズンの悔しさを抱える右腕に、挽回のチャンスが巡ってきた。シャンパンファイトの会場になるのは、各球場のクラブハウス。日本とは違い、普段はこのクラブハウスが試合前後に報道陣に開放され、選手への取材も主に其々のロッカーの前で行われる。着替えの最中に記者が背後で待ち構える状況に、田中は「最初は違和感がありましたよ。でも、こういうのにも慣れないと、こっちではやっていけないから」。グラウンド外の姿も、すっかり大リーガーだ。 (ニューヨーク支局 宮崎薫)


⦿読売新聞 2017年10月5日付掲載⦿

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【ハリルJロシアへ】(下) 球際の強さ、芽生えた

20171027 03
期せずして、日本がW杯出場を決めたのは、4年前に続き、又も『埼玉スタジアム』でのオーストラリア戦だった。2013年6月は、日本がボールを支配しながら失点し、PKで追いつく展開。今回は様相が違った。ボール支配率で大きく劣りながら、チャンスの質と量で圧倒。ヴァヒド・ハリルホジッチ監督が「ボール支配率が50%以下の時に良い試合をする」と睨んだ通りの快勝だった。就任当初から、相手ゴールに速く、効率的に迫る“縦への意識”を植え付けようとした。その為に、フランス語で“決闘”を意味する“デュエル”も求めた。1対1でもボールを奪い切る球際の強さだ。共に現在、世界で必須とされる要素。関連して用いられる、プレーの激しさや強度を指す“インテンシティー”の言葉は、2010年W杯の頃から頻繁に使われている。当時は『FCバルセロナ』(スペイン)の黄金期。ハリルホジッチ監督は、流麗なパス回しよりも、「お手本にしたのは高い位置でボールを奪うことだ」と守備に着眼。今では、「バルサのゆっくりゆっくりという(パス回しの)スタイルは、もう終わった」と考えている。

球を失ったら瞬時に奪い返して、また前線へ。立ち止まってパスを受けては遅い。相手の背後を突き、その先にパスが送られてこそスピードは上がる。様々な選手を試し、実践できる戦力を探した。今回のオーストラリア戦、1点目は浅野が相手DFラインの背後を突き、2点目はFW原口(※へルタ)が奪っての速攻。追求したスタイルを具現化する2ゴールだった。ただ、世界の舞台で通用するかは未知数だ。現体制で前回ブラジルW杯の出場チームと対戦したのは、アジア勢を除けば昨年6月のボスニア・ヘルツェゴビナだけ。それも球際で押され、逆転負けしている。最終予選、前線でボールを収め、戦術の要になったFW大追(※ケルン)も、「個々の勝負で後手後手になると苦しくなる」と戒める。現状では、その大迫を脅かす駒も足りない。デュエルやスピードという“個”で渡り合えなければ、指揮官の巧みな用兵も緻密な戦略も実を結ばない。ロシアW杯まで9ヵ月。出場を決め、感極まって目頭を押さえた指揮官は、翌日、厳しさを取り戻した。「ツーリスト(旅行者)として行きたくない。準備は、本番3週間前からするものでもない。選手全員に『準備しなさい』と言いたい」――。日本全体への号令だった。

               ◇

藤基泰寛・青柳庸介が担当しました。


⦿読売新聞 2017年9月5日付掲載⦿

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【ハリルJロシアへ】(中) 好不調を数値で把握

20171027 02
1試合当たりで全選手の走行距離は計120㎞、スプリントは計230~250回、枠内シュート率は50%、クロスを味方に合わせる成功率は30%、へディングで競る空中戦の勝率は50%、ボールを失う回数は50回以内――。サッカー日本代表のヴァヒド・ハリルホジッチ監督は昨年末、チームの試合データを報道陣に解説し、数値目標を明かした。「統計が真実かはわからないが、数字上は伸びている。ただ、改善しないといけない。数字で評価するのは、やはり面白い」。電気技師を夢見ていた子供の頃から「数学が大好きだった」という。ミーティングでも、プレー映像だけでなく、統計データも活用する。選手の体脂肪率や心肺機能を測定し、徹底した自己管理を求める。東京都内にある『日本サッカー協会』ビルの執務室に通うのも、歴代監督に無かったスタイルだ。代表候補約50人について、毎試合のパフォーマンスを視察や映像を通じて5段階で継続査定。

最高評価の青から緑・黄・オレンジ・赤と下がっていく色分けで、好不調が一目でわかるよう管理している。コーチ陣と頻繁にミーティングを重ね、対戦相手や試合環境の分析も抜かりない。今年3月のアラブ首長国連邦(UAE)戦では、貴賓席で見る同協会の西野朗技術委員長をハーフタイムに控室に呼び、戦術が機能しているか助言を求めたほどだ。自他共に認める“完璧主義者”。負けず嫌いで、「負ければ病気になる」が口癖だ。「分単位でいい事をしたい」という猛烈な仕事ぶりに面食らったスタッフや選手も少なくない。海外組が多い為、帰国後の疲労回復や練習時間の短さに苦心してきた。『Jリーグ』の試合日程や、レベルの未熟さ等に苦言を呈したこともある。主将のMF長谷部(※フランクフルト)は、「監督は正直に全部話すので、選手も多少誤解するところがあるのだろう。思考の違う人と仕事することで成長できると、僕自身は思う」と受け止めている。選手たちを前に、チーム作りを家に例えたことがあるそうだ。「先ず、基礎をしっかり造る。その後に1階・2階――。W杯は3階だ。土台がしっかりしていれば、高い家を造れる筈だ」。歯に衣着せぬ物言いも、周囲との摩擦を恐れぬ姿勢も、W杯で高みを目指す為。チームでは、こうも唱えている。「君たちを愛する為に日本に来たのではない。一緒に勝つ為に来たんだ」。


⦿読売新聞 2017年9月3日付掲載⦿

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【ハリルJロシアへ】(上) 若手、果敢に起用

前回W杯でアルジェリアをベスト16に導いた経験を持つヴァヒド・ハリルホジッチ監督(65)の下で、日本代表はW杯出場を決めた。苦しんだ予選から、日本の現在地と目指す方向を検証する。

20171027 01
「先発と確実にわかったのは前夜だけれど、トレーニングの流れから予想はしていた」。2-0の快勝でサッカーワールドカップロシア大会出場を決め、日本中が歓喜に沸いた先月31日のオーストラリア戦後、先制点のFW浅野(※シュツットガルト)は内幕を明かした。22歳の抜擢は、当初からハリルホジッチ監督の構想にあった。2015年3月の就任から半年もしない頃、指揮官は偶然見た映像に驚いた。札幌に韓国を迎え、MF香川(※ドルトムント)が2得点、FW本田(※現在はパチューカ)もゴールした2011年8月の試合。それから4年を経ても、「顔ぶれがほぼ同じ。新しい選手が食い込んでいない」と痛感した。「時間をかけて多くの選手を追跡し、可能性を齎したい」と、1年目は幅広く選手を招集。技能だけでなく、人間性も含め、“資格”を見極めた。その上で、2年目の昨年9月に始まったアジア最終予選では、若手にもチャンスを与えた。

初戦黒星となったアラブ首長国連邦(UAE)戦は、当時23歳のMF大島(※川崎フロンターレ)を先発起用。常連の主力が所属クラブで出番を減らし、やりくりで若手に頼らざるを得ない事情も当初はあり、「(候補の)分母が広がっていない」と憂えた。しかし、昨年暮れからFW久保(※へント)が台頭し、本田の定位置を奪った頃から若手登用は加速。負傷者が続出した今年6月のイラク戦では、遠藤(※浦和レッズ)・井手口(※ガンバ大阪)の20代前半の2人が中盤を担った。そして、今回のオーストラリア戦では、「相手に敬意を払い過ぎ、恐れている」と指揮官に注文をつけられてきた井手口が、予選突破を決定付ける強烈なミドルシュート。先発メンバーで、2011年の日韓戦をプレーしていたのは3人だけで、最終予選で初めて本田も香川もピッチに立たない試合となった。2011年アジア杯を制し、長く主軸を担ってきた側も、レベルアップには新風が必要と感じていた。予選を通じて久保にサイドでの動きを助言し、オーストラリア戦では井手口を真っ先に祝福した本田は、「一番の収穫は、僕と(香川)真司が出ない試合で勝ったこと」と口にした。DF吉田(※サウサンプトン)も、「こんなに若手にチャンスを与えてくれる監督はいない」と更なる底上げに期待する。中々出ずにいた世代交代の芽が、一気にリオデジャネイロオリンピック世代まで広がり、来年の本番に向けてチーム内競争を高めていく。


⦿読売新聞 2017年9月2日付掲載⦿

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“スポーツマフィア”電通が大学に接近…日本版NCAAで一儲け画策

20171013 05
スポーツビジネスを牛耳る『電通』が、大学スポーツにも触手を伸ばそうとしている。中心となっているのは、同社スポーツ局スポーツ二部の花内誠部長で、大学スポーツをアメリカ並みに振興させようと目論む文部科学省と手を結んでいる。文科省は今年3月、『大学スポーツの価値の向上に向けて』という検討会議の取り纏めを発表。アメリカでは『全米大学体育協会(NCAA)』を中心に、バスケットボール等の人気競技の年間市場規模は8000億円を超える。文科省は、“日本版NCAA”の創設を企図している。文科省が検討会議を設置した昨年春、花内氏も『スポーツ産学連携』と題するリポートを発表。内容は、「商業主義をやんわりと否定しつつ、日本版NCAAを創設するという文科省取り纏めの叩き台のよう」(電通関係者)。文科省の取り纏め後も自民党の勉強会に出席し、日本版NCAAの旗振り役となっている。NCAAの年間収入は800億円を超え、殆どが放映権料だ。また、100億円を超える有名大学体育局の収入の2割程度を支えるスポンサー収入も、電通が食い込める分野。『箱根駅伝』は真っ先にターゲットにされるとみられる。


キャプチャ  2017年9月号掲載

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【天下の暴論2017】第2部(01) 北朝鮮と共催なら日本は平昌五輪をボイコットせよ

20171004 01
びっくりである。2018年冬、韓国の平昌で行われる予定の冬季五輪に、韓国が北朝鮮の選手の参加や、北朝鮮の会場使用等を『国際オリンピック委員会(IOC)』に正式に要請し、あろうことかIOCがそれを支援する意向だと公になった。始まりは6月20日。韓国の都鍾煥文化体育観光大臣が、「北朝鮮北部の馬息嶺スキー場での一部競技開催を検討する」と表明したことだ。都氏は“南北共催”を目指す方針等を披露した。この発言が内外から波紋を呼ぶと、韓国当局者は「都氏の発言は馬息領を練習に使うことを念頭においたものだ」とトーンダウン。しかし、6月24日には、文在寅大統領が「韓国と北朝鮮の合同チーム結成、開会式の合同入場を目指す」と表明。IOCと北朝鮮に協力を要請した。その後、北朝鮮やIOC側から「(時間的にも)合同チーム結成は困難」と反応されるのにもめげず、文大統領は7月3日、IOCのトーマス・バッハ会長と会談。バッハ会長は、「北朝鮮選手団が参加することが望ましい」との認識を示した。共同開催から選手団の参加へと、随分と話は小さくなったが、実は未だ北朝鮮は参加を表明していない。1988年のソウルオリンピックの時には北朝鮮の選手団は参加しておらず、文大統領としては韓国史上初めて、北朝鮮選手団を招聘した大統領としての名誉が欲しいらしい。「北朝鮮選手団の参加が望ましい」という認識をバッハ会長が発表して直ぐ、7月4日には北朝鮮がICBMと主張するミサイルを発射している。「最早、IOCがこれ以上、北朝鮮に譲る姿勢を見せることはない」とみていた。しかし、である。「7月9・10日のジュネーブの会議で、IOCは北朝鮮の選手の参加を支援する意向を固めた」と、11日の『YouTube』動画で公開されたという。現在まで、「日本が抗議をした」という報道は無い。これはどういうことなのか?

日本は数十年に亘り、多くの国民が誘拐・拘禁されたままという拉致問題を抱えている。それは現在未だ進行しており、人道的且つ人権の問題だ。それを無視して、北朝鮮をオリンピックに参加させようという一連の動きに対して、何らかの抗議をしなければおかしい。とはいえ、文大統領は、北朝鮮の核開発に対しての強い非難を、訪問中のべルリンでの演説において行っている(※7月6日)。しかし、同じ演説の中で、「北朝鮮とのオリンピックの共同参加が、平和と南北統一の為に不可欠だ」とも言っている。順番、おかしくないですか? 北朝鮮の核開発を非難するなら、現時点では「オリンピックを一緒にできない」と言うべきだろう。左手で拳を振り上げて怒りながら右手で飴玉を出していては、相手が本気で反省する筈がない。これでは韓国が、加えてその意向を取り入れたIOC委員全員が、北の核開発を認めているということになってしまう。ここまで恥知らずでオープンな二枚舌演説は、末代まで語り継がれることになるだろう。更に、こういう国の口車に乗り、北朝鮮の参加を「平和的提案だ」とばかりに歓迎するIOCの委員は、全員、頭がおかしいと思われる。今後、北朝鮮の繰り返されるミサイル発射に怒ったアメリカの圧力によって、意見が撤回される可能性も高いが、現在までのあまりにも安易な決定だけで、全員が罷免されるに十分である。オリンピックは抑々、戦争ばかりしていたアテネとスパルタの停戦協定で始まった。「いつも戦争をしているけれども、祭典の時だけは戦いを忘れてスポーツを楽しもう」というのが一般的な説。そんな歴史を持ち出せば、「今は朝鮮半島が危機的状態だが、だからこそ北朝鮮にオリンピックに参加してもらい、南北朝鮮の統一への一里塚とすべきだ。スポーツに政治を持ち出してはいけない」と、無理矢理主張することも可能だ。しかし、1発の核弾頭が無数の命や数世代の健康を奪ってしまう現代の戦争と、数千年前の戦争を等価に見ることは到底できない。また、オリンピックの祖であるピエール・ド・クーべルタン男爵が近代オリンピックを提唱した時、既に普仏戦争は終わっており、“停戦”を前提にしていた訳ではない。更に、北朝鮮は“只今戦争中の普通の国家”ではなく、テロ国家である。国策として、拉致・贋金作り・武器の輸出入・麻薬の売買等、多くの犯罪に手を染めているのは世界中の知るところ。そんな北朝鮮の参加を認めるのは、『IS(イスラミックステート)』を含む他のテロ国家の参加を認める前例を作ることになる。一体、テロリストに対して「“停戦条約”なるものを結び、平和を祈って一時スポーツを楽しもう。オリンピックの間はテロ無しね?」等という理屈が通ると、誰が思うのか? また、そんな大会に参加する選手と観客の安全を、どう保証するのだろうか?

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【体技心・田中将大4年目の挑戦】(05) ローテ守る責任感

20170912 08
日本より約20試合多い年間162試合を戦う大リーグ。ナイター後にチャーター機で移動して、翌日の朝方に到着した都市で、その夜にまた試合をすることが日常の過密日程だ。先発投手は原則5人を中4~5日で回すが、一度も休まず年間33~34試合を投げ切れる投手は、メジャー全体でも例年数えるほどしかいない。先月27日にアメリカ通算100試合登板を果たした田中は、前日にこう話していた。「時間がかかった。ちゃんとローテーションを守っていたら、(4年目の)今季前半くらいには達成できた数字じゃないかなと思う」。1年間投げ続けることへの拘りは強い。先月、田中は2年ぶりに故障者リスト(DL)に入った。9日の登板後に右腕に普段と違う疲労感を感じ、首脳陣に伝えた。先発の柱を1試合でも欠くことは、チームにとって大きな痛手であると重々承知の上で、「残りのシーズン全部パーになるほうが、よっぽど迷惑をかける」と決断した。

「葛藤はあったか?」と尋ねると、「勿論ある」と即答し、続けた。「『どこの張りも感じない』とか、『どこの痛みも無い』とか、そんな選手、皆無でしょ。絶対に、自分の体の状態との鬩ぎ合いがある。ギリギリの決断ですよね」。11年間のプロ生活の中でも、苦渋の選択を迫られる瞬間は幾度もあった。『楽天イーグルス』時代の2010年8月29日。先発した『西武ライオンズ』戦の序盤で右胸を痛めた。「2~3回で『やばい』って感じだったけど、チームも苦しい状況だったし、こんな早い回で降りたらダメだな」と6回まで投げた。翌日、右大胸筋部分断裂で全治3週間と診断され、残りのシーズンを棒に振った。「(続投は)若さ故のところもあった。本当に賢い判断だったら、(痛みを感じた)その時点で止めておいたほうが良かったとも思う」。“体”を“心”でカバーしようとした21歳の日の経験は、苦さと共に脳裏に刻まれている。今回の田中は、登板を1回飛ばしただけでDLから戻り、先月22日の『デトロイトタイガース』戦は7回3失点で9勝目。中4日で臨んだ27日の『シアトルマリナーズ』戦は7回1失点で4年連続の10勝目に到達した。「僕はその時、それが最善だと思って、いつも選択している。何が正解かなんて、その後にしたことで評価される」――。28歳になった右腕が葛藤の中で下した決断を、きっと周囲は正解と認める筈だ。「『投げる前にこれをしなきゃいけない』というルーティンは特に無い」と話す田中だが、ニューヨークの本拠地『ヤンキースタジアム』で登板する日は、デーゲームなら朝食に、ナイターなら昼食に、自宅で必ずオムライスを食べるのが習慣になっている。料理の腕前に定評のある妻の里田まいさん手製の“勝負メシ”も、長いシーズンを戦う田中の体を支えている。 (ニューヨーク支局 宮崎薫)

⦿読売新聞 2017年9月1日付掲載⦿

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<画像5枚> “ハマの守護神”山﨑康晃が連泊愛した“勝利の女神”

20170908 10
密着したり、手を繋いだり、幸せそうな2人。連泊デート中、食事は「家で取っていた」(山﨑)という。

20170908 11
『ニトリ』で家具を吟味する姿は新婚夫婦のよう。途中、ファンに見つかったが、堂々と写真撮影に応じた。

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George Clooney

Author:George Clooney

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