自前の電池生産に巨額投資…『トヨタ自動車』章男社長の経営判断に不安の声

20180719 05
『トヨタ自動車』が電気自動車時代の本格到来を前に、車載電池への巨額投資に乗り出し、競合相手が犇く中で「危険な賭け」(業界関係者)と先行きを懸念する声が強まっている。トヨタは、静岡県のグループ会社へ数年計画で総額1.5兆円もの投資に踏み切り、車載電池の製造能力を増強する。投資するのは、湖西市にある『パナソニック』との共同出資会社『プライムアースEVエナジー』。元々パナソニック主導だったが、現在はトヨタが80%を出資している。大規模な投資は、豊田章男社長自らが地方自治体関係者との会合の席で明らかにしたという。トヨタ関係者は「電気自動車の普及を睨み、競争力を確保する狙い」と解説するが、不安の声もある。「自動車部品世界最大手のボッシュは今年2月、『電池を自社生産しない』と表明した。『競争が激しく、リスクが大きい』と判断した為だ」と、業界関係者は指摘する。電池市場は中国・韓国勢との競争が激化しており、原材料の高騰も手伝って収益確保が難しくなっている。外部購入を選んだボッシュと自社生産を選択したトヨタ――。その成否は遠からず明らかになる。


キャプチャ  2018年6月号掲載

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【自衛隊が危ない!】(03) 無秩序化する世界…国連崩壊を招来する“無思考外交”の大罪





世界の中で最若手の国家指導者である金正恩氏の下で、北朝鮮は1993年のNPT(※核拡散防止条約)脱退に伴う米朝緊張以来、最大の安全保障上の危機を北東アジアに齎している。ここ2年間で2度の核実験を実施し、数十発の発射で急速に弾道ミサイル技術を進展させた。特に、太平洋のアメリカ軍重要拠点のあるグアム島はもとより、アメリカ本土にも到達可能なICBM(※大陸間弾道ミサイル)の完成を間近い段階に達したと見られることや、SLBM(※潜水艦発射式弾道ミサイル)の実験に成功したことに、アメリカは大きな脅威感を抱いた。ドナルド・トランプ大統領は、国連総会で行なった初めての演説(※2017年9月19日)で、金正恩氏を“ロケットマン”と侮蔑的に呼び、怒りを露わに非難を浴びせた。「ロケットマンは自殺任務に突き進んでいる」「アメリカには大いなる強さと忍耐力があるが、アメリカと同盟国を防衛するしかない状況であれば、北朝鮮を完全に破壊するしか他に選択の余地はない」。そう最大限の表現で警告した。しかし、この後も北朝鮮は弾道ミサイルを日本海に向けて発射した(※11月29日)。この際は飛翔距離こそ1000㎞足らずだったものの、最大到達高度が4500㎞に達し、弾道ミサイル防衛システムによる迎撃が難しいロフテッド軌道による飛翔をやり、急速な技術向上をデモンストレーションするものとなった。北朝鮮の核・ミサイル開発は、体制維持を賭けた引くに引けない営みだ。それは、“冷戦体制下の最前線国家”北朝鮮が、国家防衛と運営上の後盾だったソビエト連邦や社会主義諸国が崩壊した1990年代以降、“建国の父”で現指導者の祖父・金日成主席が、極めて個人独裁的色彩の強い自国体制の生き残りをかけ、既に最高首脳陣に加わっていた息子(※現指導者の父)の金正日氏と共に密かに着手し、引き継がれた計画だった。原子力発電の副産物として抽出したプルトニウムを用いて核兵器を完成させ、それを弾頭に搭載可能な弾道ミサイルを“宇宙開発”名目で試作・実用化すること。それによって、嘗ての朝鮮戦争で北朝鮮を滅ぼす一歩手前まで追い詰めた“世界最大の軍事強国”アメリカの行動を制肘する――。これが、世襲3代目の最高指導者・金正恩氏まで引き継がれた“遺訓政治”の核心的内容である。指導者3代をかけて、周辺諸国やアメリカ本土をも攻撃可能範囲に収める核ミサイル戦力を実現し、そこに北朝鮮の体制存続を賭けているのだ。一方、冷戦時代の最中から“核拡散防止”を国際的な法秩序の基本に据えて、ごく僅かな核の既存保有国による“核抑止力の均衡”で戦争を抑制し、体制の異なる国家の共存を図ってきた中心的な大国のアメリカにとって、秩序の基盤を真っ向から崩していくような北朝鮮の核武装化は許し難いものだ。1993年の北朝鮮NPT脱退と核開発露呈の際、1994年に入ってビル・クリントン政権は「武力行使も辞さず」の姿勢を示して、朝鮮半島にB-52戦略爆撃機を飛行させる等、精密爆撃で核関連施設破壊の限定攻撃を実際に準備した。

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この時はジミー・カーター元大統領(※左画像)が特使として平壌入りして、金日成主席と会談し、戦争回避と、その後の北朝鮮での軽水炉開発への支援や、周辺諸国を含めた6者協議を軸にした話し合いスキームの発足に道がつけられることになった。しかし、金正恩体制になって公然化したミサイル・核開発は、従来の対話のステージを台無しにし、トランプ大統領をして「これまで24年間に亘る話し合いは、北朝鮮に時間稼ぎをさせただけだ」と言わしめ、1994年時以上の軍事的緊張状態をアメリカ海空軍の展開で齎すに至った。軍事境界線のギリギリの上空をB-2戦略爆撃機が飛行し、周辺海域には24時間の連続作戦体制を可能にする3つの空母作戦群が展開し、北朝鮮軍と一触即発の対峙状況にある。アメリカとしては、軍事的圧力と、北朝鮮との貿易決済を仲介する外国金融機関をも対象とする経済制裁の強化で、北朝鮮の屈服を図るが、思いの外、効果が上がっていない。そこで、朝鮮戦争以来の北朝鮮同盟国である中国にも、石油輸出の停止や対北経済制裁への協力を働きかけている。中国の習近平国家主席も、北朝鮮の突出したミサイル・核開発への傾斜を不快な面持ちで眺めている。今や北朝鮮の貿易の8割以上が対中国で占められている中、北朝鮮の暴走を止める上で、アメリカのみならず、国際社会から責任を果たすよう、中国に対する圧力が強まっている。アメリカと並んで“核独占国”グループに入っている中国としては、“核拡散防止”をベースとした国際秩序を崩す北朝鮮の暴走は全く好ましいものではない。中国のGDPは世界第2位に達し、経済力と軍事力の双方を安定的に伸ばしつつ、アメリカと並ぶことを目指し、同時に海洋権益の拡張をも図ろうとしている。

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【ドクターXは知っている】第3部(05) 頭痛薬…週1回以上の服用が頭痛を引き起こす原因に

頭痛は異変を知らせるアラームのようなもの。だが、頭痛薬を飲むことで大切なアラームを見逃してしまうこともある。また、頭痛薬特有の成分が重大な副作用を齎すこともあるので、注意が必要だ。 (取材・文/編集プロダクション『アートサプライ』 宮田文郎)

20180719 01
緊張性頭痛には非ステロイド性抗炎症薬、偏頭痛にはトリプタン製剤がよく使われる頭痛薬(※鎮痛剤)。「頭が痛いかな」と感じたら、直ぐに服用して「効いてよかった」と思ってしまいがちだが、この行為は決して褒められたものではないそうだ。『おおたけ消化器内科クリニック』の大竹真一郎院長は、「頭痛薬のメリットは痛みを抑えることだけ。根本的な治療にはなりません」と言う。「どこかが痛い、苦しい等と感じるのは、異変を知らせるアラームだと考えて下さい。頭痛薬は、このアラームを切ってしまう薬。見逃してはいけないアラームを切っている恐れもあります」。大竹氏は、服用のし過ぎで生じる薬物乱用頭痛の危険性も指摘する。「頭痛薬によってアラームを切られると、体は『今度からはもうちょっと早くアラームを入れよう』と反応し、痛みのスイッチが入り易くなります。週1回以上頭痛薬を飲む人は、そのせいで頭痛を起こしているかもしれません」。また大竹氏は、「薬を服用する際は、メリットとデメリットのバランスを考えてほしい」とも言う。そして、メリットに対してデメリットが大きい薬として、ロキソプロフェンやジクロフェナクがあるという。「これらは非ステロイド性抗炎症薬で、痛みや炎症を起こすプロスタグランジンという物質の合成を阻害することで、鎮痛や消炎をしています。しかし、この物質は胃粘膜の保護や腎機能維持といった役目も果たしています。その為、薬の副作用で胃潰瘍、胃炎、腎不全を起こす恐れがあるのです。また、副作用対策に胃薬を併用しても効果は殆どありません」。非ステロイド性抗炎症薬の中でも効き目が強いロキソプロフェンとジクロフェナク。ただ、デメリットはそれ以上に大きく、ドラッグストアでも購入できるとはいえ、安易な服用は得策ではないようだ。


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【基礎からわかる北朝鮮ミサイル発射】(19) 若しもの場合に備えて身につけておきたい習慣

風邪を予防する為に手洗いや嗽をするように、放射性物質に対しても普段の衛生習慣が有効だ。

20180718 09
放射性物質は、粉塵等に付着して空気中を漂います。体外が汚染されるというのは、身体や衣服等に放射性物質が付着している状態のことです。しかし、対策にあまり神経質になる必要も、特別な道具を購入する必要もありません。普段からの衛生習慣である帰宅時の手洗いや嗽等を徹底すれば、放射性物質から身を守ることができます。放射性物質が付着しているとはいえ、要は只の粉塵です。これを綺麗に洗い流してしまえば、問題は無くなります。過剰に怖がる必要はないのです。先ず、外出先から帰ってきたら、通常の手洗いと同じように、手に付いた汚れを石鹸で洗い流します。特別な石鹸や洗剤を使う必要はありませんが、水よりは温かいお湯のほうが効果的です。同時に嗽をすれば、口腔内に付着した放射性物質を吐き出すこともできます。また、放射性物質が空気中を漂っている間は窓も締め切りがちで、風邪等が蔓延する可能性があります。手洗いと嗽は衛生面の意味でも、是非実行して頂きたいと思います。屋外で長時間、放射性物質が付着した粉塵を浴びたと思うなら、シャワーを浴びる等して髪の毛や皮膚の汚れと一緒に放射性物質を洗い落とします。この時も、除染専用の特別なシャンプー等は不要です。衣服も、かなり強く汚染されている場合は廃棄するほうが無難ですが、そうでない限り、普段使っている洗剤で通常の洗濯をすれば十分です。テレビでよく見かける全身を覆う放射能防護服も、汚染の程度の低いものは洗濯して再使用できます。これらは、最初の1~2週間の放射能対策です。放射性物質の粉塵が空気中を浮遊している期間は短いですが、雨等に洗い流される前だと、舗装道路やコンクリートの上に落ちた粉塵が再び舞い上がることも考えられます。大きな影響はありませんが、気になる場合は衛生習慣をきちんと実行して下さい。


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【ニッポン未解決事件ファイル】第2部(03) 新潟タクシー運転手強殺事件、担当捜査官と犯人を追う





20180718 08
荒い白黒の映像に、舗道を歩く黒っぽい上着とズボン姿の男が映し出される。年齢は20代だろうか。左手に鞄を下げており、右手に握られたビニール傘のバンドは開いたままだ。どこか飄然としていて、足取りは軽いように見受けられる。時折、右のほうを見やり、何かを探るような素振りをする。誰かと待ち合わせでもしているのか? 或いは手頃な飲食店にでも入ろうというのか? だが、実はこの男、数十分後に手にかける獲物の品定めをしていたのだ――。2009年11月2日午前1時30分頃、新潟県新潟市東区空港西1丁目の路上に停車したタクシーの運転席で、同市のタクシー会社『三洋タクシー』の運転手・阿部次男さん(63)が、運転席シートにもたれ掛かるような状態で発見された。既に息は無かった。上半身は血塗れで、左頬や首等に多数の刺し傷があった。死因は出血性ショック死。車内は血の海になっていた。致命傷は左耳の下にあり、深さ5㎝前後に達していた。犯人は明確な殺意をもって刺したとみられる。傷は全て幅3㎝以下の鋭利な刃物によるものと断定されたが、凶器は見つかっていない。車内からは、その日の売上金である2万5000円と釣り銭が入ったセカンドバッグ、財布等が持ち去られていた。これを受けて、新潟県警は即座に捜査本部を設置。強盗殺人事件として108人体制で捜査に乗り出した。捜査本部は当初、「土地勘のある者の犯行だ」とみて、現場付近の新興住宅地で徹底した聞き込みと検問を実施した。だが、犯人に直結する手がかりは得られなかった。

その一方で、阿部さんが普段、客待ちをしていたJR新潟駅南口のロータリー周辺でも、執拗な聞き込みが続けられた。捜査本部はこれと並行して、駅裏の住宅街や飲食店が集う界隈、また駅構内の防犯カメラの映像を収集。膨大な量の映像を解析した結果、駅に付帯する駐車場や構内の商業施設等に設置された複数の防犯カメラの映像から、冒頭の男が阿部さんのタクシーに乗車した“最後の客”であり、事件解決の鍵を握る容疑者として割り出された(※以下、この男を“男B”と表記)。だが、ここから捜査は難航する。身長165㎝前後、痩せ型、小顔という外見の特徴こそ特定されたが、犯行後の足取りが杳として掴めなかったのだ。悪い意味での偶然が重なった。返り血を大量に浴びていた筈の男Bは、逃走前、現場付近に被品を捨てていた。しかし、事件当日の強い風雨が災いして痕跡や臭いは洗い流され、物証は泥塗れになっていた。また、犯行時刻が23時前後で、街灯が少なく、暗闇に近かったことから、付近住民の目撃情報も皆無だった。タクシーが長く停車しているのを不審に思う住民もいたが、「まさか強盗殺人とは思わなかった」と証言している。地元紙の『新潟日報』によれば、阿部さんは温厚な性格で、トラブルを抱えた様子はなかったという。初動捜査の時点で、怨恨や顔見知りによる犯行の可能性は潰えていった。場当たり的な犯行との見方を強めた捜査本部は2010年10月、男Bのイラストを公開し、情報提供を呼びかけた。2011年7月には特別報奨金の指定事件となり、懸賞金300万円がかけられた。2015年5月にはインターネット上でも動画を公開。2017年9月末までに約530件の情報が寄せられているが、男Bの行方は不明なままだ。こうして概要をなぞるだけで、次々と疑問が湧いてくる。男Bに計画性はあったのか? 本当に場当たり的な犯行だったのか? 何故、数万円の為に凄惨な手口で殺人を犯したのか? 阿部さんの命日が迫る昨年10月30日、筆者は新潟に向かった。駅の南口に到着する。空には灰色の重たい雲がかかり、小雨がパラパラと落ちてくる。丁度、事件当日も同じような空模様だった。タクシープールでは20台程のタクシーが順番を待っている。事件について尋ねると、地元タクシー業者の間では、報道と180度異なる噂が囁かれていることがわかった。纏めると以下のようになる。「阿倍さんは同僚相手に高利貸しをしていた。事件当日は集金日で、売り上げ以外にも多額の現金を所持していた。借りのあった人間、又はその家族の犯行との説もある。警察は当初、三洋タクシー社員の携帯電話を調べ、借金していた人間から事情を聴いていた。阿倍さんがいい人なのは間違いないが、刺青が入っていたという話もある」。更に、「阿部さんの妻が経営していたスナックの客関係が怪しい」との噂も飛び交っていたという。俄かには信じ難い話ばかりだが、少なくとも場当たり的な犯行よりも筋は組み立て易い。

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【日本の聖域】(28) 理化学研究所――ノーベル賞候補だった笹井氏の自殺と戦中“原爆開発”の深過ぎるトラウマ

20180718 07
サイエンスの世界でタブーな存在となっているのが、国立研究開発法人『理化学研究所』(※以下、理研)だ。日本で唯一の自然科学の総合研究所として重要な役割を果たす一方、小保方晴子氏のSTAP細胞論文を巡る研究不正事件に代表される不祥事が続発。小保方氏の上司で、ES細胞から脳の一部や網膜を作製する実験に成功して、ノーベル賞候補と評された笹井芳樹氏が、先端医療センター内で首吊り自殺もしている。笹井氏の自殺には、理研の出自が関係しているともいわれる。1917年に設立された財団法人理化学研究所は、皇室からの御下賜金や政府補助金等を基に、“日本の産業発展”という国策を担う組織として生まれた。それを象徴するのが“二号研究”である。日米開戦直前の1941年4月、東条英機首相兼陸軍大臣が原爆開発を理研に正式に依頼した。この原爆開発計画を二号研究という。

しかし、物資不足で十分なウラン濃縮ができず、東京大空襲によって分離筒が消失する等して、計画は断念。その2ヵ月後、広島に原爆が投下された。二号研究責任者の仁科芳雄氏は研究員らに、「二号研究の関係者は文字通り、腹を切る時が来た」と述べたという。このような仁科氏のDNAが、笹井氏の切腹を招いたとも言える。戦後、理研はGHQにより、原爆開発の罪に問われ、大河内正敏所長がA級戦犯として巣鴨拘置所に収監される。ウラン濃縮を確認していたサイクロトロンは東京湾に沈められ、理研も解体された。だが、その僅か2年後、メンバーや組織体制をそのまま引き継いだ『㈱科学研究所(科研)』が発足。それが現在の理研の前身である。そこで初代所長に就いたのが仁科氏なのだ。科研は当初、“純民間企業”との触れ込みだったが、政府の出資を受け始めて特殊法人化し、年を追う毎に国の影響を受け、2013年になると総予算約844億円の内の9割以上が税金から捻出されるようになる。つまり、一時の“解体”によって理研は全く別組織に生まれ変わったように見えるが、組織トップからそこに根付く文化まで、軍から原爆開発を依頼されていた時代の理研と変わりがない。その代表が“臭いものに蓋”という体質だ。敗戦直後、二号研究に関わった大阪帝国大学の学生が、GHQへの発覚を恐れて分離筒を廃棄していることがわかっているが、理研は頑なに「平和利用だった」と主張している。現場に責任を押し付け、組織の延命を図る体質が、笹井氏の自殺を招いたのではないか。 (ノンフィクションライター 窪田順生)


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【足許提灯】(02) ケチつけ野党は議員辞職せよ

一体、日本の左派野党は何を求めて政治活動をしているのだろうか? 昨年から続くモリカケ問題や朝鮮半島情勢に関する彼らの対応を見ていると、根本的な疑問が湧いてくる。曲がりなりにも、政治に関わっている以上、「日本の国をこうしたい」という志があった筈だ。残念ながら、今の左派野党にはそれが感じられない。単なる“ケチつけ集団”に堕しているのである。ある野党議員は、「我々も安倍晋三政権の規制改革には反対しない。だが、それが首相の縁故に基づく特定法人等に利益誘導する仕組みになっているとすれば問題だ。だから国会で追及している」と語っている。その限りでは、私も全く賛成である。モリカケ問題の核心は、「安倍首相が首相の立場を利用して特別な便宜供与を図っていたかどうか?」だ。だが、今日に至るまで具体的な首相関与の証拠は出ていない。『森友学園』問題で言えば、確かに国土交通省大阪航空局や財務省近畿財務局の異例とも言える“森友厚遇”の形跡はある。だが、首相が関与した事実は無い。夫人の昭恵氏が学園と交流を持っていたのは軽率だったが、それとは別だ。そうであれば、大阪航空局と近畿財務局、公文書を改竄していた財務省の責任を追及するのが筋ではないか。『加計学園』問題に至っては言いがかりに近い。抑々、国家戦略特区で議論し決定したのは、学校教育法に違反して大学設置を門前払いしていた文部科学省の告示撤廃問題だった。獣医学部の設置自体は、大学設置・学校法人審議会の審議を経て、文科省が認可している。つまり、これまた文科省行政の問題である。野党は問題の本質を追及せずに、敢えて政権打倒の道具に仕立てているのだ。野党だから「それも仕方ない」と理解できなくもないが、朝鮮半島情勢が一段と緊張する中、モリカケは2年もやっているような話なのか? 追及がネタ切れしたら、5月の連休を挟んで、野党は何と“18連休”に突入してしまった。漸く国会に復帰してきたと思ったら、未だモリカケの続編をやっている。流石に、昼間のテレビは「視聴者に飽きられた」と見切りをつけ始めたようだ。連休明けからは、朝鮮半島問題に焦点を当てる番組も出てきた。

では、その朝鮮半島問題で左派野党は何を言っているのか? 先日、久しぶりに『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)に出演したら、同席した野党議員は「日本がアメリカと合同軍事演習したのはけしからん」と息巻いていた。「アメリカの圧力路線に同調するな」と言いたいのである。だが、北朝鮮が曲がりなりにも対話路線に修正してきたのは、日米を軸にした“最大限の圧力”の結果ではないか? これまで日本は、2002年の『日朝平壌宣言』や2014年の『ストックホルム合意』等、北朝鮮と真剣な対話を重ね、日本独自の制裁も解除した。それが悉く裏切られてきた歴史から、この議員は目を瞑っている。抑々、「アメリカの圧力路線には同調しないが、拉致問題の解決には力を貸してくれ」等という言い分がご都合主義なのだ。こうしてみると、左派野党がやっているのは、安倍政権に対するケチつけだけではないか? ケチつけに言葉が詰まると、国会の審議拒否と採決拒否である。2015年の安全保障関連法案の採決では、一斉に議場から退席した。そんな野党に税金から歳費を払う価値があるのだろうか? 国会議員は国民の代理人として予算案と法案を審議し、採決する為に存在している。審議も採決も拒否するなら、国会議員であってもらう理由はない。彼らは歳費返上どころか、議員辞職すべきである。序でに言えば、政権に不満を抱く野党が一斉に議員辞職すれば、政権は解散して国民に信を問うしかなくなる。野党不在のまま国会審議を続ける訳にはいかないからだ。だから、“一斉辞職”は政権を倒す最強にして最大の効果がある作戦である。だが、“いつまでも議員でいたい”彼らは、そんな作戦を絶対に実行しない。結局、与党から足元を見られているのである。野党に期待するのはケチつけではなく、建設的な議論だ。国の平和と安全、国民の生命財産を守って、一層豊かにする為に、政府は何をすべきで、何をすべきではないか――。そういう議論である。経済政策でも安全保障政策でも、自分たちのプランを示すべきだ。民進党も希望の党(旧)も無くなり、旧民主党は散り散りばらばらになった。野党議員には、ここで足元を見つめ直してもらいたい。


長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) フリージャーナリスト。1952年、千葉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)卒。『東京新聞』論説委員等を経て、2018年に『中日新聞社』を定年退職。著書に『謎とき日本経済50の真相 俗説・タテマエ一刀両断』(飛鳥新社)・『日本国の正体 政治家・官僚・メディア 本当の権力者は誰か』(講談社)等。


キャプチャ  2018年7月号掲載

テーマ : 立憲民主党
ジャンル : 政治・経済

【世界を変える1枚のグラフ】(01) 日本経済の長期停滞を齎した緊縮財政

20180717 08
今回のグラフは、日本のGDP、財政支出、マネタリーベースの推移を示したものである(※何れも物価変動の影響を調整していない、所謂“名目値”)。比較し易くする為に、其々の1980年の値を100として指数化している。GDPは“Gross Domestic Product(国内総生産)”の略称で、定義上は国内で生み出された経済的な付加価値を合計したものである。それは同時に、国内の家計や企業が獲得した所得の合計でもある。財政支出は、中央政府、地方政府、公的企業からなる公的部門のGDP統計上の支出(※投資と消費)を合計したもので、公的需要とも呼ばれている。マネタリーベースとは、『日本銀行』によって供給された通貨量の残高を意味している。日本のGDPは1997年に頭打ちとなり、以後、20年に亘って殆ど増加していない。国全体の所得が伸びなければ、企業も将来の成長に向けた投資に対して消極的となる為、経済活動は停滞せざるを得ない。そうした環境では、賃金の低迷によって消費も抑制される為、需要不足が発生する。結果として翌1998年から生じたのが、物価の継続的な下落、所謂“デフレ”である。2013年、“大胆な金融緩和によるデフレ脱却”を掲げて前年発足した第2次安倍政権の下で、日銀はマネタリーベースを大幅に拡大する『量的・質的金融緩和政策』を開始した。この政策の背景には、「不十分な金融緩和がデフレの原因だ」として日銀を批判する、“リフレ派”と呼ばれる一部経済学者らの主張があった。

しかしながら、政策開始から5年近く経過したものの、消費者物価上昇率は直近でも、日銀が掲げた目標を遥かに下回る1%未満に留まっている。その間、実質賃金が低下する等、長期デフレを齎した国内経済の停滞状況は今も続いている。通貨の必要量を決めるのは、概ねその国の経済活動の規模、即ちGDPであると考えられる。実際、我が国でも、1990年代前半まではGDPとマネタリーベースが概ね並行して推移してきた。しかしながら、両者の動向にはその後、大幅な乖離が生じている。これは、1995年に公定歩合を0.5%に引き下げたのを皮切りに、ゼロ金利政策や量的緩和政策等、日銀が異例とも言える緩和的な金融政策を、過去20年以上に亘って続けてきたにも拘わらず、既述の通り、その間、GDPの成長が止まっている為である。この事実は、「不十分な金融緩和がデフレの原因だ」としてマネタリーベースの大幅拡大を提唱したリフレ派の議論と矛盾する。これに対して、現在までほぼ一貫してGDPと並行しているのが財政支出である。財政支出はGDPよりも1年早く、1996年に頭打ちとなり、翌1997年には消費税が5%に引き上げられると共に、公共事業削減等によって財政再建を目指す財政構造改革法が制定された。こうして財政支出を抑制する緊縮財政が定着したことで、その後20年間、財政支出はGDPと共にほぼ横這いで推移している。経済活動を通じて誰かが所得を得る為には、必ず別の誰かが支出を行なわなければならない。従って、公的部門が財政支出を抑制すれば、家計や企業といった民間部門の所得はその分、確実に抑制される。所得が抑制された民間部門もまた支出を抑制する為、財政支出の抑制額以上の規模で需要不足が生じ、経済は停滞する。これはケインズ経済学の乗数効果に基づく理論的な帰結であり、GDPと財政支出が並行している長期的な現実とも極めて整合的である。即ち、日本経済が停滞を脱却する為に必要なのは、緊縮財政を解消して財政支出を継続的に拡大し、国内所得の成長を取り戻すことである。しかも、政策実行に必要な予算を抑制する緊縮財政は、それ自体が政治的な選択肢を狭めて課題解決を困難にする行為であり、その意味でも早急に解消されるべきである。 (経済評論家 島倉原)


キャプチャ  2018年3月号掲載

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

【追悼・西部邁さん】(下) 西部邁さんに鍛えられたからこそ今の私がある

20180717 07
私が西部邁さんと初めてお会いしたのは、30年前の20代の頃、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)のパネリストとしての共演でした。以来、朝生では何度もご一緒させて頂き、市民運動のことや憲法9条のこと、天皇制のこと等、多岐に亘る議論をしてきました。当時の朝生は、大島渚さん、野坂昭如さん、小田実さん、野村秋介さんら、戦前生まれの重鎮文化人が多数出演していました。そんな中、一番末席に座っていた20代の私に、西部さんは、いつも皮肉を効かせた“意地悪”な質問をぶつけてきました。「市民運動っていうけれど、それで社会がどう変わるの?」「人の善意に頼って、世の中が良くなると貴女は思っているの?」「憲法9条を護っていればそれでいいの?」等々。そして、「それで貴女はどう考えるの?」「人の批判をするのではなく、貴女の意見を言いなさい」と挑発するような目線を投げかけながら、ねっとりとした口調で言うのでした。そんな西部さんを、当時の私は密かに“意地悪おじさん”と呼び、出演者の中に西部さんがいらっしゃると知ると気が重くなったものでした。

しかしある時、はたと気付いたのです。「私は、自分と同じような考えを持つ人たちとだけ付き合い、話し、それで世の中が変わると思っていたのではないか?」と。西部さんにその“ギマン”の隙を突かれたように思え、それからの私は、自分と意見が違う人とも積極的に議論することを心がけるようになりました。「自分の意見が正しい=正義なのだ」と言い放つのではなく、自分の意見を疑う。自分自身を疑う。西部さんは“意地悪おじさん”役を演じながら、そんな視点を私に教えてくれたのでした。お年を召されてからは、いつもにこにこと穏やかな笑顔をなさっていて、“意地悪おじさん”どころか、すっかり“優しいお爺さん”になられました。でも、好々爺になられても、私にとっての西部さんはやはり、懐からチラッと鋭い刃物が見え、ばっさりと斬られそうな、コワイ存在であり続けました。私は今、政治の場に身を置いていますが、西部さんに気付かせていただいた“正義を疑う”という視点を、いつも忘れないようにしています。朝生のスタジオで西部さんから受けた緊張感を、今でも自分が纏っているような気がします。相手と意見が対立し、つい同じ意見を持つ人たちだけの輪に逃げそうになった時、テーブルの向こう側から挑発的に「それでいいの?」と問いかけてくれる――。私にとっての西部さんは、これからもずっとそんな存在です。西部さん、いつまでも私の“意地悪おじさん”でいて下さい。 (立憲民主党国会対策委員長 辻元清美)


キャプチャ  2018年5月号掲載

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

【追悼・西部邁さん】(中) “男らしい”死

20180717 06
西部邁さんが自裁した。78歳。日本人男性の平均寿命が凡そ81歳だから、“若い”とも言える。しかも、死の直前まで深夜に及ぶ酒食を嗜み、これといって致命的な病に苦しんでいた訳でもなさそうだから、年齢の割に健康で体力があったと言ってもよい。60年安保の闘士、左翼の活動家だった西部さんの転機はいつだったか。彼の著作の中で私が最も好きだったのは、『蜃気楼の中へ』(日本評論社)だ。『国際文化会館』が創設した若手の社会科学者の為の『新渡戸フェローシップ』を受けて、2年間米英に滞在。私も受けたこの奨学金は、1ドルが360円だった時代に、日本の社会科学者に世界へと目を開かせる大きな貢献をした。30代に入ってから副題にある“遅ればせのアメリカ体験”をした著者の米英滞在記は、清冽な叙情に満ちていた。渡米前に著した『ソシオエコノミックス』(中央公論社)も、“合理的経済人(ホモエコノミクス)”仮説を基にした近代経済学を根本的に批判したものだった。青木昌彦と並んで経済学の俊秀として将来を嘱望されていた経済学者は、帰国後、政治・社会的な時局発言をする保守派の論客となっていった。西部さんが保守派を自負し始めたのは、『大衆への反逆』(文藝春秋)辺りからだっただろうか。オルテガに依拠して書かれた本書は、大衆社会論の2つの系譜――エリート的大衆社会論と非エリート的大衆社会論とのうちでは、明らかに前者に属するもので、バブル景気に突っ込んでいった当時の日本の大衆社会状況に対する苛立ちを、隠しようもなく示していた。

1988年には、あの“中沢問題”が起きた。ニューアカのスターとして注目を集めていた人類学者の中沢新一さんを東京大学教養学部助教授として採用する人事案が、西部さんをメンバーとする委員会で承認されたにも拘わらず、教授会で否決されるという前代未聞の事態が起きた事件である。人事委員会に対する信任が拒否されたことに抗議して、西部さんは東大教授を辞任。関係した東大教授の誰彼が弁明に努める等、中沢問題は俄かに世間を騒がせた。それから数年後に起きた私の東大採用人事では、再び人事で同様な“上野問題”が起きないよう、関係者の方々が神経をすり減らしておられたことを憶えている。こういう場合の出処進退の潔さも際立っていた。1990年代にはいってからの『新しい歴史教科書をつくる会』への参加や、核武装をも容認する憲法改正案の提示等、私の立場からは容認できない言動や発言が続き、私はこの人の書くものを読むのを止めた。情熱的だが、論理の飛躍や決めつけの多い文体には辟易した。そういえば1986年、“アグネス論争”が起きた時に、男性論壇もこの問題に参入したが、その中に西部さんもいた。「愛する子供を片時も手放したくないと連れ歩くことがOKなら、僕は愛するペットを連れ歩いていいのか?」という呆れるような茶々を入れたこともある。その西部さんの訃報を聞いた。自裁だという。「ブルータス、お前もか…」という気がした。江藤淳さんの自裁が過った。凍てつく冬の川に入水するという足の竦むような自裁の方法も含めて、その鮮烈な自決に、男の知識人は粛然と声を呑み込む他ないだろう。だが、だが、言いたいことがある。生前それほど接点が無かった私は、彼の死に沈黙を守るつもりでいたが、編集部から原稿の依頼を受けたことをきっかけに、ここで書いておこう。戦後日本の男性知識人の系譜の中に西部さんの自裁を置くと、あまりに共通点が多過ぎると感じたからだ。北米体験の後の日本の伝統と保守への回帰。衆愚観に立った孤高のエリート主義。老いと衰えへの拒否感。妻に先立たれた悲嘆と不如意。言論人としての限界や生産性の低下の自覚。格闘してきた筈の社会の現状への深い失望と怒り。あれやこれやで見苦しい老後を見 せるよりは、いっそ一思いに、と自裁を選ぶ――。何て“男らしい”んだろう! 追悼文の幾つかには“格好いい”という表現があったが、私には“弱さを認めることのできない男の弱さ”が露呈したと見える。このような人間像を“近代的個人”と呼ぶのではなかったか? そして、それと闘ってきたのは、他ならぬ西部さん自身ではなかったのか? なのに、首尾一貫した“近代的個人”として、西部さんは死を選んだ。死者を鞭打つつもりはない。だが、彼の死を英雄視することだけは止めてもらいたい。私の胸に去来するのは、死を選ぶ他なかった西部さんの空虚さと絶望の深さだ。そして、それを痛ましく思う気持ちである。 (東京大学名誉教授 上野千鶴子)


キャプチャ  2018年5月号掲載

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