【崩壊する教育現場】(20) 浮かび上がる多くの課題…いじめは何故認定が難しいのか?





20180319 12
教育の現場で深刻な問題でありながら、中々無くならないのが苛めだ。2015年度に全国の小学校・中学校・高校・特別支援学級が認知した件数は22万と過去最多だった(※右図)。認知件数が増えているのは、滋賀県大津市の中学2年生の男子生徒が2011年10月に自殺した事件がきっかけだ。学校や市教育委員会は当初、苛めを知っていたことを認めなかった。市長の下に調査委員会が設置され、2013年1月、「苛めが原因だった」と結論付けた。これを機に同年6月、『いじめ防止対策推進法』が議員立法で成立した。苛めを理由に自殺・自傷・不登校・財産的な損害等が起きた場合は、“重大事態”と位置付け、学校や教育委員会の下で調査委員会が設置される仕組みが整った。学校側も苛めの調査をより徹底して行なうようになった。苛めの定義も以前とは大きく変わっている(※左下表)。嘗ては「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」としていたが、「“一方的”・“継続的”・“深刻な”という基準に当て嵌まらない」として件数に含めていないものがあった。そこで定義が変更され、苛めと見做す範囲が広くなったことも、認知件数が増えた一因だ。

それでも苛めを苦にしたと思われる自殺が起きた時、学校や教育委員会は苛めを認定しなかったり、自殺との因果関係を認めなかったりすることがある。何故なのだろうか? 1つは、正確な情報が掴めないケースだ。学校が苛めを認知する際に最も大事なのは、早期に情報を得ること。だが、苛めの情報は噂や報道に影響される為、日数が経たないうちにアンケートや聞き取りをしないと、正確な情報が掴み難くなってしまう。最近はスマートフォンに苛めの痕跡が残っている可能性が高いのに、閲覧できないことがある。セキュリティーが高度で、『iPhone』等一部の機種はパスワードがないと業者でも解除できない。そして、そのパスワードは自殺した本人しかわからない。2013年8月、熊本県立高校の女子生徒(※享年15)が自宅で自殺した。生徒は生前、コミュニケーションアプリ『LINE』でのやり取りをスクリーンショットで保存し、母親に送信していた。「どんだけへぼい(※出来が悪い)と」「逃げんなや」「レスキュー隊呼んどけよ」。こうしたやり取りの一部はわかったが、本人が持つiPhoneの解析ができない為、全容はわからずじまいだ。2015年9月、東京都立高校の男子生徒(※享年16)が、JR中央線大月駅で電車にはねられて死亡した。自殺とみられている。生徒のiPhoneはロックされていたが、加入していたクラウドサービスのメールとパスワードは判明し、バックアップから一部は復旧できた。消されていた『ツイッター』のアカウントも復活できた。「疲れた」「死んでしまいたい」。ツイッターにはそうした呟きがあり、悩んでいたことが窺えた。メモ帳アプリ内に「よし死ね」という文字データが見つかった。保存日時は亡くなる前日。鑑定では、「他人から送られてきた可能性あり」との結果だった。だが、具体的な悩みは特定できなかった。もう1つは、一定の事実が明らかであっても、学校・教育委員会・調査委員会が「苛めの定義に該当しない」、或いは「苛めとの因果関係がない」と主張するケースだ。20111年8月、『東京電力』福島第1原発事故を受けて、当時小学2年生の児童は横浜市へ転校した。調査委員会によると、小学2~4年生の時期に“菌”と呼ばれ、5年時には“プロレスごっこ”で叩かれていた。中学生になっても苛めは続き、2014年5月からの1ヵ月間で約150万円を渡していた。だが、調査委員会は当初、この金銭授受を苛めから逃れる為の“おごりおごられ行為”とし、「苛めと認定することはできない」とした。これに批判が殺到し、最終的には市長が苛めと認めて謝罪した。

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【崩壊する教育現場】(19) 5年前から閉庁日設定…改革先行する横浜市

20180312 13
教職員の負担軽減策として、今年は多くの地方自治体が夏休み期間に“学校閉庁日”を導入したが、全国に先駆けて5年前から実施しているのが横浜市だ。同市は8月3~16日の2週間は、市が主催する研修を行なわず、学校の判断で学校閉庁日を設定できる。電話応対は留守番応答機能付きの電話機で行ない、緊急時は教育委員会学校教育事務所で受けられるようにした。2017年度は9割超の学校で実施している。目的は、教員に有給休暇や振り替え休暇の取得を促す為だ。横浜市立学校の教職員を対象にした2013年の調査によると、1日の平均業務時間は11時間27分、休日出勤を月4日以上している教員が35.9%もいた。調査結果では、経験が浅いほど勤務時間が長くなる傾向にあった。横浜市の教員の年齢構成を見ると、約6割が経験年数10年以下で、5年以下も約3割いる(※2015年4月時点)。

定年退職でベテランが減っていくことを考えると、更なる長時間労働になることが予想された。そこで逸早く負担軽減に向けた施策を打ち出したのだ。取り組みは学校閉庁日だけではない。教員にとって最も大切な業務は授業と授業準備だ。一方で、調査・報告・会議・打ち合わせ等の業務を負担に思う教員は少なくない。そこで横浜市は、調査・依頼事項の削減に動いた。教育委員会主催の集合研修も目的や内容を精査し、回数を3割削減した(※右上表)。様々な専門スタッフを配置し、教員の負担を軽減している。“職員室業務アシスタント”は、職員室における印刷や電話応対等、事務的な業務をサポートする。小学校の理科の授業では、実験準備と片付け時間が教員の負担になっていた。そこで“理科支援員”を配置。教員が授業内容の充実や指導力の向上に力を注げるようになった結果、「理科の勉強が好き」と答えた子供が1割増えた。特別な支援を必要とする児童・生徒や、多様化する保護者への対応を行なう専門スタッフもいる。“児童支援専任教諭”は、苛めや不登校等の問題を未然に防止、早期解決を図る為、2014年度から全小学校に配置した。全ての小中学校で週1回程度相談を受ける“スクールカウンセラー”や、児童相談所等の外部機関と連携して解決に当たる“スクールソーシャルワーカー”も置いている。それでも、「教員の多くは児童・生徒の為に底なしに働いてしまう」(横浜市教育委員会事務局教育政策推進課の島谷千春担当課長)。今後は、教員の意識改革も含めて負担軽減を図っていく。 (取材・文/本誌 中原美絵子)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(18) 誰の為にあるのか…揺らぐ『PTA』の存在意義





20180305 12
子供を学校に通わせている保護者にとって、厄介なものと感じられるのが『PTA』だろう。『学研教育総合研究所』の調査によると、PTAに「全く関わりたくない」「あまり関わりたくない」と回答している人が6割を超えている(※左下図)。但し、メディア等を通じて伝え聞くイメージがあまりにも悪過ぎて、保護者の中には内容を理解せずに食わず嫌いのまま避けてしまっている人も少なくない。PTAとは一体どんな組織なのか、解説していこう。PTAは戦後、日本の民主主義教育推進の為に、アメリカが勧奨して広がったものだ(※右表)。現在の主な目的は、“保護者と学校・先生が協力し合って子供たちの為のことをする”ことだ。保護者と学校は子供の教育や生活に関わる責任を巡って、対立関係に陥りがち。そこで、両者が協力して子供たちの為に行動しようという発想が、PTAの根本にあると考えられる。PTA活動の量や種類は地域や学校によって異なるが、給食エプロンの補修や校庭花壇の手入れ等学校の備品や施設の保全サポートをする活動、運動会・入学式・卒業式等学校行事の手伝いをする活動、バザー・資源回収・ベルマーク活動等学校にお金や備品を寄付する為の活動――等がある。また、近年は通学路での交通見守りや不審者パトロール等学校の敷地外での安全サポート、地域と学校の連携イベントを行なうPTAも増えている。子供に関するものだけではない。講習会や給食試食会の開催等保護者の学習を目的とした活動や、役員選出や広報紙作成等活動内容を維持したり知らせたりする為の活動もある。嘗ては保護者のバスツアーや遠足、お茶菓子をつまみながら情報交換のお喋りをするといった懇親会もあったが、現在は無くなっているところが多い。保護者が楽しめる活動は減り、子供の為の活動や保護者の学習の為の活動は増加傾向にある。

PTAの目的や活動は決して悪いものではない。にも拘わらず敬遠されるのは、幾つか理由がある。その1つとして挙げられるのが、「人間関係が煩わしい」ことだ(※左下図)。PTAは抑々任意加入のボランティア団体だが、加入や活動への参加、会費の支払いをしばしば強制される。“自分からやる人が少ないから強制的にやらせる”という発想になるのだろうが、それが原因で人間関係が悪化し易い。これを嫌って、益々やる人がいなくなる――という悪循環に陥っているのだ。中には仕事等が忙しくて活動への参加が難しい家庭や、会費を払う余裕がない家庭も存在するのだが、そんなことは基本的に考慮されない。また、PTAでは活動するメンバーの多くが毎年入れ替わる為、何の為にPTAがあるのか、各活動が何の為に行なわれているのかという目的が伝わらないまま、仕事だけが踏襲されがちだ。その為、毎年恒例の活動を前年通りに熟すことや、活動を継続すること自体が目的になってしまっている面もある。すると、段々と本来の目的から外れた活動や、目的に照らして効率の悪い活動も出てくる。目的の見えない仕事をするのは、誰にとっても苦痛だ。会員の“やらされ感”が強まるのは止むを得ない。組織形態も活動を強制する一因になっている。今も多くのPTAが採用する“委員会”方式(※右下図)は、“各クラスから必ず委員を選出する”という決まりになっている。このルールの下では、自分からやる人がいなければ強制的に委員を出さざるを得ない。だから、じゃんけん・籤引き・不在者投票等で強制的に委員が選ばれてしまい、泣き出す母親が出てくる。PTAの強制力が高まってきた背景には、家庭の変化もある。少子化に伴って、抑々保護者の数が減ってきている。共稼ぎ家庭や一人親家庭が増え、PTA活動に時間やパワーを割ける専業主婦のいる家庭が減った。ところが、仕事量は昔とあまり変わらないか、増えていることが殆どだ。“子供の為”の活動なので、増やすのはいいこととなるが、減らすのには抵抗がある。その点は教員の仕事と同じだ。現在のPTAは、担い手に対して仕事の量が多過ぎる為、より“強制してでもやらせる”という発想が強くなっている。本来の目的を知っていれば協力しようと保護者が思うであろう活動でも、目的を伝えずに最初から活動を強制してしまっていては、保護者の拒否感が大きくなるのは当然だろう。では、実際にやってみるとどうなのか?

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【崩壊する教育現場】(17) 「学校の問題は社会問題、教員だけでは解決不可能」――藤原和博氏(奈良市立一条高校校長)インタビュー

複雑な問題を抱える学校の教員たち。解決策はあるのか? 民間企業出身の校長として学校改革に力を注ぐ奈良市立一条高校の藤原和博校長に聞いた。 (聞き手/本誌 中島順一郎)



20180226 14
――何故、こんなにも教員は忙しいのでしょうか?
「先ず、学校で起こる問題は社会問題であるということを認識してほしい。社会問題はガードが一番弱い子供たちに表れる。その中で一番根深い問題は、子供たちが多様化し、家庭も複雑化していることだ。例えば、軽度発達障害の子が5人いたとする。其々学習障害であったりアスペルガー症候群であったり、症状が違うから、十把一絡げに対応できない。家庭の複雑化についても、虐待や離婚が増えていて、保護者が問題を抱えていると、それが子供に出てくる。これは最早教育問題ではない。福祉、医療、警察、教育等を全部繋げて社会的な解決を図る必要がある。もう教員だけで学校の経営はできないんですよ。だから外部の力を借りる必要がある。それが文部科学省の言う“チーム学校”(※学校や教員が心理や福祉等の専門スタッフと連携・分担する体制)という姿だ。それから、僕が雛形を作った学校支援地域本部(※現在は地域学校協働本部)は全国に広がっていて、先進的なところはコミュニティースクールとして地域社会と教員が学校を共同経営している。大事なのは学校を孤立させないことです。但し、地域社会も高齢化して力が無くなってきている。その力を学校の中で生かすには、町内会長や商店会長に頼るのではなく、大学生等の若い力や、団塊の世代で海外経験があるような人を取り込んでいかないといけない」

――その改革は誰が主導してやればいいのでしょうか?
「校長と教育長だ。そして、両者が動き易くなる為には、自治体の首長の頭が柔らかくないとダメ。予算を取るのは首長であり、人事権を持つのは教育長。首長が『自分が責任を取るから思いっ切りやってくれ』と言えば、教育長は動く。そして、校長の仕事は従来のような管理では最早通用しない。学校の内部と外部を繋いで付加価値を生み出すマネジメントが必要な段階に入っている」

――教員上がりでマネジメントの経験は無い校長が多い中、本当にそれができるのでしょうか?
「教員上がりでも突然変異した人がいるんですよ。海外の日本人学校を経験した人とか。はっきり言うと、教頭はやらないで校長になったほうがいい。教頭の仕事は管理だから、事故を無くすことが最優先。5年ぐらいやると守りしかできなくなる。校長になってリハビリをしても手遅れだ。『民間企業出身の校長を増やせばいい』という意見もあるが、給料が安い。僕が東京で校長をやっていた時は、50代で年1000万円台だったけれど、有能なビジネスパーソンはその2~3倍は貰っているから来ない。それより、民間感覚のある教員上がりの人を校長にしたほうがいい。その感覚を持たせるのは研修だけでは難しいから、民間企業や海外に派遣する。但し、予算が必要になるし、企業や海外の日本人学校に数年派遣するのは負担が重い。例えば、社会科の先生なら平日夕方や土日に大人向けの歴史学講座を開き、そこで収入も得るというやり方があってもいい。学校とは異質のコミュニティーに参加させることが重要だ」

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【崩壊する教育現場】(16) “職員室崩壊”を防ぐ為に…教員の多忙はこう解決せよ

20180219 14
多くの小学校、中学校、高校の教員たちは、過労死ラインを超えるほどの長時間労働を余儀なくされている。小中学校の場合は、休憩時間すら殆ど取れないノンストップ労働だ。長時間労働が常態化している背景には、授業時間数が増えていることが挙げられる。ただ、理由はそれだけではない。例えば、貧困家庭の増加、子供や親の発達障害の増加が、学校教育に大きな影響を与えている。従来は家庭が担っていた役割を果たす為に、教職員は多くの時間を使わざるを得ないのが実態だ。「平日の朝や長期休暇中にも給食を出したほうがいい」と話題になっている地域がある他、親からの相談の電話に夜遅くまで対応するのも珍しくない。「学校は教育機関というより“福祉機関”になりつつある」。生涯学習論を専門にする東京大学大学院の牧野篤教授は、そう述べている。学力の向上や不祥事の防止等、様々なことに対して教育行政や学校は説明責任を求められるようになった。教員は、子供たちが校内にいる間は目を離すことができない。そして、児童生徒の下校した後には書類の処理や翌日の授業準備が待っている。「学校現場にこれ以上期待されても無理」「会議の見直し等、できることは既にやっている。国が教員数を増やす等してくれないとどうにもならない」。現場の教員たちからは、こうした声が数多く上がる。改善が必要とわかってはいても、職員室が“諦めモード”になっていることも少なくない。しかし、少し立ち止まって考えてみると、できることが多いのもまた事実だ。学校の今をきちんと診断すると、学校、国、教育委員会、保護者、地域がやるべきことは見えてくる。

多忙を改善する為のネックになっている要因は多くあるが、ここでは2点に絞って分析する(※それ以外の要因については拙著『“先生が忙しすぎる”をあきらめない 半径3mからの本気の学校改善』参照)。1点目は、“子供の為に”との思いから、教員自身が仕事の量も種類も増やしているということだ。よく言えば教員たちのボランタリー精神や善意が日本の教育を支えてきたということであり、悪く言えば学校運営は教員の献身性におんぶに抱っこだった。例えば、部活動を土日も潰して毎日やる、子供たちのノートや宿題に丁寧なコメントを書いて返すといった教員の日常は、児童・生徒を思ってのことだ。一生懸命頑張れば、その分だけ子供たちに喜んでもらえるし、同僚や保護者からも熱心な先生として認めてもらえる。授業準備や部活動の進め方等に正解は無いことから、よりよいものにしようと積極的に時間を費やすようになり、歯止めをかけられなくなる。結局、教員自身が仕事を増やし、長くやってしまうことも少なくない。2点目は、人を育て活かす経営ができていない点だ。教職員間の業務量調整や人材の育成を担う副校長・教頭は、学校内外の対応に忙殺されている。学校経営の実務に当たる中堅教員が少なく、一方で若手教員が多いという年齢構成もあり、若手育成の役割を担う中堅教員の手が回らない学校も多い。その結果、仕事ができる教員には業務が集中する。できない教員は比較的軽めの業務となるが、十分に育成されていない教員の中には、学級運営や生徒指導を上手くできない人が出てくる。一度トラブルが起これば、管理職や周りの教職員が問題対応に追われる。益々忙しくなり、「もう続けられない」と辞めたり、病気で休んだりする教員も出てくる。そうすると残った教員の負担が増し、最後には職員室が崩壊してしまうという悪循環だ(※左上図)。文部科学省は多忙化対策として“業務改善”を推奨している。筆者が学校でよく耳にするのは、「休養日を設ける等、部活動の実施方法を見直した」「ICT(※情報通信技術)を使って情報共有や会議の進行を効率化した」といった類の話だ。こうした狭い意味での業務改善、つまり仕事のやり方を見直したり効率化したりする方法改善は必要であり、やれば一定の効果は出る。だが、それだけを実行しても、過労死する人が出るほどの長時間労働を解決するのは到底不可能だ。抜本的に変えていく為には、方法改善に留めず、必要性の低いものは思い切って止めたり、減らしたり、或いは関連するものは統合したりする“仕分けと精選”が必要だ。例えば、部活動数の削減を図る、必要性の薄い会議や行事は止めたり別のものと整理・統合したりするといった判断が求められる(※右下表)。

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【崩壊する教育現場】(15) 事前対策が当たり前に…迷走続く全国学力テスト

20180212 17
「都道府県対抗、市町村対抗、そして学校対抗の競争に終始している。学力テストの為の勉強に授業時間を割くのは本末転倒だ」――。秋田県のある教員は、そう不満を口にする。文部科学省は先月28日、今年度の『全国学力・学習状況調査』(※以下“学力テスト”)の結果を公表した(※右表)。学力テストの対象は全国の国公立校、及び参加を希望した私立校に通う小学6年生と中学3年生だ。秋田県は毎年全国トップクラスの成績を収めており、成績を上げたい他県から“秋田詣で”が相次ぐ。成績が良かったある学校には、年間60回の視察があったという。ところが、その実力が本物なのか判然としない。『秋田県教職員組合』が実施したアンケートによれば、今年度は県内の小学校の92.2%、中学校の74.2%が対策を実施していた。普段の学習で身に付いた力が発揮されて好成績に繋がっているのか、或いはテスト対策によって嵩上げされたものなのか、不透明なのだ。「そろそろ止めたらよい。学力テストに関する労力は大きい。多忙化に繋がる」。アンケートからは教員たちの本音が浮かび上がる。実際、対策にかかる負担は小さくない。主に授業時間内に行なわれる為、通常授業が遅れる。学校によっては、それを回避する為に、総合的な学習の時間を削って手当てしている。対策の中心は過去問だが、出題傾向も毎年変わっていく。その為、授業だけではなく、宿題という形で児童生徒に問題を解かせているケースもある。そのチェックや指導等をするのは教員だ。テストの採点業務も負担の増加に繋がる。採点やデータの作成は国が行なっており、その結果が届くのは8~9月だ。ところが秋田県では、国に提出する前に答案のコピーを取って学校で先に採点し、分析を行なっている。学力テストが行なわれるのは毎年4月。新しい学年や学級になったばかりで、只でさえ忙しい時期に、こうした事務作業が上乗せされることに、教員たちは苦痛を感じているのだ。学力テストの結果が県の宣伝材料になっている面があり、「知事や教育長等が点数や順位に拘り過ぎているように思える」との声も上がる。低い点数だと指導を受けるといったことも少なからずあるようだ。

学力テストは基本的に国語と算数(※中学生は数学)の2教科だが、来年度は3年ぶりに理科が実施される他、2019年度からは英語が導入される(※理科・英語とも3年に1回実施)為、更に負担が重くなるとみられる。秋田県以外にも学力テスト対策を行なっているところはある。だが、「全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る」というのが学力テストの本来の趣旨だ。小学校の出題は1~5年生の履修範囲を対象としている。直前にテスト対策を行なうのではなく、それまでの授業の中で様々な問題に対応できるような学力を身に付け、学力テストで確認するのが理想的な使い方だ。ところが現状は、対策をして高得点を取ることが目的化している面が否めない。学力テストで競争が激化するのは今に始まったことではない。学力テストには前身がある。1956~1966年に実施された『全国学力調査』だ。この調査は、地域間・学校間での競争が激化し、1966年に旭川地方裁判所が国による学力調査は違法と認定(※最終審では「違法性は無い」と認定)したこともあって、中止された。ところが、2007年度に復活している。『経済協力開発機構(OECD)』が3年に1回行う『学習到達度調査(PISA)』において、2回連続で順位を落としたことがきっかけだ。文科省は過度な競争やテスト対策を問題視している。専門家会議によって示された今後の改善の方策についても、「数値の上昇のみを目的とした行き過ぎた取り扱いは、趣旨・目的を損なうものである」と厳しく批判している。文科省学力調査室の担当者は、「学力テストの目的に沿って、小6・中3だけではなく、他学年も含めた学校全体で取り組みが行なわれれば、対策は必要ない」と話す。出題される問題には、「“こういう力を付けてほしい”というメッセージも込められている」(同)という。学力テストは、この10年で様々な試行錯誤が行なわれてきた。2010~2013年度には、競争の緩和を狙って、テストを行なう学校を抽出して調査する方式を導入。ところが、1人ひとりの躓きを解消する為として、2014年度に全学校を対象にする方式に戻した。結果の開示方法に関しても、過度な競争を促さないように、正答率は小数点以下の開示を止め、整数表示にする等している。また、学校側に結果を提供する時期の変更等も含め、様々な検討を進めているという。10年間で浸透した競争や対策への現場の意識を変えるのは、そう簡単ではない。児童生徒の学力向上の為に、最善の形式はどれなのか? 文科省の模索が続く。 (取材・文/本誌 藤原宏成)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(14) 「水掛け論は止めてデータを基に議論せよ」――中室牧子氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)インタビュー

20180205 11
教員の人数はどのくらいが適正なのか? 通常、こういった問題を考える時は、社会実験やエビデンス(※根拠)を基に政策的な議論をして、予算配分を決める。だが、日本にはエビデンスが無い。だから文部科学省は教員を増やそうとするし、財務省は教育予算で人件費の割合が大きいので減らそうとする。根拠に基づく議論がされず、水掛け論になっている。教員の適正な人数を考える際に、解決を難しくする日本特有の事情が2つある。1つ目は教員が多くの仕事を抱えている点。日本は、授業も苛め問題への対応も何もかも教員がやっているから、「人数を増やせ」となり、議論が複雑になる。海外では先ず、仕事を分ける議論をした上で、教員だけではなく、支援員を入れる選択肢も考える。2つ目は格差問題だ。私が受託研究している埼玉県では、就学援助率が一番高い学校で51%、低い学校で0.3%だ。貧困の割合が高い学校では苛めや不登校が多いので、教員の負担も増す。教員の供給配分を変えれば負担軽減に繋がるかもしれない。いずれにしても、子供の数が減るのに何故仕事が増えるのか、コスト高の教員を増やすのが合理的なのかは検証できるので、やるべきだ。 (聞き手・構成/本誌 富田頌子)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(13) 日本の教育投資は世界最低レベル?

20180129 18
教育は国の発展の礎であり、国際競争力を高める為にも非常に重要だ。日本はどの程度、投資をしているのか? 『経済協力開発機構(OECD)』の2013年の調査では、国内総生産(GDP)に占める初等教育(=小学校)から高等教育(=大学)までの公財政支出の割合は3.5%(※左図)。OECDの各国平均4.8%を下回っており、ハンガリーとチェコに次ぐワースト3位だ。これを以て、「日本の公教育投資は先進国で最低クラスだ」と言われる。だが、初等教育と前期中等教育(=中学校)に絞ると、違った姿が浮かび上がる。初等教育への公財政支出の割合は1.3%、前期中等教育は0.7%。OECD平均は其々1,4%、0.9%であり、見劣りはしていない。そして、初等・中等教育段階における教育到達度を測定する『生徒の学習到達度調査(PISA)』2015年版を見ると、“科学的リテラシー”“読解力”“数学的リテラシー”の3項目は参加65ヵ国・地域の中で上位(※下表)だ。学力という基準だけで見れば、投資効果は高いと言えそうだ。一方、教員の負担は国際的に見ても大きい。長時間労働に加え、仕事の範囲が広く、給与も高い訳ではない。改善の余地があるのは間違いない。ただ、教員の給与や教員1人当たりの生徒数等は、どの水準が適正なのか判断が難しい。教育経済学者で慶應義塾大学准教授の中室牧子氏は、「エビデンスが無いから財務省と文部科学省の水掛け論になる」と嘆く。解決の為には、政策に活用できるデータを整備することが不可欠だ。 (取材・文/本誌 富田頌子)

20180129 19


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(12) 国立付属校の入試は抽選に? 教員養成大学のもう1つの議論

20180122 11
文部科学省の講堂に集まった『国立教員要請大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議』の委員たちは、ほっと胸を撫で下ろしていた。1年間で計11回の議論を重ね、8月29日、『教員需要の減少期における教員養成・研修機能の強化に向けて』という最終報告書を纏められたからだ。この有識者会議は、文科省の中央教育審議会が、2015年12月に“教員の資質能力向上”“チームとしての学校”“地域との連携”に関する3つの答申を纏めたことがきっかけとなって発足し、教員を養成する学校側がどのような取り組みを行なっていけばよいのかを議論してきた。報告書では、教員養成機能の強化策として、教職大学院の教育内容の充実や、現職教員の為の教育・研修機能の強化を求める一方、教員需要の推移に合わせた入学定員の見直し等が求められている。これを受けて、国立大学は次の中期目標期間(※2022~2027年度)に向けて、大学や教育学部をどのように改革していくかを具体的に策定していくことになる。

「5年後の話になるが、準備期間を考えれば、今から道筋を示さないと間に合わない」(文科省高等教育局大字振興課教員養成企画室)。また報告書では、定員を縮小したとしても教員の供給力を維持できるように、教員就職率を引き上げることが求められた。現在、国立大学の教育学部の学生の内、6割程度しか教職の道に進んでいないからだ。この会議の場では、国立大学の付属学校も俎上に載った。それなりの運営費がかかる一方、「実験的で先導的役割を果たす付属学校が、教員養成の為の機関として貢献しておらず、地域のモデル校になっていない」との意見が出ていたからだ。結局、報告書には「付属学校の存在意義や特色、役割を明確にするように」と記載された。同時に、エリート校も含めて、その特色、役割、教育成果を出す為に、「入学者の選考についても多様な方法で実施するべき」と報告書に盛り込まれている。ところが、一例に挙げた「学力テストを課さず、抽選と保護者の事前同意の組み合わせで選考する方法」という文言が、「抽選で脱エリート校化を促したいのでは?」と波紋を広げた。文科省の担当者は、「入学者の選考と、教育・研究、成果の還元という3つが繋がっていることを明確化させるのが目的」と言う。付属学校の位置付けを決めるのは其々の国立大学だ。大学改革と合わせて、どう変わるのか? 受験を考えている子供や保護者にとっては、目が離せない。 (取材・文/本誌 宇都宮徹)


キャプチャ  2017年9月16日号掲載

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【崩壊する教育現場】(11) 再編の波が押し寄せる教員養成大学…量より質が問われる時代

20180115 18
「教育学部の教員志望者の内、現役で正規採用されるのは凡そ半分だ」――。私立大学で教員として就職する学生が最も多い文教大学越谷校舎のキャリア支援担当者は、現在の採用環境についてそう話す。教育学部を持つ他の大学でも同じような状況だ。現役で正式採用されなくても、殆どが“臨時採用教員”という形で先ずは採用される。そして、多くが2~3年後に正式採用される。教員の採用環境は少し前に比べて好転している。2000年前後は教員の定員枠が一杯で空きが無い状況だった。だが、団塊ジュニア世代の入学に合わせて大量採用された教員たちが定年を迎え、採用の間口が広がっている。公立学校の教員採用試験の倍率は、2000年には12~17倍と高かったが、直近では中学・高校で7倍、小学校に至っては4倍を切る水準まで低下している(※右図)。地方と都市部でも温度差がある。地方では人口減少が進んでいる為、採用枠は小さくなっている。地方の学生の中には、地元での教員としての就職の道を諦め、教員不足が続いている都市部に出てくる人も少なくない。ただ、都市部での募集は臨時採用が中心だ。採用では1次試験の結果や適性、場面指導の結果等が評価されるが、このところニーズが高いのは免許を複数持つ教員だ。中学校では教科毎に取得する免許が異なるが、生徒数が少ない地方の学校等では免許毎に教員を置く余裕がない。そこで、国語と英語、理科と数学といったような複数の教員免許を持つ人が求められている。小・中学校の2つの教員免許を持つ人の需要も高い。千葉大学教育学部副学部長の藤川大祐氏は、「学生には、取得が義務付けられている免許以外にも、複数の免許を取るように指導している」と言う。この他、新学習指導要領で小学校でも英語が教科化されること等から、英語の免許を持つ学生や、学校のICT化に対応できるスキルを持つ人材が求められている。

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更に、「保護者や地域の幅広い世代の人々と関わる職業の為、人間関係能力やストレス耐性も求められている」(前出の文教大学担当者)という。教員を目指す学生にとって、採用環境は良いが、少子化の影響で今後は厳しくなっていく。需要予測を見ても、2019年度に減少に転じる見込みだ(※左図)。「来年・再来年から採用枠を減らす予定の自治体が、少しずつ増えている印象」(同)。財務省は予算編成の時期になると、毎年のように文部科学省に公立小・中学校の教職員定数の削減を迫っているが、教員養成大学に対しても定員削減や再編を求める動きがある。1998年から2000年にかけて、国立大学の教員養成課程の定員を約5000人削減。2013年には、島根大学と鳥取大学の間で教員養成系学部の再編が行われた。更に2015年には、国立大学改革の中で文科省が教員養成系学部の廃止を打ち出し、社会的ニーズの高い分野への積極的な転換を行なうように求めた。これは、所謂“ゼロ免課程”(※教育学部の中でも教員免許の取得を卒業要件としない課程・学部)を統廃合し、その定員や教員の枠を活用した新しい学部の創設を促すものだった。教育学部の縮小圧力が強まっている状況だが、その一方で学校改革が進み、教員養成の役割も変わってきている。ICT等への対応だけでなく、“主体的・対話的で深い学び”を実現させる為、アクティブラーニングを運営できる教員を養成する必要もある。また、地域との関わりや、小中学校の現場でもティーチングアンスタント(TA)の導入が進むと言われており、スタッフや関係者を纏めるマネジメント能力も必要だ。教員1人ひとりの質を高めることで、教職員定数減少下においても教育レベル全体の維持や底上げを図れるようにしたいと、文科省は目論んでいる。その中心的な役割を担うとして期待されているのが教職大学院だ。教職大学院は、専門的で実践的な職業人養成機関として、2008年度から大学に設置されるようになった(※右下図)。座学や研究が中心の修士課程とは異なり、先進的な授業方法をフィールドワークで学ぶ。

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テーマ : 教育問題
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